学園編 105「ライバル」
メラメラと燃え立つ炎から観客席にまで熱気が届く。
ウォールデントのセコンドをつとめる、同じスペード寮の生徒はそのあまりの熱さにすでに地に膝をつけるほどだった。
ウォールデントの得意技、自身に一時的に火の精霊を宿すことで大幅なパワーアップを図る”フレイムエンハンス”。剣にさえ炎を纏わせるその技は、親からの遺伝ではなくウォールデント誕生と同時に発現したものだ。
ウォールデントは剣を構えずソラに歩み寄る。
「降参しろ英雄、相手が悪かったと後悔しろ」
今までウォールデントがこの技を発動して相手が降参しなかったことはない。ならば今回もその通りにやればいい、と思っていたが。しかし、相手が悪かったのはウォールデントの方である。
「だから、燃やしてから言えよ」
ソラは拳を構える。コロシアムの舞台を黒く染めゆく灼熱を物ともせず、ウォールデントへと一気に距離を詰めるとその整った顔を殴りつけた。
まさか攻撃が来るとは思っていなかったウォールデントは数歩後退る。それから、一瞬驚きの顔をソラに向けるとすぐに燃える剣を構えなおした。
「これだから化け物は嫌いなんだ」
ウォールデントは吐くように呟く。
「化け物?」
「化け物と言われるのは嫌いか、英雄」
「いや、俺の前にも化け物に会ったような口振りが気になっただけだ」
ソラはそうでもない、と肩をすくめる。すると、ウォールデントは少し眉をひそめた。
「……お前は夏の間どこにいたんだ?」
「極東」
「帰ってきてから兄とは話していないのか?」
「会ってないな」
言われればソラは極東から帰ってきてからリクに会っていない。学校が始まれば寮生活なのもあり、会うチャンスがグッと減るせいもあるだろう。
「決闘中にする事じゃないが、聞くか?」
やれやれといった感じでウォールデントは肩をすくめる。ソラが頷くとウォールデントは剣を地面に突き刺し話し始めた。なんだかんだ優しい奴なのだろう。
「今日から十六日前だ。俺はお前の兄、リク・アースに決闘を申し込んだ」
「何秒持った?」
ソラが少し前のめりにウォールデントに尋ねると、一瞬の間の後、溜息を吐いた。
「二秒だ」
「二秒って、副会長と一緒じゃねえか。対策はしてかなかったのかよ」
「しないと思うか?」
「お前がバカじゃなければ」
「燃やすぞ」
ウォールデントはしかめっ面になりながら体から出る炎をさらに燃え上がらせる。
「で?」
「コロシアム全体が凍らされては太刀打ちなど出来ん」
「まあ、俺も倒せないで兄貴を倒すなんて無理だろうな」
「……お前の兄も同じことを言っていたがな」
今日一番大きなため息を溜息を吐くとウォールデントは地面から剣を引き抜く。それからソラに向かって構えると、立て、と言い放った。
「見ろ、もう邪魔者はいない」
言われてソラは周りを見渡す。観客席に一杯いたやじ馬たちはいつの間にか一人も残っていなかった。
「ユークリウス、大丈夫か?」
「僕は大丈夫だよ、気にしないで続けて」
「クリン、もう下がっていい」
「わかった」
クリンと呼ばれたウォールデントのセコンドが下がっていく。
それを見届け、すでに舞台だけでなく壁さえ焼き始めたウォールデントの炎を、チラつく髪の毛でも払うかのように撫でるとソラは飛び出した。一直線にウォールデントへと向かっていき、剣の届く間合いの寸前で無理やり急ブレーキをかけてフェイントを掛ける。極東の老人に対してさえ一度は通用しかけたソラお得意の技である。
ソラの思惑通りウォールデントは剣を振り下ろす。それを紙一重で当たらないように攻撃に転じようとしたところでソラは胸の痛みに気付き慌てて飛び退った。
「チッ」
盛大な舌打ちにソラは自分の胸を見る。綺麗な斜め線から赤い液体が流れ落ちていた。
「避けたはずだ」
「原理がわかるまで斬られ続けることだ」
ウォールデントがにやりと嫌な笑顔を浮かべる。
しかし、バカなソラはとりあえず言われた通りに再度突っ込んでいった。
突っ込んで斬られてはまた突っ込んで吹っ飛ばされてを繰り返すことその数、百を超えたころついにウォールデントの魔力切れとソラの体力切れにより勝負は引き分けとされた。
「あー、疲れた」
身体中血だらけになりながらも少し笑いながら、ソラは舞台に倒れこむ。そこにユークリウスが駆け寄るとポーションの入ったビンをひっくり返した。熱せられて熱々になったソラの体にポーションの液体が触れると、肉が焼けるような音を立てながら一気に水分が飛んでいく。こんな状態で体内の水分が気化していないのは不思議だが、ソラにとっては正直どうでもよかった。
ポーションの効果により傷がある程度癒えるとソラは立ち上がる。
「途中で気付いた、炎を物体にして操れる能力だろそれ。魔法じゃない」
