↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第二章 広がる家
93/266

ep.93 見る人のいる場所


 運転席のモニターへ《鑑定》結果が六行すべて表示された次の週末、優也と真琴は、久しぶりにACROSSで一泊することにした。


 目的地は遠くない。山へ深く入るわけでもなく、海沿いを何時間も走るわけでもない。車で二時間ほどの場所にある、温泉施設が併設された広めのオートキャンプ場だった。観光を詰め込まず、午後に着いて、温泉へ入り、夕食を作って一泊し、翌朝はゆっくり帰る。それだけの予定である。


 最近は《鑑定》の外部共有ばかりが話題になっていたので、真琴から「一回、普通に泊まりませんか」と言われたのがきっかけだった。


「別に実験してたから泊まってへんわけちゃうけどな」


 出発前、優也が冷蔵庫へ飲み物を入れながら言うと、真琴は持ってきた小さなバッグを主寝室へ置きに行き、戻ってきてから苦笑した。


「分かってます。でも最近、ACROSSに来ると最初にノートを開くことが増えたでしょう。今日は最初から泊まる前提にして、夕方までは何も調べない日にしたいです」


「夕方までなんや」


「夜までって言うと、優也さんが本当に何も見ないまま寝そうなので」


「俺そんな素直ちゃうで」


「知ってます」


 真琴はそう言って、キッチンに置かれていた食材の袋を開けた。


 今夜は鍋にするつもりらしく、野菜と肉、豆腐、締め用の麺まで入っている。優也も途中で何か買うつもりだったが、ほとんど準備されていた。


「これ、俺いらんかったんちゃう?」


「運転してください」


「役割そこだけ?」


「あと洗い物」


「増えたわ」


 そんなやり取りをしながら準備を済ませ、二人はACROSSをガレージから出した。


 運転席のモニターには、いつもの車両情報だけが表示されている。


 優也は一度だけそこへ目を向けたが、《鑑定》は使わなかった。


          ◇


 キャンプ場へ着いたのは、午後二時を少し過ぎた頃だった。


 受付を済ませ、指定された区画へACROSSをゆっくり入れる。車体を安定させたあと、優也は外へ出て周囲を確認し、真琴は車内から必要な物を取り出した。


 区画は十分に広く、隣との距離もある。目の前には低い木立があり、その向こうに川が流れているらしく、時々水の音が聞こえた。


「ええとこやな」


「静かですね。温泉も歩いて行ける距離ですし」


「今日はほんまに何もせんでええな」


「それをするために来たんです」


 二人はしばらく外でコーヒーを飲み、そのあと温泉施設へ向かった。


 戻った頃には日が傾き始めていた。


 優也は運転席側の回転シートをリビング側へ向け、真琴はキッチンで鍋の準備を始める。野菜を切る音、湯が温まる音、換気の風。ACROSSの中には、最近の実験とは何の関係もない生活音だけが続いていた。


「こうしてると、ほんま普通のキャンピングカーやな」


 優也がテーブルへ食器を並べながら言う。


「普通の、の基準がだいぶおかしいですけどね」


「外から見たらでかいだけやろ」


「中を知ってる人には言えません」


「家族くらいやな」


「それでも全部は知らないですし」


 二人はそこで一度言葉を止めた。


 ACROSSの内部が外寸より広いことを知っている人は、ごく少ない。まして《鑑定》の共有や、スマートフォンに出る追加表示、運転席のモニターに現れた六行のことまで知っているのは、優也と真琴だけだった。


 その事実を、以前ほど重く感じなくなっていることに、優也は少し驚く。


 秘密が軽くなったわけではない。


 ただ、二人で抱えることに慣れたのだろう。


          ◇


 夕食を終えたあと、二人はリビングでしばらく映画の話をしていた。


 以前、二泊旅行の夜にソファで映画を見たことがある。あの頃は、同じ場所で長い時間を過ごすこと自体に少し緊張があった。今は、どちらかが飲み物を取りに立っても、戻ってくれば自然に同じ話の続きをする。


