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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第二章 広がる家
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ep.94 届いた、そのあと


 主寝室と運転席のモニターで《鑑定》結果が共有できた翌週、優也と真琴は、残る画面でも同じことが起きるかを急いで確かめようとはしなかった。リビングとキッチンの仕切り壁には、以前から映画などに使っている大型モニターがある。けれど、普段どおり映像を映せることと、優也の内側に現れる《鑑定》結果がそこへ届くことは別の話だった。


 前回の三度の確認では、優也の位置よりも、真琴がどこにいて、何を見られる状態にあるかが共有先に関わっているように見えた。それでも、表示装置さえあれば必ず使えるとは分からない。主寝室で起きた出来事を、リビングでも同じように起こせると決めつける理由はなかった。


 スマートフォンへ一行ずつ写していた頃に比べれば、今は同じ情報を見ながら話せる。二人ともそこに手応えを感じていたし、次の確認は必要な場面が来た時でいいと考えていた。土曜の昼前、真琴がガレージへ来ると、優也はキッチンで蕎麦を茹でていた。


「珍しいですね。今日はもう作ってるんですか?」


「腹減ったから。真琴来るまで待とうと思ったけど、湯だけ先に沸かしてた」


「私が遅れたみたいに聞こえますけど、約束の時間より五分早いですよ」


「ほな俺が早すぎたんやな」


 優也は笑い、茹で上がった蕎麦を冷水で締めた。昼食はそれだけだった。薬味を少し出し、真琴が持ってきた惣菜を横へ並べる。豪華でも何でもないが、二人でACROSSにいる日の食事としては、こういうもののほうが多くなっていた。


 真琴が食べながら午後の予定を尋ねると、優也は蕎麦を飲み込んでから、ガレージの外をちらりと見た。


「夕方、郊外までちょっと一周するくらいやな。遠出するほどでもないし、それまではここでのんびりしよか。真琴、仕事持ってきてるんやろ?」


「少しだけ。でも今日は予備室じゃなくて、リビングでやります。一時間もかからないと思うので、わざわざ部屋を分けなくてもいいかなって」


「珍しいな。ほな俺も問題集でもやるか。真琴がおったら、分からんとこ聞けるし」


「分野によりますよ。何でも教えられるわけじゃありませんから」


 真琴はそう言いながら、ソファの端へ小さなノートパソコンを置いた。優也も問題集を出したが、二人ともすぐに始めるわけではなく、食後のコーヒーを飲みながら少し雑談した。


 優也は最近担当した工事区画の話をし、真琴は研究室で増えた作業をぼやいた。次に泊まりで出るなら、寒くなる前の海沿いもいいし、紅葉が始まる山側も捨てがたい。二人で地図を開くほど本気の相談ではなかったが、思いついた店の名前や、以前通った道の印象を出し合ううちにコーヒーが冷めた。


 午後一時を過ぎると、真琴はソファで資料を開き、優也は向かい側で問題集を読み始めた。リビングでは、真琴のキーボードを打つ音と、優也がページをめくる音が交互に続いた。真琴は時々画面を見直して数字を直し、優也は同じ設問を読み返しながら、鉛筆で印を付けたり消したりしていた。相手の作業に口を出さなくても、飲み物が減ればどちらかが立つ、その程度の気安さがあった。一時間ほどして、真琴が先に作業を終えた。


「終わりました。だいたい予定どおりです。優也さんはどうですか?」


「俺は分からんところが一個増えた。読み直したら、最初に思ってた答えが違う気がしてきてな」


 真琴が向かい側のページを覗くと、消しゴムの跡の上に小さな疑問符が残っていた。研究室で見慣れた書き込みの仕方と少し似ていて、彼女は思わず口元を緩めた。


「それは進んだと言っていいんですか?」


「分からんことが分かったから進歩やろ。そこから始めんねん」


「都合のいい理屈ですけど、今日はそれでいいことにします」


 真琴はパソコンを閉じて伸びをすると、リビングとキッチンを隔てる壁に目を向けた。そこには、二人が映画を見るときに使ってきた大型モニターがある。今は電源が落ちていて、黒い画面にテーブルの上のカップがぼんやり映っていた。


