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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第二章 広がる家
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ep.99 向けた先


 真琴と次に会ったのは、前回から六日後の土曜日だった。その間、優也は仕事帰りに一度だけガレージへ寄っているが、ACROSSの中で何かを確かめることはせず、冷蔵庫へ飲み物を補充して、車内の換気と電源を確認しただけで帰っている。前回は、真琴が帰る時に『終了――真琴』『継続――優也』、そのあと優也自身が帰る時に『終了――優也』と表示され、初めて二人の名前と状態が別々に結びついた。だからこそ、次に何が起きるかを急いで試すより、また普通に二人で使った時にどこまで同じ区別が続くのかを見たほうがいいというのが、真琴と共有した結論だった。


 朝十時前、ガレージへ着いた優也は、いつものように水量と電力を確認し、キッチンでコーヒーを淹れながら真琴を待った。外は少し肌寒くなっており、車内へ入った時に感じる暖かさが、夏の頃とは違う。空調を弱く入れ、窓のブラインドを少しだけ上げると、休日らしい静かな時間が戻ってきた。


 真琴が来たのは十時を少し過ぎた頃だった。今日は特に仕事を持ち込まず、午後から近場へ買い物に出るつもりらしい。靴を脱いで上がると、バッグをソファへ置き、そのままキッチンの前まで来た。


「おはようございます。今日はもうコーヒーできてるんですね。何か朝から確認してたんですか?」


「おはよう。何も。電気と水見ただけ。最近、何も起きてへん時に普通の確認するほうが落ち着くわ」


「それはいい傾向ですね。前は車へ来ると、まず《鑑定》でしたから」


「そこまで毎回ちゃうやろ」


「毎回じゃなくても、かなり多かったです」


 真琴は笑いながらカップを受け取り、いつもの席へ座った。優也も向かいへ座り、しばらくは仕事の話や、最近気温が下がってきたこと、次の一泊に毛布を追加するかどうかといった普通の話を続けた。前回の表示については、コーヒーを半分ほど飲んだ頃になって真琴がノートを開き、事実だけを並べ直した。


「前回で確かになったのは、少なくとも表示上では私と優也さんを別々に扱ったことです。名前そのものをどこから取ったのかは分かりませんけど、『真琴は終了』『優也さんは継続』を同時に出して、そのあと優也さんが帰る時には『終了――優也』へ変わった。だから人物単位で状態を分けている可能性は、かなり高くなったと思います」


「次に見るなら、名前がまた出るか?」


「それもありますけど、私は“誰が何をしているか”まで分けるのかが気になります。ただ、それを確認するために変な条件は作りたくないです。今日は二人とも一緒に出掛けて、一緒に戻る予定なので、前回みたいに帰る時間の違いはありません。何も起きなければ、それでいいと思います」


「了解。今日は買い物と飯くらいやな」


「あと、毛布見たいです。予備室用に一枚増やすか決めたいので」


 話はそこで終わった。優也はノートを閉じる真琴を見ながら、以前なら「誰が何をしているか」という言葉だけでいくつか試したくなっていたはずだと思ったが、今はそこまで気持ちが動かない。ACROSS側で何かが変わるなら、普通に使っているだけでもいずれ見えてくる。その感覚が、少しずつ当たり前になっていた。


          ◇


 昼前まで、二人は冬物の収納を確認した。主寝室の寝具は今のままでも十分だが、予備室で真琴が作業したり休んだりする時に使える薄手の毛布が一枚しかなく、泊まりで誰かが使うことまで考えると、もう一枚あったほうがいい。優也は収納の寸法を測り、真琴はスマートフォンで候補をいくつか見ながら、厚すぎず洗いやすい物を選ぶ。


「このくらいなら畳んでもそんなに場所取らないですね。二枚重ねれば寒い時にも使えますし、一枚ずつ別の部屋へ持っていくこともできます」


「色どうする? 今のやつネイビーやろ。同じのでええ?」


「同じでもいいですけど、見分けやすいように少し違ってもいいかもしれません。来客用と普段使いを分けられますし」


「じゃあグレーくらいにしよか。変に派手なん嫌やし」


「私もそれでいいと思います」


 候補を決めたところで、二人は昼食を作った。今日は冷蔵庫に残っていた麻婆豆腐の材料を使い、優也がフライパンを担当し、真琴はご飯と簡単な中華スープを用意する。辛さを少し控えめにしたのは真琴に合わせたつもりだったが、食べ始めてから「私、もう少し辛くても大丈夫ですよ」と言われ、優也は「先に言うて」と笑った。


