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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第二章 広がる家
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ep.77 六人になった午後


 紅葉の見頃に合わせた両親との一泊は、母親が選んだ山あいの温泉地に決まった。大阪から遠すぎず、ACROSSを無理なく停められる広い区画があり、温泉や食事処まで長く歩かなくてもいい。景色だけを優先して山奥へ入るより、四人が楽に過ごせることを優先した結果だった。


 当日の朝、真琴は優也より少し早く車庫へ来ていた。自分の鍵でACROSSへ入り、冷蔵庫へ飲み物を入れ、母親が好きそうな菓子をテーブルの端へ置いている。優也が右側玄関を開けると、真琴はキッチンから振り返って「おはようございます」と笑った。


「もう普通に先入ってるな」


「鍵をもらったんですから、使わないともったいないでしょう。ご両親の飲み物も入れておきました」


「助かる。母ちゃん、また荷物増えてる気するから、その分こっち減らせるだけでもありがたいわ」


 前回より予備室の使い方も分かっているので、四人分の荷物があっても最初から置き場所を決められる。固定の家具を増やしていないぶん、予備室は今日も大きなバッグをまとめて置くための余白として使うことになった。


 両親を迎えに行くと、母親は予想どおり少し大きめのバッグを持っていた。父親が「一泊やぞ」と前回と同じことを言い、母親も「分かってる」と同じように返す。優也は二人のやり取りを聞きながら、たぶん次も同じ会話になるのだろうと思って笑った。


 乗り込むときには、以前より少しだけ玄関の段差を意識して見た。母親は手すりを使い、父親も一段ずつ確かめながら上がる。二人とも自力で問題なく乗れるが、優也の目にはもう「今は大丈夫」でしかない。だからといって、朝から将来の話を持ち出すことはせず、全員が座ったのを確認してから運転席へ入った。


「ほな行こか。今回はほんまに紅葉見るだけやで。何も増えんでええし、何も起こらんでええ」


「その宣言、最近多いですね」


 助手席の真琴に笑われ、後ろから母親まで「何か起きる前提なん?」と聞いてくる。優也は「違う違う」と否定しながらACROSSをゆっくり走らせた。


          ◇


 目的地へ着いたのは昼前だった。山の斜面はすでにかなり色づいており、赤や黄色の木々の間にまだ緑も残っている。派手に整えられた観光地ではないものの、駐車区画から少し歩くだけで川沿いの遊歩道へ出られ、母親は到着してすぐ「ここで良かった」と嬉しそうに写真を撮り始めた。


 昼食は施設内の食事処で済ませ、そのあと四人で川沿いをゆっくり歩いた。父親は途中のベンチで一度休み、母親と真琴が少し先まで行く間、優也も隣へ座った。前回の夜にACROSSのリビングで話したときと同じように、父親とは二人になると不思議と会話が増える。


「ええとこ選んだな」


「母ちゃんが二択からこっち選んだだけやで」


「お前らが二択まで絞ったんやろ。なら十分や」


 父親はそれだけ言って川を眺めた。少し前なら、旅先で父親と並んで何もせず座る時間などほとんどなかった気がする。ACROSSを買ったことで増えたのは移動距離だけではなく、こういう何でもない時間なのかもしれなかった。


 夕方前には雲が増え、風も冷たくなってきたので、四人は予定より少し早くACROSSへ戻った。母親と真琴は途中の売店で買ったものを予備室へ置き、父親はリビングのソファへ座る。優也が湯を沸かし、全員分の温かい飲み物を用意していると、車外から何度か金属の触れ合うような音が聞こえた。


「何やろ」


 窓から見ると、少し離れた区画に停まっている小型のキャンピングバンの前で、年配の男性がボンネットを開けている。その横には同年代らしい女性が立ち、スマートフォンを耳へ当てていた。


 すぐに困っていると決めつけるつもりはなかったが、しばらく経っても二人の動きが変わらない。風はさらに冷たくなり、細かな雨まで落ち始めている。


「ちょっと見てくるわ。別に直せるわけちゃうけど、何か困ってるかもしれんし」


 優也が上着を羽織ると、真琴も「私も行きます」と立ち上がりかけたが、母親が「二人もいらんやろ。こっちおるから行っといで」と言うので、優也だけが外へ出た。


          ◇


 近づいて声を掛けると、男性は少し困った顔で事情を説明した。出発しようとしたところでエンジンが掛からなくなり、ロードサービスにはすでに連絡している。ただ、混み合っているらしく到着まで一時間以上掛かるかもしれないという。男性自身が何度か確認したらしいが、無理に触って悪化させたくないので、あとは待つしかないとのことだった。


