番外編 101「獅子の葛藤」
日も沈み通りを歩く人影も随分と減って来た頃、ノーズワルドとモルヴァイスはようやく飲み終わり酒場を出た。
「モルヴァイス、少し酔い冷ましに歩く。宿の場所はわかるだろう?先に行っていてくれ」
今回の指名依頼において”金獅子”一行は報酬の一部として依頼主に高級宿を提供されている。帝都の夜はあまり治安が良くないからだということだが、酔っているとはいえ大剣を持った大男にケンカを売りたいやつなどいないだろう。そんなことを思いながらノーズワルドはのそりのそりと夜の街並みを眺めながら歩いていく。
そこへ、ノーズワルドにぶつかってくる者がいた。その者の身長はノーズワルドの腹ほどまでしかなく何事かとノーズワルドはその者を一歩後ろに下げる。すると、それが子どもだということが分かった。
「少年、こんな時間にどうした。家に戻りなさい」
「ん?僕に家は用意されてないよ」
少年はまだ声変わりの来ていない高い声で答える。
「あぁ、そうだったのか」
王都にも孤児はいる。少年の言葉に一度頷き、しかし違和感に気づいたノーズワルドは首をかしげる少年に疑問を投げかけた。
「親は、いないのか?」
「うん、用意されてないよ」
改めて聞いてもどういうことかノーズワルドにはわからなかった。いない、ではなく用意されていないとはどういうことか。
「少年みたいな子どもはほかにもいるのか?」
親がいない、ではなく用意されていないに該当する者は他にいるのか。答えは肯定だった。
「いっぱいいるよ」
「そうなのか」
少年がノーズワルドの言葉の意味を理解していない可能性は大いにあるが、少なくとも家がなく孤児院などにも入れない孤児がいっぱいいると表現されるのはなんとも受け入れがたい。王都とて南西の貧民街に行けば家のない孤児はいるが。助けることができないだけで何も感じず無視しているわけではない。”金獅子の鬣”も稼ぎのいいクランとして冒険者ギルド経由でお金や物資の寄付をしているのだ。
全員は救えないが関わることの出来たこの少年だけでも救いたい。そう思い少年に手を伸ばしかけノーズワルドはふと依頼主の人柄を思い出した。あの人の事だ、この現状を知らずにいるわけがない。それを解消せずにこの帝都を離れたのには訳があるはずだ。あの人でさえ手に負えないか、そもそも訳あって解決しなくてもいい問題か。
考え直しノーズワルドは出しかけていた手を引っ込めようとする。しかし、何も知らない少年はその手を握り返した。
「どうしたの?」
少年は小首をかしげる。その顔を見て一瞬固まった後、ノーズワルドは笑いの混じった溜息を吐いた。
「また少女趣味だの少年趣味だの言われちまうな」
そう呟いて少年を担ぎ上げると自らの肩の上に乗せた。
「わぁ、たかぁ~い」
ノーズワルドの肩の上で少年はキャッキャと騒ぐ。それに対して落ち着け、と一言かけるとノーズワルドは再度歩き出した。
「少年、飯はまだか?」
「うん、食べてないよ」
下手すれば二日、三日食べてないのだろうなと思いながらノーズワルドは夜でも開いてる大衆食堂の扉を開けた。
「で、その子は?」
「道で拾った子だ」
少年を連れて宿に戻ったノーズワルドをモルヴァイスは人生最大数の疑問符を浮かべて迎え入れた。
「お前のことだからなんか理由があんだろうけど、なんでまた突然」
「寝るところがないという話だったから連れてきただけだ」
「それだけじゃねえことぐらいわかるが、お前が言わねえならこれ以上は聞かねえよ。それで、作戦は何日後になるんだ?」
少年は件は置いといて、とモルヴァイスは話を変える。それに、ノーズワルドは明後日だと答えた。
「捕獲は出来るのか?」
「道具に関しては明日、少年と街でも歩いてくる」
二人はチラリと少年を一瞥する。少年はベッドの上で目を掻いて眠そうにしていた。
「少年、眠いなら寝ればいい。俺のことは気にするな」
ノーズワルドは少年に歩み寄り頭を撫でる。すると、少年はコクリと小さく頷き気でも失うかのようにベッドに倒れこんだ。