「今日、一本見る?」


 真琴が聞いた。


「ええよ。何か持ってきた?」


「一本だけ。前に話してたやつ」


「長いやつ?」


「二時間くらいです」


「寝る前ちょうどええな」


 リビングの大型モニターなら、ソファに座ったまま映画を見られる。それでも夕食のあとからずっとリビングで過ごしていた二人は、たまには場所を変えてみようかと、後部の主寝室にあるモニターを使うことにした。


 飲み物を持って奥へ向かう途中、優也は最近そこが真琴の寝る場所になっていることを思い出した。持ち主は自分なのに、何となく先に声を掛けたくなるのがおかしくて、扉の前で彼女を振り返った。


「真琴の部屋みたいになってるけど、俺入ってええん?」


 優也が冗談めかして聞くと、真琴は呆れたような顔をした。


「優也さんの車ですよ」


「最近そこ、真琴が寝る場所で固定されてるやん」


「優也さんが前で寝るって自分で決めてるからでしょう」


「まあな。ほな映画の時だけお邪魔します」


「どうぞ」


 主寝室のモニターを展開し、二人はベッドへ並んで腰を掛けるのではなく、優也は持ってきた折りたたみの小さな椅子を入口側へ置き、真琴はベッドの端に座った。以前より距離は近くなっているが、まだ何でも自然に共有する関係になったわけではない。


 映画は普通に始まった。


 そして普通に終わった。


 途中で不思議な文字が出ることも、画面が白く光ることもなかった。


「何も出えへんかったな」


 エンドロールが流れ始めたところで優也が言うと、真琴が笑った。


「映画見てるだけで出たら困ります。今日は実験してないんですから」


「でも最近、画面見るとちょっと期待してまう」


「それは分かります」


 真琴はモニターを消さず、音だけ小さくして、エンドロールをそのまま流した。


「今日、まだ《鑑定》してませんね」


「せやな。夕方までって約束はもう過ぎたけど」


「一回だけ、いつもの状態確認します?」


「主寝室におるし、ちょうど後ろのモニターも点いてる」


 優也がそう言うと、真琴は数秒だけ黙った。


「だからこそ、条件としては自然ですね。最初からこの画面を試すために出したわけではないですし」


「ほな、普通にACROSS全体見るだけでいこか。画面は指定せん。真琴にも見えたらええ、それだけ」


「はい」


 優也は椅子に座ったまま、ACROSS全体へ意識を向けた。


『鑑定』


『対象――ACROSS』

『空間状態――安定』

『追加空間――維持』

『外部寸法――変化なし』

『接続状態――安定』

『魔素反応――微弱』


 六行が、いつものように優也の内側へ現れる。


 真琴はスマートフォンを持っていない。


 二人の目の前には、映画のエンドロールを映したままの主寝室モニターがある。


 数秒。


 何も変わらない。


「出えへんな」


 優也が小さく言った。


「そうですね。今日は――」


 真琴が言いかけたところで、映画の映像が一瞬だけ暗くなった。


 二人の視線が揃う。


 エンドロールが消えたわけではない。


 その上へ、白い文字が重なるように現れた。


『対象――ACROSS』


 続いて、


『空間状態――安定』

『追加空間――維持』


 優也は身を乗り出さなかった。


 真琴も、手を伸ばさない。


 運転席のモニターで見たときと同じ順番で、四行目、五行目、六行目までが続く。


『外部寸法――変化なし』

『接続状態――安定』

『魔素反応――微弱』


 六行が揃った。


 背景では映画のエンドロールが止まらず流れている。


 白い文字はその上へ重なり、数秒だけ残ったあと、ゆっくり薄くなった。


 映画の画面だけが戻る。


 優也はしばらく黙った。


「……後ろも出たな」


「はい。しかも今回は、元の映像を消さずに上へ重なりました」


「運転席の時は車両画面の上やったけど、今は映画の上」


「表示装置の種類や、元の画面内容には強く依存してないのかもしれません」


 真琴の声は落ち着いていたが、表情は真剣だった。


          ◇


 二人はリビングへ戻らず、そのまま主寝室で条件を整理した。


 真琴がノートを取りに行き、戻ってくる。優也はモニターを通常の画面へ戻し、今度は何も再生していない状態にした。


「もう一回やる?」


 優也が聞く。


「一回だけ。ただし、条件を一つ変えたいです」


「何する?」


「私がこの部屋を出ます。優也さんはここに残って、同じように《鑑定》してください。私への共有は意識してもらいますけど、私はこの画面を見ません」


「受け手がおらん画面に出るか、ってことか」


「はい。もし“ACROSSの中の画面ならどこでも出る”だけなら、私がいなくても同じように表示されるかもしれません。逆に、私が見る場所と関係しているなら、何か違う可能性があります」


