ep.40 幅二・四九メートルの家
両親の家で古いアルバムを見た数日後、優也のもとへRHEINHARD Mobility Japanから新しい連絡が届いた。
今回は見積書でも契約の催促でもなく、日本仕様GRANZの詳細設計へ進む前に、生活空間の優先順位を一度整理しておきたいという内容だった。三百万円の技術検討申込金を支払えば、車体構造や重量配分、配管、電装を含む本格的な設計へ進めるが、その段階に入ってから家具や設備の位置を大きく変えると、思った以上に影響範囲が広いらしい。正式な設計図へ落とし込む前に、既存モデルを基にした実寸の簡易モックアップで、二・四九メートルという日本仕様の幅を身体で確認しておかないか、と書かれていた。
場所は大阪東部にある協力会社の車両製作工場で、週末なら担当者も立ち会えるという。
優也はメールを最後まで読んでから、真琴へ送った。
『今度は内装の幅を実物大で見せてくれるらしい。行ける?』
数分もしないうちに返信が来た。
『行きたいです。外からあれだけ大きく見えても、生活空間として広いかどうかは別なので、一度ちゃんと歩いてみたいです』
その文章を見て、優也は少し笑った。自分なら真っ先に「ついに車内や」と浮かぶところを、真琴はもう狭さを疑っている。
けれど、たぶんその視点が正しい。
GRANZ日本仕様は、走行時の全幅を約二・四九メートルに収める予定になっている。乗用車と比べれば十分に大きいが、その幅全部を人間が使えるわけではない。外壁、断熱材、構造材、家具、配管、電装が少しずつ内側へ入り、そこへ大型の冷蔵冷凍庫、洗濯乾燥機、独立したシャワー室とトイレまで置く。さらに、旅先で長く暮らすための収納や通信設備まで必要となれば、数字の印象ほど余裕が残らないのは想像できた。
海外仕様の動画で見た、広く開放的な室内をそのまま持ってこられるわけではない。
それでも優也は、楽しみだった。
◇
土曜日の朝、二人は最寄り駅で待ち合わせ、そこからタクシーで工場へ向かった。
高いシャッターの向こうには、大型トラックの架装途中らしい箱型ボディや金属フレームが並び、断熱材がまだ露出した壁、束ねられた配線、床下へ降りていく配管まで見えている。完成車しか知らない優也には、それだけでも十分面白かった。
「壁って、こうなってるんやな」
「完成したら見えないところのほうが大事なんでしょうね。配線や配管が後から触れるかどうかで、修理も変わりそうですし」
真琴がそう言うと、案内していたRHEINHARDの担当者が頷いた。
「まさにその通りです。特に今回の車両は長期間住むことを前提にしていますから、見た目だけではなく、点検や交換ができることも重視します。今日はまず、設備をどこへ置けば暮らしやすいかを確認していただきます」
製作スペースの一角には、色の違うテープで大きな長方形が描かれていた。
それがGRANZ日本仕様の居住部を実寸で再現した範囲だった。
内部には、本物の家具ではなく、同じ奥行きと高さに近づけた木製の箱や移動式のパネルが置かれている。運転席やベッドまで精密に再現したものではないが、どこへ何を置けば通路がどれくらい残るのかを確認するには十分だった。
優也はテープの内側へ入り、まず左右を見た。
「外から見たら、あんな怪物みたいな車やのに……中に立ったら、普通に壁近いな」
「まだ全部の設備が入っていない状態ですからね」
真琴が言うと、担当者は苦笑しながら資料を開いた。
「全幅二・四九メートルの中に、外壁、断熱、構造、それから左右の家具が入ります。福山さんは物理的なスライドアウトを使わない構成をご希望ですから、停車時だけ横へ広げることもありません。その代わり、車体剛性、防水、可動部の故障リスク、悪路走行時の信頼性では有利になります」
優也は迷わず頷いた。
そこは最初から変えるつもりがない。停車するたびに外側へ張り出す仕組みより、どこへ行っても同じ形のまま使える頑丈な箱のほうが、自分の欲しい車に近かった。
担当者は、まず前方の運転キャビンと居住部のつながりから説明した。
