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学園編 108「スイートキャンディー」


 スイートキャンディー。王都一の美味さとスイーツの種類数を誇る大手スイーツ店である。今日はそこで、期間限定、一日十個限定のデラックスケーキなるものを求めてソラ達は朝早くから店に来ていた。

「楽しみでござる」

 一行の中で一番ウキウキなキリメが店員にデラックスケーキを頼んでから五分くらい経つが、ずっとニコニコである。砥石で刀を磨いている時の凛々しい顔とは全然違う。これがギャップというものなのだろう。

「一日十個限定だから食べれないかもって思ったけど、食べられそうだね」

「うん、そうだね~」

 ジーニャとレイスも楽しそうに会話をしている。相変わらずレイスがいると空間がふわふわし始めるが、ソラは嫌いではなかった。

 ただ、昼にラスボスとの戦いが待っていなければ。

 自分で自分が緊張していることがわかるくらいには、ソラは緊張していた。そんなソラの顔をユークリウスが心配そうにのぞき込む。ソラは小さく肩をすくめてフォークを取り上げ、ちょうど運ばれてきたケーキに誰よりも早く手を付けた。


「美味しかったでござるな」

「うん~、美味しかったね~」

「月一で新商品出るみたいだからまた来ないとね」

 全員でホールのケーキをつつくように食べた後にさらに二、三品頼んでいた女性陣はまた来たいと盛り上がり、ホールを食べ終わった時点ですでに若干グロッキーな男性陣は心の中で必死に首を振っていた。

「よーし、じゃ、この後は買い物に付き合ってもらうわよ」

 ジーニャがさも当然の様に男性陣の手を引いて歩こうとする。いつもだったらそれくらいなら付き合わないことは無いが、頂点に近づいてきた太陽を見上げてソラはごめん、と謝った。

「この後はちょっと用事がある」

 精神的にはちょっとした事ではないが。同じく、ユークリウスも予定を聞かれて行けない、と断るとならしょうがないね、と女性陣はガンドレッドを引っ張って街中に繰り出していった。

「すまんな、ガンドレッド。埋め合わせなんぞするつもりはないが、頑張ってくれ」

 すでに見えなくなったガンドレッドに一言謝罪を入れて、雑多な喧騒に包まれるとそれに隠れるようにソラは溜息を吐いた。

「ソラ?」

「なんだ?」

「最近、溜息多いよ」

 街の喧騒の中でも不思議と友達の声はよく聞こえる。

「バカは風邪はひかないけど悩みはするんだ」

 重いのか軽いのか今一わからない足を学園の方に向けて進めながらポケットの中を確認する。

「僕でよかったら相談のるよ」

「ありがたいね」

 これは皮肉ではなく本当にありがたいと思っている。だが、今回ばかりは相談できない。兄に勝つ方法など、兄自身か弟であるソラくらいしか分からないからだ。

「必要になったら頼る。たぶん」

「わかった」

 とりあえずそれで満足したのか、ユークリウスはそれ以降ソラに声を掛けなくなった。


 学園に近づいていくと段々と喧騒が薄くなっていく。校門をくぐり、寮を越えたあたりでソラはユークリウスに声をかけた。

「ここまででいい」

「……。」

 ソラの発現の意図が掴めないユークリウスは小さく首を傾げる。いつもより少し低くなった声に集中しているのだということは理解できたが、それぐらいだった。後は、やけに静かだという事か。いつもであれば日曜日だろうと生徒や教師が誰かしらいて、日によっては研究室が爆発していたりもするし、外で剣や魔法の練習をしている生徒がいるのもよく見かける。もはやそれらは生活の一部と言ってもいい。

「静かだね」

「たぶん、今日、この学校に俺とお前以外の生徒は誰も入れない」

「強力な人除けの呪いだね?」

「この世界じゃ、人除けは呪いか?」

「うん、相当強い呪い。……だから、僕は外に出ておいた方がいいね」

「頼む」

「わかった」

 ソラが頷くと、二つ返事でユークリウスは校門から出ていった。

 出ていったのを確認してからソラは決闘の会場であるコロシアムに向き直る。ユークリウスは気付いていないようだったが、そちらの方からは明らかに危険なオーラのようなものが溢れ出していた。

「全盛期の俺よりやべえ」

 全部で十近くのオーラが入り混じっているが、そのいくつかは能力有りでもソラが勝てるかわからないようなオーラさえあった。

 ユークリウスがいなくなってから、一歩一歩進むごとに重圧が強くなっていく。まるで、リクとの決闘を邪魔しているかのようなその圧に逆らってコロシアムの中に入ると、ついにその重圧は体を切り裂くようなものに変わった。

 曇り空まで泣き出しそうにソラを見守る中、前を見るとそこには少し痩せたリクがいた。

 ステージには他に誰もいないが、先ほどから攻撃的なオーラを向ける十人ほどの気配にソラは上を見上げる。観客席の一番前にふたりを囲むように立つフードの人たちは、ソラの視線を受け睨み返すようにオーラをぶつけてきた。背が低い人や、オーラが人間らしくない者までいる。

