番外編 103「ファミリア」
黒いミノタウロスの怒号が辺りに轟く。それに呼応して周りのミノタウロスも口々に吠え出した。
ミノタウロスたちの目が赤く染まり一段と動きが早くなる。モルヴァイスはその猛攻を受け止めるのに精一杯でノーズワルドの援護に回れるような状態ではない。
「撤退だノーズ!」
モルヴァイスは大声でノーズワルドに言う。
しかし、ノーズワルドは振り下ろされる黒いミノタウロスの拳に思い切り剣の腹を打ち当てるとその腕に大剣を振り下ろした。丸太ほどの太さのあるそれにノーズワルドの大剣が突き刺さりドロドロと黒い液体が零れ落ちる。
苦痛の声を上げたミノタウロスは、再度勇ましく吠えるともう片方の拳を振り下ろした。ノーズワルドはそれを剣の柄で受け止めるとその勢いのまま黒いミノタウロスの腕を捩じ切る。
あまりの痛みにうずくまる黒いミノタウロス。黒い液体で泥になり滑りそうな地面に足を据えるとノーズワルドは黒いミノタウロスの角を掴み渾身の膝蹴りとともにそれをへし折った。
「や、やった」
のけ反りながら倒れ行く黒いミノタウロスを見てモルヴァイスは驚きながら声を上げる。しかし、腕はだらりとして使い物にならず、大事な角も中ほどから折れていようと黒いミノタウロスは立ち上がろうとしていた。
「どんだけ生命力高いのよ!」
レーナ―は文句を言いながらも周りのミノタウロスを杖で殴りつけゼロ距離で魔法を放っていく。
黒いミノタウロスも這う這うの体なのに加え、次々と倒されていく仲間たちにミノタウロスはついに撤退を始めた。
まるで悪魔でも見たような表情で森の中へと消えていくミノタウロスを見送るとモルヴァイスたちはノーズワルドと黒いミノタウロスのもとへと集まった。
「こいつが原因か?」
「そうだろうな、ミノタウロスにもゴブリンキングの様に群れを統制できるような上位種が生まれたんだろう」
「それは、ギルド報告案件?」
ノーズワルドの回復をしながらミナレスは黒いミノタウロスに触れようとする。それに反応して唸り声をあげる黒いミノタウロスにビビりながらも傷口に触れるとそれの手触りを確かめ始めた。
「おい、やめろ、ミナレス。報告か、必要だろうな。こいつを縛り上げたら行こう」
そうして一先ず目的を決定すると、”金獅子の鬣”は帝都のギルドへと黒いミノタウロスを連れて行った。
こいつを預けて少し報告をすれば終わり。少し遊んで帰ろうか、等と話していた一行がギルドにつくと予想外の人物が待っていた。
「ご苦労、金獅子諸君」
群青色の髪に一見して眠そうにも見える細い目、黒いコートを着たその人物は今回の依頼の依頼者本人。影の英雄、リクだった。
「なんでリクさんがここに?」
ノーズワルドは黒いミノタウロスを縛ってある縄を放すとリクに駆け寄る。
「依頼の品を受け取りに来た」
「リクさんの事だからそれだけじゃないんだろう?」
「察しが良いな」
そう言ってリクはコートのポケットから何かを取り出すとノーズワルドに手渡した。
「これは?」
とぐろを巻いた蛇が一本の剣で貫かれているようなデザインのメダリオンやカメオと呼ばれるものが全部で四つ。”金獅子の鬣”の四人に向けての物だということは予想ができた。
「話がある、全員だ」
「わかった」
話があると言ってギルド奥の一室に入っていくリクに付いて行くと中には王都と帝都のギルドマスターが待っていた。
金獅子一行が部屋に入ると二人のギルドマスターは立ち上がり握手を求める。会えて光栄です、と金獅子一行はそれぞれ握手をし返すと向かい合うようにイスに座った。
「まず、ノーズワルド君、リクさんから受け取った物を配ってもらえるか?」
「はい」
進行を務める王都のギルドマスターに対して頷くとノーズワルドは蛇と剣のメダリオンを三人に一つずつ手渡した。
「変なデザインね、蛇でも倒したいの?」
「蛇は街中にいたら怖いし駆除してくれるのは嬉しいかも」
「それはあるかも」
レーナ―とミナレスはメダリオンのデザインが気になるようで話に花を咲かせ始める。しかし、脱線していては話が進まない、と王都のギルドマスターは一つわざとらしい咳をすると続けた。
「私たちはリクさんの提案をもとにある計画を進めている」
ノーズワルドとしてはリクが関わっている時点ですでに嫌な予感しかしないが、リクが主として行う物事の大きさも理解していた。
「結果から伝えてしまうと、アース家の屋敷を拠点として”ファミリア”というものを始めてみることになった」
「ファミリア?」
ノーズワルドとしてはあまり聞かない言葉だったので素直に聞き返す。すると、王都のギルドマスターは頷いて続けた。
「簡単に言えば、ギルドと提携を結んだ大規模なクラン、又は新人育成機関だ」
「簡単に言われてもわからなかったので、一通り説明を」
「そうしよう。まず、何から説明したものか。そうだな、孤児院や貧民街の子どもを数人アース家の養子として引き取り冒険者、魔導士、傭兵、騎士、それぞれのプロフェッショナルの指導の下、次世代の英雄を育て上げる。いわば英才教育というやつだ」
もっとわかりやすく言い直すと王都のギルドマスターは、何か気になることがあるのか小さくため息を吐いた。
