学園編 106「決闘日和」
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コロシアムに降ってきた何かは、嫌な音とともに舞台の地面を削り上げ砂埃を舞わせる。さらに、それはウォールデントを蹴り飛ばすとエンジン音を加速させた。
「誰だよ。ユークリウス、友達?」
「違うよ」
「そうか、で、あんた誰?」
砂埃が晴れてきたのを確認してソラが質問を投げかける。すると、降ってきた何かは名乗りを上げた。
「ランピート、一部の奴にはジャックとも呼ばれている」
「そう、で、ジャック、何か用か?」
ポーションで傷は回復できても疲労までは回復できない。正直、ソラは帰って寝たかった。
「ソラ・アース、お前を倒しに来た」
「さすが俺、人気者だ」
冗談めかしてソラが言うと、ランピートは一瞬複雑そうな表情を浮かべた。
「ハッ、余裕かましていられるのも今の内だぜ」
ランピートはニヤニヤとした笑顔を浮かべてソラを指さす。そこへ、舞台の外から一つ声が掛かった。
「おい、ジャック、すぐそこにいたぞ。名前は……何だったか忘れたけどよ」
声に反応してソラは振り向く。そこには縄で縛られ捕らえられたヒンネラ、ジーニャ、キリメの三人がいた。
そして次の瞬間には、大轟音とともにコロシアムの半分が吹き飛んでいた。ランピートが先ほど立てた砂埃とは、けた違いの砂埃が舞い視界を埋め尽くす。
「こりゃぁ、……予想以上にやべえな」
三人を捕らえた男は砂埃の中で楽しそうに笑って呟いた。
「何を楽しそうにしてやがる」
後ろから聞こえた声に男は慌ててナイフを振る。しかし、そこには何も無かった。
「ランピート!人質はどこにやった!」
男は砂埃の中で叫ぶ。
「知らないですよ、人質はゼクラさんの役割でしょう!」
「クソが、教えられてたよりだいぶやべえぞあいつ」
「王の兄貴は言ってましたよ、ゼクラさんが聞いていないだけです」
ゼクラ。ランピートにそう呼ばれたこの男は、この学園の生徒でもある。現在二年生でダイヤの10のカードを持っている。このゼクラ、実は能力者で砂埃の中でも周りが見える目があるのだが、見回してもソラ・アースの姿は捉えられていなかった。
「クソ、どこだ」
轟音に気付いた生徒や教師が掛けてくる音が聞こえてくる。ゼクラとランピートはそれが到着する前に去るように言いつけられていた。
「ランピート、離脱の準備をしておけ」
「了解」
ランピートの返事を聞いてから、ゼクラは能力を発動した。
「”無口な追跡者”」
代々暗殺稼業を営むゼクラの家は自身の音と気配を消す能力を継いでいる。その能力を使って親を殺せば一人前扱いされるが、ゼクラは僅か六歳で両親を含む暗殺稼業の人間を一度に十人殺したほどの天才である。ゼクラは、自分の能力に自信があったし、一日たりとも修練を怠ったことはなかった。学園内で肩がぶつかってもそれに気づかれないくらいには音も気配も完全に消せる。
「急いでんだろ?」
さっきまでの少年とは思えないほどに暗い声が背中から掛けられ、ゼクラはナイフを振るう。しかし、それは再度空を切った。
「クソ、戦う気がねえのか。戦うなら正面から来いや!」
すぐに自分の能力が通じないと理解したゼクラは、能力を解除して叫ぶ。自信のあった能力が通じないとなり、悔しい気持ちもあったが今はそれどころではないことも理解していた。
ゼクラのナイフには毒が塗られている。即効性が高く、今回は麻痺毒だけだがいつもならドラゴンでさえ即死するレベルの毒を塗っている時もある。人間族一人相手なら掠りさえすればゼクラの勝ちである。
「じゃあ、正面からだ」
その言葉とともにソラがゼクラの前に現れる。それと同時に、ニヤッと笑むとゼクラはソラにナイフを振りかぶろうとして、
「ダメですゼクラさん!」
ランピートの言葉にゼクラは慌てて腕を止めた。
ゼクラの目の前には、人間の皮をかぶった化け物が一匹。ゼクラはそう感じた。
暗殺稼業をやっていれば自分の実力では殺せないと分からされる者が時たまにいる。ゼクラも何人も会ったことはあるし、命からがら逃げた経験だってあった。
だが、この感覚は十数年生きてきてついに二人だけだ。
それに加えてランピートに止められて初めて確認できた。恐らく、いや確実に今ゼクラが攻撃していたらコロシアムの残り半分とともに吹き飛んでいただろう。
「”無口な追跡者”」
再度能力を発動させるとゼクラは走った。能力が通用しないことはわかっていたが、一瞬でも見失ってくれることを願って。
走りながらゼクラはナイフを入れ替える。麻痺毒からヒルの体液を使った流血毒を塗ったものに。
「悪いが利用させてもらうぜ」
申し訳程度に謝りながらゼクラは、未だに舞台の近くに立ってソラを見ていたユークリウスにナイフを振る。
