ep.59 外より広い
和歌山から戻った翌日、優也は仕事を終えると、そのまま屋内車庫へ向かった。
前の晩は自宅へ帰ってからも、GRANZの通路が広くなっていたことが頭から離れなかった。原因を決めつけないこと、面白がって次の変化を起こそうとしないことは真琴と確認している。それでも、一晩眠れば元へ戻るのか、走行したことで何か変わるのか、外側まで本当に何も変わっていないのかは確かめておきたかった。
仕事中まで上の空だったわけではない。道路工事の現場へ入れば、一般車や工事車両、歩行者の動きへ意識を戻せる。ただ、大型トラックを規制帯へ通すため車幅を見た瞬間だけ、「外側が同じなのに中だけ広がるって、どういうことやねん」と頭の隅に昨日の光景が浮かんだ。
退勤する頃には、もう一度自分の目で確認しないまま家へ帰る方が落ち着かないと思うようになっていた。
車庫へ着くと、真琴はすでにシャッターの前で待っていた。肩に掛けたバッグからノートの端が覗いている。
「やっぱり来ましたね。仕事終わりに真っすぐでしょう?」
「真琴も来てるやん。俺だけ気になってるみたいに言うなよ」
「私は昨日の記録と設計時の寸法を持ってきました。優也さんは?」
「気になってしゃあない気持ちと、メジャー」
「半分くらい予想どおりです」
真琴が笑ったので、優也も肩をすくめながらシャッターへ手を掛けた。
扉が上がると、GRANZは昨夜と同じ位置に静かに停まっていた。艶を抑えた車体も、四軸八輪の足まわりも、右側面の玄関も、車庫の照明の下では何一つ変わって見えない。昨日、和歌山から戻って車庫へ入れた時も取り回しに違和感はなかったが、今日は感覚だけで済ませず、外側から確認することにした。
二人は車体と壁の間隔、床に残してある目印、玄関側と反対側の余裕を順番に見て回った。大型車を正確に計測する設備があるわけではないため、メーカー検査のような測定まではできない。それでも、車庫の同じ位置に収まっていること、壁との隙間が目立って狭くなっていないこと、車体の輪郭に膨らみや歪みがないことは確かめられる。
「外から見た限り、ほんまに変わってへんな。昨日も入れる時いつもと同じやったし、少なくとも何十センチも太ったとかはない」
「その表現だと車が太ったみたいですけど、今の確認としては同じです。外形が変わったなら、この車庫では何かしら違和感が出るはずですから」
真琴は設計時の資料とスマートフォンへ残していた写真を見比べ、気づいた点を書き込んでいく。優也も車体の周囲をもう一度回り、タイヤとフェンダーの位置や床の目印まで確認してから、ようやく玄関へ向かった。
扉を開け、先に優也が車内へ入る。
最初の一歩で、昨日と同じ感覚が戻ってきた。
「……戻ってへん」
後ろから入ってきた真琴も、中央通路を見てすぐ頷いた。
「広いままですね。見た目だけじゃなく、昨日と同じ場所を測りましょう」
キッチンと反対側の設備との間へメジャーを当てる。昨日、和歌山から戻った直後に測った数字と同じだった。二人が向かい合って立ち、互いに身体を横へ逃がさず歩いてみても、ほとんど止まらずにすれ違える。
以前なら、一人がキッチンで作業していたり冷蔵庫の前に立ったりすると、もう一人は少し待つことが多かった。今は冷蔵庫の扉を全開にすればさすがに通りにくいものの、通常の状態なら二人が生活するうえで明らかに余裕がある。
「数字にしたら、めちゃくちゃ増えたわけちゃうのにな」
「生活動線の真ん中だからだと思います。一日に何度も通る場所が少し広いだけで、使い勝手はかなり変わりますよ」
「昨日の朝、普通にすれ違った時めっちゃ違和感あったもんな。楽すぎて」
優也はもう一度通路を歩き、キッチンの前で立ち止まった。便利になっているのは間違いない。しかし便利だからといって、何が起きても構わないわけではない。二人が次に確認したのは、広がった分だけ別の場所が削られていないかだった。
◇
キッチンの作業台、冷蔵庫まわり、リビングのソファ、収納、独立したシャワー室とトイレ、後部の主寝室まで、普段よく使う場所を一つずつ見ていった。
