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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第一章 一枚の皿から
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ep.21 石の中の魔素


 奈良の納屋から黒い石を借りて持ち帰った翌日、福山優也は朝から何度も棚の上へ視線を向けていた。


 透明な樹脂ケースの中には、七センチほどの黒っぽい石が一つだけ入っている。表面には灰色の筋と茶色い斑点があり、事情を知らなければ山道の脇に落ちていても気に留めないような見た目だが、優也の鑑定では『魔素反応――強』、さらに『魔素――保持状態』という、これまで一度も見たことのない情報まで返ってきた。


 当然、すぐに試してみたいことはいくつもある。


 収納へ入れたらどうなるのか。金属片の時と同じように魔素反応は弱まるのか、それとも強い反応を持つ石だから別の変化が起きるのか。石の魔素が減った場合、自分自身の反応や鑑定の精度に影響が出るのかも気になっていた。


 しかし、昨日真琴と交わした約束は『今日は何もしない』だったため、優也はケースへ触れず、朝の自分自身だけを一度確認した。


『魔素反応――極微量』


 奈良から離れて一晩経てば、やはり普段の状態へ戻っている。


「逃げへんもんな。石やし」


 自分へ言い聞かせるように呟き、結果だけをスマートフォンへ記録すると、優也はそのまま仕事へ向かった。


     ◇


 黒い石の実験を始めたのは、それから六日後の土曜日だった。


 二人が選んだ場所は、何度か利用している駅前の貸し会議室である。自宅より人目を避けやすいうえ、机が広く、実験が終わればそのまま片づけて帰れる。今回は窓を少し開けられる部屋を選び、真琴が持ってきた市販の放射線測定器のほか、デジタルスケール、非接触式の温度計、メジャー、ストップウォッチ代わりのスマートフォン、記録用ノートを机へ並べていた。


「なんか、前より道具増えたな」


「福山さんが変なもの見つけるたびに増えてるんですよ」


「俺のせい?」


「ほぼ」


「ひどない?」


「石を異空間みたいなところへ消せる人に言われたくないです」


 真琴はそう言いながら、樹脂ケースを机の中央へ置いた。


 黒い石は奈良から持ち帰った時と見た目に変化がなく、ケースにも破損はない。優也は借り物であることを忘れないよう、ケースの側面に『奈良・納屋床下/借用品』と書いた紙を貼っていた。


 まずは収納を使う前の状態を確認する。


 重量、表面温度、放射線測定器の数値を記録し、最後に優也が石へ触れず、五十センチほど離れた位置から鑑定を使う。返ってきた情報は、納屋で確認したものとほぼ同じだった。


『岩石』

『珪酸塩系鉱物――複合』

『魔素反応――強』

『魔素――保持状態』


「変わってへんな」


「じゃあ福山さん自身も」


 右手首へ左手を添えて確認すると、こちらは『魔素反応――極微量』。体調にも異常はなく、真琴はそれぞれの結果と時刻をノートへ書き込んだ。


挿絵(By みてみん)


「ここからが本番ですね」


「十秒やったっけ?」


「最初は十秒。収納したら中でどう感じるかだけ確認して、十秒経ったら取り出してください。途中で何か変だったら時間を待たずに戻す」


「了解」


「収納中に面白いことが起きても、追加で試さない」


「はい」


「取り出した直後も勝手に――」


「分かったって。信用度、何割まで上がったん?」


 優也が笑いながら尋ねると、真琴は少し考える振りをした。


「八割二分くらい」


「刻むなぁ」


「残り一割八分が大事なんです」


 冗談を交わしてから、二人とも表情を戻した。


 真琴がスマートフォンのタイマーを準備し、優也はケースから黒い石を取り出す。念のため使い捨て手袋を着けているものの、手の中にある感触はごく普通の石と変わらず、熱も冷たさも特別なものは感じない。


「いきます」


「はい」


 優也が収納を意識した瞬間、黒い石は手の中から音もなく消えた。


 真琴が同時にタイマーを開始する。


 優也は石そのものではなく、収納の中にある石へ意識を向けた。これまで食器やペットボトルを入れた時と同じように、そこに石が存在していることは分かる。ただし今回は、物体としての石とは別にまとわりつく魔素反応が、外にあった時よりはるかに輪郭を持って感じられた。


「……やっぱり、めちゃくちゃ分かりやすい」


「強くなってる?」


「強さが上がったっていうより、石と魔素が別々に分かる感じ。前の金属よりはっきりしてる」


「魔素は石の中?」


「そこが変やねん」


 優也は目を閉じ、余計な情報を追わないように注意しながら感覚だけを確かめた。


 石の内部に何かがあるようにも感じる一方で、その周囲へ薄く広がっているものもある。現実の机の上にあった時は一つの反応としてまとまっていたのに、収納の中では『石』と『それ以外』の境目が少し見えやすくなったような感覚だった。


