学園編 107「トリプルブッキング」
何だかんだあって、コロシアムを半壊させたのに無かったことになったソラはユークリウスとともに寮に戻り女子陣を解放すると幸せなくらい暇な午後を寮の共有ルームでのんびりと過ごしていた。
先程までコロシアムでソラとウォールデントの決闘を見ていたのであろう生徒たちも、同じ共有ルームにいたがユークリウスの無言の圧力に話しかけられず、ソラは久しぶりの昼寝を満喫できていた。
そこへ、一人の女子生徒が。ソラの妻、ヒンネラ・ロイヴィスタッハだった。
「ソラ、そんなにダラダラしていては太ってしまいますわ」
ヒンネラはソラの極東行きには付いて来ず、貴族として色々な仕事をしていたらしい。そのせいか、若干お嬢さま口調で喋るヒンネラにソラは大きなあくびを一つ返した。
「朝からケンカ売られて決闘してたんだよ、午後は寝る」
「まぁ、知ってたけど。私の要件は今日じゃないからいいわ」
そう言って、いたずらっぽく笑うと金髪ロールをふわりと揺らす。文句がないなら結構、ともう一つあくびをするとソラはユークリウスの膝に頭を置き直した。
「んで、要件って?」
「七日後、夕方から私の婚約者とのお披露目会があるの」
「そう、おめでとう」
「あなたの事よ!」
ヒンネラはまるでマンガの様に頬を膨らまして地団太を踏む。
「そんな叫ばなくたってわかってるって。七日後な、空けとく」
「きっちりした服を着ておきなさいよ。馬車で迎えに来るんだから」
段々と普段の口調に戻ってきたヒンネラを面白く感じながら、ソラは任せろー、と適当に片手を振って答える。
「本当にわかってるんでしょうね?まあいいわ、ユークリウス、ソラを頼んだわよ」
「僕はソラのお世話係じゃないんだけどね……、いいよ、任された」
小さく肩をすくめるとヒンネラは寮の共有ルームを出ていった。
何でも、最近は魔法の研究に力を入れているようで、よく部屋に引きこもっている。
「これで、ようやく昼寝でき」
「ソラ殿ー!」
「そんな近くで叫ぶな」
「寝ているようでござったもので」
「じゃあ起こすなよ」
「次は気を付けるでござるよ」
キリメ、字を斬女となるこの少女は日本刀を武器とする武士だ。
「で、お前の要件はなんだ?寝たいから簡潔にな」
「次の日曜に買い物に付き合ってほしいでござる」
「あぁ、荷物持ちな。力になるかわからんがオッケーだ」
ソラが答えるとキリメはパッと顔を輝かせた。
「実はお一人様お一つ限定のスイーツが売り出されるのでござる。ジーニャとレイスとガンドレッドも誘ったから、ユークリウスも一緒に来るでござるよ」
「うん、わかった」
「用は済んだか?寝かせてくれ」
「相承知、ではまた」
極東の人らしい礼をすると、キリメはスキップまがいのステップで共同ルームを出ていった。
「よし、これで昼寝ができる」
今日一番、大きなあくびをしてソラは体を伸ばす。夕飯には起きる、と冗談を言ってソラが寝ようとしたところで今度はユークリウスが話し出した。
「ねえ、ソラ?」
「お前まで、なんだ?」
「一週間後と、七日後と、今度の日曜日、全部一緒じゃない?」
「あ?一、二、三、四、五、六……やらかしたな」
ソラは指折り数えてから言われたことに気付くと、今度は大きなため息を吐いて頭を抱えた。押し上げられた前髪が下に垂れる。ユークリウスはそれを梳くように触れると、肩を揺らした。
「他人事だと思って笑ってんじゃねえよ」
「手伝うよ」
「披露宴は手伝えねえだろ?」
「手伝えるよ、結婚披露宴は召使として仮面を付けていれば同行できるんだ」
「ユークリウスは何でも知ってるな」
「本を読むのは好きだからね」
待っていた答えは違うが、それはさておき、決戦は一週間後、今日は寝てしまえばいい。そんなこんなで、やらかしに気付いたソラだったがその日は寝ることにした。
「それで、準備は出来た?」
決戦の日の前日の夜、ソラとユークリウスはソラの部屋に集まっていた。
「あー、何にも準備してねえや」
「だろうと思ったよ」
しょうがないなぁ、とユークリウスは小さい溜息を吐く。
「今からでも間に合うかな?」
「明日に間に合うわけないでしょ」
「やべえな、披露宴は中止か?」
「ロイヴィスタッハ家を没落させる気?」
「それこそあの厳格オヤジにぶっ飛ばされるな」
ソラが肩をすくめると、ユークリウスはクローゼットを開けて一着のタキシードを取り出した。
「ここ俺の部屋なんだけどなぁ。なんで俺の知らない物あるんだろう」
「少し前にマリーさんに頼んでおいたんだ」
ソラの疑問は無視してユークリウスはソラにタキシードを渡す。それを受け取ると一枚の紙が床に落ちた。
「なんだ?」
ソラはそれを拾い上げて開く。そこにはソラの見知った文字でソラへのメッセージが書いてあった。