「新しい仲間か?」

「そうだ」

「俺には紹介してくれないのか?」

「そのうち知ることになる」

「こんなオーラ駄々洩れの三下たちが仲間って、兄貴に合ってるの?」

 ソラはわざと煽りを入れる。すると、幾つかのフードはオーラを膨らませた。

「百以外は皆零と同義だ」

「そうかよ、じゃあ、百と百のぶつかり合いだ」

 そう言ってソラは上の服を脱いで構えを取る。それを見てリクも服を脱ぎ捨てると構えを取った。そこでソラは気付く。リクの構えが極東の爺さんと同じだったのだ。

「これは私が越えた者が使っていた未熟な拳法だ」

 たまたまなのか、ソラが越えられなかった拳法をわざと見せてきたのか。

 しかし、ソラにとってそれはどちらでもよかった。

 先ほどよりも強く拳を握るとリクに肉薄する。もはや努力だけで縮地の一歩手前まで迫ったソラのステップは、リクの懐に入り込むとその拳を腹のど真ん中に打ち込ませた。リクの視線も明らかに懐のソラを見れてはいない。それを確認できるほどであったにもかかわらず、次の瞬間にはソラの拳は斜め下に滑っていた。

 慌ててソラは飛び退る。リクに腹には何らダメージが入った痕は見えず、痛みに気付き自分の拳を見ると壁でも殴ったかのようにいくつもの擦り傷が出来ていた。

「流衝体幹か」

 極東の拳法の一つ、体に受けた衝撃を斜め下に流す体の動かし方。ソラはこれを極東の爺さんに何度かやられたことがあった。しかし、逆に傷を付けられたことは無い。それが意味するのは、ソラが越えられなかった爺さんよりもリクの方が何枚も上手だということだ。

 ソラにとってそんなことは自明ではあったが、改めて突き付けられると複雑である。

「才能に、努力では勝てない」

「ケンカ売ってんのかよ?」

 ソラは改めて拳を強く握り構えを取る。リクも一度構えを解くと、ソラと同じ構えになった。

「ほんの数か月前まで一緒に修行してたってのに、懐かしいな。最近は何してんだよ?俺は少しずつお前に近づいて行ってやるぞ。玉座から引きずり落としてやる。今日は友達とケーキ食べたんだ。極東にも行ったんだ。能力なんかなくてもお前を越えられる。あれはどうなってる?痩せたか?兄貴、俺は正しいか?何か答えろよ!」

 ソラの怒号とともに遠くで雷が落ちる。見守っていた雨雲はソラの頭を冷やすように雨を降らせ始めた。

「直にわかる」

「そればっかじゃねか、クソ兄貴」

「来い」

「うああああああぁぁ!」

 叫び声を上げながらソラはリクに突撃する。流されるのも、拳が擦れるのも構わずラッシュを繰り出す。しかし、その一つを掴まれるとソラは壁まで投げ飛ばされた。

 ガラガラと音を立てて壁が崩れ、次の瞬間には修復が始まる。その様子さえソラにとっては嫌味に感じられた。その負の感情をぶつけるようにがれきを拾って投げつける。それは、リクの前で雷に当たり粉々に砕け散った。

 ソラは立ち上がってリクの方を見る。そこでは、帯電し宙に浮いたリクが両手に雷を携え待っていた。

「越えてやる、崩してやる、置いていく!」

 再度ソラは走り出すと、懐中時計を投げた。案の定リクから放たれた雷は懐中時計に伝ってソラから反れる。リクの目の前まで迫ったソラは、流れるような動作で渾身の蹴りを放った。さっきよりも大きな音を立てて壁が崩れる。

「今のはクリーンヒットだろ?」

 肩で息をしながらソラが言う。その時、空を切り裂くような音とともにリクに雷が落ちた。視界を覆う光が辺りに舞う。その光が消えると、そこには雷と同化した何かがいた。

 見た目はリクなのだが、明らかに何かが違う。周りでふたりを見ているフードたちがどうでもよくなるほどには。血管を流れる血液が全て雷にでも変わったかのようなその容姿は、神々しささえあった。

「”強力な神々の中の帝王”」

 リクが何かを呟くと、次の瞬間にはリクは数人のフードに囲まれていた。同時にいくつもの魔法や能力が飛び交う。しかし、そのことごとくはリクから発せられた雷に落とされ意味を成していなかった。

「”隔離房”」

 フードの内の一人が唱えると、リクは巨大な鉄の立方体の中に閉じ込められる。それと同時に雷雨も止んだ。

「何のつもりだよ」

「これはこの方からの命令だ」

「んな事聞いてねえよ、決闘を邪魔すんな!」

 ソラは唯一ソラに答えた男の胸ぐらを掴む。その拍子にフードがずれ、両目を覆った顔が見えた。

「醜い顔ですまないな。聞け、ソラ・アース、今のお前ではあの状態のリク・アースには勝てない」

 ソラとてリクのあの姿は初めて見たし、一目見れば勝てないことぐらいは理解できた。しかし。

「てめえに言われるのはムカつくんだよ」

「ケンカ腰なのは良くない。今の君では、俺には勝てない。だからと言って、僕が勝つわけではないが」

「意味わかんねえよ」

 ソラは掴んでいた胸ぐらを捨てるように放す。男は、二歩ほどよろけると曖昧な笑みを残してコロシアムを出ていった。いつの間にか、リクを止めに入らなかった、恐らく戦闘担当ではないフードたちまで消えている。

 残されたフードはソラの方を向くと、その一人が自分からフードを取った。

「よぅ、覚えてるか、ソラ・アース?」

「俺に負けて逃げ帰った奴の事なんか覚えてねえよ」

「クソが」

 ランピートは舌打ちをすると切り裂くような音を立てて腕を突き付ける。

「んだよ」

「俺はお前を超える」

「言ってたろ、百以外は全部零だ」

「俺の名はランピート。覚えてろ」

 そう言ってランピートがコロシアムを出ていこうとすると、それに続くようにランピートより強いオーラを持つフードたちがコロシアムを出ていった。

 少しして付近から完全にオーラが消え去るとソラは、その場に倒れ伏した。


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