番外編 100 「金色の獅子」
クラン「金獅子の鬣」はある者からの依頼で元帝国領に来ていた。二人の英雄が皇帝を打倒しそのほとんどがウォーライズ王国の領地へとなり替わった今、現地調査の結果異様に強い魔物が出現しているとの報告があったためだ。その肝心の英雄二人は現在王都で学園に通っている。
「あの人も人使いが荒いよな」
ノーズワルドは身の丈ほどもある大剣に砥石を当てると呟いた。
「報酬が高いからって飛びついたのはあなただけどね」
ローブを着た魔法使い然とした女性、レーナーが返す。それにモルヴァイスとミナレスは頷いた。
「お前らだって賛成したじゃねえか」
「あなたが内容聞かずに受けるって言ってなければ断っていたわよ」
クラン「金獅子の鬣」が二英雄に会ってからもう半年以上が経過しているが、その間に彼らはCランクからBランク冒険者パーティーへとランクを上げていた。
「推奨ランクA+って、俺らの受けていい依頼じゃねえよ」
基本的に冒険者ランクはFからAの六つだが、依頼の推奨ランクは例外としてAランクを越えて特に難しいものにのみ+が最大三つまで付けられる。ランクがA+となるとAランクパーティー三つが完璧な連携を出来てやっと達成できるレベルとされている。そんな依頼をBランクパーティーが受けるのは前代未聞なのだろう、手続きをした受付嬢はとても驚いた顔をしていた。
「でも、あの人の持ってくる依頼って全部A以上って噂でしょ」
ミナレスはノーズワルドに尋ねる。ノーズワルドは頷いて答えた。
「依頼は全てAランク以上に加え全て指名、報酬は相場の十倍。何でも、国が絡んでるって噂もある」
「私、あの人がギルドマスターと話してるの見たわ」
「英雄の家名を継いだ兄弟は伊達じゃないな、ツテとコネは作っとくもんだ」
モルヴァイスは笑って言う。しかし、そのせいでA+ランクの依頼を受けさせられては堪ったものではないだろう。
「いやー、A+って言われてそりゃそうだよなって頷いちまったよな」
今回ノーズワルドたちが受けた依頼は対象の討伐ではない。その対象はミノタウロスという牛頭人身の魔物であるが、それが強くなったところで討伐であればBランクパーティーが一つあれば事足りるだろう。推奨ランクが跳ね上がっている原因は生け捕りという依頼条件にあった。瀕死でも届けた時点で生きていれば生け捕りとみなされるが、手負いの獣ほど強いと言うようにミノタウロスは瀕死になると相当に暴れまわる。代わりに攻撃が一直線になるために討伐の難易度は高くないのだが、生け捕りとなると話は違う。それを依頼主はBランクパーティーに指名で依頼したのだ。レーナーが怒るのももっともだろう。
「で、場所はどこなんだ?」
「帝都よ」
皇帝が居なくなった後も帝都は機能し続けている。しかし、皇帝の結界の無くなった帝都には毎日のように魔物が押し寄せているため壁外がまるで魔物との最前線のようになっているらしい。そこに現れた異様に強いミノタウロスの生け捕りを命じられたというわけだ。
今回の依頼について文句を言っていると、金獅子一行の乗る馬車から見上げるほどの高さの壁が見え始めた。
「なあ、実は俺たち以外も依頼受けてるとかあるかな?」
モルヴァイスが心配そうに帝都の壁を見つめる。ノーズワルドは小さく肩をすくめた。
「あの”決闘場”だ、誰がしかはいるだろ」
何に引き寄せられてか魔物が集まるようになってしまった帝都は今では傭兵や冒険者の格好の狩場になっている。そこから付けられた愛称が”決闘場”。帝都の物価は王都より少し高いが品質が良いため帝都に住んでしまう冒険者も多くない。ただ、寝床の質だけは誰一人何も言おうとしないのが帝都らしかった。
難易度の高い依頼に対して文句を言っているうちに帝都の壁が近づく。その頃には、怒号やら剣戟やらで優雅に風景を楽しむことも出来なくなっていた。
「しょうがねえ、降りるか」
ノーズワルドが大剣を担ぎ上げ馬車の中で立ち上がる頃にはすでに魔物たちが馬車に気付き駆け寄ってきている。
「ミナレス、馬車を頼んだ」
回復役のミナレスに言うと同時に馬車を飛び出し、ノーズワルドはその重々しい鋼の塊で一気に魔物を両断した。
