ep.58 あと少しだけ
最初の一泊から十日ほど経った次の休み、優也と真琴は、今度こそ少しだけ「旅らしい旅」をしてみることにした。行き先は和歌山方面で、大阪から無理なく走れる距離を選び、昼は紀の川沿いで食事をして、午後は山あいの温浴施設へ向かう。大型キャンピングカーでも利用できる区画を予約してあり、翌朝までゆっくり過ごしてから戻る予定だった。
前回はGRANZの中で寝て朝を迎えること自体が目的だったが、今回は途中で景色を見て、土地のものを食べ、気になった場所があれば無理のない範囲で立ち寄る。それでも予定は詰め込まず、優也は出発前から「今日はGRANZで旅することが目的やな」と決めていた。
荷物も前回よりずっと少ない。着替えと洗面用品、飲み物、簡単な朝食とコーヒーを積み、使わなかった予備品は車庫へ残した。真琴が収納の余白を見ながら「今回はちゃんと学習しましたね」と笑うと、優也も「『念のため』で積んでも使わんかったら邪魔やしな」と素直に認めた。
出発前の確認を終え、真琴に車庫の外から一度だけ見てもらいながらGRANZ 8×8 Expeditionを出す。納車直後と比べれば、優也の動きから余計な力はかなり抜けていた。
「じゃあ、行こか。今日はちゃんと旅行やで」
「前回は生活実験に近かったですからね。今日は私も景色を見ます」
「前回ずっとミラー見てたもんな」
「優也さんが緊張してたからです」
二人で笑いながら、GRANZはゆっくり大阪を離れていった。
◇
阪和道を南へ進み、混雑を抜けるころには空が広く見えるようになった。優也は走行車線を中心に無理のない速度で進み、追い越しを急ぐ車があれば先に行かせる。大型車を運転することにも少しずつ慣れ、真琴と普通に会話できる余裕が出てきたが、「慣れたと思ったころが危ない」という言葉だけは頭の隅に置いていた。
高速を降りたあとは、細い近道を避けながら紀の川方面へ向かった。道路脇に畑や山が増え、遠くに川が見え始めると、まだそれほど遠くまで来ていないのに旅行らしい気分が出てくる。
昼は広い駐車場へGRANZを停め、少し歩いて地元の食材を使った定食を食べた。食後に立ち寄った小さな直売所では、真琴が果物を見ている横で優也が漬物や調味料をいくつか買い、「また荷物増えてますよ」と言われると、「これは旅先で買った物やから別枠や。食べたら減る」と言い訳した。
買ったものを車内へ収め、午後は山あいへ向かう。目的地まで多少遠回りになる道もあったが、無理に狭い場所へ入る必要はない。優也は「前やったら最短距離ばっか見てた気するわ」と笑い、真琴も「今のほうが旅行としては楽ですよ」と頷いた。
昼食のあと、すぐ出発せずに二人はGRANZへ戻って少し休んだ。窓の外を川沿いの風景がゆっくり流れているわけではない。ただ停めた車の中で、さっき買った果物を冷蔵庫へ入れ、次に向かう場所を相談するだけの時間だったが、優也にはその何でもなさが妙に嬉しかった。
「前やったら、旅行来たら次どこ行く、何見るって詰め込んでたかもしれん」
「優也さん、本当にそうですか? 途中で面倒になってホテル戻ってそうですけど」
「それもあるな。でもGRANZやったら、面倒なった時点でここ戻って休めるやろ。それが一番ええかも」
「じゃあ今後も、予定は半分くらいにしておいたほうが良さそうですね。行きたくなったら行く、疲れたら戻るくらいで」
優也はその案にすぐ頷いた。車を手に入れたから行動範囲を増やすのではなく、行き先で無理をしなくて済むようになったというほうが、自分には合っている気がした。
◇
温浴施設へ着いたころには空に薄い雲が広がり、GRANZを予約区画へ収めている間に小さな雨粒が落ち始めた。舗装された区画で停車位置を決めると、優也はもう迷わずAUTO LEVELを選ぶ。床下で油圧ポンプが短く唸り、前・中央・後ろの左右三対、計六本のジャッキが路面へ接地して車体を落ち着かせた。初泊では珍しくて画面を見続けていた操作も、二度目になると停車後の手順として少しずつ馴染み始めている。
