14
リクが駐屯兵団の詰め所に呼ばれている間、ソラはリリスを連れて滝へと来ていた。
「リリス、俺の言葉は……わかんねぇのか。」
リリスはソラの言葉に答えを示すように首を傾げていた。
「水浴びをさせてやれと言われたが、どうすりゃいいんだよ。」
「大丈夫、お兄さんからは私がやってあげるように頼まれたから。」
「じゃあ、頼みます。」
「ええ、任せて。リリスちゃん、行きましょう。」
カミナがしゃがんで腕を広げるとリリスは変わらず首を傾げながらもカミナの方へと行くと、カミナに抱きかかえられる。
「また覗きに来ないように。」
「あ、あれはわざとじゃないっすよ!」
カミナはリリスとともに木陰に見えなくなった。
「はぁ、修行に入るか。」
疲れたような溜息をつくと、ソラは滝の下に座った。
「相変わらず、冷たくも熱くもない。マグマとかも大丈夫とか言わないよな……。兄貴に聞くか。」
そして、加速された世界へと潜り込んだ。
「で、あんたはいつまでそこでミィを見ているつもりなの?」
ギルドの受付近くの席でミミュレットの仕事姿を眺めていたリクにエリーネが声を掛けた。
「ん?そうだな、飽きるまでだ。」
「冒険者ならやることやりなさいよ。」
「ミィに安静にするように厳重注意されてしまったからな。」
「そうなの?」
エリーネはリクに向けていた顔を横のミミュレットに向けて尋ねる。
「うん、リクさん、腕の怪我、内部が特に酷かったらしくて。骨までは行ってなかったみたいだけど。」
「俺はそんなこと聞いてないんだがな。」
「リクさんに言っても聞かなそうだからって頼まれたんです!」
ミミュレットは頬を膨らませてみせる。
その様子を見てリクは優し気な笑みを浮かべた。
それと同時に、受付嬢やギルド酒場で食事を摂っていた女性冒険者からため息が出る。
「ほんと面白い男よね。」
言ってエリーネは作業へと戻っていった。
「それで、リクさんは何か用があったわけでは無いんですか?」
「ちょっとミィに買い物に付き合ってほしくね。」
「なるほど、私とお買い物に…………。は、班長今日お休み貰ってもいいですか!?」
遅れて気付いたのか、ミミュレットは跳ねるように後ろを向くと奥のデスクで仕事をしている班長に大きな声で休みを取れるかと確認をした。
周りから抑えた笑いが上がる。
ミミュレットは頬を赤くしていた。
「え、えぇ、今日はあまりお仕事も無いし構わないけど。」
「じゃ、じゃあ、お休み貰いますね。リクさん行きましょう。」
休みが取れるとわかるとすぐにミミュレットはリクの腕を引っ張りギルドを出ていった。
「あの男もミィも面白いわね。」
「あなたもそろそろ男を作ったら?」
「うるさいわね。私は魔王を倒す勇者ぐらい強い人じゃないと嫌なのよ。」
「またそんなこと言って。ミミュレットちゃんに遅れちゃうわよ~。」
「いいのよ、私は。弟の事もあるしね。」
その後のギルド、特にギルド嬢は恋話で賑わったそうな。
「あ、すいません。」
ギルドを出て少し行ったところでミミュレットは慌ててリクの手を離した。
しかし、リクはその手をもう一度引き寄せる。
「いや、こっちこそ、すまなかった。こういう場面では男からエスコートせねばならなかったな。」
「い、いえ、そういうことではなくて。」
ミミュレットは元々少し赤かった頬をさらに赤くさせる。
「こんな服装ではなんですし、着替えてきます。」
確かに今のミミュレットの服装は格式高い貴族のメイドのメイド服のような服だ。
「俺はそれで構わないし、似合っていると思うのだがな。」
「そ、そうですか?じゃあ、このままで行きます。」
まだ少し赤い顔に笑顔を浮かべる。
「それで、何のお買い物に?」
「服選びに付き合ってほしくてな。」
「服?メンズですか?いいですよ。」
「いや、メンズではない。レディースだ。」
リクがそう言った瞬間、ミミュレットの目に暗い光が灯る。
「レディース?」
リクはそれには気付いていないようだった。
「あぁ、少し女性服が入り用でな。俺はセンスが無いんでな。女性に手伝ってほしくてな。で、考えたら頼れるのがミィしか居なくてな。」
「そ、そうですか。頼れる女の人が私しか。」
「とりあえず、いい感じの服屋は考えてあるんだ、行こうか。」
「え、えぇ、わかりました。」
