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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第二章 広がる家
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ep.46 信用が数字になる


 東亜モビリティファイナンスとの最初の相談を終えてからも、優也は副業のやり方を急に変えなかった。


 むしろ、変えないことを意識するようになった。


 北摂リユース商会へ顔を出す日は増えたものの、自分で抱える在庫の上限はそのままにし、現物を見られない依頼は断る。分からない分野へ無理に手を広げず、委託品については所有者、販売条件、値下げ可能な範囲、手数料、返送時の扱いまで最初に書面で残す。


 鑑定があるから、普通なら見落とす不具合まで分かる。


 けれど、それを理由に普通の手順を省けば、いずれ能力のほうが商売を壊す気がしていた。


 だから、外観を見る。動作を確認する。専門点検が必要なら回す。説明できないものは売らない。


 そのうえで、最後の確認として鑑定を使う。


 面倒でも、その順番だけは崩さなかった。


 ある日の夕方、北摂リユース商会へ寄ると、店主が奥の机へ優也を呼んだ。


「ちょっと大きい話なんですけど、先に聞くだけ聞いてもらえます?」


「大きいって、物がですか。金額がですか」


「両方ですね」


 店主が苦笑しながら見せたのは、近隣の映像制作会社が機材を大きく入れ替えるという相談だった。


 カメラ、交換レンズ、業務用モニター、音響機材、照明、編集用の周辺機器。数点どころではなく、箱単位でまとまっている。ただし、会社側は急いで現金化するつもりはなく、安く一括処分するより、売れるものは適正な市場へ出したいらしい。


「俺が全部見るんですか?」


「全部じゃありません。うちで一次選別します。福山さんには、単価が高いものと、判断が難しいものだけ。撮影と出品、発送もこっちで持ちます」


 以前なら、件数を聞いた時点で断っていたかもしれない。


 けれど今の形なら、自分が必要なところだけに入れる。


「期限、無茶じゃないです?」


「急ぎではないです。先方も数か月かけて整理するつもりです」


「なら、一回見ます。ただ、俺が分からん物は専門へ回しますよ」


「それで十分です」


 店主の返事は早かった。


 頼まれる仕事が増えたというより、頼まれ方が変わってきたのだと優也は感じた。


          ◇


 制作会社の倉庫へ初めて入った日は、少し圧倒された。


 壁際の棚にハードケースが積まれ、別のラックには照明機材、三脚、ケーブル類が整然と並んでいる。現場で使われてきた物なので傷や汚れはあるが、乱雑に扱われてきた印象はなかった。


 担当者は五十代くらいの男性で、機材の一つ一つに思い入れがあるようだった。


「全部新しくするわけじゃないんです。事業を少し縮小するので、今後使わないものだけ整理したくて。だから、値段だけでなく、ちゃんと状態を書いて売ってほしいんです」


「そこは俺も同じ考えです。高く売れそうでも、怪しいやつは止めます」


「そのほうが助かります」


 優也は北摂リユース商会の担当者と一緒に、候補品を順番に確認していった。


 見た目がきれいでも、使用時間が長いものがある。


 外装が傷だらけでも、内部は意外なほど良好なものもある。


 一台の業務用カメラは、外観も動作も問題がなさそうだったが、鑑定には電源周辺の劣化が強く出ていた。優也はそのまま売却候補へ入れず、専門業者へ検査を依頼することにした。


「これ、今は普通に動いてますけど、一回見てもらったほうがいいです」


 制作会社の担当者が少し意外そうな顔をした。


「何か出ています?」


「断定できるほどじゃないです。でも、電源入れたときの立ち上がりがちょっと気になる。高い金額で出すなら、整備記録あったほうが買う側も安心でしょう」


 後日、その機材には内部部品の劣化が見つかり、交換してから販売へ回ることになった。


 その一件があってから、制作会社側は優也の判断へ口を挟まなくなった。


 けれど優也は、それを「自分の鑑定が信頼された」とは考えなかった。


 止めるべきときに止めた。


 それだけだった。


          ◇


 案件は一度に終わらず、何度かに分けて進んだ。


 北摂リユース商会が一次選別し、優也が高額品と判断の難しい品を見る。専門点検が必要なものは外へ回し、販売先もカメラ、音響、業務用映像機器で分ける。優也がすべてを抱えないようにしたことで、件数のわりに生活は崩れなかった。


