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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第一章 一枚の皿から
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ep.27 最初の仕入れ


 駅前の中古品店へ入った優也は、いつもなら素通りしていたガラスケースの前で足を止めた。


 店内にはカメラ、腕時計、小型家電、工具、オーディオ機器まで雑多に並び、それぞれに値札と簡単な状態説明が付いている。新品を買うつもりで見る時とは違い、今日は値段そのものよりも「店がどう評価しているか」と「自分の鑑定で何が見えるか」を確かめるのが目的だった。


 最初に目へ入ったのは、少し古いミラーレスカメラだった。ボディには細かな擦り傷があり、値札には『電源不安定・現状品』とある。


 優也は店員へ声を掛け、実物を手に取らせてもらった。


 外観を眺め、電源ボタンへ触れながら意識を集中する。


『デジタルカメラ』

『主要機構――正常』

『撮像素子――正常』

『シャッター機構――使用摩耗・軽度』

『電源接点――接触抵抗増大』

『その他――軽微な外装摩耗』


 頭へ浮かんだ情報をそのまま鵜呑みにせず、優也は何度か電源を入れ直した。確かに、一度では反応しない時がある。しかしバッテリーを少し押し込むようにすると安定し、画面やシャッターそのものには異常が見られなかった。


「接点かな……」


 小さく呟いてから、今度は隣のレンズを鑑定する。


『交換レンズ』

『光学系――微細塵』

『カビ――なし』

『曇り――なし』

『絞り機構――正常』


 値札に書かれている内容と、大きくは違わない。


 それが逆に面白かった。


 鑑定は何でも“掘り出し物”へ変えてくれる魔法ではない。普通に店員が正しく状態を見抜いている商品も多く、状態が悪い物は本当に悪い。それでも、外からは分かりにくい故障原因をかなり正確に絞れるなら、買う側としての失敗を減らせる可能性はある。


 優也はその場で買わず、型番と価格だけメモした。


 次に工具売り場へ移る。


 充電式の電動工具、測定器、古いトルクレンチ。いくつかを鑑定してみると、見た目は綺麗でも内部の摩耗が進んでいる物があれば、傷だらけなのに機構そのものはほとんど傷んでいない物もあった。


 その違いを見ているうちに、優也の中で漠然としていた考えが少しずつ具体的になる。


 見た目の綺麗さだけでは分からない。


 逆に、見た目が悪いからといって使えないとも限らない。


 そこへ普通の相場調査を組み合わせれば、少なくとも「買ってから大外れ」という事故はかなり減らせそうだった。


挿絵(By みてみん)


     ◇


 その日の夜、優也は買わずに帰ったカメラの型番を検索した。


 中古販売店の価格だけではなく、個人売買サイトの成約履歴、付属品の有無、傷の程度、正常動作品と不具合品の価格差まで見比べる。


 店頭価格は二万四千八百円。


 正常動作品なら、状態と付属品次第で三万円台後半に届くことがある。ただし、そこから販売手数料や送料、梱包資材を引けば、単純に一万円以上残るわけではない。さらに、接点清掃だけで本当に直る保証も、普通ならない。


 だが優也には、少なくとも故障箇所の見当が付いている。


「……なるほどな」


 電卓を叩いてみると、うまく売れたとして残る利益は数千円程度だった。


 二億円という数字を見たあとでは、笑いたくなるほど小さい。


 それでも、優也は不思議と落胆しなかった。


 むしろ、現実的な数字が出たことの方が大きかった。


 何となく「鑑定を使えば稼げるかもしれない」と考えるのと、二万四千八百円で買い、清掃や確認をして、いくらで売れれば何円残るのかまで数字にするのでは、意味がまるで違う。


 翌日、真琴へ一連の話をすると、彼女は利益額よりも先に、優也が何も買わずに帰ったことを評価した。


「最初から買ってきたって言われたら止めるところでした。でも、状態を見て、相場を調べて、それから考えるなら私は賛成です。ただ、継続して中古品を仕入れて売るなら、普通の不用品処分とは話が違いますよね。会社の副業規定も、必要な許可も、税金も最初に確認して、後から『知らなかった』にならないようにしてください。それと、最初に使う金額は決めた方がいいです。能力があっても、商売そのものは別ですから」


 優也は通話をスピーカーにしたまま、ノートへ項目を書き込んでいった。


「そこは俺もそう思ってる。とりあえず仕事は辞める気ないし、会社に隠れてやるつもりもない。最初は十万くらいまでにして、それ以上は増やさん。売れて利益が出たら、その中から次を買う感じにするわ。いきなり高級時計とか宝石とか触るのは、俺も怖いし」


「それならいいと思います。あと、売った物と買った物は全部記録してください。福山さん、面倒になったらレシートを適当に箱へ入れそうなので」


「……なんで分かるん?」


「だいたい分かります」


 真琴の声には笑いが混じっていたが、言っている内容はもっともだった。


     ◇


 翌週、優也は会社の就業規則を確認した。


 副業そのものが全面的に禁止されているわけではなく、事前に届け出たうえで、本業へ支障を出さないこと、会社の名称や備品を私的な商売へ利用しないことなど、いくつかの条件が書かれている。


 念のため事務所でも確認すると、担当者は少し意外そうな顔をしたものの、内容を聞いたあとは特に問題視しなかった。


「休日に自分で中古品を売買するくらいなら、必要な届出だけ出しといて。現場に穴開けたり、会社の名前使ったりせんかったらええよ。ただ、勤務中に発送とか仕入れとかはやめてな」