言われるがままにミミュレットは返事をして服屋へと向かうこととなった。
そして、ついてすぐにレディースの、女児服のコーナーへと連れて行かれ、首を傾げることになった。
「子供服?」
「あぁ、女の子だから可愛いのを着たいだろうと思ってな。」
「えっと、子供が出来たんですか?」
「ん?あぁ、パパとは呼ばれているな。」
「え。」
そこまで言って、リクは自分の失言に気付く。
「あ、いや、俺の本当の子ではないんだが。子どもになったというか……あとで一緒に様子を見に行けばわかってくれると思う。」
「そうですか、わかりました。」
目が少し暗くなっているのが怖い。
「とりあえず、8歳ぐらいの女の子だ。可愛いのを選んでやってくれ。」
「わかりました。」
応えると、ミミュレットは服選びを始めた。
あまり近くに居ても邪魔になるかもしれないと、リクは少し離れて流し気味に色んなものを見ていく。
そんな時、ある一つの前で動きを止めた。
「麦わら帽子か。あの子の角は上ではなく前に伸びていたな。」
父親は上に伸びていたのだが、母方を継いだのか否か、リリスの角は途中から捻るように前に伸びているのだ。
それを手に持ちながらさらに店内を見て回る。
その後、20分ほどで服を選び終えると、代金を払って店を出た。
「さて、リクさん。その、リクさんをパパと呼ぶ子どもを見せてもらいましょうか。」
「あ、あぁ、南の森に弟と一緒に居る。行くか。」
街の南門を抜けミミュレットを連れ立って歩いていく。
20分ほど歩くと、滝の落ちる音が聞こえてきた。
「そろそろだ。歩かせてしまって悪かったな。」
「いえ、私が我がままを言ったわけですし。」
「女の我がままを聞くのが男の仕事だと俺は思っているよ。」
ゆったりと歩きながら会話していると、滝の前まで着いた。
ミミュレットの目が元に戻っていたのには安心した。
「兄貴にその彼女さん、いらっしゃい。」
滝に打たれながらソラが目を開けずにリクとミミュレットに声を掛けた。
「か、彼女さんだなんて……」
「あの子はどこだ?」
「少し遅いけど、まだ師匠と水浴びでもしているんじゃないか?」
「そうか、ちょうどいい。新しい服も買って来たんだ、渡してこよう。」
「あ、兄貴、いや、兄貴なら大丈夫か。何でもない、早くあの子の所に行ってやれよ。」
「あぁ、行ってくる。」
軽く言葉を交わすと、リクは赤くなって動かなくなってしまったミミュレットを引っ張って森の奥へと入っていった。
「俺も付いて行くか。」
そう言うと、ソラはその場から掻き消えた。
突然横に現れた弟に、リクは驚くこともなく話し始める。
「ついてくるのか。」
「あぁ、あの子の事は俺も少し気になるからな。で、それは何だ?」
ソラはリクが脇に抱えている物を指す。
「洋服だ。」
「随分と多いんだな。」
「女の子だからな。何が気に入るかわからないし、可愛い服がたくさんあれば嬉しいだろう。」
「女心はそんな簡単なモンじゃないぜ?」
「お前が言うな。」
また会話をしながら歩いていると、広い湖の前に着いた。
その近くの木陰でカミナが座って湖を泳ぐリリスを眺めていた。
いつも無表情な顔に少し優しさが見える気がした。
「師匠、兄貴が来ました。」
ソラがリクの一歩前に出るとカミナに声を掛ける。
「お兄さん、あの子は綺麗な子ね。」
「あぁ、ありがとう。」
「お兄さんを褒めたわけでは無いのだけれど。」
リリスが水中を泳いでこちらへと近づいてきていることに気付いたリクは湖のその一点を見つめる。
その様子に気付いた周りもそちらに視線を動かす。
それと同時に、全員が優しく微笑むこととなった。
リリスは水中に隠れて近づいてきているつもりなのだろうが、その綺麗な角が少し水面から出て、静かな水面に波紋を生み出していたのだ。
『バアッ!あれ?』
水中から呼び出したリリスは全員が自分の方を向いているのが不思議だったのか首を傾げて疑問符を浮かべていた。
『おいで、体を拭こう。』
リクが腕を広げてリリスに声を掛ける。
『パパ!』
そこにリリスが満面の笑顔で突っ込んでいった。
「あぁ、びしょびしょじゃないか。」
リクはそう言いながらも、買ってきたものの中からタオルを取り出しリリスの体を拭き始めた。