「モルヴァイス、いつもみたいに頼んだよ」
一歩遅れてレーナーとモルヴァイスが馬車から飛び降りる。レーナーが杖を振り呪文を唱えると数メートル先で大爆発が巻き起こった。
「馬車には近づけさせるなよ!」
「分かってるわよ!」
魔物の鳴き声と冒険者たちの雄たけびが飛び交う中、敵を切り裂き吹き飛ばし「金獅子の鬣」は帝都の壁を目指しゆっくりと進み始めた。
魔物を切り伏せながら馬車を進ませ街門に到着すると、壁の上から指示が出され門が開けられた。馬車をその中に進ませる。すると、一つ目の門が閉まり街へと続く二つ目の門が開けられた。
一行を帝都の忙しそうな喧騒と独特な臭いが招き入れる。王都よりも一層雑多で過密気味な街並みを眺めていると一人の男が通用口から出てきた。門番の一人だろう。
「帝都にいらっしゃい、あの強さを見るに冒険者かね?ギルドだったら大通りをずっとまっすぐ行けば見当たるよ」
小太りでてっぺんの寂しい中年男性が楽しそうにノーズワルドにギルドまでの道を教えてくれる。ノーズワルドは一言感謝を言うとミナレスに馬車を進ませた。
「どうしたの?」
「いや、大変だろうに笑顔なのが不思議に思っただけだ」
「そう」
街中になれば戦闘になることも基本ないだろう、と三人は馬車に乗り込む。
それから、そのまままっすぐ大通りを進むと男の言う通り冒険者ギルドがあった。しかし――
「嫌に綺麗な建物だな」
「そうだね、新品だね」
ミナレスに続いてレーナーとモルヴァイスも幌から外を覗いて頷く。つい最近建てたか改装工事でもしたかと思うほどには綺麗な外観をしていた。
「何より、まだ黒ずんでいない」
帝都の建物は工場から出る黒い煙で時間を経ると建物は黒ずんでいく。目の前の冒険者ギルドにはそれが無かった。それを変に思いながらも一行は馬車を脇に止めギルドへと入っていく。中には、王都のそれと似てガヤガヤと喧騒に包まれた空間があった。王都と違うのは精々依頼掲示板の依頼の量だろうか。”決闘場”関係の依頼が目立つ。
「中はほとんど変わらないな」
「ちょっと狭いかしら?」
「そうかもな」
ギルドを一度見まわし思ったことを正直に呟く。そこへ、一つ声が掛かった。
「そこの貴方たち、ご依頼ですか?ご登録ですか?」
カウンターの中から受付嬢が出てきて一向に駆け寄ってきていた。
「すみません、王都で依頼を受けて帝都に来ました。指名依頼なので書類の提出を」
「はいはい、かしこまりましたー」
ノーズワルドがバッグから書類を数枚出すと受付嬢はそれを受け取って再度受付に戻っていく。
いつまでも扉の前で立ちふさがっているのは申し訳ない、と薄々感じる視線を無視して適当な席について飲み物を注文することにした。帝都のギルドも席数は少し少ないが王都のギルドと同じように酒場が併設されている。この組み合わせを最初に考えた人はよほど酒好きだったのだろう。
頼んだ果実酒を飲んで雑談をしていると、さきほど書類を持っていった受付嬢が現れ唐突にノーズワルドの膝に座った。
「お、おい、どうした?」
確かにノーズワルドは百九十の大男ではあるが、不能でも男性趣味でもない。さきほどよりもさらに強い視線に手で触れないようにしながらノーズワルドは受付嬢に降りるように言う。しかし、受付嬢はそれを無視すると書類をいくつかテーブルに置いた。
乱暴に降ろすわけにもいかず諦観しテーブルの書類を覗き込もうとしたところで受付嬢に小さな獣の耳が生えていることに気が付いた。
「華獣族か」
「獣はお嫌いですか?」
「いや、好きだとか嫌いだとかそう言う感情は無いな」
「そうですか、では説明を始めますね」
ノーズワルドの答えに満足が行ったのか受付嬢は嬉しそうににんまりと微笑むとテーブルの書類を指差した。
「今回は依頼者は王都にいますので報酬は帝都ではなく王都で受け取ってもらうことになりますがいいですね?」
「大丈夫だ」
「では、依頼内容を改めて確認してください。対象はミノタウロス、それを生け捕りにしてもらいます。納品は帝都で構いません」
受付嬢の差す先で納品受付係なのかノーズワルドたちの視線に気づいた女性が小さく礼をする。フードを被っていてわかりにくいがその女性も華獣族だった。