 食後、真琴が食器を洗っている横で、優也はテーブルを片付けながら、午後の予定を確認した。ホームセンターへ行って毛布と細かな消耗品を買い、そのあと少し遠回りしてガレージへ戻る。時間があれば途中でコーヒーでも飲む。それくらいのゆるい予定だった。


「買う物、毛布以外なんやった?」


 優也がスマートフォンのメモを開きながら聞くと、真琴は洗った皿を拭きつつ答えた。


「キッチンペーパーとゴミ袋、それから予備の乾電池。あと優也さんが前に、玄関で使う小さい折りたたみの台がもう一つあってもいいって言ってました」


「言うたっけ?」


「言ってました。荷物多い時に、一個やと足りんことあるって」


「真琴、俺より俺の発言覚えてる時あるよな」


「全部じゃないです。必要そうなことだけです」


 優也は笑いながらメモへ追加した。こういう何でもないやり取りをしている時、ACROSSの画面は何も変わらない。前ならそれを意識していたかもしれないが、今は二人とも普通に片付けを続け、出発の準備をした。


          ◇


 ホームセンターでは、毛布を予定どおり一枚と、消耗品をいくつか買った。折りたたみ台は大きさのちょうどいい物が見つからず、無理に買わず次回へ回す。ACROSSへ戻ると、玄関内側の余白へ荷物を一度置き、冷蔵品もないので、そのまま近くの大型公園まで走ることにした。


 駐車場へ停めたのは午後三時前だった。二人は外へ出て少し歩き、ベンチで缶コーヒーを飲んだあと、風が冷たくなってきたので早めに車内へ戻った。優也は玄関へ上がると、買った毛布を予備室へ持っていき、真琴はキッチンで飲み物を片付ける。


「真琴、これ予備室の上の棚でええよな?」


 優也が少し離れた場所から声を掛けると、真琴はキッチン側から振り返った。


「はい。今のネイビーの隣でいいと思います。袋から出して、一回畳み直してから入れたほうが収まりいいかもしれません」


「了解。ほな先に広げるわ」


 優也は袋を開け、買ったばかりのグレーの毛布をベッドの上へ広げた。真琴も少し遅れて予備室へ来て、端を持って二人で畳み直す。新しい布の匂いが少し残っているので、「一回洗ったほうがええかな」と優也が言うと、真琴は表示を確認しながら「洗濯表示的には普通に洗えますし、次の泊まりまでに洗っておけばいいと思います」と答えた。


 毛布を棚へ収めてリビングへ戻った時、優也のスマートフォンの画面がゆっくり暗くなった。二人ともすぐに気づいたが、近づいたり触れたりはせず、そのまま数秒待つ。やがて画面中央へ、見慣れ始めた白い文字が一行だけ現れた。


『確認――待機』


 これまで何度も見た表示ではあるものの、今回は二人とも帰宅準備をしているわけでも、何かを受け取った直後でもない。だからこそ、何を待っている表示なのかは前より分かりにくかった。


「また出たな」


 優也が低く言うと、真琴は画面を見たまま頷き、今の状況だけを頭の中で整理するように少し間を置いた。


「はい。でも今のところ、二人とも同じ場所に戻ってきたばかりですし、状態も似ています。何を待っているのかは分かりません」


「今日は特に帰るとか続けるとかも言うてへんしな」


「そうですね。無理に何か言わず、そのままにしましょう」


 二人は画面を気にしながらも、買ってきた荷物の片付けを続けた。真琴がキッチンペーパーを棚へ入れ、優也は玄関に置いていた乾電池を収納へ移す。スマートフォンの『確認――待機』は消えず、十秒以上残ったままだった。