「そういえば、このモニターではまだ《鑑定》の共有を試していませんね。普段いちばん長くいるのはリビングですし、ここで見られたら便利そうです」


 優也は顔を上げ、壁のモニターと真琴のノートを見比べた。確かに、確認のたびに運転席へ移ったり、主寝室へ入ったりする必要がなくなれば、今より気軽に記録を見返せるだろう。しかし、便利そうだという理由だけで新しい結果が出るわけではない。


「映画はずっと見られてるのにな。《鑑定》のほうは、まだ分からんってことか」


「そうです。主寝室で映ったから、同じくらい大きな画面なら何でも映る、とは言えません。それに今は、スマートフォンでも必要な情報は確認できます」


「ほな、今すぐ実験せんでもええな。せっかく仕事終わったのに、またノート広げさせるのも悪いし」


「自分で広げるときは広げますよ。でも、画面を一つずつ埋めるような確認はしたくないんです。普段の使い方の中で必要になったら、そのとき考えましょう」


 真琴の言い方が少しおかしくて、優也は笑った。壁のモニターはこれまでも当たり前に使ってきた設備だ。それに何かを足したり、取り付け場所を考え直したりする必要はない。ただ《鑑定》の共有先としては、まだ確かめていないというだけだった。


「そうしよ。今日はあとは予定どおり、ちょっと走りに行くか」


「はい。片付けたら出ましょう」


 真琴はパソコンをバッグへ収め、優也がテーブルの問題集を閉じるのを待った。大型モニターには触れなかったが、そのことが午後の予定を邪魔することもなかった。


          ◇


 夕方前、二人は予定どおりACROSSを走らせた。ガレージから出て、広めの一般道を郊外まで流し、途中で大型車も停められる道の駅へ寄る。買い物をするほどでもなかったので、自動販売機で飲み物だけ買って戻る。助手席へ戻った真琴は、シートベルトを締めてから運転席側のモニターへ視線を向けた。


「今日は何も出てませんね」


「そら《鑑定》してへんからな」


「前は使ってない時に『共有――』が出たでしょう」


「そういやそうやった」


 優也は笑い、車両状態を確認した。表示された車両状態に異常はなかった。優也は出発の確認を終え、駐車したままのACROSSで、帰る前に一度だけ全体を《鑑定》しておこうと真琴へ声を掛けた。


「普通に状態確認だけな」


「はい。今日は私がここにいるので、運転席モニターに出るかもしれませんけど、それを期待しすぎないでください」


「了解」


 優也はACROSS全体へ意識を向ける。


『鑑定』


『対象――ACROSS』

『空間状態――安定』

『追加空間――維持』

『外部寸法――変化なし』

『接続状態――安定』

『魔素反応――微弱』


 六行が内側へ現れた。数秒後、運転席のモニターにも同じ六行が表示される。前回ほど間はない。一行目から最後まで、ほぼ連続して出た。


「安定してきたな」


 優也が言うと、真琴は画面を見たまま頷いた。


「少なくとも今日は、前回より速いです。文字も途切れてません」


 表示は数秒残り、いつものように薄くなった。優也はそこで終わりだと思った。しかし、通常の車両表示へ戻る直前、画面の下にもう一行だけ白い文字が現れた。


『確認――待機』


 二人の声が止まった。その一行は、優也の内側にはない。真琴は助手席で身じろぎもせず、いつもなら消えていくはずの文字を見つめた。


「……追加やな」


 優也が小さく言う。


「はい。内部結果には?」


「ない。六行で終わってる」


「私も操作してません」


 真琴は画面を見続けた。


 『確認――待機』は消えなかった。これまでの追加表示は数秒で薄くなることが多かったのに、今回は、見つめている間も画面の下に残っている。優也は何か操作したくなるのをこらえ、真琴が視線を移さないまま待っているのを横目で確かめた。