「もう連絡済みなら、それが一番ですね。俺も車は好きですけど、整備できるほど詳しくないんで、変に触らんほうがええと思います」


「そうなんです。昔なら少しくらい自分で見たんですけど、今の車はよく分からなくて」


 男性は苦笑した。女性のほうは薄い上着の前を押さえながら、「中で待てばいいんですけど、エンジン掛からないと結構冷えるんですよね」と言う。小型のキャンピングバンなので休める場所はあるものの、暖房を長く使うのは不安らしい。


 優也はACROSSのほうを一度振り返った。


「もし良かったら、うちで待ちます? 家族も一緒なんで静かではないですけど、暖房ついてますし、ロードサービス来るまでくらいなら」


 二人はすぐには返事をしなかった。知らない相手の車へ入ることに戸惑うのは当然だろうと思い、優也は無理に勧めず、「嫌やったら全然大丈夫です。ここ近いんで、何かあったら声掛けてください」とだけ付け足した。


 すると女性が雨を見上げ、「少しだけ、お言葉に甘えてもいいですか」と答えた。男性も申し訳なさそうに頭を下げる。


「もちろん。じゃあ、ちょっと中にいる家族にも言ってきます」


 優也は一度ACROSSへ戻り、事情を説明した。母親は聞くなり「こんな寒いのに外で一時間待つん? 入ってもらったらええやん」と言い、父親も異論はなさそうだった。真琴だけは一度車内を見回し、後部の寝室の扉を閉め、予備室のバッグが通路へ出ないよう整えてから、「リビングで待っていただくなら大丈夫です」と頷いた。


「そうやな。寝室のほうは閉めとこ。別に見られたら困るもん置いてへんけど、家やしな」


 優也自身、他人をACROSSへ招くのは初めてではないものの、今日のようにまったく知らない人をしばらく中で待たせるのは初めてだった。秘密に関わるものを見せるつもりはないし、普通に使っている範囲なら特別な設備にも見えない。それでも、旅行中の自分たちの生活空間へ他人を入れるのだから、少しだけ緊張した。


          ◇


 優也が二人を案内して戻ると、最初の問題はすぐ玄関で見えた。男性は問題なくステップを上がったが、女性は膝が少し悪いらしく、二段目で一度動きを止めた。


「ゆっくりで大丈夫ですよ。手すり使ってください。必要なら下から支えますけど、無理せんと」


 優也が横につくと、女性は「大丈夫です」と笑い、手すりへしっかり手を掛けて一段ずつ上がった。自力で入れたので大きな問題にはならなかったが、優也は車椅子の男性を前にしたときとは別の意味で、やはりこの入口が誰にとっても簡単なものではないことを改めて感じた。


 車内へ入ると、真琴と母親が上着を掛ける場所を空け、父親がソファの端へ寄って二人分の座る場所を作った。六人になるとさすがに普段より人の気配が濃く、玄関には靴が増え、濡れた上着も一度に掛かる。座席そのものは足りているものの、いつもの四人旅とは違って、荷物の置き方まで考えないと通路へ物がはみ出しそうだった。


「すごいですね、中。外から見ても大きいと思ってましたけど」


 男性が車内を見回しながら言ったので、優也は「大きい分、狭い道入られへんですけどね」といつもの説明をした。母親が横から「この人、最近そればっか言うんですよ」と笑い、場の緊張が少し和らぐ。


 真琴は温かいお茶を二人へ出し、自分たちは少し端へ寄った。女性は両手でカップを包みながら、「本当に助かります。車の中で待てなくはないんですけど、こういう日に限って冷えるんですよね」と息をつく。父親は「ロードサービス待つ時間って長く感じますからな」と応じ、そこから自然に旅行の話へ広がった。


 二人は夫婦で近場を回ることが多く、今のバンも退職後に買ったらしい。長距離を一気に走るより、温泉地や道の駅を少しずつ巡るのが好きだという。母親がすぐに話へ入り、自分たちも息子の車に乗せてもらっているのだと説明すると、女性は優也と真琴を見比べたあと、「ご夫婦で運転されてるんですか」と何気なく聞いた。


