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第5話 帰る場所


 巨大なムカデを倒してから、一週間が過ぎた。


 俺も、この世界での暮らしに少しずつ慣れてきた。

 朝起きても会社から電話がかかってこないこと。財布を持たずに買い物ができること。そして、誰かが本気で命を狙ってくること。


 最後の一つだけは、何年経っても慣れたくない。


 最初のダンジョンで手に入れた素材は、NPCの買取店で換金できた。大金にはならなかったけれど、コーヒーを一杯飲めるくらいの余裕はある。もっとも、使えば減るのは現実の財布と同じだった。


 泉の広場から少し離れたカフェ《Keybell》。入口のベルを鳴らすと、焼き菓子とコーヒーの香りが迎えてくれる。


「いらっしゃいませ。いつものお席、空いてますよ」

「ありがとうございます」


 今では店員に顔まで覚えられてしまった。


「すっかり常連だね、タツヤ」

「そのうち店の鍵を預けられるかもしれない」

「預かってどうするの?」

「開店前に空調点検をする」

「この世界に来ても仕事する気なの?」

「職業病って、怖いね」

「他人事みたいに言わないの」


 リンは呆れたように笑って、先に窓際の席へ向かった。


 店員も、街を歩いている通行人も、システム上は《NPC》だ。メニューから相手の情報を確認すると、名前の横にそう表示される。プレイヤーなら《PLAYER》。武器を持っていなくても区別できる仕組みらしい。