「真琴どこ行く?」


「運転席へ行きます。モニターは点けておきます」


 優也は一度だけ笑った。


「なるほど。どっちに出るかやな」


「そうです。ただ、両方出ない可能性もあります」


「了解」


 真琴は主寝室を出て、運転席へ向かった。


 優也は一人で主寝室に残る。


 目の前には、さっき六行が表示された大型モニターがある。


 真琴が運転席へ着いた頃を見計らい、優也は声を掛けた。


「いくで」


「はい」


 少し離れた前方から、真琴の声が返る。


 優也はACROSS全体を《鑑定》した。


 内部にはいつもの六行。


 真琴へ同じ結果を届けたい、という意図だけを持つ。


 主寝室のモニターを見る。


 何も出ない。


 白い線もない。


 優也はそのまま待った。


「真琴、そっち何か出てる?」


 数秒置いて、真琴の声が返ってきた。


「出てます。今、六行全部」


 優也は立ち上がり、急がず運転席へ向かった。


 そこでは、運転席のモニターに六行の鑑定結果が表示されていた。


 優也が到着した頃には最後の二行が残っており、ほどなく全体が消える。


 二人は顔を見合わせた。


「後ろには何も出えへんかった」


「こっちは全部出ました」


「……これ、かなり分かりやすない?」


「はい。今までで一番、条件の差が見えたかもしれません」


 真琴はすぐに断定せず、それでも前より強い言葉を使った。


「少なくとも今の結果では、“どの画面か”より“私がどこにいて、どの画面を見られるか”のほうが強く関係しているように見えます」


「俺は後ろにおって、後ろのモニター目の前やったのに、そっちは何も出えへんかった。真琴は前におって、運転席モニターに出た」


「はい。しかも優也さんは、私へ見せたいという意図を変えていない」


「届け先、真琴やったってことやな」


 優也がそう言うと、真琴はすぐには返さなかった。


 少し考えたあと、静かに頷く。


「今の結果だけを見るなら、その表現が一番近いです」


          ◇


 ここまで分かると、優也はもう一つ試したくなった。


「じゃあ逆やろ。真琴が後ろ戻って、俺が運転席におって《鑑定》したら、後ろに出るか」


「やりたいのは分かります」


「一回だけ」


「今日はもう二回見ています」


「でも条件としては綺麗やで?」


 真琴は少し迷った。


 研究としては確かめたい。


 けれど、二人で決めた「必要以上に追いかけない」という線もある。


 結局、真琴はノートを見てから言った。


「一回だけにしましょう。それで今日は終わりです」


「よし」


「嬉しそうにしないでください」


「無理やろ」


 今度は真琴が主寝室へ戻り、優也は運転席に残った。


 優也のスマートフォンはリビングに置いたまま。


 運転席モニターは通常表示。


 主寝室のモニターは点けたままにしてある。


「着いた?」


 優也が声を掛ける。


「はい。画面見てます」


「いくで」


 優也は《鑑定》を使った。


 六行が内側へ現れる。


 真琴にも同じ結果が見えればいい。


 それだけを意識する。


 運転席のモニターには何も出ない。


 優也は画面を見たまま待った。


 数秒後、後ろから真琴の声が聞こえる。


「出ました。六行全部です」


 優也は思わず笑った。


「やっぱりそっちか」


「はい。今度は後ろです」


 表示が消れるまで待ち、真琴がリビングへ戻ってくる。


 二人はノートをテーブルへ広げた。


 条件はかなり単純だった。


 一回目。二人とも主寝室にいる。主寝室モニターへ表示。


 二回目。優也は主寝室、真琴は運転席。運転席モニターへ表示。


 三回目。優也は運転席、真琴は主寝室。主寝室モニターへ表示。


 優也がどこにいるかではない。


 スマートフォンがどこにあるかでもない。


 少なくとも今日の三回は、真琴が見ている場所に近い画面へ、同じ六行が出ている。


「これ、だいぶ強いな」


「はい。私はもう、“受け手の位置と表示先が関係している可能性が高い”までは書いていいと思います」


「やっと“高い”まで来た」


「三回、同じ方向の結果が出ましたから」


 真琴はノートへ、


『外部共有――受け手の視認可能な表示装置へ出力される傾向』

『優也の位置との一致なし』

『スマートフォンの位置との一致なし』

『主寝室モニター・運転席モニターで再現』


 と書いた。


 その下へ、少し考えてから、


『共有の中心は装置ではなく、受け手?』


 と書き、最後の疑問符は残した。


「俺が最初に真琴にも見せたいって思った時から、ずっとそこやったんかな」


「そうかもしれません。スマートフォンは、最初に“私へ届ける”ために使えた画面だった。今はACROSSの中なら、私が実際に見られる場所へ共有先が移るようになってきた」


「ってことは、どの画面でもいけるんかな」


「そこはまだ分かりません。ACROSS内部の表示装置に限るのかもしれないし、近くにあるだけでは駄目かもしれない。そもそも今日は、既存の二つしか確認していません」


「次はタブレット?」


「今日は終わりです」


「言うと思った」


 二人は笑った。


          ◇


 少し時間を置いてから、二人は映画の続きを見るでもなく、リビングへ戻って温かい飲み物を淹れた。


 実験としては十分だった。


 むしろ、思っていた以上にはっきりした結果が出たせいで、すぐ次へ進むより一度整理したかった。


「これさ」


 優也がカップを持ちながら言った。


「最初は俺の頭の中にしか見えへんかったやん。で、真琴にも見せたいって思ってスマホに出るようになった。今は、真琴が前におったら前、後ろにおったら後ろに出る。何か、ほんまに“見せる相手”を探してるみたいやな」