「運転キャビンと居住部は構造としては分けますが、中央を大型の蛇腹式ウォークスルーでつなぎます。運転席と助手席は停車時に後ろへ回転させて、リビングの椅子として使えるようにします。そのため、キャビンの直後を家具で塞ぐことはしません」
床には蛇腹部分と中央通路の線が引かれ、その先へリビング区画が広がっている。
担当者が右側中央の玄関に見立てた開口部へ移動し、二人を外側から中へ入る位置へ立たせた。
「ここが主玄関です。重要なのは、入った瞬間の見え方です」
優也が一歩入る。
右手、そして前方側には、リビングに見立てた広い空間が開いていた。大型ソファと可動テーブルを置く予定の場所で、そのさらに前には、停車時に回転した運転席と助手席が加わる。
「おお。前、ちゃんと広く見えるな」
「はい。玄関から入ったときに、座席や家具が壁みたいに立ちはだからないようにします。五人目の走行用座席も必要ですが、単独の椅子を玄関前へ置くのではなく、リビング家具の中へ自然に組み込みます」
「五人乗りなんですね」
真琴が確認すると、担当者は頷いた。
「運転席と助手席、それにリビング側の正式な走行席を合わせて五名です。シートベルトやヘッドレストを含め、走行席として構造的に成立する形にします。停車時にはリビングの一部として違和感が出ないようにまとめます」
優也は玄関からもう一度前方を見た。
回転した運転席と助手席、大型ソファ、走行席を兼ねる座席、三分割の可動テーブル。それらが一つの場所に集まりながらも、玄関からキャビンへ抜ける中央の線は空けられている。
「これなら、運転席回してもちゃんとリビングになるな」
「そこは優先しています。運転席だけ別の部屋みたいになると、せっかく回転させる意味が薄くなりますから」
続いて担当者は、玄関から入った左手側を示した。
こちらはリビングと違い、壁面そのものが設備になっている。
「こちらが電装・通信サービスウォールです。十五インチの統合操作パネルを中心に、配電、ブレーカー、非常遮断、外部サービス系統、各種メンテナンスアクセスをまとめます。普段はカバーで隠して、機械がむき出しにならないようにします」
「ここに全部まとめるんや」
「操作はタッチパネルだけに依存させません。重要な設備には物理スイッチやブレーカーも残します。画面が故障したから何もできない、という構成にはしません」
真琴は玄関からの距離を確かめるように一歩戻った。
「入ってすぐ触れる位置なら、帰ってきたときに空調や照明を操作するのも楽ですね」
「その狙いもあります。車内設備の状態確認、バッテリー、給排水、ソーラー、外部電源、通信、オーニングなどをここで確認できるようにします」
優也は、玄関を挟んで左右の役割がはっきり分かれていることに満足した。
右を向けば生活する場所が見え、左には車を動かすための機能が収まっている。
入った瞬間にトイレや大型家具が目の前へ迫るより、ずっと自然だった。
◇
リビングの後方には、キッチンとサービス設備の区画が続く。
左側にはシンク、二口IH、作業台、オーブンレンジ、収納をまとめ、下部の一角へ洗濯乾燥機を組み込む。その上は日用品や洗剤などを収める収納に使い、機械類は前面から点検できる構造にするという。
反対側には、大型の両開き冷蔵冷凍庫を置く案が示されていた。
「洗濯機、こっちに入るんですね」
真琴がキッチン下の箱を指す。
「はい。水まわりと排水経路を整理しやすくするため、キッチン側へ寄せます。以前の案では通信設備との縦型キャビネットも検討しましたが、最終的には水を扱う機器と通信系統を離したほうが保守性も高くなります」
担当者はそう言って、玄関側のサービスウォールを指した。
「通信機器やネットワーク機器はこちらを中心にまとめます。屋根上にはGNSS、5G・LTE MIMO、Wi-Fi、車両無線、収納式衛星通信設備などが載りますが、室内側の制御機器まで含めて保守しやすくします」
「そっちのほうが分かりやすいですね」
真琴が頷く。
優也も同感だった。洗濯機の上に通信設備を積み重ねるより、水は水、電装は電装で役割を分けたほうが、あとで触るときにも迷わない。