 それでも、店員は俺たちの注文を覚えているし、世間話にだって自然に応じる。

 作られた存在とは思えない出来だ。


 窓際の二人席に座ると、リンがメニューを開いた。


「今日はどうする?」

「アイスコーヒー。リンは?」

「カフェラテと、チーズケーキ」

「今日も同じだね」

「好きなんだからいいでしょ」

「だったら、もうメニュー見なくてよくない?」

「見るのも楽しいの。分からない?」

「俺には難しい世界だな。毎日同じ工具カタログを眺めるようなものか」

「……それ、楽しいの?」

「新製品が載ってたら一日潰せる」

「聞くんじゃなかった」


 リンがメニューを閉じた。


「……脇腹、もう平気?」

「うん。リンのおかげでね。ありがとう」

「何回目、そのお礼」

「命の恩人には何回言っても足りないでしょ」

「じゃあ、あと九十九回くらい聞こうかしら」

「急に回数制になった」

「冗談よ」


 リンは小さく笑ったあと、声を少し落とした。


「……お礼なら、もういいから。その代わり、次もちゃんと一緒に帰ってきてね」

「もちろん。約束する」


 俺が答えると、リンは安心したように微笑み、水のグラスを俺の方へ寄せてくれた。


 あの日から、少しだけ距離が近くなった気がする。

 たぶん気のせいじゃない。


「それにしても、今日も誘われなかったね」

「……何に?」

「パーティー。さっき募集してた人たち、タツヤを見ると露骨に目をそらしてた」

「ああ。人気者はつらいな」

「『人殺し』の噂で人気になって喜ぶ人、初めて見た」

「せっかくなら『第1種ムカデ退治責任者』で広まってほしかった」

「なにそれ?」

「名刺に書けるぞ」

「どこに営業に行くつもりよ」


 斧を振るっていたあの男は、安全区域で復活したらしい。

 けれど、俺が撃って残機を一つ減らしたのは事実だ。事情を知らない人たちの間では、そちらの話ばかりが広まっていた。


「リンまで離れたら、いよいよ一人旅だね」

「残念。私はもう知ってるもの。タツヤがどういう人か」

「……それは光栄です」

「少なくとも、ムカデよりは話が通じるわ」

「比較対象がひどくない?」

「今のところ、褒めてるつもり」

「じゃあ素直に受け取っておこう」


 いつもの調子で返したが、少しだけ胸が温かくなった。


 運ばれてきたアイスコーヒーに口をつける。

 冷たさが喉を通っても、あのボス戦の光景は頭から離れなかった。


 ムカデの牙。リンの涙。床を埋め尽くした氷。

 そして、俺の手の中で燃え上がった炎。


 あれ以来、あのときほどの魔法は一度も出せていない。

 あのときは負傷していて、魔力も尽きかけていた。普通に考えれば、炎が強くなる理由なんてなかったはずだ。


 なのに、確かに感じた。

 身体の奥で、魔力が膨れ上がる感覚を。


 リンもそうだ。

 氷針を安定して撃つことさえ難しかったのに、あの瞬間だけは巨大なムカデを拘束してみせた。


 強い感情が、魔力に影響するのか。

 それとも、もっと別の何かがあるのか。


 窓の外では、NPCに混じってプレイヤーが歩いている。

 見慣れた大阪の地下街のはずなのに、何もかもが薄い膜の向こうにあるように感じられた。


 そもそも、最初からおかしいんだ。


 大阪をそっくり再現した街。

 使い慣れた道具から生まれた武器。

 ログアウトできない仕組み。

 そして、転送されたとき、俺の画面には《現実逃避願望を確認》という文字まで出ていた。


 ゲームなら、作った誰かがいる。

 誰が。何のために。


 そこまで考えて、一つの仮説が浮かんだ。


 もし、俺たちは偶然選ばれたわけじゃないとしたら。

 忘れたいことも、後悔していることも、最初から誰かに知られていたとしたら。


 胃の奥が、急に持ち上がった。


「……っ」


 吐き気をこらえ、テーブルの端を握る。

 証拠はない。ただの思いつきだ。思い違いかもしれない。

 なのに、考えれば考えるほど嫌な方向へつながっていく。


 これ以上は、今は考えたくなかった。


「……タツヤ?」

「ん?」

「さっきからぼうっとしてる。どうしたの?」


 リンが心配そうに顔をのぞき込んでいた。

 銀白色の髪。澄んだ瞳。眉間に寄った小さなしわ。


「いや。いつ見ても美人だなと思って」

「……は?」

「今日は特にね」

「毎日見てるのに?」

「毎日見ても飽きないものって、あるでしょ。工具カタログとか」

「そこで工具を出さないで」

「褒め方、間違えた?」

「最初はよかったのにね」


 リンは呆れた顔で俺を見つめたあと、ふっと表情を緩めた。


「……そういう顔で言えば、何でもごまかせると思ってない?」

「思ってたんだけど、どうやら無理そうだね」

「顔色、悪いもの」