「あの子は私より獣の部分が多くてフードを被っているのであまり見つめないであげてください。単に人見知りというのもありますが」
「あ、あー、これは失礼」
ノーズワルドは慌てて視線をテーブルに戻す。すると、今度は受付嬢の耳が目に入った。
「ノーズって幼女趣味があったのね」
「洒落にならないからやめてくれ」
呆れたように手を振るとノーズワルドは書類に目を落とした。
「何の変哲もない依頼だと言えば嘘になりますが、指名依頼を出されるほどのクランの方たちならA+でも大丈夫そうですからそこは読み飛ばしましょう」
実は指名依頼を出すにはかなりの金がかかる。ランクの低い冒険者に頼むよりもランクの高い冒険者に頼んだ方が早いし確実で頼みたくなるのは自然なことで、しかしそれだけでは人手も足りなくなるしそもそもギルドが成り立たなくなるとビックリするくらいの値段設定がされているわけだが、それに加えて相場の十倍もの報酬で依頼を出しているのだ。依頼書だけを見れば相当信頼されていると見られるのも頷ける。
「ギルドは骨を拾うサービスとかはしてないのか?」
ノーズワルドは冗談で自分たちの状況を伝えようと尋ねる。しかし、受付嬢は真意に気付かなかったのか小さく首を傾げた後いいえ、と首を横に振った。
それから場所の確認を少しして捕獲時はしっかりと縄で縛るように注意だけされその場は解散となった。相変わらず周りの視線が殺気さえ帯びているように感じられるが金獅子一行は揃ってギルドを後にする。外に出てから一度街を見回すと適当に歩き始めた。
「それにしても、やけに人が多いわね」
レーナーが街並みを見ながらつぶやく。
「そうだな、元々王都よりも人が居たのに加えて王都や色々なところから人が来たせいでこんなにごった返してしまったんだろうな」
旧帝都は沢山の人で賑わう王都よりもさらに人が多く大通りから路地裏まで人のいない場所は無いほどだ。それにちょっと歩けばすぐに人に当たりそうになる。体も武器も大きいノーズワルドには歩くのが精いっぱいで周りを気にしている余裕はなかった。
「とりあえず、宿か食べれる場所を探そう。これでは歩くのも大変だ」
ノーズワルドが三人に提案すると三人は頷き返し近くの酒場に入っていった。
四人は空いていた机に適当に座る。ノーズワルドは重い剣を背中から降ろすと適当に壁に立てかけた。
「これだけ人が多いと参ってしまうな」
ノーズワルドはため息を吐き窓から外を覗く。外では相変わらずがやがやと人が行き交っていた。
「酒場の外も中も賑わってるなんて不思議だね」
ミナレスがノーズワルドに頷いて言う。ノーズワルドも確かにそうだ、と言葉を返した。
「大丈夫?回復いる?」
「いや、大丈夫だ。それで、ミノタウロスのことだがいつも通りの戦術で良いと思うか?」
話を変えノーズワルドは三人に問いかける。
「ミノタウロスの討伐はやったことあるんだから今まで通りでいいんじゃないの?」
「身体麻痺魔法とか催眠魔法も覚えてきたから試したいな」
レーナーは少し億劫そうに、ミナレスは少し楽しそうに答える。それに頷くとノーズワルドはモルヴァイスに再度問いかけた。
「援護や回復はもちろんするが、お前は大丈夫か?」
「いつも言ってるだろ、この筋肉にかけて大丈夫だ」
そう言ってモルヴァイスは自慢の鍛え上げられた上腕二頭筋を見せつける。その様子を見てならいい、と今回の作戦はいつも通り大楯を持ったモルヴァイスが敵を引き寄せ他がそれを援護しながら敵を攻撃するというものに決まった。
「問題は作戦よりミノタウロスを捕まえるロープの方よね」
「そうだな、市販の物では耐えられないだろうな。それはいつも通り俺に任せてくれればいい。探しておこう」
「じゃあ、それまではお休みで良いのね?」
どこか嬉しそうな顔で聞くレーナーにノーズワルドは頷きで返す。すると、レーナーはミナレスの手を掴み酒場を出ていった。去り際には――、
「支払いよろしくねー」
そう言い残して。
「ノーズ、飲むか?」
「飲むか」
追加で酒を頼むとノーズワルドとモルヴァイスは日が暮れて町が静かになるまで飲み明かした。




