ep.49 窓のある箱
次の見学案内が届いたのは、前回、骨組みだけのGRANZを歩いてから少し経ったころだった。
RHEINHARD Mobility Japanから送られてきたメールには、居住部の外殻と主要な窓まわりが形になり、内装へ本格的に入る前の空間確認ができる段階まで進んだと書かれている。
添付された写真を開いた瞬間、優也は前回との違いがすぐに分かった。
金属の骨しかなかった居住部には外殻が付き、右側の主玄関も、生活側の窓も、最後部の主寝室窓も輪郭を持っている。まだ最終の外装色ではなく、屋根にも未完成の部分が残っていたが、それでも写真の中にいるのはもう「骨組み」ではない。
一台の、大きな車だった。
休憩中だったこともあり、優也は長く眺めるのを我慢して画面を閉じた。
けれど、その日の仕事を終え、駅のホームへ着くころにはまた写真を開いている。
その中から、右斜め前から全体を見た一枚を真琴へ送った。
『前よりだいぶ車になった』
少しして返事が来る。
『今度は中が気になります』
『俺も。壁ついたら狭さの感じ変わりそうやな』
優也が続けて送ると、少し間を置いて真琴から返事が届いた。
『冷蔵庫と通路、ちゃんと見たいです』
優也は思わず笑った。
真琴が真っ先に気にするのが、三段式の冷蔵冷凍庫と通路なのは、もう意外でもなかった。
『そこやっぱ気になるんや』
『毎日使うところですから』
その一文を見て、優也の指が少し止まる。
以前なら、「毎日」という言葉へいちいち意味を探したかもしれない。
今は違う。
真琴が完成後のGRANZを、自分が何度も乗る場所として話すこと自体が自然になっていた。
◇
見学当日、二人はいつもの駅で待ち合わせた。
優也が少し早く着き、前回の骨組み写真と今日見る車両の写真を交互に眺めていると、横から声がした。
「また見てますね」
優也はスマートフォンを下ろした。
「比較や、比較」
「私も持ってますけど」
真琴はそう言って、自分のスマートフォンに保存してある前回の写真を見せる。
「人のこと言われへんやん」
「記録用です」
優也は一度真琴の画面を覗き込み、同じ角度の写真が何枚か並んでいることに気づいて笑った。
「俺も記録用や」
二人で同じことを言っているのが可笑しくなり、そのまま笑いながら電車へ乗った。
移動中はGRANZの話ばかりではなかった。
真琴は研究室の予定が少し落ち着いたことを話し、優也は前日の現場で、新しく入った警備員が工事車両を通すタイミングにまだ慣れず、久保田が横で付きっきりになっていた話をした。
その合間に、真琴が窓の外を見ながら言う。
「完成したら、工場へ見に行く日の予定じゃなくて、乗って出掛ける日の予定を合わせるんですね」
「その前に、俺があれ運転できるようにならなあかんけどな。実物見るたびに、ちょっと不安増えるわ」
「最初から狭い道へ入らなければ大丈夫でしょう。近場で慣らしたほうがいいと思います」
優也は少しだけ真琴の横顔を見てから、笑って前を向いた。
「もう乗る側の話してるやん」
「前からしてます」
さらりと返され、優也は何も言えなくなった。
少しだけ嬉しかった。
◇
工場へ着くと、前回よりずっと簡単に自分の車を見つけられた。
四軸八輪の足まわり。
高いキャビン。
その後ろへ続く大きな居住部。
骨組みのころは工場の景色に紛れていたのに、外殻が付いたことで存在感が一気に増している。
「……やっぱ、でかいな」
優也が漏らすと、真琴が横で笑った。
「前も同じこと言ってましたよ」
「外側ついたら、また違って見えるやろ」
真琴は車体を見上げたまま、少し首を傾げた。
「私は逆です。ちゃんと車になったから、前よりまとまって見えます」
「感覚おかしいって」
担当者も小さく笑い、現在は内装や主要設備を固定する前の段階で、今日は実際の壁と窓がある状態で、動線や干渉を確認してほしいと説明した。
優也はまず右側へ回る。
前回はただの開口だった主玄関に、いまは扉の枠が付いている。
「前より家っぽいですね」
真琴が言う。
「家にタイヤ八本ついてるけどな」