担当者は天井設備の配置図も見せた。
「屋根上は、空調、換気、通信設備、それから左右へ展開するソーラーの取り合いがあります。ソーラーは走行時に車幅内へ収納し、停車時だけ左右へ展開します。中央側はルーフエアコンや換気、通信設備を優先し、整備できる隙間も残します」
「ソーラーの面積は減らしたくないな」
優也が言うと、担当者は頷いた。
「約三キロワット級は確実に確保する方向です。ただし、数字だけを追って空調や整備性を犠牲にはしません。実際に使えることを優先します」
「それでええわ。発電量だけ多くても、エアコン直されへんとか嫌やし」
限られた屋根にも、限られた幅と同じように取り合いがある。
仕様の一つ一つが、単なる豪華装備ではなく、どこへ何を置けば全体が無理なく成立するかという話なのだと分かってくる。
◇
担当者が冷蔵庫の扉に見立てたパネルを開き、真琴がその前に立った。
「優也さん、後ろから前へ来てみてください」
「ここ通るん?」
「朝、私が冷蔵庫を開けていて、優也さんが寝室から前へ行きたいことくらい、普通にあるでしょう」
言われた通り、優也は後方から中央通路を歩いた。
両開き冷蔵庫の片側扉を開けた想定だけでも、通路へ張り出す量は無視できない。完全に通れないわけではないが、身体を少し引かなければ気持ちよく抜けられない。
「……通れる。でも毎朝これやったら、地味にイラッとするかもな」
「ですよね。しかも今は薄着です。冬物の上着を着ていたり、何か持っていたりしたら、もう少し窮屈に感じると思います」
真琴は自分でも同じ場所を抜けてみてから、パネルを閉じた。
担当者は二人の動きを見ながら、「まさに、こういうところを今のうちに確認していただきたいんです」と説明した。
「図面では通路幅を何センチと書けますが、実際の生活では肘、肩、荷物、扉の開き方まで影響します。中央通路は八百二十ミリ前後を目標にしていますが、どこでも同じ数字を無理に作るのではなく、実際の家具寸法を入れて成立する幅を確認します。数字上は通れても、毎日使うと小さなストレスになる部分がありますから」
優也は床に引かれた線と、左右に並んだ箱を見回した。
GRANZを知ったばかりのころは、「あれだけ大きければ何でも入る」と思っていた。
けれど、実際には大きいからこそ欲しいものが増える。容量に余裕のある冷蔵冷凍庫が欲しい、洗濯乾燥機も欲しい、シャワーとトイレは分けたい、後ろには毎晩きちんと眠れる主寝室が欲しい。通信機器も、発電設備も、長旅に必要な収納もいる。
希望を一つ増やすたびに、二・四九メートルの幅は削られていく。
真琴がキッチン側の仮設箱へ手を置いた。
「作業台、この奥行きは本当に必要ですか?」
「料理するなら欲しいやろ。毎日コンビニ飯は嫌やで」
「私も嫌です。ただ、作業台を十センチ浅くすることで困る量と、通路が十センチ広がることで毎日楽になる量は、一度比べたほうがいいと思います。設備を削るというより、どこに余白を残すかを決める感じですね」
優也は少し考え、箱の角へ手を当てた。
「なるほどな。全部入りにした結果、毎日身体ひねって歩くんやったら、本末転倒か」
「そういうことです。豪華さより、普通に動けることのほうが大事だと思います」
担当者も頷いた。
「このクラスの車両では、設備の数より動線が重要になることが多いです。入ることと、使いやすいことは別ですから」
優也は、その言葉に少しだけ既視感を覚えた。
少し前、整備工場では「買えることと持てることは別」と教えられた。
今度は、入ることと使えることは別。
GRANZについて現実を知るたび、似たような壁が別の形で現れる。
けれど、不思議と嫌にはならなかった。
◇
中央部の確認を終えると、二人はシャワー室とトイレの仮設区画へ移った。
通路を挟んで左側に独立したシャワー室、右側にトイレと小さな洗面台を置く。両方を別室にすることで、一人がシャワーを使っている間でも、もう一人がトイレを使える。
ただし、限られた幅の中で二枚の扉を適当に付ければ、開いた瞬間に中央通路を塞いでしまう。