「……能力者だとどこでわかった?」
炎を物体として操っているということがバレることは予想していたが、能力者だと見抜かれるとは思っていなかったウォールデントは聞き返す。
「その考え方だ」
「考え方?」
「この世界の技術は発展しているようで魔法方面以外は全くだ。まぁ、ユークリウスが博識だからわかったことなんだけどな。炎が物質だとか物体だとか、そういう知識はここにはない。生まれると同時にアカシックレコードを見たか、神に会ったかどっちかかなと」
あまり自信のないソラの推理に、ウォールデントは今日一番の驚きの表情を浮かべた。
「アカシックレコードじゃない。神だ」
「神との邂逅パターンか」
自分の推理が当たったことにソラは小さくガッツポーズをする。
「神との邂逅をパターンで言い包める奴には初めて会ったが、お前の兄でも言い当てられなかった事を言い当てるとは。確か、お前は兄を超えることを目標にしていると聞いたが、まず一歩か?」
自分の事の様に嬉しそうな表情を浮かべてウォールデントはソラに聞く。絶対にこいつはいい奴だ。しかし、
「いや、兄貴なら戦う前から知ってたろうな」
「何?」
「兄貴が戦う相手の情報を集めないはずがない。しかも、あいつは国の重鎮と仲がいいから相当細かい事まで知ってると思う」
「その上で俺にあんな魔法を使ったのか?」
ウォールデントはありえない、と呟いて訝し気な表情をする。それに対してソラは少し考えると周りを見渡し始めた。それに釣られてウォールデントも周りを見回して、相変わらず誰もいなくなったコロシアムを再確認して首を傾げた。
「こんな威力だ、あの兄貴が警戒するわけだ」
「どういうことだ?」
「この威力の炎を出せるとこを知って、心配性の兄貴は開始と同時に炎を封じる形で思いっきり氷の魔法でコロシアムを覆ったんだろう。俺は見てないからどれくらいの規模かは知らないけどな」
「防御魔法の内側全体が一瞬にして凍り付いた」
「それほど怖がった証拠じゃね?」
「……そう、だったのか」
衝撃の事実にウォールデントは小さく笑ってしまう。
「じゃあ、お前との戦いの様に開始と同時に……」
「いや、勝つのは無理だぞ。負けるまでの時間が十秒増えるくらいだろ」
「……そうだな」
ウォールデント自身、戦う前からリク・アースに勝てないことくらいは予想できる範囲だった。あの、陰で”氷の騎士”とまで呼ばれる副会長が剣さえ抜かず敗北したのだ。もちろん、あの時の試合はウォールデントも端で見学をしていた。開始と同時に発せられた殺気に、逆流してくる昼食を抑えるので精一杯だった事しか覚えていない。
その男が、副会長を気迫で圧倒した最強格の男が、痩せこけていたのだ。まるで、断食中の敬虔な信徒の様に。冷たく物を見ていた眼光は虚ろを覗き込み、細いながらも適度に鍛え上げられていたはずの肉体は骨と皮ばかり。決闘を申し込んだ瞬間さえ、返す言葉はかすれていた。
「リク・アース、その体はどういう事だ」
ウォールデントが聞くと、リク・アースはこう返した。
「お前などが知って何になる?」
瘴気さえ吐き出しそうなほどにかすれた溜息はウォールデントを激昂させるには十分だった。
しかし、結果は知っての通りの大敗北。英雄家というものはそう甘くはないものだ。それはウォールデントもよく知っているはずだった。
「スペード一年、K、ウォールデント、旧姓、ウォールデント・ノール。亡くなった先代英雄家の隠し子だということが判明しました。本人もそれは理解しているようです」
痩せた男は数枚の紙を持ち一人の女生徒に話しかける。女生徒はやっぱりかー、と頷くと男に聞き返した。
「見込みはありそう?」
「今のところ、ありません」
「あら、手厳しいのね」
女生徒の言葉に男は困った顔をする。どこが可笑しいのか、女生徒はクスクスと笑うと勢い良く立ち上がった。
「さて、準備しないとね」
「……。」
「覚えてるってば。私に勝てたら、考えてあげる」
余程自信があるのか、招き猫の様に男に付いて来るように示すと部屋を後にした。
「またいつでも決闘申し込みに来いよ。いつでも相手してやるぜ」
「え、……あぁ、また鍛えて今度はお前を叩き切ることにしよう」
ソラの言葉に我に返ったウォールデントは、気に食わないながらも頷くと剣をしまう。
「寮でも話しかけてくれたっていいんだけどな?」
「女ばかりと一緒にいるお前と同族と思われては恥だ、遠慮しよう」
「言ってくれる」
ソラが笑うと、ウォールデントも笑い返す。
一件落着、そう思われた次の瞬間。
「お前かぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
ソラもよく知る、耳を引き裂くようなエンジン音とともにコロシアムの舞台に何かが降ってきた。