「待機って、何を待ってるんやろ」


「今は決めないでください。まず見ます」


「はい」


 二人はそのまま何もせず待った。十秒ほど経った頃、真琴がほんの少し顔を横へ向けた。助手席の足元に置いたバッグが気になっただけだった。その瞬間、表示は消えた。真琴はすぐに正面へ向き直ったが、すでに画面は通常の車両表示へ戻っていた。


「消えましたね」


「今、何した?」


「バッグを見ただけです。画面から視線を外しました」


 優也も画面の下を確かめたが、白い文字は戻らなかった。普段の車両情報が並んでいるだけで、さっきまで追加行があった場所には何もない。


「偶然か?」


「分かりません。でも、記録はしておきましょう」


 二人はガレージへ戻ってから整理することにし、その場では再度《鑑定》しなかった。


 ガレージへ戻る道で、真琴は助手席から時々運転席のモニターへ目を向けていた。さっき現れた文字はもうないのに、表示の下端が気になるらしい。


「『確認――待機』って、今までの『共有――成立』や『利用――休息』とは少し違いますよね。何かを待っているのか、それとも状態の名前なのか、まだ区別できません」


「俺はもう、真琴が見るのを待ってたんちゃうかって思ってるけどな。けど、見てる間は消えへんかったんやろ?」


「そうなんです。だから言葉だけで決めないでおきたいです。画面を離れた瞬間に消えたように見えても、時間が来ただけかもしれません」


 赤信号で停車した優也は、向こう側の車列が動くのを眺めながら頷いた。真琴がノートを開こうとしたので、走行中に無理して書かなくてもガレージで落ち着いて整理できる、と声を掛ける。


「分かった。とりあえず、起きた順番だけ忘れんようにしとこ。俺の予想は横に置いとくわ」


「ありがとうございます。その予想も、あとで別の欄なら書いていいですけど」


「そこまで言われたら、なんか書きづらいな」


 優也は笑ったものの、真琴が画面から目を離した直後に追加行が消えたことは、頭の片隅に残っていた。以前は《鑑定》結果がどの画面へ届くかを追っていたのに、今回は表示の始まりではなく終わり方が気になる。受け手がそれを見たかどうかまで関係するのなら、単なる表示先の変更とは別の仕組みが働いているかもしれない。