しかし、それは甲高い金属音とともに分厚い防御魔法に弾かれた。
「クソッ、こいつもか!」
もはや通常のガラスを思わせる防御魔法とは違い、まるで透き通る壁とでも表現できるようなユークリウスの分厚い防御魔法はゼクラに戦意喪失を促すには十分すぎた。
「イリーゼ、撤退だ」
そう言ってゼクラはその場から姿を消していった。
「ふぅ、大丈夫か、ユークリウス?」
コロシアムから三人の気配が完全に出ていったことを確認するとソラはユークリウスに駆け寄った。
「僕は大丈夫だよ、ありがとう。コロシアム、ボロボロになっちゃったね」
「半壊してんな」
「あの子たちはどこに?」
「俺の部屋に置いてきた。どこの部品だこれ、こりゃ弁償だな」
リクの稼いだ金があるソラはお金のことはどっちでもよかったが、ただでさえ疲れてるのにこれから怒られると思うとうんざりだった。
「なんとかバレる前に直せたりしねえ?」
「僕はそんなに万能じゃないよ」
何が可笑しいのかユークリウスは、ふふっ、と笑うとソラの肩を軽く叩く。
「僕も一緒に行くから怒られに……」
「え?何?」
言葉を途切るユークリウスにソラは一瞬肩をすくめる。
それから、パラパラと小さく鳴る音に気付き、振り向くと、そこでは盛大に吹き飛んだコロシアムの壁が逆再生でもするかのように元に戻りつつあった。さらに、それを補強するかのように鉄骨のようなものが無から生み出されると壁に飲み込まれていく。
「先生かな?」
「かもね」
二人は教師陣の予想以上の働きに驚きながらコロシアムが全て直るのをその場で待機する。
「うちの教師ってけっこう放任主義なところあるけど、こういうところは凄いよな」
「ソラが先生の話聞いてないだけだと思うけど」
少しして、ついにコロシアムが完全に元に戻るとコロシアムに静寂が舞い戻る。端の方でウォールデントが転がっているのが面白いが、教師は一向に姿を見せない。
「放任主義かな?」
「かもしれない」
コロシアムさえ元に戻したら後は知らない、ということなのだろうか。そんなことを思いながら一瞬困惑顔を浮かべると、ソラは聞きなれた溜息を聞いて観客席を見上げた。
「……兄貴?」
「……久しぶりだな、ソラ」
リク・アース、その人であった。
「兄貴が直したのか?」
「そうだ」
「なんで?」
「弟の不祥事だ」
どこか違う。リクと対面したソラはそれだけを感じていた。そこにいるのに、いないような。幽霊とかに近いイメージ。
「コントロールも出来ない能力を使うな」
「あ?んな事兄貴には関係ねえだろ」
「……”強力な神々の中の帝王”」
ソラが少しけんか腰ですごむと、リクは一度黙った後ソラの分からない言語で呪文を唱えた。
呪文に反応してソラの足元に魔方陣が浮かび上がり、ソラの背中に収束していく。ソラの背中に収まり光が消えるとソラの背中にはタトゥーのように魔方陣だけが残った。
「何をした?」
「能力を強く封印させてもらった」
そう言うとリクはソラに背を向け歩きだす。ソラは、まだ決闘を申し込んでいない、と慌てて小石を拾い投げるとリクを指さした。
「あんたに決闘を挑む」
「……いいだろう、一週間後の正午、ここで」
とだけ言い残すと、リクは溶けるようにその場から消え去った。
それからすぐに教師陣が駆け込んで来て何事か、と問い質されたが証拠がないので二人は何事も無かったかのように振る舞うことでとりあえず事なきを得た。
壁を修復したのがリクだとすれば、またすぐに壊れるようなことも無いだろう。
蹴り飛ばされたウォールデントも、一時的に気を失っているだけで大丈夫らしい。決闘担当の教師には、勝負の結果は引き分けで帰り際にすっ転んで勝手に気を失っただけだと報告しておいた。
爆音をウォールデントのせいにしてもよかったが、後々問題になりそうでやめておいた。また決闘を申し込まれるくらいなら受けて立つが。
「もう大丈夫だ、イリーゼ。追いかけてくる気配はない」
「はいはい、離脱くらい自分たちでしてよね」
校舎の陰で姿を現したランピートとゼクラはしかめっ面をすると口を合わせてこう言った。
「あいつ相手には無理だ」
「そうね、あいつ、私のことも見えてたしね」
そう言って、その何かは溜息を吐くと、
「じゃ、私は先に帰るからね」
気配が段々と遠ざかっていった。
「あいつは、ちょっとおもしれえ奴かもな」
ゼクラはニヤリと微笑んでナイフをくるくると回して見せる。
「そうですね、俺も頑張らないとですね」
「お前の場合、入学しないことには始まらねえけどな」
「そうですね。では、また来ます」
「あぁ、じゃあな」
挨拶をしてから二人揃ってフードを被りなおすと、何事も無かったように校舎裏を出ていった。