 見抜かれていた。


「ちょっと考えごと。まだ自分でも整理できてないんだ」

「……そっか」


 リンは無理に聞こうとはしなかった。


「話したくなったら聞くから。今はコーヒー飲んで休みなさい」

「はい、リン先生」

「先生じゃない」

「じゃあ保健室の先生」

「肩書きを変えればいいってものじゃないのよ」


 ようやく、自然に笑えた。


 今は、勝手な推測でリンまで怖がらせたくない。

 ただ、忘れるつもりもなかった。

 あの仮説は、頭の片隅に置いておく。


◇ ◇ ◇


 リンのチーズケーキが運ばれてきた頃、入口のベルが鳴った。


「……あっ、いた!」


 よく通る声に、二人で振り向く。


 立っていたのは、小柄な女の子だった。

 長い黒髪に金色の瞳。和風の軽装で、見た目は十歳くらいに見える。


 女の子は俺たちを見つけると、目を輝かせて駆け寄ってきた。


「あの! 大きなムカデを倒したお二人ですよね?」

「そうだけど……」

「やっぱり! よかったです!」


 そのまま深々と頭を下げる。


「アマミヤ コトネ、十五歳です! コトネって呼んでください!」

「俺はミヤジマ タツヤ。こっちはキリシマ リン」

「リンさん! 髪がすごく綺麗ですね!」

「えっ。ありがとう」

「どうしたらそんな色になるんですか?」

「うーん……この世界に来たら、こうなってたの」

「すごいです! コトネもやってみたいです!」

「現実ではおすすめしないかな」


 リンの頬が緩んだ。


「……それで、コトネちゃん。何か用事?」

「はい! お二人にお願いがあって――」

「コトネ」


 低い声が割って入った。


 入口から、背の高い男が歩いてくる。

 短い黒髪に鋭い目つき。表情は険しいが、声は落ち着いていた。


「先に事情を説明しろ」

「今から説明するところでした!」

「頼む前に、だ」

「あっ! そうでした!」


 男は俺たちに頭を下げた。


「マキセ シュウゴだ。今はこいつと二人でパーティーを組んでいる。騒がしくしてすまない」

「いえ、大丈夫です。……ずいぶん仲がいいんですね」

「コトネは、目を離すとすぐ走っていく」

「シュウゴさん! コトネはそんなに走ってません!」

「店に入ったときも走ってたぞ」

「あれは急いでたんです!」


 真面目そうな男と、元気すぎる女の子。

 組み合わせとしてはなかなか不思議だ。


「よかったら、座って話しませんか?」

「……いいのか?」

「もちろん。立ち話よりは落ち着けるでしょうし」

「助かる」

「ありがとうございます!」


 四人掛けのテーブルへ移った。

 コトネはショートケーキとイチゴミルク。シュウゴはブラックコーヒーを注文した。


「……それと、ウサギのクッキーを一つ」


 最後だけ声が小さかった。


「シュウゴさん、甘いものも好きなんですか?」

「別に。形がよくできていると思っただけだ」

「この間も、ウサギのぬいぐるみをずっと見てましたよね!」

「コトネ」

「はい!」

「それは今、言わなくていい」


 ……なるほど。

 怖そうな外見に反して、かわいいものが好きらしい。


「分かります。ウサギって、配管の曲げ加工とは違った美しさがありますよね」

「……何の話だ?」

「すみません。忘れてください」


 リンが吹き出した。


「タツヤ、初対面の人を困らせないの」

「会話の糸口を探したんだけど」

「探す場所が独特なのよ」


 シュウゴは俺をしばらく見たあと、口元をわずかに緩めた。


「……変わった奴だな」

「よく言われます」

「褒めてないぞ」

「そこまで含めて、よく言われます」


 注文が届くと、シュウゴはウサギのクッキーを少し眺め、耳の部分を丁寧に折ってコトネの皿へ置いた。


「ほら」

「ありがとうございます!」


 コトネは嬉しそうに頬張る。

 シュウゴは何事もなかったようにコーヒーを飲んだ。


 意外と面倒見のいい人なのかもしれない。


◇ ◇ ◇


「それで、俺たちにお願いって?」


 俺が尋ねると、コトネはフォークを置き、背筋を伸ばした。


「コトネたちと、一緒に冒険してくれませんか?」


 思いきった申し出だった。


「……冒険?」

「はいっ!」

「それは、パーティーを組みたいってこと?」

「そうです!」


 俺はリンと顔を見合わせた。


「俺たちの噂、聞いてるよね?」

「……はい。タツヤさんが『人殺し』って呼ばれてることも」


 コトネは逃げずに俺を見た。


「でも、コトネは自分の目で確かめたいんです!」

「自分の目で?」

「はい! お二人がここで楽しそうに話してるのを見て、ずっと気になってたんです!」


 リンが瞬きをする。


「……私たち、そんなに目立ってた?」