 ただ、真琴が言うとおり、一度の一致だけで因果関係は決められない。優也は次の交差点へ向けてハンドルを切り、ガレージへ戻ってから記録を整理することにした。


          ◇


 ガレージへ戻ると、二人は荷物を片付けてからリビングへ座った。真琴はすぐにノートを開き、さっきの条件を書き出した。


『運転席モニター』

『通常鑑定六項目――完全表示』

『追加表示――「確認――待機」』

『内部鑑定結果には追加なし』

『真琴――助手席、モニター視認』

『約十秒後、真琴が画面外へ視線移動』

『同時期に追加表示消失』

『因果関係――未確認』


「最後の書き方、めっちゃ慎重やな」


「当然です。私が視線を外したタイミングと、表示が消えるタイミングがたまたま重なっただけかもしれません」


「じゃあ一回だけ再確認?」


 優也が聞くと、真琴は少し迷った。


「条件を変えずに一回だけなら、意味はあると思います。ただ、今度は私が意識して視線を外します。表示が出たら、十秒くらい見たままにして、そのあと横を見る」


「分かった」


 二人は再び運転席へ移った。優也は運転席。真琴は助手席。スマートフォンはリビングに置いたまま。モニターは通常表示。


「いくで」


「お願いします」


 優也が《鑑定》を使う。内側には六行。モニターにも、少し遅れて六行が出る。その下へ、


『確認――待機』


 同じ一行が現れた。真琴は画面を見続ける。五秒。十秒。今回は消えない。


「まだ出てる」


「はい。じゃあ、外します」


 真琴が顔を左へ向け、サイドウインドウを見る。優也はモニターだけを見る。約二秒後。


『確認――待機』


 その文字が薄くなり、消えた。通常の車両表示だけが残る。真琴が画面へ戻った。


「消えました?」


「うん。真琴が向こう見て、二秒くらい」


 真琴はすぐノートを取りに戻ろうとしたが、優也が呼び止めた。


「待って。今度、逆にしたら?」


「逆?」


「最初から真琴が画面見んとく。俺が《鑑定》する。モニターに六行が出ても、真琴は見ない。そこから真琴が画面見たら、『確認――待機』がどうなるか」


 真琴は少し考えた。


「今日、もう二回やってます」


「でも、今の確認だけやったら条件きれいやで」


「……一回だけです。それで終わり」


「了解」


 三回目は、真琴が最初からサイドウインドウの外へ視線を向けた状態で始めた。優也は運転席のモニターが二人とも見られる位置にあることだけ確認し、ほかの操作は加えなかった。優也はモニターを見ながら《鑑定》する。六行が内側へ現れる。運転席のモニターにも、六行が出た。その下へ、


『確認――待機』


 『確認――待機』が六行の下に並び、そのまま消えずに残った。


「出た?」


 真琴は画面を見ないまま聞いた。


「出てる。六行と、その下に待機」


「じゃあ十秒待ってください」


「了解」


 優也は呼吸に合わせて数を数えた。十秒が過ぎ、さらに十五秒まで待っても、モニターの下にある『確認――待機』は薄くならない。前の二回と違い、真琴はまだ一度も画面を見ていなかった。


「まだ出てる」


「見ます」


 真琴がゆっくり正面へ向き直り、モニターを見る。六行と追加表示を視認する。その瞬間ではなかった。一秒。二秒。そして追加行の文字が変わった。


『確認――完了』


 優也は息を詰め、文字がもう一度変わるのではないかと待った。真琴も視線を戻さずに見つめていたが、『確認――完了』は数秒残ったあと、六行の《鑑定》結果とともにゆっくり薄くなった。通常の車両画面へ戻っても、二人ともすぐには口を開かなかった。


 待機から完了へ。これほど意味を読み取りやすい言葉が続いて現れたのは初めてだったが、分かりやすいからといって、仕組みまで分かったわけではない。


「……完了、って出たな」


 優也が低い声で言った。


「はい」


「俺の中には?」


「六行だけ?」


「うん。追加は何もない」


 真琴は一度目を閉じ、ゆっくり息を吐いた。ノートを手元に置いていないのがもどかしそうだったが、今は記憶を確かめるように画面をもう一度見た。


「これは、かなり強いです」


「真琴が見たら、待機から完了に変わった」


「はい。ただし、“真琴が見たことを理解した”とはまだ書きません。画面の視認条件に連動して表示状態が変わった、そこまでは言えます」


「もうそこまで慎重にせなあかん?」


「むしろ、ここまで来たから慎重にしたいです」


 真琴の声には、いつもよりはっきりとした緊張があった。優也はいつものように冗談を返しかけたが、相手の表情を見て口を閉じた。ここで急いで名前を付けることより、二人が見た順番を間違えずに残すほうが大切だった。


          ◇


 リビングへ戻った二人は、しばらく黙って記録を整理した。三回分の経過を、真琴は曖昧な感想を挟まずに書き並べた。一回目は自然な状態で『確認――待機』が現れ、真琴が視線を外した頃に消えた。二回目は十秒ほど見続けても待機が残り、目を離してから数秒後に消失した。三回目は、初めから画面を見ない間は待機が続き、向き直って視認したあと『確認――完了』へ変わった。


 順番まで含めて眺めると、ただの偶然では説明しにくい。それでも二人は、最後の結果が際立っているからといって、最初の二回を都合よく解釈し直さないようにした。真琴はノートへ、