「その子、さっき私が考え事していた時もおどかしてきたんだけど、びっくりしちゃってそれが面白かったみたいで、ごめんなさいね。」
「かわいいじゃねぇか。」
ソラが笑って言う。
「そうだな、子どものやることだ。可愛いじゃないか。」
『ん?』
『みんながリリスの事を可愛いって言ったんだ。』
『ありがと!』
「ありがとう、だ。」
「? あいがとう!」
満面の笑顔のリリスに一同は微笑むのだった。
と、そこで今頃ミミュレットが我に返る。
「はっ、そ、その子がリクさんが言っていた子ですか?」
「そうだ、先に言っておくと、魔人の子だ。」
「魔人の子、聞いたことはありましたが、初めて見ました。」
「俺も初めてだ。」
「この子、どうしたんですか?」
ミミュレットはリリスの前にしゃがんで頬を触る。
「この子の父親に頼まれた。その父親は殺されてしまった。」
「昨日の件ですね。」
「あぁ、そうだ。」
リクはミミュレットに話をしながらリリスに洋服を着せていく。
パンツを履かせ、真っ白なワンピースをかぶせ、長そでの茶色の薄手のカーディガンを羽織らせる。
少し大きくていわゆる萌え袖状態になってしまっているのもリリスの可愛さを引き立たせている。
最後に、前に伸びた美しすぎる角を隠すように麦わら帽子をかぶせてやる。
「わぁ、可愛いですね。」
「そうだろう、可愛い子だ。」
「そこは君の方が可愛いよって言うところですよ。」
ミミュレットが頬を膨らませる。
「心配しなくてもミィは可愛いさ。」
「ありがとうございます。」
「周りを置いていくなよ。」
「お兄さん、のろけは他所でやってちょうだい。」
「あぁ、すまなかったな。さて、一度宿に寄って荷物置いたらギルドに戻りますかね。」
リクはリリスの頭を撫でながら立ち上がる。
「ギルドに?」
「マスターにこの子を見せてくれと言われていてな。」
「そうだったんですね。そういえばリクさん、ご飯はちゃんと食べていますか?」
「地元の母親みたいだな。」
「それで、ご飯は?」
「ほとんど食べていないな。」
「では、お兄さん、バーベキューでもしていく?」
「バーベキュー?」
燃え盛る炎の上に直接金網を置き、その上に野草や木の実、ソラに能力を使わせて捕まえてこさせた兎や熊の肉を並べる。
横を見れば、綺麗な湖が広がっている。
「美味いな。」
「自分が獲って来た獲物を食べるとなると格別だな。」
「えぇ、美味しいですね。」
「美味しいわね。」
『おいしい!』
『そうか、美味しいか、良かったな。』
リクの膝の上でリリスも上機嫌なようだ。
「カミナさんはあの暗部の一人なんですよね。」
「えぇ、そうよ。」
カミナがミミュレットにうなずく。
「よくギルドマスターと一緒に居るのを見るのはそういうことだったんですね。」
「暗部のメンバーはギルドの役員でも知らないんだな。」
「意外だな。」
「そうですね、私が新人だからというのもあるかもしれませんが、誰が暗部だとかそういう話は聞きませんね。ただ、カミナさんは暗部なんじゃないかって噂はされてましたけど。」
「聞かれたりしない限りは内密にして。」
「えぇ、わかってますよ。」
カミナの言葉にミミュレットは困ったような笑顔を浮かべた。
その後、バーベキューが終わると、リクとミミュレットはリリスを連れて街へと帰っていった。
「静かになったわね。」
「騒がしいのは苦手っすか?」
湖のほとりで師匠と木陰に座りながら話をする。
「いいえ、賑やかなのは嫌いじゃない。」
「そうっすか。」
「お兄さん、強くなっているのは分かった?」
「えぇ、二日、三日見なかっただけで雰囲気がかなり変わってました。」
「そうね、味方なら本当に頼もしいほどに。」
「大丈夫っすよ。兄貴が変になったら俺が止めるんで。」
「そう、頼むわね。」
「任せてくださいっす。」
カミナの微笑みにソラも笑顔で返した。
「弟さん、すごいですね。登録の時に少し会っただけですが、数日でだいぶ洗練されてましたね。」
「ミィにもわかったか。」
「伊達に毎日冒険者さんたちを見ていますからね。」
「そうだな、二、三日で人はあそこまで雰囲気が変わるものなのだな。」
「ですね、頼もしい限りです。」
「そうだな。」
そう言って、ミミュレットとリクは笑いあっていた。
お気づきだろうか、この異様に。
気付いた貴方は、期待して待て。




