ep.61 四人で泊まる夜
両親がGRANZを見に来てから二週間ほど経ったころ、母親から「温泉の話、忘れてへんやろな」と念押しの連絡が入った。優也としては、もう少し自分たちだけで使い方に慣れてからでもいいと思っていたのだが、前回四人で車内に座って食事までできたことを考えれば、一泊くらいなら十分試せる。真琴にも相談すると、「近場で、到着してから車を動かさなくていい場所なら大丈夫じゃないですか」と背中を押され、結局その週末に四人で出掛けることになった。
行き先は大阪から無理なく走れる範囲の山あいにある温浴施設で、大型キャンピングカーでも利用できる区画があり、夕食も施設側で済ませられる。最初から車内調理まで頑張る必要はなく、今回は四人で泊まったときにGRANZがどう感じるかを確かめながら、両親にも普通に温泉旅行を楽しんでもらうことを優先した。
当日の朝、優也が屋内車庫で荷物を整えていると、真琴が先に到着した。彼女は両親の分のタオルや飲み物を確認しながら、普段より少し多い荷物を見て笑った。
「やっぱり四人になると増えますね。優也さんたち二人のときは、最近かなり減らせるようになってきたのに」
「親の着替えとか薬とか、本人らが持ってくる分もあるしな。しかも母ちゃん、旅行行くとき昔から何泊するねんってくらい持ってくる人やで。俺が『念のため』言わんでも、向こうが勝手に増やしてくれる」
「それ、優也さんの『念のため』って、お母さま譲りなんじゃないですか?」
「そこ繋げんでええねん」
そんな話をしているところへ両親がやってきて、母親は玄関脇へ大きめのバッグを置くなり、「これ入る?」と聞いた。父親はその横で苦笑しながら、「一泊やぞ」と小さく突っ込んでいる。
「着替えと薬とタオルと、あとお菓子。夜なんか食べたなるかもしれんやろ」
「食べ物は現地にもあるって言うたやん」
「あるんと持ってるんは別や。あんたも昔からそうやろ」
自分まで巻き込まれ、優也はそれ以上言い返すのをやめた。
荷物を所定の場所へ収め、出発前の確認を済ませる。両親には走行中に座ってもらう場所とシートベルトの使い方を改めて説明し、母親が「分かってるって」と言いながら窓の外がよく見える席へ嬉しそうに座ったのを確認してから、優也は運転席へ、真琴はいつもの助手席へ入った。
「なんか、ほんまに家族旅行みたいやな」
「家族旅行でしょう。少なくとも今日は」
「せやな」
優也はミラーを確認し、GRANZ 8×8 Expeditionをゆっくり車庫から出した。
◇
走り出してしばらくは、後ろから母親の声がよく聞こえた。「これ、走ってても静かやなあ」「窓から景色見えるわ」「ここ座ってたらバスみたいやけど、後ろに冷蔵庫あるんやろ」と、気になるものが次々出てくるらしい。父親は最初こそ「静かにしとけ、運転中や」と言っていたが、しばらくすると自分も窓の外を眺めながら「高いとこから見ると景色ちゃうな」と呟いていた。
「優也、後ろ聞こえてるん?」
「聞こえてるで。全部実況せんでもええからな」
「何も悪口言うてへんわ」
「悪口の前振りみたいに聞こえる」
車内に笑いが起き、真琴も助手席で肩を揺らした。四人乗っているからといって運転感覚そのものが大きく変わるわけではないが、後ろから人の気配や話し声があるだけで、GRANZがいつもより少し賑やかに感じられる。
途中、広い休憩場所で一度停まり、全員で身体を伸ばした。母親は車外へ出るなり車体を見上げ、「やっぱり外から見たらでかいな」と改めて感心し、父親はタイヤの横へ立って「これ一本いくらすんねん」と現実的なところを気にしていた。
「そこ聞いたら旅行楽しまれへんで。維持費まで考え出したら、俺も今すぐ帰りたなるわ」
「そら乗る以上、金掛かるんは分かっとかなあかんやろ」
「そこは俺が払うから、今日は気にせんでええって」
「ほな聞かんとく」
父親はあっさり引き、優也は少し笑った。こんな会話まで含めて、昔の家族旅行と似ている気がした。
◇