「そこは普通じゃないです」
優也は笑いながら、扉の向こうを覗いた。
◇
中へ入って最初に感じたのは、明るさだった。
窓が入ったことで、工場内の照明だけではなく外からの光も差し込んでいる。まだ壁面は仕上げ前で、家具も入っていないため無機質ではあるが、前回のように向こう側まで見通せる骨組みではなく、はっきりと「中」と「外」が分かれていた。
「……部屋になってるな」
優也が言うと、真琴も周囲を見回しながら頷いた。
「前は『ここが部屋になる』でしたけど、今日はもう『部屋の中にいる』感じですね」
その表現がしっくりきた。
前方にはリビングになる空間があり、運転キャビンとの境には蛇腹接続の開口が見える。停車時には運転席と助手席が後ろへ回り、前方まで一体のラウンジになる。
家具はまだ入っていないが、ソファと可動テーブル、五人目の正式な走行席の位置が床面へ仮表示されていた。
優也は中央通路に立った。
「ここ、ちゃんと抜けるな」
「玄関から入って、前も後ろも塞がってないですね」
真琴が一度前へ歩き、向きを変えて戻ってきた。
「五人目の席も、思ったより存在感ないな」
「家具に馴染ませるって言ってましたから」
優也も同じ動線を歩いてみた。
壁が付いたぶん圧迫感が出ると思っていたが、物がない今はむしろ空間の形がはっきりしたことで歩きやすく感じる。
「前より、広く感じるかもしれん」
「物がまだないからだと思います。だから、今日のうちに完成後の幅を確認したほうがいいですね」
担当者も同じ考えだったらしく、仮設の軽いパネルを使い、キッチンカウンターと三段式冷蔵冷凍庫の前面位置、ソファの張り出しを再現していく。
何もなかった車内へ、急に家具の厚みが生まれた。
その瞬間、優也は少し身を乗り出した。
「これやな」
中央通路は残っている。
身体を横にしなければ通れないほどではない。
ただ、キッチン前に誰かが立っていれば、もう一人が横を抜けるときには自然と少し寄る。
真琴がキッチン位置に立ち、優也が後ろから通ってみた。
肩と肩が触れそうになる。
「やっぱ近いな」
「でも、普通に通れます」
真琴は一歩だけキッチン側へ寄り、もう一度優也を通してみる。
「この距離で毎回『ちょっと通して』って言うんやろな」
「言えばいいでしょう。生活する車なんですから」
現実的な返事に、優也は笑った。
◇
担当者は次に、冷蔵冷凍庫の前面を示すパネルを壁とほぼ同じラインへ合わせた。
以前の検討案にあったように、家電そのものが通路へ大きく張り出す構成ではない。
上段が冷蔵。
中段が野菜・チルド。
下段が冷凍。
扉そのものへ周囲と同じ仕上げ材を使い、閉めれば一続きの壁に見える。
「これなら入口から見ても冷蔵庫って分からんな」
優也が言うと、真琴はかなり満足そうだった。
「このほうがいいです。見た目もですけど、通路側がすっきりします」
「開けたときは止まるけどな」
真琴は壁際へ寄り、扉を開ける動きを想像するように手を動かした。
「何分も開けっぱなしにしないでしょう」
「また現実的やな」
「冷蔵庫ですから」
優也は笑った。
続いてキッチン下部。
洗濯乾燥機は専用の面材の奥へ収まり、上側には通常の収納が残る。通信や主電装を洗濯機の上へ重ねる構成にはせず、サービス系統は玄関左側の専用エリアへ分けられている。
真琴はその配置を見てから、通路へ一歩下がった。
「これなら洗濯機を使うときも、生活の真ん中に機械が出てこないですね」
「故障したときにキッチン全部壊すとかないんやろ?」
「前面から点検できるようにします。必要な換気と配管も別で取ります」
担当者の答えに、優也は頷いた。
見た目だけ隠して、修理できない家具にはしたくない。
その考えも設計時から変わっていなかった。
◇
担当者からは、今なら一部の収納奥行きを数センチ単位で調整できると説明された。
優也はすぐに答えず、もう一度中央通路を歩いた。
収納は多いほうが安心する。
衣類、食料、工具、日用品、旅先で買う物。長く使えば、持っていきたい物はどうしても増える。