真琴はキッチンへ立ち、和歌山で夕食を用意した時と同じように身体を動かす。作業面の奥行きも立ち位置も変わった感覚はない。冷蔵庫の内部容量も、入れたままにしていた飲み物や調味料の位置を見る限り減っていない。収納棚は奥まで普通に使え、シャワー室とトイレにも狭くなったような箇所は見つからなかった。
後部の主寝室へ移ると、優也はベッドの左右や足元を確認し、真琴は昨日撮っていた写真と見比べる。
「ここも変わってなさそうですね。少なくとも、通路を広げる代わりに寝室が削られた感じはありません」
「リビングも一緒やな。ソファが細くなったとか、テーブルが壁へ寄ったとかもない」
優也は主寝室から中央通路を振り返った。外側は変わらず、目立って狭くなった場所もないのに、通路だけが広がっている。昨日から何度考えても、その組み合わせだけで常識から外れていた。
「結果だけ見たら、欲しかったとこだけ増えたみたいやな」
「そう見える、までにしておきましょう。昨日、優也さんが『あと少し広かったら』と思ったことと変化の関係はまだ確認できてません。たまたま同じ時期に別の条件が揃った可能性もあります」
「分かってる。けど、偶然にしては出来すぎてるとも思う」
「私もそう思います。だからこそ、原因と決めない方がいいんです」
真琴は否定するのではなく、自分も同じ違和感を持っていることを先に認めた。そのうえで記録と推測を分ける姿勢は、奈良で魔素を調べていた頃から変わっていない。
二人はリビングへ戻り、テーブルに昨日の記録と今日の確認結果を広げた。真琴が簡単な車内図を描き、通路部分だけを線で囲む。
「整理すると、外側は少なくとも私たちが確認できる範囲では変化なし。走行時にも昨日は違和感なし。内部は中央通路だけ明らかに広くなっていて、キッチン、収納、水回り、寝室には分かるほどの縮小はない。昨日の鑑定は『内部容積――拡張』『外部寸法――変化なし』『魔素反応――微弱』でした」
「今日はまだ鑑定してへんな」
「同じ場所へ一回だけ使いましょう。何か変わっているなら、それも記録したいです」
優也は頷き、通路そのものを意識する。壁や床の材質を知りたいのではなく、昨日から続いている空間の状態を見たい。そう考えて鑑定を使うと、頭の中へ情報が浮かんだ。
『空間状態――拡張状態』
『外部寸法――変化なし』
『魔素反応――微弱』
『状態――安定』
最後の一行を見た瞬間、優也は眉を上げた。
「一個増えた。昨日、こんなん出てへんかったよな」
「何です?」
「『状態――安定』」
真琴のペンが止まり、そのまま数秒考える。
「安定……。今すぐ戻ろうとしている状態ではない、という意味にも読めますけど、何を基準に安定と判断しているのかは分かりませんね。時間的な安定なのか、構造として問題がないという意味なのか、それとも魔素の状態なのか」
「相変わらず、答えっぽい言葉だけ出して説明してくれへんな」
「鑑定は質問に答える相手じゃないですから。でも、少なくとも今すぐ危険とか崩壊中みたいな表示ではない。そこは記録しておいていいと思います」
優也も同意した。『安定』だけで安全を保証されたと思うつもりはないが、壊れかけていると示されるよりはずっといい。
◇
一通り確認したところで、真琴は通路ではなく運転席の方へ視線を向けた。
「今日は短い距離だけ走ってみませんか。昨日は和歌山から戻ってくる途中で変化に気づいて、そのまま車庫へ入れましたけど、今の状態を分かっているうえで走った時に違和感がないか確認したいです」
「俺も考えてた。中だけ変わってるとしても、車は車やからな。運転して何かおかしかったら、便利とか言うてる場合ちゃうし」
「遠くへは行かず、走り慣れた道だけにしましょう。少しでも操舵やブレーキ、車体の感覚に違いがあれば戻る。それで十分です」
二人は車内の物が固定されていることを確認し、普段と同じ出発前点検を済ませた。優也が運転席へ座り、真琴が助手席へ乗る。シャッターを開けてゆっくり車庫から出すと、ミラーに映る車体の位置も、車幅の感覚も、いつもと変わらなかった。
住宅地を抜けて比較的広い道へ出る。加速もブレーキも普通で、交差点を曲がった時の後輪の追従にも違和感はない。優也は何度かミラーを確認したが、外側の車体が膨らんで周囲へはみ出しているようなことも当然なかった。