目的地へ着いたのは昼を少し過ぎたころで、区画は大型車でも余裕があり、優也は真琴に外から確認してもらいながら落ち着いてGRANZを収めた。両親は車内で待っていたが、停車後に玄関を開けると母親がすぐ外へ出てきて、周囲を見回した。
「ええやん。山見えるやん」
「今日は景色優先したからな。遠くないけど、俺もこういうとこで朝起きるん好きやし」
「遠くなくてええねん。車で来て温泉入って泊まれたら十分や」
その言葉を聞き、優也は父親だけでなく母親も、自分が最近感じている旅の価値と近いところへ来ている気がした。
昼食は施設の食事処で済ませ、午後は急いで観光へ出ず、周辺を少し散歩してからGRANZへ戻った。母親はリビングのソファへ座ると「ここが一番落ち着くわ」と言い、持ってきたお菓子を早速テーブルへ並べる。
「ほら、持ってきて正解やろ。昼飯食べたあとでも、ちょっと甘いもん欲しなるやん」
「別腹ってやつか。まあ、せっかく持ってきたんやったら食べたらええけど」
真琴がお茶を用意し、父親は窓の外を見ながらコーヒーを飲む。四人で何か特別なことをしているわけではないのに時間はゆっくり流れ、優也は両親を連れてきたことでGRANZの使い方が一つ増えたように感じていた。
二人旅だけなら、疲れたら好きなときに横になり、食事も簡単に済ませればいい。四人になると、誰かが飲み物を欲しがり、誰かがトイレへ立ち、別の誰かが荷物を取りに行くたびに空間の使われ方が変わる。通路が広がっていることのありがたさは、前回より今日のほうがはっきり分かった。
◇
夕方になると四人で温泉へ向かい、優也と父親は男湯へ、母親と真琴は女湯へ分かれた。湯船へ浸かってしばらくすると、父親が隣でぽつりと「こんなん連れてきてもらうとは思わんかったわ」と言った。
「何が?」
「温泉旅行や。お前、昔は休みの日ずっと家おったやろ。今もそういう日多いやろうけど、自分でこんな車買って人乗せて来るようになったんやから、変わるもんやなと思って」
「俺も、こうなるとは思ってへんかったわ。最初はほんま、自分が乗りたいだけやったし」
「無理してへんのならええ。見てる限り楽しそうやしな」
「無理はしてへんよ。仕事も続けてるし、乗るときも遠くばっかり行かんようにしてる」
「それならええ。遊びで疲れ切ったら意味ないからな」
父親はそれ以上、金の話も将来の話もしなかった。優也は湯気の向こうを見ながら、昔からそういう人だったことを思い出していた。心配していても細かく口を出すことは少なく、必要なところだけ確認すると、あとは本人に任せる。
風呂を出たあと、母親たちと合流すると、母親はすでに上機嫌だった。
「真琴ちゃんと長いこと喋ってもうたわ」
「何話してたん」
「内緒。あんたに全部言う必要ないやろ」
「俺の悪口やったら気になるやん」
「悪口ちゃうよ」
真琴も「本当に内緒です」と笑っていたので、優也は少し気になったものの、聞いても教えてもらえそうにないと諦めた。
◇
夕食は施設側で済ませ、GRANZへ戻るころには外がすっかり暗くなっていた。車内の照明を点けてブラインドを閉めると、昼とはまったく違う空間になり、母親は「ほんまホテルみたいやな」と何度も言い、父親はソファへ腰を下ろして「こっちのほうが気楽や」と笑った。
ただ、夜になって寝る準備を始めると、昼間には目立たなかった四人分の生活が一気に表へ出た。両親には後部の主寝室を使ってもらい、真琴が前方の降下式ベッド、優也はリビングを全面ベッド化した就寝スペースを使うことにしたが、昼間は四人で座れたリビングを寝る形へ変えるには、テーブルまわりを片付け、荷物の位置も少し変えなければならない。
「これ、毎晩四人やったら結構手間やな。二人のときは寝室と前のベッドでほぼそのままいけるけど、四人になるとリビングまで夜仕様に変えなあかん」
「朝になったらまた戻しますしね。一泊のゲストなら問題ないですけど、何日も続いたら少し面倒かもしれません」
「泊まれるんは泊まれる。でも、生活する場所と寝る場所が重なってる感じやな」
今までは通路の狭さばかり気にしていたが、人数が増えると別の問題が出る。広さそのものだけではなく、一つの場所へ複数の役割を持たせていることが、夜になるとはっきり分かった。