「そう見えます。でも、“探してる”も少し意思っぽい表現ですね」


「分かってる。でも他に言い方なくない?」


「“受け手に合わせて出力先が変わる”なら、もう少し中立です」


「長い」


「だから記録ではそう書きます」


「会話では“探してる”でええやろ」


「会話なら、まあ」


 真琴が少し笑った。


 優也は、その笑顔を見ながら、最初にこの現象が始まった日のことを思い出す。


 《鑑定》結果を読み上げる。


 真琴がそれを書き取る。


 順番を確認する。


 言葉を聞き直す。


 その小さな不便を減らしたくて、「同じものを見せられたら」と考えた。


 そこには、ACROSSを賢くしたいという目的も、AIのようなものを作りたいという目的もなかった。


 ただ、自分の中にしかないものを、隣にいる真琴へそのまま渡したかった。


 その意図が、今ではスマートフォンという一つの画面を離れ、真琴がいる場所へ追いかけるように広がっている。


「もしこれ、俺が誰か別の人に見せたいって思ったらどうなるんやろ」


 優也が口にすると、真琴はすぐには答えなかった。


「それは、いずれ確認が必要かもしれません。でも今すぐ試すのはやめましょう。外部共有そのものを知る人を増やすことになります」


「せやな。そこは軽く試す話ちゃうわ」


「はい。それに、まず私との共有がどうなっているのかを把握するほうが先です」


「俺ら二人の間で始まったもんな」


「そうですね」


 短い返事だったが、真琴の声は柔らかかった。


          ◇


 夜が深くなり、二人はそろそろ寝る準備を始めた。


 真琴は後部の主寝室。


 優也は前側の降下式ベッド。


 そこは今までどおりだった。


 真琴が洗面を終えて主寝室へ向かう途中、運転席のモニターを一度見た。


「今日はもう何も試さないでくださいね」


「分かってるって。俺もさすがにお腹いっぱいや」


「ならいいです」


「真琴も後ろでこっそり《鑑定》できへんから安心しろ」


「私はできません」


「そうやった」


 二人は笑った。


 主寝室の扉が閉まり、優也はリビングの照明を少し落とした。


 前方の降下式ベッドを下ろす前に、ノートだけもう一度開く。


 今日の記録は、いつもよりはっきりしていた。


 運転席のモニター。


 主寝室のモニター。


 優也がどこにいるかではなく、真琴がどこで見るかによって表示先が変わった。


 優也は真琴の書いた、


『共有の中心は装置ではなく、受け手?』


 という一行を見た。


 その下へ、自分で何か書こうとして、少し迷う。


 以前なら、すぐに「真琴へ届けている」と書いたかもしれない。


 今は、断定する前に一度考える癖がついた。


 それでも、今日の結果まで曖昧にする必要はない。


 優也はゆっくりと、


『少なくとも今夜は、真琴が見る場所へ届いた』


 とだけ書き足した。


 それ以上は書かなかった。


          ◇


 翌朝、二人は少し遅めに起きた。


 朝食はパンとコーヒーだけにし、昨夜のことをすぐ話題にはしなかった。真琴は窓の外を見ながら天気を確認し、優也は使った食器を片付ける。


 普通の朝だった。


「帰る前に温泉もう一回入る?」


 優也が聞く。


「私は入りたいです」


「ほな行こか。チェックアウトまでまだ余裕あるし」


 二人は歩いて温泉施設へ向かい、戻ってからゆっくり撤収した。


