学園編 104「炎の魔法剣士」
「俺はお前を英雄とは認めない、ソラ・アース」
極東から帰ってきたソラが学園にて最初に言われた言葉がそれだった。
極東の山奥で仙人じみた爺さんに会い、先に行きたければ私を超えていけと言われ挑戦し続けること早一か月。ソラはついに向こう側に行くことは出来なかった。代わりに嫌になるほど極東の武術を教えられたわけだが、比較対象が爺さんしかおらず戦闘の苦手なユークリウスに相手をさせるわけにもいかず、ソラ自身どれほど強くなれたのかはわからずにいた。
「お前が英雄になってから出直してこい」
だが、それとこれとは話が別である。ソラは売られた喧嘩は買う派だった。
「ちょっとソラ、ケンカ売っちゃだめだよ」
ユークリウスが慌ててソラを止めるがそれももう遅く、相手によって手袋は投げられソラはそれを拾うと投げ返した。投げ返す必要はないが、手袋による決闘の申し込みは古くからある作法だ。もちろんソラもそれを知っていて拾い上げたのである。
結果としてソラとその者の決闘が執り行われることになったわけだが。
「バカなの?」
「阿呆でござるな」
「相手もソラもね」
女性陣から盛大にブーイングを食らってしまった。
相手は同じスペード寮の生徒でKのウォールデント。炎属性の魔法を使う魔法剣士らしい。ソラとしては、寮の歓迎会の時に舌打ちをされたくらいの記憶しかないが。
数字で言えばQであるヒンネラの一個上。入学試験でウォールデントを見たことのあるヒンネラ曰く、
「天地がひっくり返っても勝てないわよ。ここが天地開闢前の世界だったとしても無理ね」
とのことらしい。
「持って一分でござろう」
キリメまでそんなことを言い始める始末。
「お前ら俺が勝ったら覚えてろよ」
「いいわよ、勝てたら地に頭付けた謝罪でも何でもしてあげるわ」
「言ったな?何でもするって言ったの聞いたからな?」
と、言質を取ったところで名前を呼ばれたソラはコロシアムに入っていく。観客席はすでに百人を優に超える生徒で一杯だった。
「一杯いるね」
セコンドをやると言ってくれたユークリウスがソラのすぐ後ろについて話しかけてくる。女性陣がブーイングの嵐だったのに対しユークリウスは決闘が決まってしまった後からはソラに何かを言うことはなかった。そんなユークリウスを引きつれて中央の舞台に上ると観客席の一部から黄色い歓声が沸いた。チラとそちらを見るとユークリウスファンの女生徒たちらしく、ユークリウスに手を振っていてユークリウスも笑顔でそれに手を振り返していた。ソラ×ユークリウス等と書いてある気もしたが、ソラは見ていないことにした。
「逃げなかったか」
「当たり前だろ」
赤と白の貴族っぽい服に銀に輝くひざ丈の鎧ブーツ。おしゃれなのかはソラにはわからないが、歓迎会の時にそれが原因でヒンネラのスイーツに滑ったのは忘れたのだろうか。
「両者、位置について」
学園教師の合図にソラとウォールデントが向かい合って睨み合う。
「ソラ?」
「なんだユークリウス?」
「……何でもない」
何を確認したかったのか、ユークリウスは一度ソラの名前を呼んで顔を覗き込むとソラの背中を少し押した。
「そうか」
それからそれぞれのセコンドが舞台から降り白旗を持っているのを確認すると教師は一度頷いた。すると観客を守るように防御魔法が展開される。万が一レベルの事でもない限りそれが破壊されるようなことはないらしい。そう言われるとソラには破壊しろと言われているような気がしてしまうのだが、この学園の生徒には校長の作る防御魔法に絶対の信頼を置いているらしく破壊が懸念されるようなことさえなかった。
「ここに、女神の加護の元、決闘を開始します、決闘始め!」