「運転してる感じは、ほんまにいつもと一緒やな」
「その言葉、帰るまで保留にしてください。まだ数分です」
「分かってるって。ただ、中で物理法則みたいなん無視してるのに前は普通やから、余計変な感じする」
「その言い方すると怖さが増すので、今は『説明できない拡張』くらいにしてください」
「言い換えても十分怖いやろ」
真琴が笑ったので、優也も少しだけ肩の力を抜いた。
三十分ほど走ったところで、大型車でも安全に停められる場所へ入る。停車後、二人は後ろへ移動し、また同じ位置を測った。通路幅は変化せず、鑑定も先ほどと同じ『拡張状態』『状態――安定』を返した。
「走っても維持されるか。今のところ、車として使う分には問題見つからへんな」
「はい。ただし『今日この距離を走れた』と『長期間何も起きない』は別です。そこは分けておきましょう」
「分かってる。でも正直、ちょっと安心した。広がった瞬間だけの変な状態で、走ったら壊れるとかやったらどうしようと思ってたし」
優也がそう言うと、真琴も小さく頷いた。
「私もです。この車は調べるための実験装置じゃなくて、私たちが実際に公道を走って寝泊まりする車ですから。面白い現象でも、安全より先には置きたくないです」
「そこは俺も一緒や。知りたいからって、GRANZ壊してまで試す気はないし、真琴乗せて走るんやから余計にな」
一瞬だけ真琴が優也を見る。その視線に気づき、優也は何となく照れくさくなって窓の外へ目を向けた。
「……まあ、俺一人でも壊したくないけどな。二億以上してるし」
「最後に値段で台無しにしないでください」
二人で笑ったあと、しばらく休憩してから車庫へ戻った。帰路にも異常はなく、車庫へ入れる時の位置関係も以前と変わらなかった。
◇
戻ったあと、二人はもう一つだけ確認することにした。
新しい場所を広げようとするのではなく、昨日の変化に優也の意識がどこまで関係していたのかを見るため、今の通路へ対して同じような願望を持ってみる。それ以上の操作はしない、という条件だった。
「声に出して命令みたいにするのはやめましょう。壁へ触れたり、魔素を動かそうとしたり、鑑定を何回も重ねたりもしない。昨日みたいに『もう少し広かったらいい』と思うだけです。それで変わらなかったら今日は終わり」
「了解。俺もそれ以上やるつもりない」
優也は通路の中央へ立った。
和歌山で一泊した夜を思い出す。キッチンの前ですれ違うたびにどちらかが止まり、冷蔵庫を開ければ通路を譲り、あと少しだけ余裕があれば便利なのにと何度も感じた。
その感覚を思い出しながら、今よりもう少し広かったら、とだけ考える。
数秒待つ。
何も起きない。
壁が動く気配もなく、床の感覚も変わらない。念のため同じ位置を測ったが、数字は先ほどと同じだった。
「変わらんな」
「少なくとも、考えただけですぐ反応する仕組みではなさそうですね。昨日の願望が関係していたとしても、それだけが条件ではないのかもしれません」
「それはちょっと安心やわ。俺が『リビングもうちょい広かったらええな』って思うたびに勝手に巨大化したら、そのうち何が何やら分からんようになる」
「本当にそうです。だから今は、便利そうだからという理由で次の変化を狙わないでください」
「狙わへんって。通路だけでも十分便利やし」
言いながら、優也は本当にそう思っている自分に気づいた。能力らしきものが変化した時、以前なら次に何ができるのか確かめたくて仕方がなかった。しかし今回の対象は、自分の身体だけでも小さな試料でもない。二億円を超える費用と長い時間を掛けて作った、実際に道路を走る家なのだ。
自由に使える能力なら、反応してくれないことを不便に思ったかもしれない。今はむしろ、勝手に広がらなかったことへ少しほっとしていた。
◇
その日から数日間、二人はGRANZへ新しい変化を起こそうとせず、今の状態がどう続くのかだけを確認した。
優也は仕事帰りに車庫へ寄れる日は通路幅を測り、外側の位置関係と目立つ異常がないことを確認する。真琴が来られない日は写真と数字を送り、来られる日は一緒に車内を歩いた。鑑定は毎回使わず、何日か間隔を空けて同じ場所へ一度だけ行う。