「リンさん、いつも楽しそうに笑ってます!」

「そ、そう?」

「特にタツヤさんとお話ししてるときです!」

「……コトネちゃん?」


 リンが少しだけ慌てた。


「噂だけじゃ分からないと思うんです! だから、ちゃんとお話ししたくて!」

「なるほど。見た目は怖くなかった?」

「全然です!」

「それは助かる。最近、顔だけで逃げられるからね」

「それは顔のせいじゃないでしょ」


 リンのツッコミがすぐ飛んできた。


「でも、もし俺が本当に危ない奴だったら、どうするの?」

「コトネはとっても強いので! 何かあったら、ちゃんとやり返せます!」

「……まず逃げろ」


 シュウゴの短い一言に、コトネが頬を膨らませる。


「もう! シュウゴさん、コトネだって自分の身くらい守れます!」

「知ってる。だから、無茶するなと言ってる」


 この人はコトネの強さを疑っているわけじゃない。

 心配しているんだ。


「そういえば、昨日も声をかけようとしたんです!」

「そうだったの?」

「はい! でも、ケーキを食べてる間にお二人が帰っちゃって!」

「……ケーキが優先だったんだね」

「すごくおいしかったので!」


 リンが吹き出す。

 シュウゴは、諦めたようにコーヒーを口へ運んだ。


「でも、二人だけでも冒険はできるんじゃない?」

「できます。でも……」


 コトネは窓の外へ目を向けた。

 広場には、楽しそうに肩を並べて歩くプレイヤーたちがいる。


「コトネ、前はあまり外に出られなかったんです」


 明るい声が、少しだけ静かになった。


「だから今は、行ってみたい場所がいっぱいあります。知らない街も、お店も……。誰かと一緒だったら、もっと楽しいと思うんです!」


 詳しい事情は、今は聞かなかった。

 それでも、この子がどれだけ外の世界を楽しみにしているのかは伝わってきた。


「それに、帰ってきたらまたここでケーキが食べられます!」

「……最後が一番大事そうだね」

「どっちも大事です!」


 迷いのない返事に、思わず笑ってしまう。


「シュウゴさんも、同じ考えですか?」


 俺が尋ねると、シュウゴはカップを置いた。


「噂は知っている。だから一つ、聞かせてくれ」

「はい」

「あの男を撃ったのは事実か」


 俺は頷いた。


「事実です。リンを襲っていたので、止めようとしました。結果として残機を一つ減らした。それは否定しません」

「……そうか」

「私を守るためだったんです」


 リンが静かに口を挟む。

 シュウゴは一度だけ頷いた。


「事情は分かった。コトネは、お前たちと組みたいと言っている。俺も、話してみて悪い印象はない」

「ありがとうございます」

「ただ、俺たちはまだお互いを知らない。まず一度、一緒に行動して確かめたい。それでどうだ?」

「もちろん。こっちも同じ考えです」


 シュウゴの目つきは鋭い。

 けれど、相手を決めつけない人なんだと思った。


「……なら、よろしく頼む」


 コトネがぱっと顔を上げた。


「いいんですか!?」

「お互いを知るために、一度だけな」

「やったー!」

「コトネ。まだ決まったわけじゃない」

「でも、一歩前進です!」

「……そうだな」


 ほんの少しだけ、シュウゴが笑った。


◇ ◇ ◇


「リンはどう思う?」


 俺が尋ねると、リンはコトネの顔を見て、それからシュウゴへ視線を向けた。


「私は、一緒にやってみたいな」

「本当ですか!」

「うん。ただし、危ないと思ったら必ず教えてね」

「はい!」


 元気な返事に、シュウゴが小さく眉を動かす。


「返事だけはいいんだ」

「シュウゴさん!」


 俺はコーヒーカップを置いた。


「俺も賛成です。じゃあ明日は、まず危険の少ない場所から始めましょう」

「ああ」

「無理だと思ったら引き返す。それから、俺の判断がおかしいときは遠慮なく止めてください」

「当然だ」

「……ちなみに、言い方は優しめでお願いします」

「それは約束できない」

「そこは約束してくださいよ」


 シュウゴが少しだけ口元を緩めた。

 リンが笑う。


「安心して。私もちゃんと止めるから」

「リンはもう少し遠慮してもいいんだけど」


 コトネが勢いよく手を挙げた。


「コトネも、気づいたことがあったら言います!」

「頼りにしてるよ」

「はい! 任せてください!」


 そう言って立ち上がったコトネの肘が、イチゴミルクのグラスに当たりかけた。


「コトネ。グラス」

「あっ!」


 シュウゴが横から手を伸ばし、倒れる寸前で受け止めた。


「えへへ……ありがとうございます」

「まず、落ち着いて立つところからだな」


 俺はその手際のよさに感心した。


「シュウゴさん、反射神経いいですね」

「……慣れだ」

「毎日こんな感じなんですか?」