窓の向こうには山の斜面が見え、水平になった車内で運転席を回転させた優也は、「明日の朝、これ見ながらコーヒー飲めたら最高やな」と嬉しそうに言った。
二人は荷物を整えてから温泉へ向かい、露天風呂では次第に強くなる雨の音を聞きながらゆっくり身体を温めた。日帰りなら帰りの運転を考える時間だが、今日はもうGRANZへ戻るだけで、そのまま眠ることができる。その気楽さが、優也には高級な宿へ泊まることとは別の贅沢に思えた。
風呂を出るころには雨が少し強くなっており、二人は傘を差してGRANZへ戻った。玄関で濡れた靴を脱ぎ、雨具を拭いて収納へ掛け、昼に買った物を片付けていくと、晴れた日の一泊より車内の動きが増える。
真琴がキッチン側で買ったものを整理している間に、優也が冷蔵庫へ飲み物を入れようとすると、通路の中央で動きが重なった。優也が冷蔵庫を閉めて真琴を先へ通し、「雨の日やと急に狭く感じるな」と言うと、真琴も「荷物が増えると分かりやすいですね。でも、出しっぱなしにしなければ大丈夫です」と答えた。
前回も何度か同じことはあったが、今日は濡れた物を片付け、着替えを出し、夕食の準備まで続けて行うため、どちらかが一度待つ場面が自然と増えていた。
◇
夕食は昼に買った食材を少し使い、車内で簡単な麺料理を作ることにした。真琴が食材を切り、優也が鍋の準備を始めたものの、二人が同時にキッチン周辺へ立つと、やはり動きにくい。
「ちょっと後ろ通るで」
「今、包丁使ってるので少し待ってください。動くと危ないです」
「了解。これ二人で料理するより、一人がやったほうが早いな」
「手伝うことが目的じゃなくて、ご飯を作ることが目的ですから、今日は私がやります。優也さんは使ったもの片付けてください」
「正論やけど、なんか戦力外通告みたいやな」
真琴が笑い、結局その役割分担が一番効率よく進んだ。夕食が出来上がるころには雨音が屋根を細かく叩いていた。真琴がキッチン上の細長いEWINDOW系主照明だけを少し明るめに残し、リビング中央のEWINDOW EW3120を暖かい夕方寄りへ落とすと、さっきまで調理場だった車内が食事をする部屋へすっと切り替わった。
「キッチンとリビング、別々に調整できるようにしたん正解やったな」
「料理中と食事中で欲しい明るさが違いますから。全部一緒だと、どっちかが我慢することになりますし」
優也は天井を見上げてから、テーブルへ視線を戻した。設計時には照明へそこまで役割を分ける必要があるのか少し迷ったが、使ってみればキッチンは作業用、リビングは生活側として別々に扱える。単に明るいだけではなく、同じ空間の役割を光で分けられることのほうが便利だった。
二人はテーブルへ座り、優也はビールを一本だけ開け、真琴は温かいお茶を飲む。外は暗く、半分だけ閉めたブラインドの向こうに山の影が見えていた。
「こういう時間、やっぱ好きやわ。観光してるときより、戻ってきて何もせん時間のほうが好きかもしれん」
「それならGRANZを買った意味がありますね。外の景色だけ変わって、中はいつもの場所って安心しますし」
「そう、それやと思う。ホテルみたいに毎回部屋変わるんじゃなくて、コーヒーの場所も座るとこも寝る場所も同じ。それがええねん」
優也は車内を見回しながら、ようやく自分が欲しかったものの輪郭が見えた気がした。食後、二人は翌朝の予定を決めるため地図を広げた。もっと山側へ寄れる場所もあったが、雨のあとに慣れない道へ入る理由はない。結局、朝は景色を見ながらゆっくり食事をして、そのまま大きな道へ戻ることにした。
「せっかく来たのに、どこも寄らず帰るん?」
「今日は十分じゃないですか。昼ご飯も食べたし、温泉にも入ったし、雨の中でご飯も作りました」
「そう言われたら結構やってるな。じゃあ明日は朝のコーヒーがメインでええか」
「それ、優也さんが一番楽しみにしてたやつでしょう」