「ここは引き戸かポケットドアを中心に検討します。シャワーとトイレの扉が同時に通路へ飛び出すような構成にはしません」
担当者の説明を聞きながら、真琴は天井を見上げた。
「シャワー室の換気は、この辺りに排気経路を取るんですよね」
「はい。シャワー室とトイレはそれぞれ独立して排気できるようにします。湿度センサーとも連動させて、使用後は一定時間だけ自動で強く排気することもできます。屋根上ではソーラーや空調と干渉しない位置へまとめます」
「それなら、ソーラーパネルの邪魔もしないですね」
「はい。展開軌道を先に確保した上で、その内側に必要な屋根設備を配置します」
優也は、その確認を聞いて満足そうに頷いた。
設備の話をしているのに、頭の中ではもう雨の日の車内が浮かんでいた。濡れた上着を脱ぎ、靴を玄関脇へ置き、シャワーを浴びたあとに湿気が抜け、洗濯物をキッチン下の洗濯乾燥機へ入れる。
豪華なモニターや高級シートより、こういう地味な動線のほうが、暮らしを想像しやすい。
「着替える場所はどうします?」
真琴が聞くと、担当者は後方を指した。
「基本的にはシャワー室の手前か、後部寝室側ですね。完全な脱衣室を独立させると面積をかなり取るので、必要なときだけ使える収納式の間仕切りを検討します。ご家族やゲストを乗せる可能性まで考えるなら、最初から仕込んでおいたほうが後付けよりきれいです」
「ご両親を乗せるなら、あったほうがいいですよね」
真琴が自然に言うと、優也は横を見た。
「この前まで二人で乗る前提みたいな話してたのに、もう親まで常連扱いやな」
「一度は連れていくって言ったの、優也さんでしょう。だったら、その一度でも困らないほうがいいです」
二人は笑いながら、玄関から寝室までの動線をもう一度歩いた。
どこで靴を脱ぐか。濡れた服をどこへ掛けるか。買い物袋を持って入ったとき、冷蔵庫まで無理なく進めるか。洗濯物をシャワー室から洗濯乾燥機へ持っていくとき、誰かとぶつからないか。
カタログではほとんど目立たないことばかりだったが、毎日住むなら無視できない。
優也は、だんだん楽しくなってきた。
高価な装備を選んでいるときより、玄関脇の収納幅や通路の数センチを話している今のほうが、「自分の家を作っている」という感覚が強かった。
◇
後方の主寝室に見立てた区画では、床にベッドの外周がテープで示されていた。
ベッドは車体方向へ縦置きし、中央に配置する。長さは約千九百ミリ、幅は約千四百ミリを目標とし、左右には実際の壁厚を差し引いたうえで歩ける通路を残す。ベッド下を収納として利用し、そのさらに下側には外からアクセスできる後部ガレージを設け、自転車や小型バイクを積める構成を想定していた。
優也はベッドの線を跨がないように後ろまで歩き、振り返った。
「ここは思ってたよりええな。寝る場所としては十分や」
「二人が同時に歩き回る場所ではないですからね」
真琴も左右の通路を確認しながら答えた。
「寝室を必要以上に広げるために、前のリビングや水回りを削るより、このくらいのほうが全体として使いやすそうです」
「全部を同じように広くする必要はないってことやな」
「そうです。どこに余裕を使うか、ですね」
担当者は主寝室の天井にも目を向けた。
「大型モニターは中央上部へ収納し、使用時だけ多関節アームで展開する予定です。ですから、中央天井は機構用に空けます」
「寝室の照明は?」
優也が聞く。
「左右に細長い天窓風の照明を入れる案があります。ビームテックのBS-EW3150を左右に一基ずつ、計二基ですね。ただし、屋根側へ食い込ませる埋め込みではなく、主寝室だけ局所的に二重天井を設け、その内装天井へ埋め込みます」
担当者は断面図へ指を滑らせた。
「本体の厚みがありますので、外屋根構造やソーラーレール、後部の空調系と同じ空間を奪い合わないようにします。中央はモニター収納と空調側へ残し、BS-EW3150は左右へ一本ずつ前後方向に配置する。これなら見た目は天井とほぼ面一にでき、屋根の防水構造も触らずに済みます」