「だいたいな」

「苦労してそうですね」

「……否定はしない」

「シュウゴさん! 聞こえてます!」


 リンがこらえきれずに笑った。

 さっきまで少し緊張していた空気が、いつの間にかほぐれている。


◇ ◇ ◇


 シュウゴとコトネが、二人で組んでいたパーティーを解除する。

 俺はメニューから二人を招待した。


《パーティー招待:アマミヤ コトネ》

《パーティー招待:マキセ シュウゴ》


 二人が承認すると、青い画面に名前が並んだ。


《パーティー編成を更新しました》

《ミヤジマ タツヤ》

《キリシマ リン》

《アマミヤ コトネ》

《マキセ シュウゴ》


「……四人になったね」


 リンが画面を見て笑う。


「さっきまで二人だったのにね」

「コトネたちが増えても、大丈夫ですか?」


 コトネが少し不安そうに聞いた。


「もちろん。賑やかな方がいいよ」

「本当ですか!」

「うん。ちょうどリンに怒られる役をもう一人探していたところだ」

「ちょっと。私がいつも怒ってるみたいじゃない」

「違った?」

「……怒らせてるのは誰?」

「すみませんでした」


 コトネがくすくすと笑った。


「あの……お二人って、仲がいいですよね」

「まあ、相棒だからね」

「もしかして、お付き合いしてるんですか?」

「違うよ」

「違うから!」


 声がほとんど重なった。


「すごい! 否定するタイミングまでぴったりです!」

「そこ、感心するところ?」

「コトネちゃん、違うって言ってるでしょ!」

「でも、前からずっと、お互いのことを気にしてますよ?」

「それは……一緒に戦ってきたからだよ」


 リンはそう言って、カフェラテのカップに手を伸ばした。


「そうそう。命を預けた相棒だからね」

「タツヤ、説明の仕方!」

「間違ってた?」

「間違ってないけど……!」


 リンが俺の腕を軽くつつく。

 その仕草に、コトネがまた目を輝かせた。


「……リンさん」

「な、何?」

「リンお姉ちゃんって呼んでもいいですか?」


 リンは驚いたように瞬きをした。


「……私を?」

「はい! 何だか、本当のお姉ちゃんみたいなので!」

「……ふふ。いいよ、コトネちゃん」

「やった! リンお姉ちゃん!」


 コトネが嬉しそうに身を乗り出す。

 リンも、さっきまでの照れを忘れたように微笑んだ。


「じゃあ、俺は?」


 思わず聞いてしまった。


「タツヤさんです!」

「……昇格の余地なし?」

「えっ? 何にですか?」

「いや。何でもない」


 リンが声を立てて笑う。

 シュウゴは静かにコーヒーを飲んでいたが、口元がわずかに緩んでいた。


「……シュウゴさんは、どう思います?」

「何がだ」

「俺たち、そんなに仲よく見えます?」


 シュウゴは俺とリンを交互に見た。


「……息は合ってるな」


「だが、よく喧嘩もしそうだ」

「……シュウゴさん?」

「違うのか?」


 リンが返事に詰まった。

 俺はコーヒーを持ち上げる。


「……この人、たまに鋭いですね」

「たまに、は余計だ」


 シュウゴの返事に、また笑い声が重なった。


 いつもはリンと二人で過ごしていたカフェ。

 今日はコトネが楽しそうに喋り、シュウゴが短く相づちを打っている。リンも笑っていた。


 ……四人っていうのも、悪くないな。


 この世界を作ったのは誰なのか。

 俺たちの後悔と、あの力には何か関係があるのか。


 答えは、まだ出ない。

 でも、それを考えるのは今じゃなくてもいい気がした。


「明日も、全員で帰ってこよう」


 俺が言うと、リンが頷いた。


「うん。ちゃんと帰ってきて、またここでお茶しましょう」

「はいっ! コトネ、次は別のケーキも食べたいです!」

「……まずは無事に戻ることだ」


 シュウゴの言葉に、コトネが背筋を伸ばす。


「もちろんです! コトネ、がんばります!」

「その意気だね。じゃあ、ケーキ代は誰が出す?」

「……タツヤ」

「……タツヤさん」

「……タツヤ」


 なぜか三方向から視線が集まった。


「……あれ。俺、もうリーダーじゃなくて財布係?」

「まだリーダーとも決まってないわよ」

「厳しいな、リン」


 コトネが笑い、シュウゴまで小さく肩を揺らした。


 俺は氷の溶けかけたアイスコーヒーを飲んだ。

 苦味はいつもと同じなのに、なぜか今日は少し違って感じた。


 誰かが作ったかもしれない、不気味な世界。

 その中にも、自分たちで選べるものはある。


 明日、誰と歩くのかも。


 そして、誰と一緒に帰ってくるのかも。


――第5話 完――


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