真琴に言われ、優也は素直に笑った。旅の満足感を、立ち寄った場所の数で数えなくていい。その感覚が少しずつ自分たちなりの使い方になってきていた。
◇
食後の片付けでは、通路の狭さがまた顔を出した。真琴がシンクで洗い物をしている横を、優也が後部へ荷物を置きに行こうとして途中で止まり、今度は優也が冷蔵庫を開けている間、真琴がキッチン側で待つ。数秒ずつ譲り合えば済む話ではあるが、朝から何度も同じことが続いている。
「なあ、真琴。やっぱ、あとちょっとだけ広かったら楽やと思わん?」
優也が壁へ軽く背を預けながら言うと、真琴は洗った皿を置いて通路を見た。
「思いますけど、今さら何か削って広げるのも違うでしょう。今日、キッチンも冷蔵庫も収納も全部使ってますから」
「そこなんよな。どれも減らしたくない。あと二十センチとか三十センチだけ、通路だけ広がったら最高やのに」
「都合が良すぎます」
「分かってるって。言うだけや」
二人で笑い、その話はそこで終わった。夜は前回と同じく真琴が後部の主寝室、優也が前方の降下式ベッドを使い、雨音を聞きながらそれぞれ休んだ。優也は眠る前、何度も譲り合った通路を思い出し、「三十センチ……いや、二十でもええねんけどな」と小さく呟いた。車幅には限界があり、何かを広げれば別の何かを削るしかないことくらい分かっている。そんな都合のいい願いが叶うはずもなく、優也は自分で苦笑して目を閉じた。
◇
翌朝、雨は上がっていた。ブラインドを開けると、濡れた山の斜面に薄い霧が残り、優也が期待していた以上の景色が広がっている。
「うわ、ええやん。昨日雨でハズレかと思ったけど、朝これ見れるなら全然ありやな」
「綺麗ですね。コーヒー淹れます?」
「それ俺がやる。真琴、朝飯お願い」
前回より役割を分けたことで朝の動きはかなりスムーズになった。それでも冷蔵庫を開けるときや洗面へ向かうときには、どちらかが一度待つ必要があり、優也が「昨日、あと三十センチって考えすぎて、朝起きたら広がってへんかなってちょっと期待したわ」と冗談を言うと、真琴は「外はそのままで中だけ広がったら、そっちのほうが大問題です」と笑った。
朝食を終え、帰る前の片付けを始める。真琴が後部の荷物をまとめ、優也はキッチンを整え、昨夜のように同じ場所へ集中しないよう別々の場所から進めた。
優也がテーブルを拭き終え、布巾を収納へ戻そうとしたときだった。後部から真琴が歩いてくるのが見えたため、優也はいつもの癖で身体を少し横へ寄せた。ところが真琴はそのまま歩いてきて、ほとんど身体をひねることもなく優也の横を通り抜けた。
二人とも数歩進んだところで、ほぼ同時に止まった。
「……あれ?」
優也が振り返ると、真琴も同じ顔で振り返っていた。
「今、普通に通れましたね」
「うん。もう一回来てみて」
今度は意識して通路の中央ですれ違ってみる。肩は当たらず、身体を大きく横へ向ける必要もない。
「……広ない?」
「広い、と思います。少なくとも昨日の感覚とは違います」
笑いながら済ませられる声ではなかった。
◇
優也はキッチンと反対側の壁を見比べた。冷蔵庫も収納も、昨日の位置から動いたようには見えず、キッチンの奥行きが小さくなった様子もない。それなのに、二人の間には昨日までなかった余裕がある。
「外、見よ」
二人は玄関から降り、車体の周囲を確認した。駐車区画の線との位置関係は昨日と変わらず、車体が横へ膨らんだ形跡もない。もちろんGRANZには物理的なスライドアウトを付けていないため、何かの機構が動いて室内を広げた可能性もなかった。
車内へ戻った優也は、積んでいた簡単なメジャーを取り出した。設計時の数値を全部覚えているわけではないが、通路幅については何度も確認しているため、おおよその感覚は残っている。真琴に片側を押さえてもらい、反対側まで測った優也は、表示を見たまま黙った。
「……増えてる」
「もう一度測りましょう」