結果は変わらなかった。
通路は広いまま維持され、外形に分かる変化はない。鑑定には『空間状態――拡張状態』『外部寸法――変化なし』『魔素反応――微弱』『状態――安定』と表示される。走行しても異常はなく、車内設備にも不具合は出なかった。
その間も、優也の生活は普通に続いた。朝になれば道路工事の現場へ向かい、誘導灯を持って片側交互通行を回す。仕事が終われば家へ帰り、副業の確認が必要な日は店へ寄り、西村と無線の勉強をする日もあった。
世間から見れば何も変わらない一週間の中で、車庫に置かれたGRANZの内部だけが、現代の車両設計では説明できない状態のまま安定している。
ある夜、確認を終えた優也はリビングのソファへ座り、広くなった通路を眺めながら苦笑した。
「こんなん起きてんのに、明日も朝から片側交互通行やで。たまに差がすごいなと思うわ」
向かい側でノートを整理していた真琴は、顔を上げて笑う。
「むしろ、その方がいいんじゃないですか。日常が全部なくなって、これだけ考える生活になったら、優也さん絶対に次を試したくなりますよ」
「否定できへん。ここに一週間ずっとおったら、たぶん壁見ながら『ここ広がらんかな』って一回は思ってる」
「一回で済むとは思えません」
「信用ないなあ」
「今までの実績です」
言い返せず、優也は笑った。
実際、仕事へ行き、食事をし、眠り、空いた時間にだけ確認するという日常が、好奇心へ適度な蓋をしてくれている。収納を覚えた頃も、黒い石を見つけた頃も、気になれば何度でも試したくなった。その癖を自分でも分かるようになった今は、何もしない時間にも意味があると考えられる。
「普通に生活して、それでも状態変わらんかった。今のところ、それが一番大きいかもしれんな」
「私もそう思います。何か特殊な操作を続けないと維持できないわけでもなさそうですし、逆に私たちが触らない間に広がり続けてもいない。少なくとも今は、止まった状態で使えてます」
その言い方がしっくりきた。
広がったことだけに目を奪われると、次にどこまでできるのかを知りたくなる。しかし今必要なのは、拡張の上限を探すことではなく、変化したGRANZを日常の車として扱えるかを見ることだった。
◇
週末、二人はGRANZの中で簡単な昼食を取りながら、これからの使い方を決めた。
もう「元に戻るまで何もしない」という段階ではない。数日維持され、短距離走行でも異常がなく、鑑定でも安定と出ている以上、ずっと車庫へ置いたままにするより、無理のない範囲で普通に使った方が分かることもある。
「このまま旅、続けてええと思う?」
優也が尋ねると、真琴はすぐには答えず、これまでの記録を一度見返した。
「今まで確認した範囲なら、短い距離からならいいと思います。ただ、しばらくは毎回、出発前と帰宅後に外側と通路を確認しましょう。何か変わったら、その時点で使用を止める。それからメーカーへ点検に出すような予定が入ったら、今の状態をどう扱うかはその前に考える必要があります」
「そこやな。メーカーの人が中見たら、元の寸法知ってる人やと気づく可能性あるし」
「はい。でも、隠すこと自体を最優先にはしないでください。走行や構造に影響する異常が出たら、秘密より安全を取ります」
「分かってる。今は安全に関わる変化が見つかってへんから外へ言わんだけ。もし外形変わったり、運転おかしくなったりしたら、黙って走り続ける気はないよ」
優也の返事を聞き、真琴は頷いた。
GRANZは自分たちだけの空間ではあるが、公道へ出れば他の車や人と同じ道路を使う。どれだけ不可思議な現象が起きても、その事実だけは変わらない。
昼食を片づけたあと、二人はあえて何かを試すこともせず、普段通り車内を使った。真琴がキッチンで飲み物を用意し、優也が冷蔵庫から食材を取り出す。以前なら互いに少し避けていた場面でも、今は動きを止めずに済む。
「一回この幅に慣れたら、元へ戻った時めっちゃ狭く感じそうやな」
「戻る可能性もありますから、その覚悟はしておいた方がいいですよ。便利だからといって、今の状態が永久に続く保証はありません」
「分かってるけど、人間、一回楽したら戻りたくなくなるで」