『共有表示は、受け手の視認状態と連動する可能性が高い』

『「確認――待機」→受け手視認後「確認――完了」へ変化』

『内部鑑定結果には両表示とも存在しない』

『外部共有は単なる複製表示ではなく、受領状態を反映している可能性』


 と書いた。最後の一行を書いてから、しばらくペンを止める。


「ここまで来ると、“誰に見せるか”だけじゃなく、“届いたかどうか”まで共有側で扱ってるように見えます」


「俺もそう思う。スマホに出しただけの頃とは、もう違うな」


「はい。表示先が変わるだけなら、まだ出力経路の拡張として説明できます。でも、私が見ているかどうかで『待機』と『完了』が変わるなら、出したあとまで状態を見ていることになる」


「返事ではないけど、やり取りに一歩近づいた?」


 真琴は少し考えた。


「一方向の送信だけではなくなりつつある、と言っていいかもしれません。私が何か言ったわけではないし、質問したわけでもない。でも、“見た”という状態が、共有側へ戻っているように見える」


「戻ってる……か」


 優也はその言葉を繰り返した。これまでは、自分の内側にしかない《鑑定》結果を真琴へ見せる、それだけを目指していた。ところが今日は、表示されたあとの真琴の動きに合わせたように、画面の文字が変わっている。もしそれが情報を受け取ったかどうかの区別なら、送り出した先で起きたことが、表示にも反映されたことになる。


 優也はノートに書かれた『確認――完了』を指でなぞりかけ、文字を汚したくなくて手を引っ込めた。真琴が書いた疑問符は、まだ消すべきではないのだろう。


「これ、声の前って感じしてきたな」


 優也が言うと、真琴は少し困ったように笑った。


「私も、そう思わなくはないです。でも、だからって次に音が出るとは限りませんよ」


「分かってる。順番作らへん」


「本当に?」


「今日はさすがに本気。これだけで十分や」


 優也の返事に、真琴も頷いた。


          ◇


 その日の夕方、二人は予定していたより長くACROSSに残った。新しい実験には進まず、真琴はソファでノートの時刻と順番を整理し直した。その間、優也はキッチンへ立ち、夕食の下ごしらえを始めた。帰ってから作るつもりだったが、どうせならここで食べていこうという話になり、簡単な炒め物と味噌汁を用意する。


「こういう時に普通に飯作ってるの、なんか変やな」


 優也がフライパンを動かしながら言う。


「何がですか?」


「さっき結構すごいこと起きたやん。でも、そのあと普通に腹減って、飯作ってる」


「それでいいんじゃないですか。毎回大事件みたいに扱ってたら疲れます」


「確かに」


 真琴はノートを閉じ、箸を並べた。


「少なくとも、今はこのお皿を先に並べないと食べられません。優也さん、そっちの火を少し弱めてください」


 真琴がテーブルへ箸を置いたのを見て、優也はコンロの火加減を落とした。さっきまで緊張した顔でモニターを見つめていた相手が、いまは炒め物の香りを確かめている。優也はその切り替えがおかしくて、少し笑った。


「いつか声まで出たとしても、飯の支度は自分らでせなあかんのやな」


「またそこまで先の話をするんですか。まだ返事ひとつないんですよ」


「分かってる。ほんまに例えやって。ほな、皿持ってくるわ」


 二人は笑った。食事をしながら、今後の確認方法についても少しだけ話した。


 次に『確認――待機』が現れたら、今回の条件をできるだけ保って一度だけ見る。現れなければ追いかけず、真琴以外の相手へ試すこともしない。リビングの大型モニターを含め、まだ試していない画面についても、今ここで結論を作る必要はなかった。