場所を少し変え、二度、三度と確認しても結果は変わらなかった。昨日までより通路が明らかに広くなっている一方で、冷蔵庫やキッチン、ソファ、収納を順に確認しても、生活していて気づくような縮み方はしていない。
「意味分からん。どっかが減ったから広がったんちゃうん?」
「見た限りでは分かりません。容量も確認しないと断定できませんけど、少なくとも昨日使った感覚とは変わってないです」
真琴はしばらく車内を見渡したあと、何かを思い出したように優也へ視線を戻した。
「鑑定、使ってみませんか。車全体というより、今のこの空間に」
優也もそこで初めて、その可能性へ意識が向いた。収納領域や魔素を含む物を調べたときと同じように、目の前の車内へ集中する。
『鑑定』
一瞬の間を置き、頭の中へこれまで見たことのない情報が浮かんだ。
『空間状態――変化あり』
『内部容積――拡張』
『外部寸法――変化なし』
『魔素反応――微弱』
優也は表示を何度か読み返したあと、その内容を真琴へそのまま伝えた。真琴は「内部容積、拡張……」と小さく繰り返し、すぐには続きの言葉を出さなかった。常識ならあり得ないと言うところだろうが、二人が立っている場所そのものが、その常識と噛み合っていない。
念のため、真琴は通路の両端へ目印になる位置を決め、スマートフォンで同じ角度から何枚か写真を撮った。優也もメジャーを置いた状態で一枚残し、次に測るとき比較できるようにする。大掛かりな検証道具はないが、少なくとも「広く感じただけ」ではないことを後から確認できる形にはしておきたかった。
「こういうとき、研究室ならもっと色々測れるんですけどね」
「車ごと持って行くわけにもいかんしな」
「それに、今は広げ方も戻し方も分からないんです。先に弄るより、変化しないか見るほうが大事です」
「俺が寝て起きたら、また広なってたとか嫌やな」
「その可能性がゼロと言えないのが困りますね」
冗談のような会話だったが、二人とも笑い切れなかった。昨日まで物理的にあり得なかった空間が、今は普通の床と壁として目の前に存在している。
◇
帰る予定を少し遅らせ、二人は今の時点で確認できることだけを記録した。外部は見た目に変化なし、内部の通路は拡張、鑑定では微弱な魔素反応。仕組みを推測するには材料が足りず、元に戻るかどうかも分からないため、真琴は「今日はこれ以上、意図的に何か試すのはやめましょう」と先に釘を刺した。
「昨日、何か特別なことしました?」
「普通に飯作って寝ただけやで。あとは狭いって何回も言うたくらい。寝る前に、あと二十とか三十センチ広かったらなって考えてた」
「それだけで広がったなら、因果関係としては雑すぎます。ただ、優也さんの意思と魔素の現象が無関係だとも言い切れません」
「俺もそこが気になる。でも、もう一回『もっと広がれ』とかは言わんよ。今やったら怒られるやろ」
「よく分かってますね」
真琴がようやく少し笑ったことで、張っていた空気が緩んだ。帰り道、運転席から感じる車体の大きさは行きと変わらず、ミラーに映る外形にも違和感はなかった。それでも後ろの居住空間だけは確実に広がっている。優也は信号待ちのたびに後ろを気にしそうになり、「運転してる場合ちゃうくらい気になる」とこぼして真琴に「運転してください」と返されながら、いつも以上に慎重に大阪へ戻った。
◇
車庫へ戻ると、二人は片付けより先にもう一度確認した。シャッターとの余裕も、いつもの位置へ入れる感覚も昨日までと変わらず、外形が大きくなった様子はない。車体を収めてシャッターを閉めたあと、再び通路を測ると、やはり広いままだった。
車庫に収めたあとには、建物側を基準にして外からも見直した。右側の玄関側通路、左側に広く取ったサービススペース、シャッター枠との位置関係は納車後に何度も見ているが、今日はどこにも明らかな違いがない。もし車体そのものが二十センチ以上も広がっていれば、入れた瞬間に分かるはずだった。
「外側は、ほんまにそのままやな」