 本業から帰ったあとに毎日作業することもない。


 何も予定がない夜は普通に家へ帰り、風呂へ入り、食事をして、真琴と電話する。


 ある夜、真琴が優也の部屋へ来たときも、テーブルの上にあったのは機材ではなく、整理し直した帳簿だった。


「前より見やすくなりましたね」


 真琴はノートパソコンの画面をスクロールしながら、委託品と自分で仕入れた在庫が完全に分かれていることを確認した。


「税理士に言われた通りやってるだけやで。受付番号つけて、誰の物か、どこにあるか、いくらまで下げていいか、全部追えるようにした」


「これなら、優也さん以外の人が見ても分かります」


「それが一番大事らしいわ。前は俺が分かってりゃええと思ってたけど、金融会社に出すなら通用せんしな」


 真琴は画面を閉じず、そのまま少し考えた。


「でも、こうやって見ると、ちゃんと増えてますね」


「利益?」


「それもですけど、仕事の形が。優也さんが全部やらなくても回るようになってます。前は売る品が増えたら、そのまま優也さんの作業時間も増えてたでしょう」


「そこはかなり楽になった。俺は見るところだけ見て、撮影とか発送は店に任せてる」


「そのほうがいいです。優也さん、何でも自分でやろうとすると止まらないので」


「真琴にそこまで言われる?」


「言います」


 真琴は淡々と返し、画面の端に表示された月別の利益推移を見た。


 大口案件が入った月は明らかに数字が跳ねている。けれど、普段の月も以前より底が上がっており、赤字になる月はなくなっていた。


「この月だけ高いですね」


「制作会社の機材がまとまって売れた月。けど、毎月これやと思ったらあかんって税理士にも言われた」


「優也さん自身が分かってるなら大丈夫ですね」


「また安心された」


「しますよ。副業で一回大きく入ったからって、本業辞めたりされたら困るので」


 優也は椅子の背にもたれた。


「そこは辞めへんって。今の仕事、別に嫌いちゃうし。副業が忙しいから現場雑になるとか、一番あかんやろ」


 真琴はようやく画面から目を離した。


「それならいいです」


「そんなに心配なん?」


「少し。優也さん、欲しいもの見つけたら急ぐところあるから」


「否定しにくいな」


 優也が苦笑すると、真琴は収支表の端をそろえながら、少しだけ表情を緩めた。


「だから見てます」


「監視?」


「違います」


 真琴は少し笑ってから、テーブルの端に置いてあったGRANZのレンダリングを手に取った。


「一緒に乗りたいからです」


 優也は一瞬、返事を忘れた。


「……よく、やろ?」


 前にもした確認を、ついもう一度してしまう。


 真琴はレンダリングから目を上げずに答えた。


「よく、です。今は」


「今は、な」


「そこ拾わなくていいです」


 優也は笑い、真琴も少しだけ笑った。


 無理に先へ進めなくても、このくらいが今はちょうどよかった。


          ◇


 制作会社の案件が一段落したころ、北摂リユース商会の店主から一枚の集計表を渡された。


 委託品の総販売額はかなり大きい。


 もちろん、その金額が優也の売上になるわけではない。所有者へ返す代金、整備費、販売手数料、店の取り分がある。


 それでも、優也へ残る手数料はこれまでの一件あたりの仕事より明らかに大きかった。


「これ、ほんまに俺の取り分です?」


「契約通りですよ。今回は福山さんが止めた品のおかげで、あとから揉めるのも減りましたし」


「止めたやつのほうが評価されるん、変な感じやな」


「高い物ほど、売るより止める判断のほうが信用になるんですよ」


 店主はそう言って、次の案件の話を出しかけた。


 優也は手で止めた。


「ちょっと待ってください。今の分片付けてからでいいです。受けるとしても、俺が見る量は増やさんでください」


 店主が笑う。


「そう言うと思いました」


「分かってるなら先に言わんでくださいよ」


「でも、その返事なら安心して紹介できます」


 利益が増えた瞬間に仕事量を増やさない。


 以前なら、チャンスを逃しているように感じたかもしれない。


 今は違う。


 続けられる形を守ることのほうが、結局は長く増やすことにつながると分かり始めていた。


          ◇


 数か月分の整理された帳簿が揃ったところで、優也は再び東亜モビリティファイナンスへ相談した。


 今回は、前回より資料が増えている。


 給与収入は継続。


 副業の売上と利益は案件別に説明できる。


 委託品と自己在庫は分離。


 納税用資金と生活防衛費も別。


 RHEINHARDへの技術検討申込金を払ったあとも、事業を止めずに回せている。


 金融担当者はしばらく資料を見ていたが、前回のようにすぐ「難しい」とは言わなかった。


「かなり整理されましたね」


「税理士に言われた通りにしただけです」


「それを続けられていることが重要です。前回は、福山さんの副業が今後どの程度安定するのか、こちらから見える材料が少なかった。今回は、過去の取引履歴も含めて流れが追えます」