「それで、ギルドと提携を結ぶというのは」
”金獅子の鬣”のようなクランと呼ばれるものも基本的に冒険者ギルドに登録して依頼を受け報酬をクランとして受け取りそこからクラン経営費やクランメンバーの給料を出す。大手クランになればクランメンバーの集合場所や宿泊のための建物を持っていたり、息子娘を自分のクランに入れ小さいころから育て上げるようなクランもすでにある。ギルドがないこともあり騎士や傭兵向けのクランは聞いたことはないが、それ以外は至って普通に聞こえた。
「そうだな、クランとファミリアの違いを少し。君たちみたいなクランも、ギルドに登録はしているが依頼はギルド持ちだな?」
「えぇ、私たちは傭兵ではなく冒険者です」
ノーズワルドは頷いた。
「傭兵は冒険者の指名制度に近いことやっているからな、一概には言えんが。クランとファミリアの違いは依頼の保管場所だと言ってもいいかもしれない」
「依頼の保管場所?」
「報酬の出る場所も違うと言っていいかもしれない」
「どういうことです?」
段々と絡み合ってくる話にノーズワルドは、もとい”金獅子”一行は眉をひそめ始める。
「アース・ファミリアはギルドから高難易度依頼や長期的に放置されてしまっている依頼を受け取り、必要に応じてその報酬額を引き上げるなどして依頼を達成していってもらうことになる。実は、ファミリアに関してはまだあるのだが、君たち”金獅子の鬣”に話しておきたいのはここまでだ」
「はい」
「それでだ、そのファミリアの一員になって欲しい」
どうだ、と王都のギルドマスターは前のめりに聞いてくる。説明が圧倒的に足りていない気がしたが、ノーズワルドはとりあえず頷くと返した。
「まとめると、依頼をギルドではなくファミリアから受けながら新人育成もしてくれってことでしょう?」
「無論、無償ではない」
流石に自分たちの生活もある、と言おうとしたノーズワルドを遮るように、リクがおもむろに立ち上がると鍵が二本投げ渡された。
「衣食住をすべて提供する。屋敷には召使もいる」
「この鍵は?」
「屋敷の部屋の鍵だ。自由に使え」
そう言い残してリクは足早に部屋を出ていく。去り際には少し慌てたような表情でコートを翻すと胸ポケットから何かを取り出していた。
まるでにわか雨が去った後のような部屋に”金獅子”一行と二人のギルドマスターが残される。どこか締まらない終わり方に肩をすくめると帝都のギルドマスターは部屋を出て行った。帝都は決闘場のせいで忙しいんだよな、等と寝不足な目を掻きつつぼやきながら。
「リクさん、珍しく急いでたな」
興味があるのか興味がないのかあくびをしながらモルヴァイスが言う。
「用事を一度に三つも四つも抱えるような人だ。俺らが思ってるよりもさらに忙しいんだろうさ」
「あー、私もそろそろ退室しよう。後のことはクランで話し合ってくれ。わからないことがあれば、今日中であれば旧帝都にいる」
「了解です」
良い意味でも悪い意味でも自分のペースを貫くリクに退室のタイミングを奪われた王都のギルドマスターは困ったような表情で――実際困っているのだろうが――笑いながら席を立つと部屋を出て行った。
部屋には”金獅子の鬣”の四人が残される。本来ここで説明の足りない一大プロジェクトに参加するかしないか議論を交わすべきなのだろうが。金さえもらえば何でもやる傭兵崩れのノーズワルドはもちろんのこと、冒険者は金の力には勝てないらしい。
何だか可笑しくて自虐的に鼻で笑うとノーズワルドは鍵の片方をミナレスに投げ渡す。てっきりレーナ―に投げられると思っていたミナレスは慌てて手を伸ばすとその鍵を受け取った。
「今この時よりクラン”金獅子の鬣”は”アース・ファミリア”に入る。意義がある者は?」
ノーズワルドは三人の顔をゆっくりとしっかりと見ると頷いた。
「満場一致。……王都に帰ったら屋敷暮らしだ!」
「シャアアアァァァァ!」
「やったぁ!」
モルヴァイスとレーナーはイスを吹き飛ばしながらガッツポーズをする。それを見てミナレスは笑顔を浮かべていた。
「召使よ、召使。普通に冒険者なんかやってたら死ぬまで見れないわ!」
「おう!今から楽しみだ。そうと決まれば早く帰ろうぜ」
そう言ってモルヴァイスは嬉しそうにノーズワルドの背中を叩く。しかし、ノーズワルドは帰るのは明日になる、と返した。
「何でだよ?」
「夜に決闘場を超えるのは危険だからだ。それに、色々と手続きがあるんだ」
お前らはやったことないから知らんだろうがな、ノーズワルドは続けた。
「それは俺がやるって言ったから文句があるわけじゃないが、さて、正直あまり意味の分からないファミリアというものに入ったわけだが、言ってしまえばちょっと高級な宿に泊まってるだけだ。周りが変わろうと俺らが変わるわけじゃない。気を抜きすぎるなよ?Aランククランになるんだ」
ノーズワルドは拳を握って前に掲げる。それにぶつけるように各々拳を突き出していく。
「当たり前でしょ?」
「りょうかいです」
「もちろんだ」
四人で目を合わせ頷き合う。それから、立て掛けてあった武器を手に取ると部屋を出た。
100話記念番外編はこれにて終了です。
次話からは本編に戻ります。