教師は腕を振り下ろすと同時に後ろに飛び退る。次の瞬間、ソラは炎の柱の中にいた。
「一分も持たなかったわね」
開始と同時に燃え上がった舞台を見てヒンネラは呟く。
学生どころか大人でさえ無詠唱で魔法を発動できる者はほんの一握りしかいない。決闘の開始前からの詠唱は禁止されていないが、ウォールデントがよほどソラの実力を懸念したのだろう。決闘前から詠唱された炎の魔法は開始と同時に発動されソラの体を包み込んだというわけだ。
「ソラは大丈夫かしら?」
「女神の加護があるから大じょ……」
ソラを心配し背伸びをしてのぞき込もうとするジーニャに返そうとしてヒンネラはハッとして言葉を止めた。
「どうしたの?」
「女神の加護のある決闘では相手を殺せる威力の魔法は発動ができないわ」
「そうだね?」
女神の決闘においてそれは常識であるが、いまいちその真意が分かっていないようでジーニャは小首をかしげる。
「あの威力の炎魔法でソラは死なないってことよ!」
随分と離れているのにも関わらず肌が焼けそうな威力の炎魔法。セコンドとして立っているユークリウスまで涼しい顔をしているのもヒンネラには理解できなかったがそれ以上に、魔力も成績も一切無いソラがあの威力の炎に耐えられると女神によって判断されたことが理解できなかった。
ウォールデントの指示なのか、ウォールデントのセコンドは常に白旗を手に持っている。対してユークリウスはどういう訳か白旗は腰に引っ掛け炎に包まれたソラを見つめていた。
やがて炎が消えていきその中から上の服が燃え落ちたソラが出てくると、突然の炎に静まり返っていた観客席は一斉に湧き上がった。
「せっかくのパーカーが燃えちまっただろ。あれ兄貴じゃないと直せねえんだぞ」
「無傷とはな」
軽口をたたくソラをウォールデントは睨む。
「だが、俺はお前など認めない」
ウォールデントはソラに飛びつき剣を抜き振るう。しかしソラはそれを避けながら鼻を鳴らすとウォールデントに話しかけた。
「さすがの剣技だな」
「随分と余裕だな!」
ウォールデントはさらに速く剣を振るう。それでも尚ソラはウォールデントの剣を紙一重で避け続ける。
さらに幾度かソラがウォールデントの剣を避け続けていると彼は一つ舌打ちをしてソラと距離を取った。
「アース、何のつもりだ」
ウォールデントはソラに剣を向ける。
「何がだ?」
ソラが肩をすくめて見せるとウォールデントは再度舌打ちをした。
「そのへらへらした顔を焼き尽くしてやる」
そう言うと、ウォールデントは自分の前に剣を突き立てると何かの詠唱を始めた。本来であれば魔法使いと近接系の戦いにおいて長い詠唱はただの自殺行為である。しかし、ウォールデントはただの魔法使いではなく少し特殊な魔法剣士である。詠唱中でも隙は出来にくい。それに加え、実はソラはウォールデントの剣を避けるので精一杯なのだ。自分から攻勢に転じては一撃をもらう可能性が十分にある。それを隠すために演技をしていたわけだが、うまく引っかかってくれたようでソラは安心していた。
ただ、今何かの詠唱をしているということはこの後に何かが来るということだ。能力の使えない現状、これ以上早くなられると追いつけない。かと言って詠唱を邪魔するのも危険。降参するなんてもってのほか。正直、ソラは詰んでいた。
「火の精霊よ、我に力を貸したまえ、フレイムエンハンス」
ついに詠唱を終えたのかウォールデントは剣を抜き放つ。それと同時に剣とブーツが炎を纏った。メラメラ、パチパチと燃え上がる炎の中でウォールデントは長めの溜息を吐き再度ソラに剣を向ける。
「俺が英雄になるんだ」
低く響く声でそう呟くと右目を燃え上がらせた。
毎度お待たせしております。