それでも今夜一晩なら十分で、優也は「ホテルちゃうし、多少手間掛かるんも込みやろ。親も楽しんでるし、今日はこれでええ」と言い、真琴も頷いて二人で手分けしながら寝る準備を終えた。
◇
両親が後部の主寝室へ入り、真琴も前方の降下式ベッドへ上がったあと、優也はリビングを就寝用へ切り替えた。普段ならソファとテーブルを囲んで過ごす場所だが、ベッドとして展開するとリビングの横幅を使う形になる。昼間とはまるで違う景色になり、優也はその中央へ身体を横たえた。
照明を落とすと、昼間の賑やかさが嘘のように車内は静かになった。
しばらくして後方で扉の開く小さな音がした。母親が主寝室から出てきたらしく、そのまま隣接する水回り側へ向かう気配がする。トイレは後部の主寝室からリビングまで出る必要のない位置にあるため、優也が起き上がるほどのこともなく、やがて扉の開閉音がして母親は寝室へ戻っていった。
そのときは何も問題を感じなかったが、さらに少し経ったころ、今度は前方から真琴の声がした。
「優也さん、起きてます?」
「ん……起きてる。どうした?」
「トイレに行きたいんですけど……これ、そのままでは後ろへ行けませんよね」
言われて優也は身体を起こした。
全幅を使って展開したリビングの寝床が、キャビン側と後部の生活設備側との間に横たわっている。昼間は一本につながっていた中央の動線が、就寝時だけそこで途切れていた。
「ああ……そうか。母ちゃんらは寝室からそのままトイレ行けるけど、真琴は前からやもんな。ちょっと待って」
優也はいったん寝床から降り、通れる状態へ戻すために手を掛けた。毎晩やるには少し面倒だが、一度動かしてしまえば時間が掛かるほどではない。真琴が後方へ抜けるのを待ち、戻ってきてから再び就寝状態へ整えた。
「すみません。起こしちゃいましたね」
「いや、ええよ。それより、これ実際に泊まらんと気づかんかったな」
「昼間は普通に通れますからね。寝る場所に変えた瞬間だけ、前と後ろが分かれる感じです」
「泊まれることは泊まれるけど、四人で使うならここはちょっと考えもんやな」
優也はもう一度横になりながら、天井を見上げた。
通路そのものは以前より広くなっている。昼間に四人が動くぶんには、それが十分に役立っていた。だが、リビングを全幅の寝床へ変えれば、その広い通路も夜だけはそこで途切れる。単純に車内が狭いのではなく、昼と夜で同じ空間へ別の役割を持たせていることが問題なのだ。
前回の拡張で幅の問題はかなり解消された。それでも、通路を広げればすべて解決するわけではないらしい。
その発見をすぐ何かへ結びつけるつもりはなかったが、優也は忘れないよう頭の片隅へ置いた。
◇
翌朝、優也が目を覚ますと、後方から父親の声が聞こえた。
「優也、起きてるか?」
「ん……起きた」
身体を起こして見ると、父親が水回り側からこちらを覗いていた。主寝室から出ること自体には何の問題もないが、その先には夜のあいだ全幅を使って展開したリビングの寝床が残っている。
「ここ全部、寝る場所になってたんか。よう考えたら、これやと前まで行かれへんな」
「せやねん。昨日の夜、真琴がトイレ行くときに初めて気づいたわ。父ちゃんらは後ろにトイレあるから困らんけど、前で寝てる人間は俺のとこ越えな後ろ行かれへん」
「四人で寝るんやったら、しゃあない部分もあるわな」
「一泊ならな。でも朝飯食うには、まずこれ戻さなあかん」
そこへ真琴も前方の降下式ベッドから降りてきた。昨夜と同じようにリビングの寝床で前後が分かれているため、優也はいったん就寝状態を解き、二人でソファとテーブルを通常の形へ戻していく。
「朝一番の仕事がリビングの復旧ですね」
「そう考えたら毎日は面倒やな。二人のときは寝室と前のベッドだけで済むから、ここ触らんでええし」
「一泊のゲストなら問題ないですけど、何日も四人で泊まったら、毎晩と毎朝これを繰り返すことになりますね」
「泊まれへんわけちゃう。でも、生活する場所と寝る場所が完全に重なってるんやな」
リビングを元へ戻して中央の動線が一本につながると、昨夜まで塞がれていたことが嘘のように車内を前後へ歩けるようになった。
