13
「どうしたんだ、兄貴。」
「いや、この子が俺をパパと呼んだのに驚いてな。」
「へぇ。」
ソラは自らが抱く少女の事を見る。
それに気づいた少女はソラの顔を見上げて可愛らしく首を傾げてみせた。
「訳は、聞かないほうがいいのかもしれないな。もし、頭が混乱しすぎて記憶の混雑が起こった場合がある。少なくとも、今すぐはやめておいた方がいいだろう。」
「兄貴は魔族の事がわかるのか?」
「本に載っている内容だけだ。精々が容姿の説明とありえないくらい強いということくらいしか載っていなかったがな。」
『パパ?何を話してるの?』
リクとソラが人間族の言葉で話していると、内容がわからず気になってしまったのか少女が話へと入ってきた。
『いや、キミの名前が何だったかなと思ってな。』
本当のことを言うわけにはいかないので無難な質問を投げかける。
内容がわかっていない会話に子どもが入ってくるときなど、内容を知りたいのではなく構ってほしいのが本心だというのがほとんどである。
『私はリリスだよ!』
『そうか、リリス。もう真夜中だ。お休みの時間だ。さぁ、帰ろう。おいで。』
そう言うと、リクは自分のシャツを脱ぐとそれでリリスの体を包んでいく。
別にリリスが裸だからとかではない。
その禍々しくも美しい濃い紫色の角が嫌でも目立っているからだ。
魔人、もとい魔族のわかりやすいほどの身体的特徴である角はあまり街の人には見せないほうがいいだろう。
リリスを隠すと、少しだけ我慢するんだ、とだけ伝え二人は街の方向へと歩いていく。
「弟よ、明日は一日この子を頼めるか?」
「宿屋に居ろっていうことか?」
「そうだ、恐らく俺は明日駐屯兵団に呼ばれるだろう。その後、この子の服や帽子を買ってきたい。ついでに俺らの分も少し買っておこう。」
「あの強盗だか、盗賊だかの逮捕協力で報奨金ももらえているしな。わかった、明日はそうしよう。」
「頼んだ。」
その後、少し歩くと、北門へと着いた。
そこにはさっきまでよりも大勢のやじ馬たちが集まっていた。
「少年、どうだった。」
帰って来たリクとソラに二人を通した班長が声を掛ける。
それに、リクは慌てずに答えた。
「団長が倒れた。早く回収に行った方がいい。」
「それは!?敵は。」
「敵はもういない。」
「分かった。敵は排除された模様。これより倒れた団長殿の回収に向かう!」
「「「はっ!」」」
班長の言葉にやじ馬を通さないようにしていた兵士たちが揃って北門を出ていった。
「少年、明日の朝駐屯兵団の詰め所まで来てくれ。話が聞きたい。」
「了解した。」
そう答えると、班長も隊員を追って北門を出ていった。
そこにギルドマスターのフリンドルとカミナが寄ってくる。
「大丈夫だったようだな。で、なぜリク君は裸なのか。」
「マスター、あまり驚かないでください。」
リクは声量を絞る。
「魔人の子どもを引き取りました。これは魔族の親から直接頼まれたことです。この子は僕たちが預かります。」
「な……魔人の子か。聞いたことはあったが、本当にいたとはな。君たち二人ならいいだろう。だが、落ち着いたらその子の顔を見せてくれ。」
「わかりました。」
『パパ、あつい。』
フリンドルとの会話が終わったところでリリスから文句が出る。
「確かに、魔族の言葉だな。リク君は魔族の言葉がわかるのか。」
「それについても後日話します。暑いと文句が出てしまったのでもう行きます。」
「わかった、また。」
手短に話を終えると、二人は宿屋へと帰った。
「すんなりと帰してもらえたな。」
「そうだな。リリス、おいで。」
「?うん。」
可愛らしく首を傾げながらもリクの膝の上にお座りするリリス。
「そうだ、弟よ。明日、滝にこの子を連れて行ってやってくれ。水浴びさせてやってくれ。」