 その時、優也が買い物袋の底に残っていた小さなレシートを見つけた。片付けの流れを止めるほどのことでもないので、そのままキッチン側にいる真琴へ声を掛ける。


「真琴、これレシート。家計簿みたいなん付けてたやろ。要る?」


 真琴はキッチン側から「要ります」と返し、手を差し出す。優也はリビングを横切って近づき、レシートを渡した。


「ほい。毛布と消耗品一緒やから、必要ならあとで分けてな」


「ありがとうございます。後で写真だけ撮っておきます」


 その会話が終わった直後、スマートフォンの『確認――待機』の下へ細い白線が現れ、二人の動きが同時に止まった。線はそのまま数秒かけて形を整え、やがて一つの文字列へ変わっていく。


『受領――真琴』


 優也は目を見開き、真琴も手にしたレシートを持ったまま画面を見つめた。受け渡しが終わった直後だったこともあり、二人とも何と結びつけて考えるべきかすぐには判断できない。


『確認――待機』

『受領――真琴』


 以前に出ていたのは『受領――確認』だったが、今回は受領の後ろに真琴の名前が付いている。表示の形そのものが、前回までより一段細かくなっていた。


「……真琴が受け取ったから?」


 優也が口にすると、真琴はすぐには答えず、手の中のレシートと画面を交互に見ながら、今回の受領が画面上の情報ではなく物理的な受け渡しだった点を確かめるように考えた。


「そう見えます。でも、受け取ったのはレシートですよね。前は画面の情報を受け取ったことに対して『受領――確認』が出ていた。今回は物の受け渡しと同時です」


「じゃあ、共有の受領だけちゃう?」


「可能性はあります。少なくとも今までより範囲が広いように見えます」


 表示は数秒残り、『確認――待機』が先に消え、『受領――真琴』も少し遅れて薄くなった。二人とも、そのまま続きを試そうとはしなかった。真琴はレシートをテーブルへ置き、ノートを取り出したが、まず何が起きたかを順番どおりに整理する。


 買い物から戻ったあと、二人とも車内にいる状態で『確認――待機』が出た。荷物を片付けている最中に、優也が真琴へレシートを渡す。真琴が「要ります」と答え、手渡しで受け取った直後に『受領――真琴』が表示された。名前は会話の中で優也が呼んでいるので、前回のように名前情報の出所が全くないわけではない。それでも、今その物を受け取ったのが真琴であることと表示が一致している。


「これ、誰が受け取ったかまで分けてる?」


 優也が聞くと、真琴は少し考えてから答えた。名前が出たこと自体より、誰が受け取ったのかまで現在の状況と一致していることのほうが重要だと見ているらしい。


「そう見えます。ただ、名前を呼んだ直後なのは弱いです。優也さんが『真琴、これレシート』って言ってますから、その名前をそのまま拾った可能性もあります」


「じゃあ、名前呼ばんと渡したら?」


「今すぐ同じことを作るのはやめましょう。別の物を渡すためだけに条件を作ったら、また実験になり過ぎます。今日は今の一回だけで十分です」


「了解。けど、前の『終了――真琴』より、ちょっと近づいた感じするな」


「私もそう思います。前は誰が残るか、誰が帰るかという状態でした。今回は、優也さんから私へ物が移った瞬間に、受領と名前が結びついた。もし同じ種類の表示が自然な場面でまた出るなら、人物識別だけじゃなく、人物同士の関係まで見ている可能性が出てきます」


 その言葉を聞き、優也は少しだけ黙った。人物同士の関係という言い方は、これまでより一段先に感じる。誰がいる、誰が帰るという区別から、誰から誰へ何かが渡ったという方向まで分ける。それが本当に起きているなら、ACROSSの中で整理されている情報は、単なる利用履歴より細かくなっている。


          ◇


 夕方になり、二人はガレージへ戻った。買った毛布は予備室の棚へ収めたままにし、次の泊まりまでに一度洗うため、帰る時に優也が持ち帰ることにした。真琴は先ほどのレシートを撮影して自分の端末へ保存し、原本は優也へ返す。