そのころになって母親も主寝室から出てきて、「コーヒーある? 朝ごはん何? 卵は?」と一気に質問を始めたので、優也は「今からや。起きて一分で全部聞くな」と笑った。
そこから朝食の準備を始めると、今度は別の意味で四人分の動きが重なった。優也がコーヒーを淹れようとキッチンへ向かい、父親が洗面を使い、真琴が冷蔵庫から朝食のものを取り出そうとする。
「順番やな。父ちゃん先に洗面使って。真琴は冷蔵庫開けてええで。俺コーヒー最後でええわ」
「昨日までと違って、交通整理してますね」
「本業やからな。ここで事故起こしたら笑われへん」
真琴が笑い、優也も人の動きを見ながら順番を決めていく。道路工事の交通誘導と同じではないが、誰かを先に通し、ぶつからないよう流れを作るという意味では少し似ていた。
やがて四人で朝食を囲むころには、車内はすっかり昼間の姿へ戻っていた。
「やっぱここやな」
優也はテーブルへ手を置きながら言った。
「二人のときは、寝る前も朝もほとんど形変えんで済む。でも四人になると、夜はリビング全部を寝る場所にして、朝になったらまた戻す。しかも夜中に前から後ろへ行きたくなったら、そのままでは通られへん」
「夜と朝で、同じ場所の役割が完全に変わるからですね。ゲスト用の寝る場所が生活空間と別なら、かなり楽になると思います」
真琴が何気なく言うと、優也の手が少し止まった。
「……別に?」
「今、広げようと考えました?」
「いや、まだ何も。そういう考え方もあるんやなって思っただけ。通路みたいに『幅が足りん』って話とは違うんやな」
「ならいいです。今は一泊できてるんですから、必要かどうかはこれから見れば十分です」
「分かってる。今日は考え方だけ」
優也は笑ったが、「寝る場所と暮らす場所を分ける」という言葉は、前回とは違う種類の不便として頭のどこかに残った。
◇
帰り道、両親はかなり満足していた。母親は「次は秋くらいにもう一回行きたい」と早くも予定を立て、父親は「お前が疲れへん範囲でな」と優也へ念を押す。
優也は運転しながら、昨日から今朝までのことを思い返していた。四人で食事をし、温泉へ行き、夜は寝床を作って、朝になったらまたリビングへ戻す。全部できたし、誰かが困って動けなくなったわけでもない。それでも二人旅とは明らかに違い、人数が増えることで同じ空間の役割が変わることを身体で理解できた。
真琴が助手席から小声で聞いた。
「考えてます?」
「ちょっとな。でも今日は実験せえへんで。ただ、通路のときより理由が分かりやすいなと思って。四人で泊まるなら、寝る場所と生活する場所が重なる。そこがちょっと面倒やった」
「そうですね。でも、四人で泊まるのが毎回になるかは分からないですし、今すぐ変える必要はないと思います。ご両親も普通に楽しんでましたから」
「俺もそう思う。だから記録だけやな」
優也は頷き、前方へ意識を戻した。
◇
車庫へ戻ると、両親の荷物を降ろし、忘れ物がないか確認した。母親は最後まで「今度はもっと長く泊まれるな」と言っていたが、優也は「まず一泊で満足しとけ」と笑って送り出した。
両親が帰ったあと、真琴と二人で車内を片付けると、四人分の荷物がなくなったGRANZは驚くほど静かで広く感じられた。優也がリビングへ座り、「昨日あれだけ人おったのに、今ガラガラやな」と言うと、真琴も「通路が広がってるから余計ですね」と笑った。
「昨日はここで俺寝てたんやもんな。朝になったらまたテーブル戻して、今は普通のリビングや。実際に四人で泊まるまで、この切り替えがこんなに生活感あるとは思わんかった」
「キャンピングカーとしては普通の使い方なんでしょうけど、優也さんたちは二人で使う時間が多いから、四人になって初めて目立ったんだと思います」
「せやな。通路のときは『二人が同時に動けへん』が問題で、今回は『昼と夜で同じ場所を使う』のが問題。空間の足りなさにも種類あるんやな」
真琴は少し考えてから頷いた。