「それ、ええな。普通の照明より、寝室っぽい」
優也が見上げるような仕草をすると、真琴も天井の幅を目で追った。
「左右対称なら、かなりきれいに見えそうですね。中央のモニターともぶつからないなら、私は好きです」
「では、その前提で天井下地も設計へ入れます。左右二基で、中央機構とは完全に分離します」
優也は頷いた。
細長い光が左右の天井へ走り、その間から必要なときだけ大型モニターが降りてくる。
まだ何もない工場の天井を見ているだけなのに、夜の寝室が少しだけ想像できた。
自分が欲しかったのは、移動する豪邸ではない。
生活を連れていける家だ。
広さそのものを競う必要はない。限られた寸法の中で、毎日使う場所が自然に動き、必要な設備が無理なく収まっていることのほうが大切だった。
◇
最後に、担当者は簡易の平面図を二部用意してくれた。
正式図面ではなく、今日確認した位置関係を忘れないための参考資料で、技術検討へ進む前に優先順位を書き込んでほしいという。
三人は工場内の打ち合わせスペースへ移り、テーブルに図面を広げた。
紙面は優也と真琴が正しく読める向きに置かれ、二人は玄関から前後へ指を滑らせながら、実際に歩いた感覚と照らし合わせていく。
「今日の時点で、絶対に外したくないものを教えてください。全部を入れること自体は可能ですが、優先順位が分かれば、通路や収納へ余裕を残しやすくなります」
担当者に聞かれ、優也は少し考えてから答えた。
「シャワーとトイレは別で残したいです。後ろの主寝室も欲しいし、大型の冷蔵冷凍庫と洗濯乾燥機も外したくない。玄関入って左の十五インチ操作パネルと電装まわりも、あの配置でええと思います。五人乗りも維持で。家具の奥行きやテーブルの大きさは、通路が楽になるなら調整していいです」
真琴も図面へ視線を落としたまま続ける。
「私は、玄関から後ろまで普段の状態で歩きやすいことを優先したいです。それと、通常時の車内に専用研究机は要らないと思います。旅先で調べる程度ならダイニングテーブルを使えますし、そのぶん通路や収納へ回したほうがいいです」
「研究机、欲しがると思ってたわ」
「大学の研究室をそのまま車へ持ち込むわけじゃないですから。必要な実験は大学でやればいいし、旅先で記録や解析をするくらいならノートパソコンが置ければ十分です。それより毎日通る場所のほうが大切です」
担当者は二人の意見をメモしながら、可動テーブルを三分割にして左右へ逃がせる構造にすれば中央通路を確保しやすいこと、冷蔵庫の扉と通路幅を実機寸法で再確認すること、五人目の走行席を玄関の視線や扉の開閉を邪魔しないようリビング家具へ統合すること、キャビン上部の降下式ベッドは約二千×千四百ミリを目標に、実際の構造寸法が許す範囲で確保することなどを説明した。
さらに、主寝室の天井と屋根設備についても最終確認が入った。
「主寝室は中央に収納式モニター、その左右にBS-EW3150を一基ずつ。照明は室内側の局所二重天井へ埋め込み、外屋根とは分離します。屋根側では後部エアコン、通信設備、ソーラーの支持構造と必要な整備空間を優先します」
「それでお願いします」
優也はすぐに答えた。
話しているうちに、「豪華な車内」という曖昧だったイメージが、いつの間にか生活の形へ変わっていた。
どこに座るか。玄関から何が見えるか。五人で走るとき誰がどこへ座るか。どこで着替え、どこへ濡れた服を掛け、洗濯物をどこへ運ぶか。アンテナや空調の下には何を置き、屋根のどこを発電に使い、寝室の天井裏へ何を収めるか。
そういう細かな積み重ねが、GRANZを少しずつ「乗り物」から「家」へ近づけている。
◇
工場を出たころには、昼をかなり過ぎていた。
近くのファミリーレストランへ入り、遅い昼食を取りながら、二人は注文を待つ間だけ平面図をもう一度確認した。
「思った以上に疲れましたね。ほとんど歩いて、幅を測っていただけなのに」
「頭の中でずっと家具動かしてたからやろ。俺も疲れたけど、めちゃくちゃおもろかったわ。高いオプション選ぶより、今日のほうが車買ってる感じした」