「これ、もう大丈夫です。優也さん持っててください」


「捨ててええ?」


「私は写真撮ったのでいいですけど、保証とか必要な物じゃないですよね?」


「毛布と消耗品やし、大丈夫やろ。ほな捨てるわ」


 優也が受け取り、ゴミ箱へ入れる。二人とも意識してスマートフォンを見たが、何も表示されなかった。


「今は出んのやな」


「はい。私から優也さんへ戻した時は何もなし。だからといって方向を区別していないとは言えませんけど、一回だけでは何も決められないです」


「まあ、全部に反応したら逆にうるさいもんな」


「そうですね。何でも記録する仕組みだったとしても、全部を画面へ出す必要はないですし」


 真琴はそこでノートを閉じた。午後の一件だけで十分に大きかったので、もう今日は表示のことを追わず、夕食まで普通に過ごすことにする。


 優也はキッチンで蕎麦を茹で、真琴は冷蔵庫に残っていた豆腐と小さな総菜を並べた。外はすでに暗くなり始めており、車内の照明が昼間より暖かく感じられる。


「今日の『受領――真琴』、俺が真琴って呼んだから出た可能性もあるんやろ?」


 食べながら優也が聞くと、真琴は箸を止めずに頷いた。


「あります。名前を拾っただけなら、人物と受領を本当に結びつけたとは言い切れません。でも、レシートを受け取ったタイミングと一致しているのは事実です。次に自然な受け渡しがあって、その時に名前を呼ばず同じような表示が出れば、かなり強くなります」


「自然な受け渡しなんて、毎回あるやろ。飲み物渡したり、充電器渡したり」


「だからこそ、わざわざ作る必要がないです。普通に過ごしていれば、そのうち条件が揃います」


「ほんま最近そのパターンやな」


「そのほうが結果がきれいなので」


 優也は笑った。以前なら、今すぐペットボトルを真琴へ渡して試していたかもしれない。けれど、普通に過ごしていれば同じような場面は必ず来る。焦る理由がないことを、二人とも何度も経験している。


 食後は、次の一泊候補を少しだけ調べた。紅葉の時期と混雑、温泉施設の営業時間、大型車が入れる駐車場の有無。話しているうちに候補が二つまで絞られたが、予約まではせず、天気を見て決めることにした。


          ◇


 夜七時前、真琴が帰る準備を始めた。今日は二人とも同じタイミングで終わる予定なので、前回のように片方だけ残る条件ではない。優也もキッチンとリビングの片付けを終え、毛布を持ち帰るため袋へ入れ、玄関近くへ置いた。


「忘れ物ない?」


 優也が聞くと、真琴はバッグの中を確認しながら頷いた。


「大丈夫です。ノート、充電器、パソコン、全部あります。優也さんも今日は一緒に帰るんですよね?」


「うん。毛布持って帰って洗う。問題集は今日はもうせえへん」


「じゃあ本当に終了ですね」


「せやな。今日はここまでや」


 二人とも、言葉を選んで表示を出そうとしたわけではなかった。実際に片付けは終わり、照明も順番に落としている。前回と似た条件だが、今回は二人とも同時に帰る。


 リビングのスマートフォンがゆっくり暗くなり、優也と真琴は離れた位置のまま動きを止めた。誰も近づかないまま見ていると、画面中央へ細い白線が浮かび、それがほぼ続けて二行の文字へ変わった。


『終了――優也』

『終了――真琴』


 二行はほぼ続けて表示され、前回のような『継続』はない。今回は二人とも帰るため、その状態と一致しているように見えた。ところが、それだけでは終わらず、二行の下へさらに細い線が現れる。真琴の表情が変わり、優也も息を止めて見守る中、その線はゆっくりと別の文字へ変わっていった。


『同行――確認』


 車内は一気に静かになった。優也はすぐ意味を決めないようにしたが、それでも『終了――優也』『終了――真琴』『同行――確認』という三つの並びは、二人とも一緒に帰る今の状況とあまりにも近く、目に入った順番のまま頭へ残った。


 表示は十秒ほど残り、まず二人の終了表示が薄くなり、最後に『同行――確認』が消えた。スマートフォンが通常の画面へ戻っても、二人はその場から動かなかった。


「……同行、やって」


 優也が低く言うと、真琴はしばらく画面を見たまま、ゆっくり頷いた。二人の終了表示だけなら前回の延長で説明できるが、その下へ『同行』が追加されたことは、単独の人物状態だけでは収まりにくい。