けれど、そのために毎日歩く通路を削れば、生活のたびに小さな不満が積もる。
「真琴はどう思う?」
聞かれた真琴も、その場で答えず、キッチン側とリビング側を何度か見比べた。
「私は、これ以上収納を増やさなくていいと思います。今の時点で必要な量はありますし、通る場所を少し優先したいです。ただ、今の幅で普通に歩けるなら、大きく削る必要もないと思います」
「俺もそんな感じやな。余ってるとこ全部収納にするんはやめよ」
担当者は頷き、基本の家具寸法は維持しつつ、仕上げで不要な張り出しを増やさない方針になった。
優也は中央通路へ戻り、前後を見渡した。
「結局、外からあんだけデカく見えても、中は無限ちゃうんやな」
「当然です。家として使えば、どれだけ大きくても限りがあります」
真琴はそう言ってから、少し笑った。
「でも、夢があるのはいいと思います。完成後に現実も一緒に使えばいいだけです」
妙にうまいことを言われ、優也は返事をせず笑った。
◇
リビング側では、ソファと可動テーブルの仮配置も確認した。
大型ソファは中央通路を潰さず、停車時には回転した運転席と助手席まで含めて、一つの居場所になる。五人目の正式な走行席も、停車中には家具の一部として馴染み、独立した乗用車シートだけが浮いて見えることはない。
真琴はソファ位置へ腰掛ける真似をしながら前方を見た。
「思ってたより運転席に近いですね」
「そこは狙い通りやな。前席だけ別室になるん嫌やったし」
優也は仮のテーブル位置を動かし、通路側へ逃がしてみる。
「これなら食事のときだけ中央へ寄せられるな。パソコン使うときは片側だけでもええし」
「キッチンとも普通に話せますね」
真琴が左側へ視線を向けた。
「停車中ならな」
真琴は一瞬だけ黙り、呆れたように笑った。
「それ、何回目でしょう」
「大事やから何回でも言う」
二人とも笑った。
優也の頭の中には自然に完成後の光景が浮かんでいた。
真琴がキッチンに立ち、自分がテーブルに座る。
あるいは逆に、自分が簡単なものを作り、真琴が横から「切り方が雑です」と口を出す。
まだ何もない車内なのに、生活の輪郭だけは前よりはっきりしてきた。
◇
水回りへ進むと、シャワー室とトイレ室の区切りも以前より分かりやすくなっていた。
Clesanaを置くトイレ室側は、ブラックタンクへ落とす配管がないため、床下の取り回しが単純になっている。一方で、個室換気と手洗い側の給排水はきちんと残す。
優也は扉の開き方を確認し、通路へ出たときに邪魔にならないことを見た。
「ここはもう大きく変えるとこないな」
「はい。消耗品収納も、前回移した位置で問題ありません」
真琴は収納予定位置へ身体を向け、扉を開ける動きを想像した。
「これなら通路を塞がないですね」
「そこまで見る?」
「実際使うときに困るので」
優也が少し笑う。
「また毎日使う側の目線やな」
「そのつもりですから」
さらりと返され、優也は一瞬だけ黙ったあと、小さく頷いた。
◇
最後部の主寝室には、窓が付いたことで空気が変わっていた。
まだベッドも壁材もない。
それでも、前回とは違って「ここで寝る」という想像がしやすい。
中央には一九〇〇×一四〇〇ミリ級のベッドが入る範囲が示され、その左右には実際に身体を通せる余白が残る。
天井中央は大型モニターの収納と展開機構のために空けられ、左右へBS-EW3150を入れる位置も分かる。
真琴は窓の位置を見て、少し表情を緩めた。
「ここ、いいですね」
「窓?」
「はい。朝、ブラインド開けたときに景色が見えるでしょう」
「俺、昼まで寝てるかもしれんで」
真琴は少し笑った。
「旅先で?」
「旅先で寝坊する贅沢もあるやろ」
「それなら私は先に起きて、コーヒー飲んでます」
あまりにも自然な言い方だったので、優也は一瞬だけ返事を忘れた。
完成後の朝、自分がまだ寝ていて、真琴が先に起きている。
その景色が、変に具体的に頭へ浮かぶ。
「……朝飯冷める前には起こして」
「私が作る前提ですか?」
優也は窓のほうを見たまま、少し笑った。