 優也は当然だと答え、その日のうちに必要な書類を受け取った。


 古物を継続して仕入れ、販売するための手続きについても調べ、必要書類を揃えて申請を進めた。面倒ではあったが、二億円の車を本気で欲しいと思ったあとでは、申請書を何枚か書くくらいで諦める気にはならなかった。


 許可を待つ間は、買わずに市場を見ることへ徹した。


 仕事帰りに中古店へ寄り、休日には別の店舗も回る。気になった物は型番と値段を記録し、帰宅してから相場を確認する。鑑定で状態が分かったとしても、需要がなければ売れないし、送料が高ければ利益が消える。逆に、誰でも名前を知っている人気商品ほど価格差は小さく、状態が分かりにくい少し古い機材の方が、自分の強みを使いやすいことも見えてきた。


 その作業を一か月ほど続けるうちに、優也のノートにはカメラ、工具、小型オーディオ、計測機器などの価格帯が少しずつ蓄積していった。


 最初の頃は「高い」「安い」くらいだった感覚も、いつしか「この状態なら、この価格ではまだ高い」「付属品が揃っていれば、この値段でも売れる」と考えられる程度には変わっていた。


 そして、必要な準備が一通り整った頃、優也はもう一度、最初の中古品店へ向かった。


     ◇


 以前見たカメラはもう売れていた。


「そらそうか」


 少し残念ではあったが、逆に肩の力が抜けた。


 あれに固執する必要はない。


 店内を見て回っていると、別の棚に一台のカメラがあった。少し古いモデルで、外装には使用感があり、『電源が時々落ちるため現状販売』と表示されている。価格は二万一千八百円。


 店員に頼んで確認させてもらい、優也は鑑定する。


『デジタルカメラ』

『主要機構――正常』

『撮像素子――正常』

『シャッター機構――正常範囲』

『電源系統――バッテリー端子接触不良』

『端子腐食――軽微』

『その他――外装摩耗』


 優也は何度か動作を確かめたあと、いったん棚へ戻し、スマートフォンで同型機の相場を確認した。


 正常動作品なら三万円台半ば。


 付属品は少ないが、致命的ではない。


 送料と販売経費を考えても、きちんと直って売れれば数千円は残る。


 何より、今まで一か月近く見てきた中で、ようやく「自分の判断で買っていい」と思える物だった。


「これ、お願いします」


 会計を済ませた時、優也は少しだけ緊張した。


 二万一千八百円。


 二億円と比べれば誤差にもならない。


 しかしこれは、ただ欲しくて買った物ではなく、利益を出すために自分で選んだ最初の商品だった。


     ◇


 帰宅後、優也は机の上へ柔らかい布を敷き、カメラを置いた。


 端子部分を確認すると、確かに薄い汚れと軽い腐食がある。無理に分解することはせず、手の届く範囲を専用のクリーナーで慎重に清掃し、乾燥させてからバッテリーを戻した。


 電源を入れる。


 正常に立ち上がる。


 一度切り、もう一度。


 さらに何度か繰り返したが、今度は落ちなかった。


 翌日まで時間を置き、撮影、保存、充電、連続動作を確認し、それでも異常が出なかったため、優也は商品の状態を正直に書いたうえで出品した。


 新品同様とは書かない。


 外装傷も写真に残す。


 電源不良があったこと、端子清掃後は症状が出ていないことも記載した。


 価格は三万四千八百円。


 相場の中では少し控えめだった。


挿絵(By みてみん)


 出品から二日後、そのカメラは売れた。


 発送を終え、購入者から受取確認が届いたあと、優也は売上から販売経費、送料、仕入れ代、清掃に使った消耗品分まで引いてみた。


 最終的に残ったのは、六千円あまり。


 ノートへ数字を書いたあと、優也はしばらくその金額を眺めた。


「……六千円か」


 もちろん、これを三万回繰り返せば二億円、などと馬鹿な計算をする気はなかった。


 毎回同じように売れる保証もないし、不良品を引く可能性が完全になくなったわけでもない。商品の撮影や説明、梱包、発送にも時間が掛かり、仕入れへ行く交通費まで考えれば、さらに細かく見る必要がある。


 それでも、一つだけ確かなことがあった。


 鑑定を、誰かを騙すためではなく、自分が仕入れで失敗しにくくするために使い、普通に商品を売って利益を出せた。


 それは、六千円という額以上に大きかった。


 真琴へ結果を送ると、しばらくして返事が来た。


『おめでとうございます。でも、その六千円を見て、明日から十台仕入れようとか考えないでくださいね。最初の一件が上手くいった時が一番危ないです。今のやり方を何回か繰り返して、本当に同じようにできるか確認してから広げましょう。』


 優也は画面を見ながら笑った。


「ほんま、俺の扱い分かってきたな」


 その忠告どおり、次に使う金額を増やすつもりはなかった。


 まずは十万円の枠の中だけで回す。


 売れた利益を足し、また次を探す。


 それを繰り返して、自分が本当に商売として続けられるのかを見る。


 二億円への道として考えれば、最初の六千円はあまりにも小さい。


 けれど、一か月前までの優也には、その六千円すら存在していなかった。


 大きな車を買う話が、少しずつ免許や法規の話になり、会社への届出になり、古物の手続きになり、とうとう一つの商品を仕入れて売るところまで来た。


 夢の方が急に近づいたわけではない。


 ただ、自分の足元に一本の細い道が見え始めた。


 優也はノートの一番下へ、『第一号 利益 約六千円』と書き、その横に小さく丸を付けた。


 そして次のページを開き、今度は何も書かずに閉じた。


 焦る必要はない。


 GRANZ 8×8は逃げない。


 少なくとも今は、そう思っておくことにした。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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