「はい。少なくとも、この車庫へ入る限りでは昨日までと同じです。だから余計に説明できません」
優也は車体の横を歩き、外壁へ手を当てた。中では通路が広がっているのに、ここから触れる壁はいつもの場所にある。その矛盾を手のひらで確かめても、当然答えは出なかった。
優也と真琴はリビングへ座り、記録した内容を見直した。
「外は変わらず、中だけ広い。魔素反応あり。今確実に言えるんはそこまでやな」
「はい。優也さんが『広かったらいい』と思ったことが原因かどうかは、まだ決めないほうがいいです。偶然とは思いにくいですけど、一回だけでは分かりません」
「もし意思に反応してるんやったら、どこまでできるんやろって考えてまうな」
優也の視線が無意識にリビングの奥へ動いたのを見て、真琴はすぐに気づいたらしい。
「今、絶対リビングとか寝室のことまで考えましたよね」
「……ちょっとだけ」
「今日はやめましょう」
「分かってるって」
優也は笑ったものの、視線は自然に広くなった通路へ戻った。昨日までなら肩を並べるとかなり窮屈だった場所に、今はわずかな余裕がある。たった二十数センチほどの違いに見えるのに、二人で立ってみると生活の感覚は驚くほど変わっていた。
「これくらい欲しかったんよな」
「だからって本当に広がるとは思わないです」
「俺もや。昨日まで、そんな都合ええことあるかって自分で思ってたし」
「便利なのは間違いないです。でも、便利だからすぐ使っていい現象なのかは別です」
真琴の言葉に、優也も頷いた。収納能力のときも、魔素を含む物を扱ったときも、できるから何でも試していいわけではなかった。今回は車内そのものが外側とは違う広さになっており、規模も意味も今までより大きい。
優也は壁へ手を触れた。感触は普通の壁で、押しても動かず、特別な振動もない。それでも、この壁の向こうにあるはずの距離と、自分たちが立っている場所の距離は、もう一致していない。
「……GRANZ、どうなってんねん」
「少なくとも、昨日までと完全に同じ車ではなくなったのかもしれませんね」
真琴の言葉を聞きながら、優也は広くなった通路を見た。欲しかったのはほんの少しの余裕だけだったのに、それを手に入れた代わりに、二人の前にはもっと大きな謎が現れていた。
◇
その夜、自宅へ戻った優也はいつものノートを開いた。本来なら温泉や食事、雨の中で過ごした夜について書くはずだったページへ、今日確認したことを先に残していく。
『二回目の一泊――和歌山方面』
『雨天時の生活――問題なし。ただし荷物が増えると通路が狭い』
『翌朝、内部の通路幅に変化』
『外観――変化なし』
『鑑定――内部容積拡張/外部寸法変化なし/魔素反応微弱』
そこまで書き、優也は一度ペンを止めた。前の晩に「あと少し広かったら」と考えたことは、そのときには記録するほどの内容だと思っていなかった。ただの愚痴だったはずの言葉が、今は一番気になっている。
ページの下へ『原因――不明。願望との関係も未確認』と書き、その横に小さく『勝手に試さない』と付け足した。便利だと分かった瞬間に、どこまでできるか試したくなる自分の性格を、優也はよく知っている。もし今回の拡張が自分の意思に反応した結果なら、次に何が起こるかは分からない。
それでも頭の片隅では、すでにその先を考えてしまっていた。通路だけでこれならリビングはどうなるのか、寝室は、収納は、と想像が広がりかけたところで、優也は意識してノートを閉じた。
最初は、一枚の白い皿だった。それが収納になり、魔素へつながり、今度は旅する家そのものが外側の大きさを変えないまま広がった。便利になったことより、まず何が起きたのかを確かめる。その順番だけは間違えたくないと思いながら布団へ入ったが、目を閉じても、昨日より少し広くなったGRANZの通路が何度も頭に浮かんだ。
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