「メイド長からの依頼で防刃タキシードを作っておいた。少し固いが、全身を守れるようになっている。手袋もしていけ。緊急時には手袋の魔方陣を起動しろ」
「ユークリウス、手袋あるか?」
「あっ、あったよ」
そう言って、ユークリウスはクローゼットの中から一対の手袋を取り出すとソラに手渡した。
「マリーさんに頼めば兄貴に話が行くのは当たり前か」
婚約披露宴に防刃性能がいるとは思えないが、兄らしいと感じながらソラは手袋を付ける。黒地に灰色で魔方陣が描かれており魔方陣が見にくいが、これも何か理由があっての事だろう。素材はおそらく革、しかし所々に別の素材も使われているようで指の動きが阻害されるような固さはなかった。
「助かった」
「どういたしまして。じゃあ、明日の朝、起こしに来るから」
「あいよ、鍵は?」
「持ってるよ」
「おけ、じゃあ、明日な」
手袋を適当に放り投げながらソラは、ユークリウスが帰るのを見送る。
「大丈夫、ちゃんと帰れるよ」
「そうだな、じゃあ、おやすみ」
「うん、おやすみ」
そう言ってユークリウスと別れてすぐソラはベッドに飛び込んだ。
「昼寝したから眠くねえや」
誰にともなく呟いて、部屋の明かりを消すと、とりあえず目を閉じる。気付けば、いつの間にか夢の世界にいた。
「おはよう!起きて、ソラ。今日は一日大変だよ」
そんな言葉と、強烈な日光によって起こされる。
「痛い、日光が目に痛い」
ソラは寝ぼけ眼を擦り起き上がると、くしゃみをした。
「今日、少し寒いな」
「ちょっと変に冷えるね」
「変に……冷える。この国に四季は無いって言ってたよな?」
ソラが脱いでは投げ捨てていく服をユークリウスが拾い上げていく。
「前言ってたやつだよね?無いよ、この国はずっと暑くも寒くもならないんだ」
「けど、今日は変に寒い、と。嫌な予感がするな」
肌寒いを越えて少し冷たいほどに感じる外気が開け放たれた窓から飛び込んでくる。空は灰の雲に隠され雨さえ降りだしそうな表情をしていた。
「雨のにおいがするな」
「僕はわかんないなぁ」
雨のにおいは田舎者しか分からないらしい。その点、ユークリウスは王都出身なのもあり理解できないのだろう。
「蛙が飛び出すぞ」
「何かの隠語?」
「いや、意味深げな言葉使いたかっただけ」
ソラは肩をすくめて窓を閉める。それから適当な上着をクローゼットから引っ張り出すと部屋を出た。
「鍵は持った?」
「ユークリウスが持ってるだろ?」
「こっちは合鍵でしょ」
「閉めれりゃいい」
さあ行くぞ、と歩きだすソラに、ユークリウスは慌てて鍵を閉めるとそのあとをついて行った。
「今日は忙しいよ」
学園寮から目的地の菓子屋に行くまでの道のりを二人でのんびりと歩く。
「一日に三つも用事入れるのは初めてだ」
「今日は九時半にスイートキャンディー、十二時にお兄さんとの決闘、夕方四時に披露宴のお迎えが来るよ」
「社長になった気分だ」
ソラの持つ常識とは少し違い、この世界の人たちは漁業関係等に限らずほとんどの店が日の出前、または日の出と同時間くらいに営業を始める。その分夕方に終わる時間が早いのだが、九時ともなれば、通りはすでに色々な人で賑わっていた。
そんな中をはぐれないようにユークリウスの手を取り縫うように進んでいく。この、はぐれるという表現は言葉通りで、人の集まるところに店ができるというより店ができたところに人が集まるといった都市構造をしているせいで商店街がとても混むのだ。それはもう遊園地かと思うくらいには。冒険者や騎士なんて体力勝負の職業がある世界、男性女性に限らず体の大きい人をよく見かけることができる。そんな中をひょろひょろな学生二人がはぐれないように歩こうとすると手を繋ぐしかないのだ。生まれ育った国の関係でソラは人を避けながら歩いていくのが得意だが、ユークリウスがそれを得意としていないのもある。
時間を選ばないと本気ではぐれることのある商店街をスルスルと進み、目的地に着くと既に他の人たちは店の前で二人を待っていた。
「遅えぞ、二人とも」
時間に間に合ってはいるはずだが、すごい久しぶりに会う気がするガンドレッドに気を取られソラは文句を言い損ねた。
「お待たせ、ガンドレッドも久しぶり」
「おう、ユークリウスもソラも久しぶりだな」
「パンはうまく焼けるようになったか?」
「お前に言われなくても数年前から一人前だ」
そう言う割には、ガンドレッドの手首に幾つかの小さいやけど跡が見えたが、ソラは肩をすくめて見ないことにしてやった。
「じゃあ、入るか?」
「早くスイーツ、でござるよ」
余程楽しみだったのかキリメはフンス、と鼻を鳴らしポニーテールを揺らす。
「私も楽しみ、入ろうか」
キリメとともにジーニャが店に入っていく後に続いて他四人も店に入っていく。
中は、大盛況でほとんどのテーブルが埋まっていた。スイーツ店特有の甘い匂いが心地いい。