「はい。二人とも終了だけなら前回の延長で説明できます。でも、その下に『同行――確認』が追加された。私たちは今、同じタイミングで帰るところです」


「一緒に帰るって、さっき普通に話したけどな」


「話しました。でも、表示は二人の名前を別々に出したあとで、さらに関係を一つ足しています。前回までは個人ごとの状態だけでした。今回は、その二人が同じ動きをすることまで一つの状態としてまとめたように見えます」


「これ、さっき言うてた人物同士の関係ってやつ?」


「少なくとも、そう見える結果です。ただ、“関係”って言葉を広く取り過ぎないでください。今言えるのは、二人が同時に終了することを『同行』という形でまとめた可能性がある、そこまでです」


 真琴の声は慎重だったが、完全に平静ではなかった。昼の『受領――真琴』だけなら、名前を呼んだことや手渡しの動作を拾った可能性がある。だが今度は、優也と真琴の状態を別々に表示した上で、その二人を一つの『同行』として結び直している。


 優也は玄関近くへ置いた毛布の袋を一度見たあと、真琴へ視線を戻した。今までなら個人の状態だけで説明できたものが、今日は二人の動きを一つにまとめるような形へ変わっている。


「俺らが一緒に帰ることまで出す必要あるんかな」


「必要かどうかは分かりません。でも、ACROSS側で今の状態を整理するときに、それが一つの情報として扱われている可能性はあります。誰がいるか、誰が終わるか、その人たちが一緒に動くか。そこまで細かくなってきたと考えると、今までの流れには合います」


「人を一人ずつ見て、さらにその間も見てる?」


「そう言いたくなる結果です。でも、今日はそこまで書きません。表示された事実だけ残しましょう」


 真琴はバッグからスマートフォンを取り出し、短く時刻と表示を記録した。優也もそれを待ち、二人とももう車内へ戻って座り直すことはしなかった。


「ほんまに帰ろか」


「はい。今の状態をそのまま終わらせましょう」


 二人はACROSSを降り、優也が扉を閉めて施錠した。車内へ戻って続きを確かめることはせず、表示に合わせるのではなく、本当に帰るという最初からの予定をそのまま続けた。


          ◇


 ガレージの外へ出ると、夜の空気は思っていたより冷たかった。優也は毛布の袋を片手に持ち、真琴と並んで少し歩く。駅へ向かう途中までは同じ方向なので、表示どおり二人はしばらく一緒だった。


 数分歩いても、どちらもすぐにはさっきの話をしなかった。車内を離れ、街灯と車の音がある普通の道を歩いていると、あの白い文字だけが別の場所で起きたことのように感じられる。それでも、優也の頭には『同行――確認』が残っていた。


「なあ真琴」


「はい」


「さっきの、もしほんまに俺らが一緒に動くことまで見てるんやったら、今までより結構違うよな」


 真琴は歩く速度を変えず、昼の『受領――真琴』と夜の『同行――確認』を頭の中で並べるように少し考えてから答えた。


「違うと思います。今までは、優也さん、私、それぞれの状態を分けるところまででした。今日の昼は、物を受け取った私に『受領――真琴』が出た。夜は、二人の終了を別々に出した上で『同行――確認』が追加された。どちらも、個人だけ見ていれば出さなくてもいい情報です」


「誰から誰へとか、誰と誰が一緒とか」


「はい。ただし、まだ二例です。昼の受領は名前を呼んでいますし、夜の同行は私たち自身が“一緒に帰る”と話していました。音声を拾っただけでも説明はできます。でも、それなら今度は、言葉と実際の行動が一致している時だけ出るのか、言葉だけでも出るのかという問題が残ります」


「わざと嘘ついて試すのは?」


「やめましょう。今の段階で『一緒に帰る』って言って別々に動くような条件を作っても、何を見ているのか余計に分からなくなります。それより、本当に別行動する日や、本当に何かを渡す場面で自然に見たほうがいいです」