 ACROSSの中では、その間、一度も《鑑定》を使わなかった。


 主寝室のモニターも、運転席のモニターも、普通の画面として使われている。


 それでよかった。


 帰り道、真琴が助手席で昨夜の記録を読み返しながら言った。


「昨日の結果、かなり大きかったですけど、今日何も起きないと少し安心しますね」


「分かる。ずっと変化続いたら、こっちが追いつかへん」


「今くらいがちょうどいいです。一つ分かって、その状態で普通に使ってみる時間があるほうが」


「ほんまACROSS、間を取るの上手いな」


「だから相手みたいに言わないでください」


「はいはい」


 優也は笑いながら前を見た。


 運転席のモニターには、通常の車両情報だけが表示されている。


 昨日、そこには真琴へ見せるための六行が出た。


 主寝室へ移れば、今度はそちらに出た。


 それはまだ会話ではないし、返事でもない。優也の《鑑定》結果を外へ出しているだけだ。


 けれど、以前とは確実に違う。


 共有はもう、特定の一台へ情報を映すだけの現象ではなくなりつつある。優也が「見せたい」と思う相手と、その相手が実際に見る場所。その間にあるものを、ACROSSと《鑑定》のどちらか、あるいはその両方が拾い始めている。


 どこまで理解しているのかは分からない。


 理解という言葉を使っていいのかも、まだ分からない。


 それでも、昨夜の三回は偶然だけでは片付けにくかった。


 ガレージへ戻り、荷物を降ろしたあと、真琴は自分のバッグを肩へ掛けた。


「次は、無理に新しい画面を探さないでくださいね」


「分かってる。普通に使って、その中で必要になったら見る」


「はい。それで十分です」


「もし次、勝手に別のとこ出たら?」


「そのときは記録します」


「声出たら?」


 優也が少し冗談めかして聞くと、真琴は一瞬だけ考えた。


「……そのときは、たぶん二人で黙ると思います」


「やっぱり?」


「はい。そのあとで、ちゃんと確認しましょう」


 二人は笑った。


 まだ、その日は来ていない。


 今はただ、優也の中にあった情報が、真琴のいる場所へ届くようになっただけだった。


 けれど「どこへ出すか」ではなく「誰へ届けるか」が先にあるのだとすれば、その変化は画面が一つ増えたという話より少し大きい。


 優也は真琴を見送ったあと、ACROSSへ戻り、運転席と主寝室のモニターを順番に確認した。どちらも何も特別なものは映していない。昨夜の六行は残っておらず、普通の機械として静かに待っている。


 それを見て、優也はむしろ安心した。


 必要なときだけ届けばいい。


 毎回何かを主張する必要はない。


 今のところ、ACROSSはまだ何も言っていないし、何かを求めてもいない。ただ、優也の中にしかなかったものを、真琴が見える場所まで運ぶ経路だけが少しずつ増えている。


 それなら急ぐ必要はなかった。


 優也は最後にノートを閉じ、照明を落とした。


 声になる前に、まずは届く場所を覚えていく。


 今の変化は、そんなふうに見えていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


続きが気になりましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。

評価・感想も励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。