「おじさん、おやすみなさい」
「お休み」
すぐに夢の世界に入っていく少年にシーツを被せると横のイスに腰を下ろす。それから鼻で溜息を吐くとノーズワルドはコップの水に口をつけた。
「少年の名前は?」
「聞いていない」
「親はいないのか」
疑問符ではなく悩ましいな、といった感情のこもったため息交じりの感嘆。子どもを拾ったなどと言うのは盗賊か昔話だけだ。
「なんで名前も聞かないんだ?」
「懐かれるのは困る」
「……そうだな」
非情かもしれないし、何より名前も知らないなんて悲しいかもしれないが、ノーズワルドの考え得る最善はこれだった。冒険者クランとしてやらせてもらっているとはいえメンバーはまだ自分たち四人だけ。稼ぎもそれほど多い方ではない。子ども一人を育てながらやれるほど冒険者という職業は安全ではないのだ。
「それにしても、帝都のベッドは何と言うか、くすんでいるな」
「……黄ばんでいるな」
「やめろ、俺がわざわざ言葉を選んだんだぞ」
帝都の寝床に関する正直な感想をお互いに言った後、揃って数秒黙る。それからまた揃って溜息を吐くと、安心したように眠りにつく少年の寝顔を見つめた。
「おはよう、おじさん」
少年の声にノーズワルドはハッとして一瞬で回りを確認した。剣は足元に横たわり横のベッドでは昨夜拾ってきた少年がまだ眠いのか若干頭をふらふらとさせこちらを見つめる。反対側を見ると筋肉ダルマがフローリングの上に落ちていた。近くには数本の酒瓶も転がっている。改めて見るとノーズワルドの足元にも数本の酒瓶が転がっていた。酒飲んで帰ってきた後にさらに酒を飲んで酔いつぶれるとは。ほんのりと痛む頭を気にしながら少年に向き直る。決して暗器などを持っていることもなく、少年はただ心配そうにノーズワルドのことを見つめていた。
「あー、おはよう。よく眠れたか?」
「うん!ぼく、初めてベッドで寝たよ」
「そうか、それは良かった」
少年の大声と高音を頭に響かせながら立ち上がると凝り固まった体を伸びをしてほぐす。それから筋肉ダルマ、もといモルヴァイスを蹴り起こすとノーズワルドは部屋の前に用意された洗顔用の水の桶を拾う。そこに布を二つ浸け、絞り片方を少年に渡したところで自分がナチュラルに少年がいる前提で行動していたことに気づき何とも言えない感情に鼻から笑いが出た。
「あー、頭痛てぇ」
時間差で起きたモルヴァイスが頭を抱えて転がるように立ち上がる。それからノーズワルドと同じように水桶を持ってくると、やはり体が凝っているのかうめき声をあげながら顔を洗い出した。
「えっと、大丈夫?」
子どもにはよほど辛そうに見えたのだろう、少年は今度はモルヴァイスの方を見て心配そうな表情を見せた。
「え?あぁ、大丈夫だ、ありがとな」
「うん!」
モルヴァイスにありがとうと言われ、少年は何故だかどこか誇らしげに体全体で頷いた。
「よし、今日は明日の準備だ。少年、君はどうする?恩だとかお返しだとか考えなくていい、何かやることがあるか行く場所があるんならここでさようならだ」
言い方はきついかもしれないが、ノーズワルドも面倒をすべて見てやることは出来ない。道で拾って飯を食べさせ寝床を提供した後ではあまり意味もない気もするが、少しはきつく当たっておくことも必要だろう。
しかし、肝心の少年は……。
「ついてく!」
まるで親鶏の後を無条件に付いていくヒヨコのように、ふわっとかわいい笑顔を浮かべるとベッドを飛び降りた。
モルヴァイスとは宿屋で別れノーズワルドと少年は近くの銭湯にやってきた。街の人におすすめの銭湯を聞いた時に真っ先に名前が出てくるほどに人気の銭湯らしく、なんとも巨大な建物だった。大理石で出来ているのか異様に重い扉を開け中に入る。中は大理石とは違う石材を多用しているようでどこか寂れた、庶民的な雰囲気が漂っていた。
「いらっしゃいませ、男性はこちらになります」
確か番台と言うのだったか、銭湯に来た客を真正面から迎え入れるような位置に座る若い女性が青い布の掛かった方を指し示した。