 優也は余計な期待を持たないようにしながら聞いた。


「正式審査へ行けます?」


「まだ、いきなり最終承認を出す段階ではありません。ただ、車両側の条件と、RHEINHARDとの支払い方法を具体化して、事前審査へ進める意味はあります」


 その言葉に、優也の背筋が少し伸びた。


「前回よりは進んだ?」


「進んでいます」


 金融担当者は画面へ支払いの流れを表示した。


 RHEINHARD側の標準例では、製作契約時に相応の前払いが必要になる。けれど、金融会社が製作工程に合わせてRHEINHARDへ直接支払う方式が使えれば、優也が契約時に全額を現金で用意する必要はない。


 ただし、条件はある。


 優也自身も取得資金の一部を入れること。


 生活防衛資金や事業運転資金まで使い切らないこと。


 今の副業利益が一時的な大口案件だけではないと説明できること。


 最終的な返済額と、車両の維持費を合わせても余裕が残ること。


「自己資金は、今どのくらい必要です?」


 金融担当者は現在の資料を見直した。


「今ここで固定額を申し上げることはできません。最終的な融資額と残価設定、保険、製作工程で変わります。ただ、福山さんの場合、以前のように『契約時の前払いを全部現金で用意してから来てください』という状態ではありません」


 優也は思わず笑った。


「それだけでもだいぶ違います」


「ただし、審査に通ることと安全に返せることは別です。そこは勘違いしないでください」


「そこは分かってます。通っても月の返済見て無理やったら契約せえへんつもりです」


 担当者は頷いた。


「では、RHEINHARD側から製作工程と支払いスケジュールの最新版を取り寄せ、事前審査用に組みます。福山さんからは、直近の帳簿と現在の保有資金、それから本業の収入資料をお願いします」


 優也はノートへ日付を書いた。


 前回の面談では、何を積めばいいかを聞いた。


 今回は、積んだものが初めて審査の材料になる。


          ◇


 面談を終えて外へ出ると、優也はすぐ真琴へ電話しようとして、やめた。


 まだ結果は出ていない。


 話すなら、落ち着いてからでいい。


 その夜、二人は駅近くの蕎麦屋で会った。


 優也が席へ着くなり金融会社の話を始めると思っていたのか、真琴は少し身構えていたが、優也が最初に「今日は普通に食おう」と言うと笑った。


「珍しいですね。帰り道で全部電話してくると思ってました」


「まだ結果出てへんし。進める意味あるって言われただけやからな」


「それでも前より進んだんでしょう?」


「うん。今度、事前審査に出す」


 真琴の手が一瞬止まった。


「本当に?」


「まだ通ったちゃうで」


「分かっています。でも、前は相談だけだったでしょう」


「そうやな」


 優也はそこで、ようやく少し実感した。


 大きな出来事が起きたわけではない。


 今日も契約していないし、金も借りていない。


 それでも、相手から「審査へ進める意味がある」と言われたことは、確かに一段違った。


 真琴は蕎麦が届くまでの間、細かな条件を聞いた。


 金融会社がRHEINHARDへ段階的に直接支払う可能性があること、自己資金だけで前払い全額を作る必要はないこと、その代わり生活と事業の余力を残したまま返済できることが条件になる。