「コーヒー担当は真琴やろ」
「いつ決まったんです?」
「今」
真琴も小さく笑った。
「じゃあ、じゃんけんですね」
またそれか、と優也も笑う。
主寝室の左右を決めるときから、何かとじゃんけんにされる。
そのやり取りが、いつの間にか二人だけの小さな癖になっていた。
◇
見学の後半では、内装材と照明の最終確認も行った。
新しく何かを足すためではない。
これまで決めてきたものを、実車の光の中で見て、大きく違和感がないかを確かめるためだった。
明るすぎない木目。
落ち着いたグレー。
光沢を抑えた金属部。
豪華さはあるが、ホテルのショールームのように飾りすぎない。
リビングの主照明はEWINDOW系の面発光と間接照明を組み合わせ、夜は足元と必要な場所だけを残す。キッチンは手元灯を独立させ、主寝室は左右のBS-EW3150と読書灯、足元灯を分ける。
優也はサンプルを何枚か見比べたあと、結局これまでの組み合わせをそのまま残した。
「後から別の色にしたくならないですか?」
真琴が聞く。
「なるかもしれんけど、そこまで言い出したら一生完成せえへんやろ。今見て嫌じゃないなら、これでええ」
真琴は少し意外そうに優也を見た。
「珍しく早いですね」
「珍しくは余計や」
担当者まで笑った。
全部を特別仕様へ変え続けなくても、この車はもう十分に自分たちの車になっている。
優也自身、そのことが少し分かってきた。
◇
工場を出たあと、二人は前回とは違う店で遅い昼食を取った。
席へ着くと、今度は真琴のほうが先に今日の写真を見返していた。
「今度は俺より見てるやん」
「比較用です」
優也が笑いながら向かい側から画面を覗くと、骨組みのころの写真と、窓が付いた今日の写真が並んでいた。
「またそれ言う」
「でも、本当に違います。前は想像しないと部屋に見えなかったのに、今日は窓があるだけで、もう生活する場所に見えました」
「俺は通路のほうが印象残ったわ。分かってたけど、二人おったら近いなって」
真琴はスマートフォンを伏せ、少し考えた。
「使えないほどじゃないです。ただ、たぶん何度も『ちょっと通して』って言うことになるでしょうね」
「それくらいならええやろ。普通の家でもあるし」
真琴は箸を置き、今日の車内を思い出すように視線を落とした。
「でも、面白いですね。あれだけ大きい車なのに、中へ入ると急に現実的になるんです。外から見たら何でも入りそうなのに、一つ置くたびに通路が変わる」
「それな。でかいのに、家として使うと余裕ない」
「完成して使い始めたら、今まで気づかなかった不満も出ると思います。でも、それで普通なんでしょうね。図面だけで全部分かるわけじゃないですし」
優也は頷いた。
「出たら出たで工夫やな。実際使わんと分からんことまで今から全部潰すんは無理や」
GRANZには物理的な幅の限界がある。
それは失敗でも妥協でもない。
公道を走りながら、家として必要なものを入れた結果だ。
その限られた中でどう暮らすか。
今は、それを考えるほうが面白い。
◇
食事を終えたあと、二人は駅までゆっくり歩いた。
途中で、真琴がふと聞いた。
「完成したら、最初はどこへ行くんですか?」
「前にも聞かんかった?」
「前は『行きたい場所』でした。今回は『最初に行く場所』です」
言われてみれば、少し違う。
以前はまだ夢の話だった。
今は完成後の予定として聞かれている。
「いきなり遠出はせえへんかな。近場で一泊して、運転と設備に慣れたい。温泉あって、飯うまくて、駐車しやすいとこ」
「やっぱり温泉なんですね」
「最強やろ」
真琴は笑いながら頷いた。
「私は賛成です。最初は走ることより、中で一晩過ごしてみたほうがいいかもしれません。何を忘れるかも分かりますし」
「絶対なんか忘れるな」
「優也さん、充電ケーブルとか忘れそうです」
優也は少し考えてから、苦笑した。
「ありそうで嫌やな」
二人で笑いながら歩いた。
少しして、優也が口にする。
「真琴も来る?」
聞いてから、自分でも少し変だと思った。
ここまで一緒に図面を見て、工場へ来て、完成後の朝の話までしている。