「せやな。最近それでうまくいってるし」


 優也は素直に頷いた。作った条件より普通の生活の中で起きた結果のほうが整理しやすいということは、ここ数回の変化で十分に分かっている。


 駅へ向かう道の途中で、二人の進む方向が分かれる場所に着いた。真琴は電車、優也は自宅へ戻るため別の道へ向かう。


「ここから別々やな」


「はい。今日はここまで一緒でした」


「また連絡するわ」


「はい。毛布、忘れず洗ってくださいね」


「それが一番大事なん?」


「次の泊まりで臭かったら困ります」


 二人は笑い、それぞれ別の方向へ歩き出した。さっきまで『同行』と表示されていた二人が、ACROSSから離れた場所では自然に別々の道へ分かれていく。


 優也は数歩進んだところで一度だけ振り返ったが、真琴はもう駅のほうへ歩いている。今、ACROSSから離れた場所で二人が別々になったことまで、車内の何かが把握しているのかは分からない。そこまで考え始めれば、位置情報やスマートフォンの通信状態など、現代技術だけでも説明候補はいくらでも出てくる。


 けれど、その違いを今夜わざわざ確かめる必要はなかった。車内に戻ってもいない以上、今ここで考えても条件を増やすだけになる。


          ◇


 帰宅後、真琴から送られてきた整理は、いつもより少し長かった。昼と夜の表示を分け、現時点で言えることと言えないことが並べられている。


『昼:優也→真琴へレシート手渡し直後「受領――真琴」』

『夜:優也・真琴とも帰宅準備完了時「終了――優也」「終了――真琴」』

『同表示後「同行――確認」追加』


『人物単位の状態表示――継続』

『受領対象の人物指定が行われた可能性』

『複数人物の共同行動を一つの状態として表示した可能性』

『名前・行動内容の取得元――不明』

『音声情報だけで生成された可能性を除外できない』

『人物間の関係を理解しているとは断定しない』


 最後の一行を見て、優也は少し笑った。昼の真琴も夜の真琴も、かなり驚いていたはずなのに、整理すると途端にいつもの慎重さへ戻る。


『でも、前より進んだんやろ?』


 そう返すと、しばらくして真琴から返事が来た。いつものように断定は避けているものの、今回は彼女自身も前回より一段進んだと見ていることが文面から伝わる。


『進んだと思います。少なくとも、表示の中で人と状態を別々に扱うだけではなく、その間に起きたことまで整理しているように見えます』


 そのあと、もう一通『ただし、まだ会話ではありません』と届き、優也は思わず声を出して笑った。『分かってるって』と返してスマートフォンを置く。真琴の言うとおり、まだ声はなく、問い掛けに自由な答えが返ってきたわけでもない。


 それでも、最初に《鑑定》結果を真琴へ見せたいと思った頃から考えれば、今起きていることはずいぶん遠くまで来ていた。優也の中にしかなかった情報が外へ出て、真琴が見たかどうかで表示が変わり、こちらの言葉に近い状態が短い文字として現れ、優也と真琴を別々に区別するようになった。さらに今日は、真琴が何かを受け取ったこと、二人が同じ方向へ動こうとしていることまで、別の表示としてまとめられた。


 ただの複製だけでは説明できず、単純な一人分の状態表示でも足りない。そこに複数の人間がいて、誰が何を受け取り、誰と誰が同じ動きをするのかまで、少なくとも画面上では違いとして形になり始めている。


 優也はベッドへ入る前に、もう一度真琴から送られてきた記録を開いた。昼と夜の二つの表示を並べて見ると、どちらも短い言葉なのに、以前より対象と方向がはっきり含まれているのが分かる。


『受領――真琴』

『同行――確認』


 どちらも短い表示ではあるが、以前の『共有――成立』とは違い、対象となる人や人同士の動きまで文字の中へ含まれている。


 次に何が出るかを考えれば、いくらでも想像できる。誰から誰へ、誰が誰を見る、誰と誰が別れる。けれど、その一つ一つを試験問題のように作る必要はない。二人で使っていれば、生活の中で自然に何度も起きる。


 なら、その時に見ればいいし、今夜のうちに次の条件を考え切る必要はなかった。


 優也は画面を閉じ、照明を落とした。今夜はACROSSにいないので、白い文字が出ることもない。


 それでも頭の中には、昼と夜の二つの表示が残っていた。誰かを区別するだけではなく、誰と誰の間で何が起きたのかまで含むようになったことが、今までとの一番大きな違いだった。


 もし本当にそこまで整理し始めているのなら、次に変わるのは表示の場所でも、文字の数でもないのかもしれない。


 優也はそこから先を考えず、目を閉じた。急がなくても必要な場面はまた来るし、その時にまた一つだけ確かめればいい。今は、それで十分だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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