 優也は口にしていたコーヒーでむせそうになった。


「いや、夫婦ちゃいます。運転してるのは基本俺で、真琴は……一緒に旅してる人です」


 説明になっているようでなっていない言い方に、母親が露骨に笑いを堪えている。真琴も少し頬を緩めながら、「私は主に助手席と、車内のいろいろを一緒に見てます」と補足した。


「そうでしたか。失礼しました。あまりに自然だったので」


 女性は申し訳なさそうにしたが、優也は「よく言われます」とまでは言えず、「いや、全然大丈夫です」とだけ返した。向かいでは父親が何も言わずお茶を飲んでおり、母親は完全に面白がっている顔をしていた。


          ◇


 六人で待っていると、一時間は思ったより早く過ぎた。途中で男性のスマートフォンへロードサービスから連絡が入り、到着予定が分かったので、優也は外へ出やすいよう玄関まわりの靴を少し整理する。真琴も濡れた上着が重ならないよう掛け直し、母親は女性が立つときに邪魔にならないよう自分のバッグを予備室へ移した。


 特別に誰かが指示したわけではないのに、四人がそれぞれ必要なことを見つけて動く。その様子を見ていた年配の男性が、「皆さん慣れてますね」と感心したように言った。


「何回か一緒に泊まってるんで、どこに何置いたら邪魔か分かってきただけです」


 優也が答えると、真琴も「最初は二人でも通路でぶつかってました」と笑った。今の通路が以前より広がっていることまでは言わない。男性は「旅する家って、こういうことなんでしょうね」と言い、しばらくしてからもう一度車内を見回した。


「車が壊れたとき、直せる人もありがたいけど、待てる場所を貸してもらえるのも助かるもんですね。今日は本当にありがたいです」


 その言葉に、優也はすぐに何かを返せなかった。


 自分は車を直したわけではない。原因も分からないし、専門家の代わりにもなっていない。連絡はすでに二人が済ませており、優也がしたのは暖かい場所を貸し、飲み物を出しただけだった。それでも「助かった」と言われると、できることの形は一つではないのだと改めて思う。


 やがてサービス車両が到着し、男性が外へ出ることになった。女性も一緒に戻ると言うので、優也は玄関の下へ先に降り、急がず一段ずつ降りてもらう。雨はほとんど止んでいたが、足元はまだ濡れている。


「ほんまにゆっくりで大丈夫ですから」


「ありがとうございます。上るときより下りるほうがちょっと怖いですね」


「分かります。ここ高さあるんで」


 女性が無事に地面へ降りたのを確認してから、優也は二人を車まで見送った。男性は何度も礼を言い、女性も「今度は壊れてないときに会えたらいいですね」と笑う。優也も「そのときは普通に旅の話しましょう」と返した。


 しばらくして整備担当者が作業を始めるのを確認し、優也はACROSSへ戻った。


          ◇


 右側玄関を閉めると、六人分あった気配が一気に四人へ戻った。母親はすぐに「急に広なったな」と笑い、父親もソファへ深く座り直した。真琴は使ったカップを集め、優也も一緒にキッチンへ運ぶ。


「六人でも座るだけならいけるな」


 優也が言うと、真琴は洗い物をしながら頷いた。


「短時間なら。ただ、玄関まわりはかなり混みました。靴と上着だけでも人数分増えると違いますし、バッグまで全員持っていたらもっと狭かったと思います」


「寝るとかなると、また全然別やな。今日は一時間ちょい座ってただけやし」


「それに、知らない方を入れるなら、どこまで使ってもらうかも考えないといけませんね。今日はリビングだけで済みましたけど、トイレを使いたいとか、もっと長く待つとかなら、その都度判断が必要になります」


 真琴の言葉は慎重だったが、優也も同じことを考えていた。人が二人増えたからといって、単純に椅子を二つ用意すれば終わるわけではない。靴、上着、荷物、トイレ、見せたくない生活空間、誰がどこへ動くか。人が増えると、床面積より先に考えることが増える。