「もし本当にGRANZの空間が生活上の必要に反応しているなら、単純に広さを増やすだけじゃなくて、使い方そのものに反応する可能性もあるかもしれません。ただ、それもまだ仮説です。今のところは記録だけにしましょう」
「了解。俺も今すぐ何か変えたいわけちゃう。親も普通に寝れたし、俺も困ってへんからな」
二人はそこで話を広げるのをやめ、残った片付けを終えた。
◇
真琴が帰るまで少し時間があったので、二人はリビングでコーヒーを飲んだ。窓の外には車庫の壁しか見えないが、昨日両親と山あいで過ごした時間がまだ車内に残っているような気がした。
「お母さま、かなり楽しんでましたね。次の予定、本当にすぐ決めそうです」
「楽しみすぎや。でもまあ、俺も嬉しかったわ。最初にGRANZ欲しいって言ってたころ、親を温泉連れていけたらええなって考えてたけど、ほんまに四人で泊まるとこまで来るとは思ってへんかった」
「ちゃんと叶ってますね」
「今までも買って良かったとは思ってたけど、今日ちょっと違うわ。俺が遊ぶだけの車ちゃうんやなって実感した。真琴と二人のときは二人の家で、親来たら四人の家になる感じする」
「四人の家は少しだけ忙しかったですけどね」
「そこは言うな。でも、それ込みで楽しかったからええわ」
二人で笑ったあと、優也はしばらく黙ってコーヒーを飲んだ。
空間拡張が起きてから、GRANZを見るたびに「次は何が起きるのか」と考えることが増えていた。けれど今回の一泊では、魔素のことを忘れている時間のほうが長かった。両親と風呂へ入り、母親に振り回され、朝には車内で交通整理までして、それでも最後には全員が笑って帰った。
その普通の時間のほうが、優也には強く残っていた。
◇
帰宅した夜、優也はノートを開き、今日までのことを一つの流れとして整理した。
『両親と初めての一泊』
『四人での食事・温泉・就寝――問題なし』
『通路拡張――四人でも有効』
『夜――リビングを就寝スペースへ変更』
『朝――元へ戻す必要あり』
『四人で連泊するなら、生活空間と就寝空間の重なりが負担になる可能性』
『現時点で追加拡張は不要。まず同じ使い方を続ける』
そこまで書き、優也は少し考えた。以前なら、問題を見つけた瞬間に解決方法を探し、「どう広げるか」「何を増やすか」と次の案へ進んでいたかもしれない。しかし今は、何度か使って本当に困るかどうかを見てからでいいと思える。
今回の一泊で分かったのは、空間の「足りなさ」には種類があるということだった。二人で暮らしたときに感じたのは、同時に動くための幅であり、四人で泊まったときに感じたのは、昼と夜で同じ場所を使い回す手間だった。どちらも「狭い」と言えば同じだが、生活の中で起きていることはまるで違う。
もしGRANZの空間が本当に「必要」に反応しているなら、その違いまで見ているのだろうかと考えかけたが、優也はそこで一度ペンを置いた。確かめたい気持ちはあるものの、今はまだ十分に使えていて、両親も笑って帰ったのだから、次を急ぐ理由はない。
ノートを閉じる前に、優也は最後の余白へ一行だけ書き足した。
『広さより先に、そこで誰と何をするか』
その言葉が、今のGRANZには一番合っている気がした。
スマートフォンを開くと、母親から温泉施設の前で撮った写真が送られてきていた。GRANZを背景に父親と母親、その横に優也が立ち、少し離れたところで真琴が笑っている。二億円を超える巨大な車が後ろに写っているのに、優也の目に残ったのは車体ではなく、その前に並んでいる四人のほうだった。
空間がこの先どう変わるのかは分からない。それでも、そこで誰とどんな時間を過ごしたいのかさえ見失わなければ、GRANZがただの実験対象へ変わってしまうことはないように思えた。
優也は写真をもう一度だけ見てからスマートフォンを伏せ、次に両親を連れていくならどんな温泉がいいだろうと、今度は魔素ではなく普通の旅のことを考え始めた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
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