番外編 102「アヒとの出会いから」
何の変哲もない普通の道に、千差万別一人として同じ者は通らず。そこには理由があって悪事を働く者もいるのだろう。しかし、例え筋が通っていようと、それを許せないこともある。
「幼い少年一人に寄ってたかって、いいご身分だな」
「てめえ、よくも兄貴を!」
ノーズワルドに殴り飛ばされた男を介抱しに行った下っ端の一人がノーズワルドを睨む。睨まれたノーズワルドは威圧を込め睨み返すと拳を握り締めた。
「やんのか、オラァ!」
睨み返された男は逆上してナイフを取り出す。それと同時にノーズワルドは腰を沈め臨戦体勢を取った。
男はノーズワルドに走ってくるとナイフを乱暴に振るう。しかし、ノーズワルドはそれを紙一重でかわしその腕を取ると曲げてはいけない方向に思い切り捻じ曲げた。
「ああぁぁ、痛えぇ!」
他人を痛める奴に限って痛みに弱いのはよくある話だが、今回は相手が悪かったと思ってもらいたい。
「俺は傭兵崩れの冒険者だ。対人戦でチンピラになんぞ負けんぞ」
そう言ってさらに男の腕を曲げる。すると、男は情けない悲鳴を上げ降参を示した。
仕方なくノーズワルドは男の腕を放す。解放されるとすぐに男は走り去っていく。それについて行くようにもう二人も逃げて行った。
「……おじさん?」
「なんだ?」
一件落着すると少年は怖ず怖ずといった様子でノーズワルドの袖を掴んだ。
「ごめんなさい」
目尻に少し涙を溜め少年はノーズワルドに謝罪をする。しかし、ノーズワルドは首を横に振ると少年を抱き上げた。
「親というのは子どもを守るものだ」
「でも、――」
「いいや、君はもう俺の子どもだ。今決めた」
いいな、とノーズワルドは少年に改めて実感させる。すると、少年は端に溜まった涙を一筋地に落とした。
「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい」
泣きじゃくる少年を抱きしめると背中を優しく叩きながらノーズワルドはまた通りを歩きだした。
少年を抱っこしながら通りを歩きだしたはいいがいつの間にか少年が腕の中で寝てしまっていることに気付きノーズワルドは目的地についてもいないのに宿屋にとんぼ返りすることになった。
「お?早かったな」
「少しあって、な」
「そうか」
昼前にすぐに帰ってきたノーズワルドをモルヴァイスは自慢の盾を磨きながら迎えた。
ノーズワルドは少年をベッドに寝かせイスに勢いよく座る。ついやってしまってから少年を起こしてしまわなかったかと心配になり一度少年を見てからイスに背中を預けた。それからはぼーっとモルヴァイスの作業を見つめる。モルヴァイスはノーズワルドに何かがあったのはわかっていたが、何も聞くことはなかった。
それから特に話すこともなく日が沈みかけるまで二人は各々の作業をして過ごした。空がオレンジに染まった頃、少年は目を覚ますと大きなあくびをした後に二人を見て首を傾げる。どこか自分と同じ顔があるような気がしてノーズワルドはモルヴァイスの方は見なかったが何となく予想できるような気がしないでもなかった。
「おじさ……お父さん?」
「どうした?」
ノーズワルドは少年に近寄るとその手を取る。少年はそれを握り返すと笑顔を浮かべた。
「ぼくの名前はアヒです、よろしくおねがいします!」
「あぁ、よろしく」
答えてノーズワルドは少年を抱き上げた。
「モルヴァイス、飯と明日の準備だ。いくぞ!」
「……了解!」
いつもと少し違うノーズワルドに少し戸惑いながらもモルヴァイスは盾を壁に立て掛けると共に宿屋を出た。
「いいか、アヒ、すぐに帰ってくるからこの部屋にいるんだぞ。誰かが来ても扉は開けるな。俺が帰ってきたときは扉は開けられる。いいな?」
「はーい!」
そうして次の日、ノーズワルドの心配を知ってか知らずか元気に返事をしたアヒを一人宿屋に置いてノーズワルドとモルヴァイスはレーナ―、ミナレスと集合するために太陽が地平線から顔を出し始めたころに二日前と同じ酒場に集合した。
相変わらず、前日からの徹夜なのか朝帰りなのか酒場は賑わっている。朝が早すぎてまだ市や商店街が開いていないというのも関係しているのかもしれないが。
「あー、おはよう、ノーズ、モル」
大きなあくびを手で押さえながらレーナ―が二人のいるテーブルに座る。相変わらず魔法使い然としたローブを羽織っている。特に意味は無く気分で着ているらしい。
「おはよう」
ミナレスは朝が苦手ではないのかしっかりと身支度を整えフードで寝癖を隠したりするようなことはしない。
「おはよう、早速だがすぐに行こう。朝の早いうちにミノタウロスにケンカを売りたいと思ってこの時間にしてもらったんだ」
「これで昼からだったら殴り飛ばしてたわよ」
いくら何でもノーズワルドは意味もなくそんなことはしないが、意外と信用されていないのだろう。
話はいつでも出来る、とノーズワルドは立ち上がり店を出ていく。ほか三人は慌ててそれについて店を出た。
「目撃情報は南門の先だ。今日は道草食わないでまっすぐ行くからな」