 母親がその会話を聞きながら、「でも今日は入ってもらって良かったやん。あのおばちゃん、冷えたまま一時間待つんしんどかったと思うで」と言った。


「うん。俺もそう思う。ただ、誰でも何でも中入れたらええって話ではないなって」


「そらそうや。家やもんな」


 母親の一言に、優也は少し驚いた。


「車やけどな」


「最近あんたら自分で家言うてるやん」


「まあ……そうやけど」


「家やったら、人呼ぶときちょっと片付けるし、寝室まで勝手に入られたら嫌やろ。それと一緒ちゃうの?」


 意外と分かりやすい説明だった。父親も横から「別に全部難しく考えんでも、今日は待つ場所貸しただけやろ。できる範囲でやったらええ」と言う。


 優也は二人の言葉を聞きながら、少し前の自分なら、ここから「じゃあ六人用にもっと収納を」「来客用の場所を」と考え始めていたかもしれないと思った。しかし今は、今日一度六人になったからといって設備を増やす必要はないと分かる。


 困ったのは、玄関に靴と上着が増えたこと。


 短時間なら、それでも何とかなった。


 それだけで十分だった。


          ◇


 夕食は予定どおり四人で取った。母親はさっきの夫婦の話を何度か思い出し、「ちゃんと帰れたらええな」と気にしていたが、サービス車両が来ていた以上、自分たちにできることはもうない。優也も同じ気持ちだったが、結果まで確認しに行くのは違うと思い、そのままにした。


 食後、母親と真琴が買ってきた菓子を分け、父親はテレビを見ていた。少し前まで知らない二人が座っていたソファには、今は父親がいつものように寛いでいる。ACROSSは誰かを一時的に受け入れても、その人が帰ればまた自分たちの家へ戻る。その切り替わりが妙に自然だった。


 寝る時間が近づくと、前回と同じように真琴が予備室へ簡易マットを敷き、両親が後部の寝室を使うことになった。母親は今度はもう「真琴ちゃんがそこなん?」とは言わず、予備室も一つの使い方として受け入れたらしい。


 両親が寝室へ入ったあと、優也と真琴はリビングに残り、照明を少し落として温かい飲み物を飲んでいた。


「今日、ちょっと面白かったな」


 優也が言うと、真琴は「夫婦に間違われたことですか?」と先に聞き返した。


「そこちゃうわ。いや、そこもびっくりしたけど。知らん人がここで普通にお茶飲んでたこと」


「確かに、今まで乗った人はご両親か、ある程度知っている人でしたからね。完全に初対面の方を中で待たせたのは初めてでした」


「俺、最初ちょっと迷ってん。秘密のことあるし、生活空間やし。でも今日見せた範囲なら普通のキャンピングカーやし、あのまま寒いとこで待ってもらうよりええかなって」


「私も、入っていただくこと自体より、どこまで入ってもらうかを考えました。だから寝室を閉めて、予備室の荷物を片付けたんです。隠すためというより、そこから先は私たちの場所だと分けたほうが、お互いに楽だと思って」


 優也は頷いた。


「何か、人入れるって広さだけの話ちゃうんやな。六人座れたから六人いけます、ではないわ」


「そうですね。短時間の待機と宿泊では全然違いますし、知っている人と知らない人でも違います。今日は歩いて自分で玄関を上がれる方だったから入れましたけど、そうでなかったら同じことはできません」


 最後の言葉で、優也は車椅子の男性を思い出した。今のACROSSには安全に入れない人がいる。一方で今日の二人は入ることができ、寒い時間をここで過ごせた。その差を「仕方ない」で終わらせることも、「今すぐ全部解決しなければ」と焦ることもしたくなかった。


「今日できたことは、できたでええんよな」


「はい。できなかったことも、そのまま覚えておけばいいと思います」


「最近、真琴も俺のノートみたいな言い方するな」


「優也さんが何でも記録するから移ったんじゃないですか?」


 二人で笑い、そのあとは今日撮った紅葉の写真を見返した。家族旅行の途中で予定外の出来事はあったものの、一日の中心までそれに持っていかれることはなかった。助けたことを特別な使命にせず、終われば普通の旅へ戻れる。そのくらいの距離が、今の優也にはちょうどよかった。


          ◇


 翌朝はよく晴れていた。母親が窓を開けると、前日より山の色が明るく見える。四人で朝食を取り、近くの展望場所まで短く歩いてから戻ると、昨日トラブルを起こしていた小型キャンピングバンの区画はすでに空いていた。


「帰れたみたいやな」


 母親がほっとしたように言うと、優也も「たぶんな」と答えた。修理してそのまま帰ったのか、別の場所へ移動したのかまでは分からない。それでも、少なくとも昨日のまま困っている様子ではない。