真琴は少し笑い、水を一口飲んだ。
「私もそう思います。今日、GRANZって広い車を買う話じゃないんだなって、改めて分かりました。限られた箱の中に、どこまで自分たちの暮らしを持っていくかを決める話なんですね」
優也はその言葉を聞きながら、工場で身体を少し引いて冷蔵庫の横を抜けた感覚を思い出した。
「でかいから何でも入ると思ってた。でも、何でも入れたら、ただ狭くなるだけやったな。せやから、欲しい物を減らすんやなくて、邪魔にならん入れ方を考えるんやろな」
「たぶん、それが一番近いです。必要なものはちゃんと残して、余白も設備の一つとして考える感じです」
優也は少し笑った。
「二億円超えの家で、余白まで金払って買うんか」
「むしろ、そのくらい高い家だからこそ、毎日ぶつからないほうがいいです」
真琴の返しに、優也は声を出して笑った。
◇
帰宅した優也は、平面図を自宅のダイニングテーブルへ広げた。
今度は当然、自分が読む向きへ紙を回して置く。
右側中央の玄関から視線を入れる。
右手には前方へ続くリビング。停車時には回転した運転席と助手席まで一体になり、五人目の走行席も玄関を塞がない形で家具の中へ収まる。左手には十五インチの統合操作パネルと、普段は蓋に隠された電装・通信サービスウォール。その先にキッチン、大型冷蔵冷凍庫、水回りが続き、最後部には中央縦置きの主寝室がある。
図面だけを見れば、すべて綺麗に収まっている。
けれど今日一日、実寸の幅の中を歩いたことで、線と線の間に身体の感覚が残っていた。
冷蔵庫の扉が開けば通りにくいこと。二人がすれ違うときは、少し身体を引くこと。寝室の横では、一人が待つ場面もあること。それでも、玄関から後ろまでの動線さえ素直なら、毎日の暮らしはかなり楽になる。
優也は図面の余白へ、今日決めたことを書き足した。
『玄関右――リビングを開ける』
『玄関左――15インチ操作パネル/電装・通信サービスウォール』
『走行定員――5名』
『洗濯乾燥機――キッチン下部』
『大型冷蔵冷凍庫――扉開放時の通路確認』
『中央通路――約820mm目標、実寸優先』
『主寝室――1900×1400mm級・中央縦置き』
『主寝室天井――BS-EW3150×2、左右埋め込み』
『中央天井――収納式モニター機構』
『左右ソーラー――展開軌道と整備空間を優先』
そこまで書いてから、別のページへ今日の感想をまとめた。
『広い車ではなく、狭さを気にせず暮らせる車にする』
その下へ、通路を優先すること、家具の奥行きを欲張らないこと、扉の開き方を確認すること、玄関付近へ物を増やしすぎないこと、屋根上設備と室内天井設備を無理に同じ空間へ押し込まないことを書き足していく。
もし通路があと三十センチ広ければ、と考えるのは簡単だった。
けれど、日本の道路を走る以上、車体の幅は都合よく変えられない。
二・四九メートルという制約の中で工夫し、必要な設備を残しながら、少しでも気持ちよく暮らせるようにする。それが今のGRANZだった。
優也は最後に、今日聞いた言葉をノートの端へ書いた。
『入ることと、使いやすいことは別』
整備工場で聞いた「買えることと持てることは別」と並べると、GRANZについて現実を知るたびに、似たような言葉が一つずつ増えていくことに気づいて苦笑した。
それでも、面倒だとは思わなかった。
こうして一つずつ現実を知るたび、遠くにあった巨大な車が、少しずつ自分の生活へ近づいてくる。
優也は図面をすぐには畳まず、椅子へ深く座ったまま、しばらく眺めていた。
二・四九メートル。
今の彼にとって、それは狭さを表す数字ではなくなり始めていた。
限られた幅の中へ、必要なものを選び、邪魔にならない場所へ収め、自分たちが普通に暮らせる余白まで残していく。
まだ紙の上にしかない家は、今日また少しだけ、本物に近づいていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。
続きが気になりましたら、ブックマークしていただけると嬉しいです。
評価・感想も励みになります。