筋肉の塊であるモルヴァイス程ではないにしろ体の大きいノーズワルドが身の丈ほどの大剣を背負って道路を歩くとその威圧感に歩行者は横に避けていく。
「ねぇ、ノーズどうかしたの?」
数歩ほど後ろを歩きながらレーナ―がモルヴァイスに小声で聞く。モルヴァイスは一度ノーズワルドの背中を見てからレーナ―に昨日のあらましを話した。
「へぇ、ノーズらしいといえばそうだけど、大けがでもしないといいわね」
「俺もそれは思ったよ」
応援半分、心配半分といったレーナ―とモルヴァイスに賛同するようにミナレスも笑って頷く。
「アヒ君だっけ?は、今どこにいるの?」
「今は宿で留守番だ。だから早く帰りたいんだろうな」
「何よ、本当の親でもないのに。面白いじゃない、私もその子に会ってみたいわね」
口で皮肉を言ってはいてもレーナ―は少しにやけながらノーズワルドの背中を見る。
「じゃあ、早く終わらせて帰るか」
「そうね、今回は本気出してあげる」
「え、いつもは本気じゃなかったの?」
「うるさいわね、いつも以上よ!」
モルヴァイスに追いつくように早歩きで歩きながらレーナ―はモルヴァイスの腹を殴る。殴られたモルヴァイスはまるで痛いよ、とでも言うように殴られた腹をさするといたずらっぽい笑顔を浮かべた。
「ねぇ、一体じゃないの?」
「数に関しての情報は、そういえば聞いていなかったな」
ノーズワルドの宣言通り道草を食わずに南門まで到着し街壁を上った一行の視界には、踏み固められた草地に佇む数体のミノタウロスが入り込んだ。
「異様に強いと噂のミノタウロスはどれですか?」
ノーズワルドが付き添いの街壁門守護兵のに尋ねると、思ってもみなかった答えが返ってきた。
「あれ全部が、ですよ。幸いある程度以上門には近づきたくないみたいで死者までは出ていないですが」
「それでも通常のミノタウロスの平均より強いせいで排除がしづらい、と」
「ご名答で」
兵士の名が泣きますよ、と門兵は肩をすくめて見せる。その兵士に対し、気にするな、と肩をたたくとノーズワルドは一軒家二軒分は高さのある街壁から飛び降りた。門兵は慌てて下を覗く。すると、下ではその高さを物ともせずにノーズワルドが土埃とともに何食わぬ顔で着地していた。
「あいつの方が俺より筋肉ダルマだって思わない?」
モルヴァイスは兵士に肩をすくめながらノーズワルドに続いて飛び降りる。
まさか貴方達も?と、少々引きつった顔の門兵を無視してレーナ―は魔法の詠唱を始めるとミナレスの腰を抱いて飛び降りた。
それと同時にミナレスの悲鳴が辺りに響き渡る。異様な光景ではあるが、”金獅子の鬣”にとってはよくある光景だった。
浮遊の魔法でふわりと地に降り立ったレーナ―とミナレスを背にしてノーズワルドとモルヴァイスはそれぞれ剣と盾を構える。ミナレスの悲鳴に反応してこちらに気付いたミノタウロスはしかし、警戒しながらもこちらに来ることはなかった。
「確か、ミノタウロスは好戦的な魔物だったはずだよな?」
「そうね、そのはずよ」
レーナ―はミノタウロスから目を離さず聞くノーズワルドの後ろからミノタウロスを覗き見て答える。息荒くこちらを睨んではいるものの、何故だか街から一定以上の距離を常に取りながらうろうろとしていた。
「街に被害が出ていないなら後回しにされるのもわかるな」
皇帝没後の帝都付近が決闘場などと呼ばれるようになって毎日のように、昼夜構わず魔物の侵攻が起きるようになってしまったわけだが、ミノタウロスの危険度は低くどうしても後回しにされたのだろう。繁殖力の強いゴブリンや虫型の魔物の方が数がよほど厄介ですぐに数が増え戦場が、決戦場が混沌と化してしまう。
「いつも通りだ。最初の作戦との違いはミノタウロスの数だけだ」
「そこが一番問題なんだけどね」
「魔法使い様はミノタウロスが怖いのか?」
ノーズワルドは挑発するように笑う。
「んなわけないでしょ、魔力の半分も使わないで殲滅できるわよ」
レーナ―はいつも通り高慢に返すと、腰から青い宝石の付いた杖を取り出した。
「ノーズ、この依頼無事に達成出来たら壁から飛び降りるのは無しにしてくれる?」
「考えよう」
「わかった、がんばる」
嬉しそうに頷くとミナレスは魔法を唱え始め、手に緑色の魔方陣を出現させた。
「モルヴァイス、準備はいいか?」
ノーズワルドは最後にモルヴァイスに聞く。
「もちろんだ、ついて行くぜ」
「ミナレスとレーナ―を頼むぞ」
「お前はどうするんだ?」
「心配するな、行くぞ!」
ノーズワルドの言葉に三人が応、と返事をする。それから一度ばねの様に力を溜めると”金獅子の鬣”は飛び出した。
走り出した人間に反応してミノタウロスは空に吠える。
剣を振り魔力を飛ばし、時には麻痺や睡眠の魔法をかけ動きを封じ、剛腕から放たれる殴打を大盾で受け止める。
”金獅子の鬣”は綺麗に連携を取りながら一体ずつミノタウロスを狩っていく。
「ノーズ、後ろだ!」
敵の攻撃をいなし剣を振るうことに夢中になり周りを見ていなかったノーズワルドは、突然のモルヴァイスの言葉に慌てて振り返る。
そこには、通常のミノタウロスより一回りも二回りも大きい黒いミノタウロスが、その巨大な拳を構えノーズワルドを睨んでいた。