 帰りの準備を始めると、優也は玄関に四人分の靴が並んでいるのを見て、昨日はここにさらに二人分が増えていたことを思い出した。たった二足増えただけでも、出入りするときの余裕はかなり違った。


 母親が先に外へ降り、父親が続く。父親は手すりを使いながらゆっくり下り、優也は下から見守った。昨日の年配の女性も同じように慎重だったことを思い出し、この入口について考える機会は、これからも増えるのかもしれないと思った。


 それでも今日は、改造の相談を始めるつもりはなかった。


 今の段階で分かっているのは、高い入口が負担になる人がいること。


 そして、自力で入れる人なら短時間の待機場所としてACROSSを使えること。


 その二つだけだった。


          ◇


 両親を送り届けたあと、真琴と二人で車庫へ戻ると、四人分の荷物を降ろしていつもの状態へ戻した。予備室から母親のバッグを出し、簡易マットを畳み、自転車の固定や冷蔵庫の中身を確認する。片付けが一段落したところで、真琴は自分の紅茶を淹れ、優也もコーヒーを持ってテーブルへ座った。


「今回、空間変化なかったな」


「なくて良かったんじゃないですか。何か困るたびに部屋が増えたら、逆に使い方が分からなくなりそうです」


「それはある。昨日六人になったから六人用の部屋生えた、とかなったら困るわ」


「一時間くらい待っていただいただけですからね」


 優也は笑い、ノートを開いた。大きな変化ではないので、旅の記録として簡単に残す。


『両親と紅葉一泊』

『四人利用――前回同様問題なし』

『一時待機――六名』

『追加二名――初対面の旅行者』

『目的――ロードサービス到着までの短時間待機』

『着席――可能』

『玄関――靴・上着増加で混雑』

『後部寝室――閉鎖』

『予備室――荷物退避に使用』

『短時間利用――問題なし』

『宿泊利用――未確認』

『空間変化――なし』


 そこまで書き、優也は少し考えてから、


『人が増えると、広さより先に動線と境界が必要』


 と付け加えた。


 真琴が横から読んで、「境界って、今回は人と人の距離の意味ですね」と言う。


「そう。魔素の境界ちゃうで。ここまでは使ってもらっていい、ここから先は俺らの場所、みたいなやつ」


「それなら分かりやすいですね。今日みたいな短時間なら、最初から全部を開放する必要はありませんし」


「あと、入口な」


 優也はさらに一行だけ書いた。


『右側玄関――高齢者は利用可能でも負担あり』


 以前なら、そのすぐ下へ「対策検討」と書いていたかもしれない。しかし今回はそこで止めた。問題を見つけたことと、今すぐ設備を作ることは同じではない。


 真琴も何も急かさなかった。


 しばらく二人でノートを眺めたあと、優也はペンを置いた。


「昨日の人が言うてたやん。車直せる人もありがたいけど、待てる場所貸してもらえるのも助かるって」


「はい」


「俺、あれちょっと残ったわ。何かするときって、問題そのもの解決せな助けたことにならんと思いがちやけど、待つ場所とか、温かい飲み物とか、それだけでもええときあるんやな」


「救急のときも似てましたよ。全部を自分たちで処置しなくても、救急へつなぐことはできたでしょう。今回も、車の修理は専門の方に任せて、私たちは待つ時間だけ少し楽にした。それで十分だったと思います」


 優也は頷いた。自分が何でもできる必要はないという考え方は、少しずついろいろな場面へつながっている。通信も、応急対応も、町へ入れないときの移動手段も、車椅子の入口問題も、そして今日のような一時的な受け入れも、全部をACROSSだけで解決しようとしないほうが自然だった。


 それでも、できる範囲が少しずつ増えていくのは悪くない。


 今日は六人が一時間ほど座れた。


 それ以上の意味を、今は付けなくていい。


 優也はノートを閉じ、残ったコーヒーを飲んだ。向かいでは真琴が紅茶を飲みながら次の休みの予定を見ている。両親との旅行は終わり、知らない夫婦ももういない。ACROSSはまた、いつもの二人の場所へ戻っていた。


 家は、いつでも誰にでも開けておく場所ではない。


 けれど、必要なときに少しだけ席を空けられる場所なら、それも悪くない。


 優也は昨日、六人で囲んだテーブルを思い出しながら、次に同じようなことが起きても、たぶん今回より少し落ち着いて動けるだろうと思った。それで十分だった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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