「だから今のうちから当然だと思わないことです」
真琴はそう言いながらも、二人がほとんど気を遣わずすれ違える通路を見て、少し笑った。
「でも、使いやすくなったのは本当ですね。通路だけなのに、車内全体に余裕が出た感じがします」
「生活動線の真ん中って、やっぱ大きいんやな。これだけで十分ちゃうかって思えてきた」
「今は、それでいいと思います。何回か旅をして、それでも困る場所が出てきたら、その時に考えればいいです。できるかもしれないから先に広げる、はやめましょう」
「必要になってから考える、やな」
「はい。それなら、今まで車を作ってきた時と同じです」
優也はその言葉に納得した。
GRANZを設計した時も、最初から装備を際限なく詰め込んだわけではない。旅と生活に必要なものを考え、日本の道路を走れる範囲へ収め、使う理由のある設備だけを残してきた。空間が常識の外へはみ出したからといって、考え方まで変える必要はない。
◇
真琴が帰ったあと、優也は一人でしばらく車庫に残った。
リビングの照明だけを点けた車内は静かで、空調の小さな音が聞こえている。ソファへ座った位置から中央通路を見ると、数日前までより確かに余裕がある。それ以外は、何度も図面を見ながら決めたGRANZの内装そのものだった。
設計の打ち合わせでは、車幅の制限が何度も壁になった。日本の道路を走る以上、外側の大きさには限界があり、その中へキッチン、冷蔵庫、シャワー、トイレ、寝室、収納をどう収めるかをRHEINHARDの担当者と細かく詰めた。
今のGRANZは、その制限を壊すのではなく、外側を変えないまま内側だけで越えている。
「空間状態、拡張……か」
鑑定が返した言葉を口にしてみる。
収納を初めて使えた時も、最初は物を出し入れできる便利な場所くらいにしか考えていなかった。その後、内部時間が止まっているらしいことが分かり、魔素反応が残ることも見つかり、単純な荷物置き場とは言い切れないものになった。
今回も、通路が広がったという結果だけ見れば便利な変化で終わる。しかし、外部寸法を変えず内部容積だけが増えるという現象自体は、便利という言葉では片づけられない。
怖さはある。
それと同時に、知りたいという気持ちも残っている。
優也はそのどちらも否定しなかった。ただ、今すぐ次を試す理由にはしないと決めた。
テーブルへ置いたノートを開き、数日間の結果を一つのページへまとめる。
『拡張後――数日維持』
『短距離走行――異常確認できず』
『外部寸法――変化確認できず』
『内部――中央通路のみ明確に拡張』
『鑑定――拡張状態/外部寸法変化なし/魔素反応微弱/状態安定』
『意識して広さを望んでも即時変化なし』
その下へ、今後の扱いを書き足す。
『当面は通常使用を継続。出発前・帰宅後に確認』
『走行、安全、外形に異常が出た場合は使用中止』
『新しい拡張は狙わない』
最後の一行を書いたところで、優也は少し笑った。
「また同じようなん書いてるな」
誰かに監視されているわけでもないのに、何度も「無理に試さない」と残している。それでも、文字にしておく方が自分には合っていると思った。次に車庫へ来た時、目の前に便利な変化があれば、どうしてもその先を想像する。そんな時に、前の自分がどこで止めると決めたかを見返せる。
ノートを閉じたあと、優也はスマートフォンで次の休みに行けそうな場所を眺めた。以前なら、広くなった通路を見ながら「次はどこまで変わるか」と考えていたかもしれない。今はそれより、もう一度この車で普通に出掛けて、食事をし、景色を見て、夜になればここへ戻って眠りたいと思っている。
広くなったGRANZを特別な実験装置として扱うのではなく、まずは自分たちの走る家として使う。その中で何か変われば、また二人で止まり、確認すればいい。
優也は車内の照明を消し、玄関へ向かった。以前より少し余裕のある通路を歩いても、今夜はもう寸法を測ろうとは思わなかった。
「次は普通に使おか」
誰もいない車内へそう言い残し、優也は扉を閉めた。
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