「ずっと籠ってるよりはいいだろうが、水浴びさせるって俺がかよ。子どもとはいえ女の子だろ?」
「じゃあ、カミナにでも頼んでくれ。」
「そか、了解。」
「とりあえず今日はもう寝よう。」
三人は寝床に就くと、すぐに眠りについた。
そして、次の日。
「では、弟とその子を頼んだ。」
「任せて。」
朝、ソラを連れ出しに来たカミナに一通りの事情を説明するとリクは駐屯兵団の詰め所へと向かった。
門の前に立つ兵士にリクは話しかける。
「駐屯兵団団長はいるか。先日の北門の件で呼ばれてきた。」
「君は、昨日の青年か。わかった、案内しよう。ついてきてくれ。」
門に立っていた二人の兵士の内の片方がリクを覚えていたらしく中へと案内される。
兵士たちが慌ただしく駆け回る中、リクと門兵は奥へと進んでいく。
「ここだ。団長は優しい御方ではあるが、粗相のないように。」
「了解した。」
重厚な扉の前で止まった門兵はリクに一言言うと扉を開ける。
中では、一人の男がデスクで忙しく書類を片づけていた。
昨日、リクが気絶させた男だ。
「そろそろ来る頃だと思っていた。お前は下がっていい。」
「はっ。」
門兵は一度敬礼をすると部屋を出ていった。
「すまない、あと少しで区切りがいいところまで片付くんだ。その間に、お茶でも飲んでいてくれ。」
「どうぞ、グーラティーです。毒などは入っていませんので安心してください。」
アルクラッドが飲んでいてくれと言った瞬間、その人はリクの目の前に現れた。
いや、元から居たのだろう。
ただ、リクには知覚することが出来なかった。
リクはソファに座ると、グーラティーに口を付ける。
少し苦めな味がした。
「どうですか?」
「お茶の良し悪しがわかるような舌は持ち合わせて無くてな。」
「そうですか、それはよかった。」
その時、アルクラッドがデスクから立ち上がる。
「あぁ、やっと終わった。待たせたな、リク、だったか?」
「そうだ。」
「早速で悪いがあまり時間が無い。単刀直入に行こう。昨日、俺を気絶させた訳を聞かせてくれ。」
アルクラッドはリクの対面のソファへと着く。
「そうだな、簡単に言えば操られていた。」
リクは、用意していた嘘を吐く。
その瞬間、体中に激痛が走り、リクは顔をしかめる。
それと同時にアルクラッドが笑みを浮かべた。
「その茶には嘘がつけなくなる薬品を入れてある。さあ、本当のことを話してもらおうか。」
厄介だが、わかりやすい薬だ。
リクはそのまま続けた。
「言葉に少し誤りがあったのは認めよう。だが、明確な嘘はついていない。」
いや、本当のところは嘘である。
今もリクの体には激痛が走っている。
「ほぅ、説明してもらえるか?」
「操られていたであろう間の記憶は曖昧でほとんど覚えていない。気付いたら魔族はすでにおらず、兵士たちは倒れていた。今日は来ていないが弟も同じ状況だったと言っている。」
「ふむ。」
アルクラッドはソファの背もたれにもたれ掛かると溜息を吐いた。
「リリアンネ、君も座るといい。」
「はい。」
応えると、先ほどグーラティーを出した女性がまたリクの知覚範囲の中へと入ってくる。
アルクラッドの秘書なのだろう。
リリアンネは、そのままアルクラッドの膝の上に座る。
「いや、違う。横にだ。」
「あら、ごめんなさい。」
「わざとやらないでくれ。客も来ているんだ。」
「お客の反応を見るのが面白いんじゃないですか。まぁ、この方はあまり気にしていないようですが。」
そう言うと、リリアンネはリクと目を合わせる。
リクは、リリアンネの眼に何か深いものを感じた。
「あら、私と眼を合わせてとっさに離さない人は初めてですね。」
「あまりの美しさに見惚れてしまってね。目が離せなかった。」
「お上手ですのね。」
リリアンネは微笑むと、アルクラッドの横に座りなおす。