          ◇


 夕食のあと、真琴が帰る準備を始めた頃には、ガレージの外はすっかり暗くなっていた。優也は玄関内側の余白へ置いてあった荷物を片付け、真琴は自分のバッグを肩へ掛ける。


「今日は、さすがにもう一人で試さないですよね? 帰り際に思いついて《鑑定》を始めたりしないでくださいね」


「せえへんって。真琴おらんかったら、何が出ても一緒に見られへんやろ。ノートももう閉じたしな」


「それなら安心です。優也さんが気になるのは分かってますけど、今日は十分見ましたから」


 優也が玄関の足元を空けると、真琴は笑いながら靴を履いた。すぐ外へ出るかと思ったが、バッグの肩紐を掛け直して、もう一度奥の運転席へ目を向ける。


「でも、今日のは大きかったですね」


「うん。画面に出るだけやったら、“共有できた”で終わりやったけど、見たら完了になるのはちょっと違う」


「私もそう思います。まだ応答とは呼びませんけど、共有の中に往復が入り始めてる可能性があります」


「往復か」


「優也さんから情報が出る。私が見る。その状態が反映される。言葉で返してるわけではないけど、完全な一方向でもない」


 優也は少し考え、頷いた。


「じゃあ、次に見るのは“返事するか”やなくて、“この往復がまた出るか”やな。それだけなら俺にも覚えられるわ」


「その通りです。無理に次の段階を決めなくていいと思います」


 真琴が靴のかかとを整えたところで、優也は顔を上げた。いつもより研究者らしい言い方ができた気がして、つい余計な一言を付けたくなる。


「俺もだいぶ研究者寄りになってきた?」


「その前に、西村さんに教わってる無線のほうも頑張ってください」


「そっち戻すんかい」


 二人は笑いながら玄関を開けた。真琴を見送り、優也はしばらく外でその背中を見ていた。駐車場の向こうで真琴が一度振り返り、軽く手を上げる。優也も手を返した。言葉がなくても伝わることはある。そんな当たり前のことを、今さら少しだけ意識した。


          ◇


 一人で車内へ戻った優也は、すぐに運転席へ向かわず、いつもの片付けから始めた。食器を洗い、キッチンを拭き、リビングのテーブルに残ったノートを閉じる。真琴が書いた最後の部分だけ、もう一度目に入った。


『「確認――待機」→受け手視認後「確認――完了」へ変化』


 優也はその一行を見ながら、今日の三回目を思い出した。真琴が窓の外を向いている間、『確認――待機』は残っていた。彼女が画面を見たあと、わずかな間を置いて『確認――完了』へ変わった。だからといって、見たことを理解したと呼ぶにはまだ早い。どんな仕組みが働いているのか分からない以上、今夜あの表示へ意味を足してしまえば、次に確かめるときの目も曇りそうだった。


 優也が自分で確かめられるのは、画面に現れた文字と、そのとき真琴が何をしていたかという順番だけだった。そこに昨日までなかった変化が加わったことは確かだが、まだ答えにはなっていない。優也はノートを開き直し、真琴の記録の下へ一行だけ足した。


『見せたい、から始まって、見えた、まで戻ってきた?』


 自分で書いた疑問符を見て、優也は少し笑った。答えが出たような顔をして真琴に見せたら、きっと別の色のペンで「未確認」と添えられるだろう。


「また曖昧やな」


 けれど、それでよかった。今は、曖昧なまま残すほうが正確だった。


 優也はノートを閉じ、照明を一つずつ落としていく。最後に運転席のモニターが視界へ入ったが、電源は入れなかったし、《鑑定》も使わなかった。


 今日の確認はもう終わっている。声が返ってきたわけでも、問い掛けへ答えがあったわけでもない。それでも、優也の内側から届いた情報を真琴が見ると、その後の表示が変わった。これまで一方通行だと思っていた共有に、別の条件が加わったらしい。


 優也はノートを閉じて所定の場所へ戻し、食卓の照明を消した。電源の落ちたリビングの大型モニターには、車内の灯りがほとんど映らなくなっていた。今日はこの画面を試していないし、帰り際に思いつきで試すつもりもなかった。優也は玄関を降りる前に車内を振り返り、いつものように声を掛けた。


「ほな、またな」


 返事はなかった。優也はそれ以上声を重ねず、外へ出て玄関を閉めた。ガレージの照明が足元に伸びていて、帰る前に一度だけシャッターの閉まりを確かめた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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