「いくらだ、子どもと大人だ」
ノーズワルドは女性の前まで行って財布を出す。すると、番台の女性は少し身を乗り出し少年を見ると少し首を傾げてノーズワルドの方を見た。
「そちらの少年のこの施設の利用は許可されていません」
心なしか先ほどよりも冷たい目で言う番台の女性にノーズワルドは昨日感じた違和感と同じようなものを感じた。しかし、ここで自分が判断力を鈍らせてはいけない。そう思い直しまずは情報を集めよう、とノーズワルドは女性に尋ねてみることにした。
「訳を、聞いていいか?」
「そのユニットには幾つかの犯罪歴があります。保護者登録されたユニットもないので自分で罰則金を返納するまでは幾つかの施設が利用できません」
「言ってることはわからなくはないが、俺と一緒ではだめなのか?」
淡々と施設が利用できない訳を話す女性はどこか不気味にも感じられた。それに、ノーズワルドには理解の及ばない言葉も幾つかある。
「保護者登録がされていないユニ、いえ、人では身元保証には不十分です」
「じゃあその保護者登録はどこで出来る。養子には出来るんだろう?」
出来たとして、そこまで責任が持てるかはわからないが。
「中央区の役所に行けば手続きが可能です」
「わかった、また来る」
「またのお越しをお待ちしております」
女性は指を揃えて礼をする。それを背中に受けながらノーズワルドは少年の手を引き銭湯を後にした。
怒りからか悲しみからか、早く大きくなるノーズワルドの歩幅に少年は慌てて付いていく。もつれそうになりながらもなんとかついて行っていたが、ついにタイルの凹凸に足を引っかけその場に派手に転げてしまう。そこまできてやっと我に返るように少年に気づいたノーズワルドは立ち止った。
大男と小さい少年の組み合わせは嫌でも目立つのだろう、少年が転んだ瞬間周りの人たちは心配そうに少年を見た。しかし、助けようとはせずすぐに歩いて行ってしまう。
俺もこのまま歩き去ってしまえば何も悩むことはないのではないだろうか。そんな考えがノーズワルドの頭をよぎる。今振り返りまた少年を助け起こしてしまえばもう後戻りは出来ない気がした。決して少年といるのが嫌なわけではない。ただ、今までの生活とノーズワルドに付いてきた未来、どちらが良いものなのかはノーズワルドにはわからない。それに、少年は孤児に似つかわしくないほどに痩せていない。痩せていないのだ、それはまるで一日三食は最低保証されているように。
「おじさん、行って」
すると、悩み振り返ることの出来ないでいるノーズワルドに少年が声をかけた。
「ぼくは大丈夫だよ」
声がずいぶん下から聞こえてくる。おそらくまだ地面に座っているのだろう。助け起こすのならまだ間に合うはずだ。さあ、振り返りその手を取れ。頭はそう命令するが、体は言うことを聞かなかった。そこへ――、
「おぉ、こんな所に居たのかぁ」
ノーズワルドの前方から声が掛けられた。
「何の用だ?」
相手は三人組で、少し高い服を着ているようだった。ノーズワルドは目だけであたりを見回す。少年が転んだ時よりも目を合わせないように足早に立ち去ろうとする街の人の様子が目の前の集団の厄介さを物語っていた。
「あんたには用はねえよ。そこのちんちくりんにだ」
そう言って、一番前の男が少年を指す。状況は大体理解できる。
「取り立てか?」
「おー、わかってるんなら話が早え。おいチビ、金はあるんだろうな?」
男は心底気持ちの悪い笑顔を少年に向ける。
「……ごめんなさい、今は持ってないです」
このおじさんが払ってくれます、くらい言えばいいものを。正直に答えた少年に男は今度はしかめ面を向けた。
「今日こそは奴隷行きだぜ」
借金が払えなかったり、街中で罪を犯し奴隷にされるものも王都でだって珍しくはない。
男たちはついにノーズワルドの方へと、もとい少年へと歩み寄ってくる。
あと二歩、三歩足を進めれば少年に手が届くというところまで男たちが来て、ノーズワルドは無意識に一番前の男を殴り飛ばしていた。
「少年、名前はなんだ」