座りなおす瞬間に一瞬、アルクラッドと眼を合わせていた気がしたのは気のせいだろうか。
「そうだな、操られていたんならお前から聞けそうなことは無さそうだ。」
「では、もう帰っていいか。」
「いや、実はな、これは頼みなんだが、今から俺と勝負をしてくれないか。部下たちが、色々とうるさくてな。」
アルクラッドは呆れた顔をしてみせる。
「了解した。どこでだ。」
「ここに来る途中で通り過ぎたと思うが、修練場を使う。リリアンネ、使うから開けろ、と言ってきてもらえるか?」
「はい、わかりました。」
応えると、リリアンネはまたリクの視界から消え失せた。
「リリアンネの魔法には、興味を示すんだな。あれはあいつ独自の魔法式でな。俺も知らないんだ。」
「リリアンネは、あんたの嫁か。」
「お?なんだ?リリアンネ狙いか?あいつはやめておいた方がいい。俺はあいつと幼馴染なんだがな。あいつには迷惑を掛けられてばかりだ。」
アルクラッドが淡く微笑むのをリクは興味深そうに見ていた。
「俺はリリアンネとやらに興味はない。ただ、お前たちの仲が気になっただけだ。」
「そうか。よし、そろそろ行こう。部下たちも集まっているんだろうな。負けられねぇな。」
言いながら、アルクラッドが歩いていくのをリクは後ろから付いて行った。
そして、修練場。
「鎧はどうだ?」
リクとアルクラッドは刃を潰した西洋剣を持ち、対峙していた。
「重いし、窮屈だ。防具はいらないと言ったのだが、それは危なすぎると無理やり着せられてしまった。」
「はっはっ、当たり前だろう。刃を潰しているとはいえこの重さだ。生身で受ければ骨を持っていかれるぞ。」
この重さだ、と言いながらもアルクラッドは剣を軽々と振り回す。
リクは視界の少し狭まった頭鎧からそれを見つめていた。
「両者、初めてよろしいですか?」
「あぁ、もちろんだ。」
「構わない。」
「それでは、これより女神ワルテレスの加護の元、決闘を開始いたします。決闘、始め!」
試合開始を告げた兵士が下がる。
「本気で行くからな。部下の手前負けるわけにはいかねぇ。」
「あぁ、俺も弟以外に負けてる暇なんか無いからな。」
リクが答えると、アルクラッドが走り出す。
対して、リクは自ら攻めずにアルクラッドを待ち構えた。
振り下ろされる剣を外側に弾き、そのまま何度か剣を合わせる。
何度か剣を合わせた後、リクの力を利用するようにアルクラッドは距離を取った。
「剣術は、得意じゃないようだな。」
「少し前までは、貴族ほどではないが自堕落な生活を送っていたからな。」
ちなみに、今の試合でリクは能力を使っていない。
冒険者ギルドは、いわば民間で荒くれ者も多く、力こそが正義みたいなところがある。
だが、駐屯兵団は国営の施設だ。
あまり目立ちすぎるとソラとリクの望む自由な冒険がし辛くなる可能性がある。
だから、アルクラッドには能力を見せないつもりでいた。
ただ、リリアンネの行動が少し引っかかるのだが。
しかし、それはフラグとしては遅延性のモノだろう。
後々になって出てくるパターンのフラグだ。
今は気にしなくてもいいだろう。
「自堕落、か。本当に操られていたんだろうな。もうお終いにしよう。お前たちもわざわざ集まってもらって悪かったな。仕事に戻ってくれ。」
部下たちからは不満の声が上がるが、少しずつ戻っていく。
「もう、帰っていいんだな。」
「あぁ、止めて悪かったな。また、何かあったら俺を頼るといい。」
「ありがとう。では、また。」
リクは修練場を後にする。
「リリアンネ、何かわかったか?」
「いいえ、何も。」
「そうか、何も出さなかったか。」
能力を発動していたリクにぎりぎり聞こえるものだった。
遅延性のフラグであってくれるとありがたいのだが。
フラグを抱えすぎてインベントリがフラグだけで埋まりそうな勢いである。