今さら確認するようなことではない。
真琴も一瞬だけ目を丸くしたあと、すぐに笑った。
「行きますよ。ここまで参加して、最初の旅だけ留守番する理由がないでしょう。置いていかれたら怒ります」
「それは怖いから連れてくわ」
真琴は少し睨む真似をした。
「怖いからなんですか」
「そこはええやん」
優也も笑った。
関係に名前を付けたわけではない。
けれど、完成後の予定の中にはもう自然に二人がいる。
そのことを、どちらも特別には否定しなくなっていた。
◇
駅へ戻ったあとも、そのまま別れず、二人は優也の部屋へ寄った。
工場で長く立っていたこともあり、夕食を一から作る気にはならず、近所で惣菜と簡単な汁物を買って済ませる。
真琴がテーブルへ容器を並べている間、優也は自宅のキッチン前に立ち、さっき見たGRANZの通路を思い出していた。
「こうして見ると、うちのキッチンも別に広ないな」
真琴が振り返り、冷蔵庫とテーブルの間を見る。
「でも、ここは同じ空間にリビングも水回りも寝室も入ってないでしょう。GRANZは一つの箱に全部入れるんですから」
「言われたらそうやな」
優也は冷蔵庫から飲み物を出しながら頷いた。
今日感じた窮屈さは、設計の失敗ではない。
限られた幅の中へ、欲しかった生活を詰め込んだ結果だ。
完成後に「あと少し広かったら」と思うことはあるだろう。
そのときは荷物の置き方や動き方を工夫すればいい。
「完成して俺が狭い狭い言うてたら笑ってな」
「たぶん私も一緒に言ってますよ」
真琴は惣菜の蓋を開けながら、少し笑った。
「それはそれで嫌やな」
「でも、そういうのも含めて使ってみたいです」
優也も向かいへ座る。
昼間は四軸八輪の巨大な車を見ていたのに、今はいつもの小さなダイニングテーブルで夕食を食べている。
その対比が少し可笑しかった。
同時に、GRANZが完成したあとも、結局こういう普通の時間を車の中へ持っていくのだろうと思った。
豪華な設備も、大きなタイヤも、長い旅も、そのための器にすぎない。
中で過ごすのは、こういう時間なのだ。
◇
真琴が帰ったあと、優也は今日撮った写真を整理した。
骨組みだったころの一枚。
外殻が付いた一枚。
窓のある車内で撮った一枚。
三枚を並べると、変化ははっきり分かる。
何もない金属の枠が箱になり、その箱が部屋になろうとしている。
優也はノートを開いた。
『内装前確認――完了』
『中央通路――狭い。でも使える』
『収納――増やしすぎない』
『次――内装・設備』
そこでペンを止めた。
以前なら、今日確認した寸法や設備位置まで細かく書き足していたかもしれない。
今は、それ以上いらないと思った。
必要な情報は図面と製作記録に残っている。
自分のノートに残したいのは、どんなふうに家が生まれていったかだ。
少し考え、最後にもう一行だけ付け足す。
『最初の旅――近場。一泊。真琴も一緒』
書いた文字を見て、優也は少しだけ照れくさくなった。
けれど、消さなかった。
机の上には、まだ完成していないGRANZの写真がある。
窓の向こうに写っているのは工場の壁だけだ。
それでも優也には、その先の景色が少しずつ見え始めていた。
山かもしれない。
海かもしれない。
温泉街の駐車場かもしれない。
どこへ行くにしても、次は家から旅に出るのではない。
家そのものを連れていく。
昼間、真琴と一緒に立った中央通路も、壁へ溶け込む冷蔵冷凍庫も、まだ何もない寝室も、その旅の中では全部が生活になる。
優也は写真を閉じ、ソファへ身体を預けた。
次に工場へ行くころには、ソファもテーブルも入り、キッチンも形になり、ベッドも収まっているかもしれない。
そうなれば、もう「ここに何が入るか」を想像しなくていい。
実際にそこへ座り、手を伸ばし、歩いて確かめられる。
窓のある箱へ、いよいよ暮らしが入ってくる。
その日を思い浮かべながら、優也はノートを閉じた。
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