「それなら、前より現実的ですね」


「まだ月いくら返すかも分からんけどな」


「そこが一番大事です。通ったからって、無理な数字なら断ってください」


「真琴も金融会社と同じこと言うな」


「当たり前です。完成したGRANZに乗っても、優也さんが毎月返済のことしか考えてなかったら楽しくないでしょう」


 優也は返事をせず、少しだけ笑った。


「何ですか」


「いや。完成後の話、普通にするなあと思って」


 真琴は一瞬だけ視線を逸らした。


「ここまで一緒に決めたんだから、それくらいします」


「そやな」


 それ以上は言わなかった。


 食事の途中からは、金融の話より次の休日の予定や、真琴が最近見つけた店の話のほうが多くなった。


 その普通さが、優也には嬉しかった。


          ◇


 事前審査に必要な書類を揃えるのに、それほど長い時間は掛からなかった。


 以前なら、どこに何があるか探すだけで一晩終わっていただろう。


 今は違う。


 給与資料、事業の帳簿、申告関係、主要な委託実績、保有資金、RHEINHARDの見積書と仕様書。税理士に確認しながら不足を埋め、金融会社へ提出した。


 RHEINHARD側からも、製作工程と段階支払いの案が直接共有された。


 審査結果を待つ間、優也は何度もメールを開きたくなった。


 けれど、通知が来るまで待った。


 道路工事の現場では、いつも通り誘導灯を持つ。


 北摂リユース商会では、預かった機材を見る。


 真琴とは仕事帰りに食事をし、審査の話をしない日もあった。


 変わらない生活を続けながら待てること自体が、以前との違いなのかもしれなかった。


 数日後の夜、優也のスマートフォンへ金融会社からメールが届いた。


 件名は、


『事前審査結果のご案内』


 優也は立ったまま開かず、ダイニングの椅子へ座ってから画面を押した。


 一度読んで、意味を確かめるためにもう一度最初から読む。


 正式契約時の最終審査を前提とすること。


 車両仕様、製作工程、担保評価、保険条件、自己資金の最終確認が必要であること。


 融資額と返済条件はまだ確定ではないこと。


 そのうえで、現在の給与収入、副業の継続実績、保有資金、RHEINHARDの製作計画を前提に、


『条件付き事前承認』


 と書かれていた。


 優也は画面を見たまま、しばらく動かなかった。


 三百万円へ届いたときとも違う。


 見積書を受け取ったときとも違う。


 何かを手に入れたわけではないのに、これまで積んできたものへ、初めて外部から数字の意味が付いた気がした。


 すぐに真琴へ電話した。


『どうしました?』


 優也は少し息を整えた。


「事前審査、条件付きで通った」


 向こうが静かになる。


『……本当に?』


「うん。最終審査はまだ。融資額も返済条件も確定ちゃう。でも、RHEINHARDと製作契約の条件確認へ進めるって」


 真琴はすぐに大声で喜ぶのではなく、やはり最初に条件を聞いた。


 自己資金の最終確認。


 保険。


 車両の担保評価。


 RHEINHARDへの段階支払い。


 完成後の返済条件。


 全部揃って初めて正式承認になると説明すると、真琴はしばらく黙った。


『じゃあ、まだ半分ですね』


「厳しいなあ」


『でも、前は入口にも立てないって言われたんでしょう?』


「そうやな」


『だったら今日は、半分くらい喜んでいいと思います』


 優也は笑った。


「半分てどれくらい?」


『高いビール一本くらいです』


「そこ酒なん?」


『優也さん好きでしょう』


「まあ好きやけど」


 真琴も笑った。


 その笑い声を聞いたとき、優也はようやく肩の力が抜けた。


          ◇


 翌日、RHEINHARDから届いたメールには、車両製作契約の条件確認を始めたいという一文があった。


 まだ契約書そのものではない。


 けれど、次に見る書類が何のためのものかは分かっている。


 自宅へ帰った優也は、ノートを開いた。


 三百万円の目標には丸が付いている。


 その下の『信用を積む』という文字には、丸を付けなかった。


 信用は一度作って終わるものではない。


 代わりに、その横へ右向きの矢印を一本伸ばす。


 その下へ、新しく書いた。


『条件付き事前承認』


 さらに少し間を空けて、


『次――車両製作契約の条件確認』


 と続けた。


 金を積む。


 記録を残す。


 仕事を続ける。


 分からないものを断る。


 税金を払う。


 約束を守る。


 どれも、単体では二億円の車と結びつかないようなことばかりだった。


 けれど、それらを崩さず積み重ねた結果が、今日一枚のメールになって返ってきた。


 優也はモニターへGRANZの完成予想図を映した。


 全長八・九六メートル。


 四軸八輪。


 固定式ソーラーの載った屋根。


 右側の玄関から入れば、前方へ開くリビングがあり、左側のキッチン、その奥の水回り、最後部の主寝室へ続く。


 まだ触れられない。


 まだエンジン音も聞けない。


 それでも、以前のように「いつか欲しい車」ではなくなっていた。


 次に届くのは、たぶん見積書より重い紙だ。


 自分の名前を書けば、今度こそ本当に製作が動き始める契約書。


 そこまで考えると、嬉しさより緊張のほうが先に来た。


 けれど、逃げたいとは思わなかった。


 優也はスマートフォンを手に取り、真琴との通話履歴を見たあと、メッセージを一つ送った。


『次の書類来たら、一緒に見てくれる?』


 返事はすぐに届いた。


『もちろんです。最初からそのつもりです。』


 短い一文を読んだだけなのに、優也はしばらく画面を閉じられなかった。


 GRANZを欲しいと思ったのは自分だった。


 金を払うのも、契約するのも、自分だ。


 それでも、ここまで来る間に一人で決めたことは思ったより少ない。


 自分の家を作ろうとしていたはずなのに、気づけばその未来には真琴の居場所が当たり前のように残っている。


 優也はもう一度完成予想図を見た。


 二億一千八百六十万円という数字に追いついたわけではない。


 ただ、その数字の向こうへ進める人間だと、ようやく認めてもらえた。


 次は、線を鉄へ変えるための契約だ。


 その入口まで、もう来ていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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