「全部が石の中に入ってるわけちゃうかもしれん。周りにも何かある」


「あと三秒です」


 真琴の声で意識を戻す。


「三、二、一。出してください」


 優也はすぐに黒い石を取り出した。


 石は先ほどと同じ姿で手のひらへ戻り、見た目にも温度にも変化はない。優也はケースへ戻してから手を離し、まず真琴が測定を始めるのを待った。


 重量はほぼ変化なし。表面温度にも目立った差はなく、放射線測定器の表示も収納前と大きくは変わっていない。


「普通の測定では、今のところ変化なしですね」


「じゃあ鑑定するで」


「石から先にお願いします」


「了解」


 優也は五十センチほど離れたまま石へ意識を向けた。


『岩石』

『珪酸塩系鉱物――複合』


 そこまでは同じだった。


 続いて魔素へ意識を向けた瞬間、優也は少し眉を寄せる。


『魔素反応――中程度』

『魔素――保持状態』


「……下がった」


「強から?」


「中程度。十秒しか入れてないのに」


 真琴のペンが止まり、すぐに時刻と結果を書き込む。


「『保持状態』は?」


「残ってる。そこは同じ」


「じゃあ、少なくとも鑑定上は、石そのものは変わらないけど魔素反応だけが弱くなったように見える」


「うん。ただ、俺の鑑定自体が変わった可能性もあるから、石の魔素が本当に減ったとはまだ言えへんな」


「……九割」


「何が?」


「信用度」


「上がるの遅ない?」


 思わず笑った優也だったが、真琴はすぐに次の確認へ移った。


「じゃあ福山さん自身。一回だけ」


 優也は右手首へ触れ、自分の状態を調べる。


 体調に目立った変化はない。脈が速くなった感覚も、頭痛や吐き気、手の痺れもなく、単純な緊張以外に異常は感じなかった。


 そのまま魔素反応へ意識を向けると、普段より明らかに早く情報が返ってくる。


『魔素反応――微量』


「やっぱ上がってる」


「極微量から微量?」


「うん。前に弱い金属入れた時と似てるけど、今回は感覚がもうちょいはっきりしてる気がする」


「“気がする”で記録します」


「そこ大事やな」


「大事です」


 二人はそこで一度実験を止めた。


 石をもう一度収納すれば変化がさらに分かりやすくなる可能性はあったが、借り物の試料を短時間で何度も使う必要はない。それに、強い魔素反応を持つ石を収納したあとの優也へ何が起こるかも、まだ十分には分かっていなかった。


 真琴はタイマーを三十分に設定した。


「この間、収納も鑑定もなしです」


「暇やな」


「コーヒー買ってきます?」


「それなら俺行くわ」


「能力使わないならどうぞ」


「保護者やなぁ」


 優也は笑いながら部屋を出て、自動販売機で二人分の飲み物を買って戻った。


     ◇


 三十分の待ち時間は、実験とは関係のない話をしているうちに思ったより早く過ぎた。


 真琴は国家試験の結果発表までまだ少し時間があることや、卒業後にどの研究分野へ進むか教授と相談していることを話し、優也は最近仕事先で同僚から「彼女できたんですか」と再び聞かれた話をした。


「何て答えたんです?」


「ちゃうって言うた」


「即答?」


「……前ほど即答ではなかったかも」


 優也が正直に答えると、真琴は一瞬だけ黙ったあと、飲み物の蓋を見ながら小さく笑った。


「何で笑うん?」


「別に」


「絶対なんかあるやろ」


「三十分経ちましたよ」


「逃げたな」


「実験に戻ります」


 真琴がタイマーを止めたため、優也もそれ以上追及しなかった。


 まず自分自身を一度だけ鑑定する。


『魔素反応――極微量』


「戻ってる」


「三十分で?」


「少なくとも今はいつもの感じ」


 真琴が記録したあと、黒い石にも意識を向ける。


 こちらは『魔素反応――中程度』のままで、収納前の『強』には戻っていなかった。


「石の方は戻ってへんな」


「だとすると、福山さん側の反応は一時的に上がって戻ったのに、石側だけは弱くなった状態が続いてるように見える……」


「魔素が俺に移って、そのあと消えた?」


「それも一つの仮説ですけど、まだ早いです。福山さんの中で使われたのか、外へ出たのか、収納空間に残ったのか、それともそもそも“移動”って考え方が違うのかもしれません」


「収納空間に残った……」


 その言葉で、優也は少し考え込んだ。


「三浦さん」


「何です?」


「何も入ってない収納そのものって、鑑定できると思う?」


 真琴もすぐには答えなかった。


「前に一度その話しましたね」


「結局やってへんかったよな」


「今日やります?」


「石を入れたあとやから、ちょうど比較できるかもしれん」


「ただし一回だけ。何か変だったらやめる」


「了解」


 優也は手元の物ではなく、自分が普段『収納』と呼んでいる見えない場所そのものへ意識を向けた。


 何かを取り出そうとする時とは違い、『そこには今、何があるのか』と問い掛けるように意識する。


 最初は何も返ってこなかった。


 空間に材質があるわけでもなく、形や温度を説明するような感覚もないため、そもそも鑑定の対象として成立していないのかもしれない。優也が諦めかけたところで、これまでとは少し違う、ぼんやりとした情報が頭の奥に浮かび始めた。


『収納領域――』


 優也の表情が止まる。


「……出た」


「何が?」


「収納領域って」


「その先は?」


「待って」


 無理に深く追わず、ただ次に浮かぶ情報を待つ。


『内部時間――停止状態』

『収容物――なし』


 ここまでは、今までの実験結果から優也自身が理解している内容と矛盾しない。


 さらに、その下へもう一つだけ情報が続いた。


『魔素反応――微弱』


「……ある」


「収納の中に?」


「微弱やけど、魔素反応が出た」


 真琴は思わず黒い石と優也を交互に見た。


「石を入れる前の収納を調べてないから、元々あったのかは分かりませんね」


「せやな。でも少なくとも、今は何も入ってへんのに反応がある」


「もし石から減った分の一部が収納側へ残っているなら……」


 そこまで言って、真琴は自分で言葉を止めた。


「いや、まだ早いですね」


「俺より先にブレーキ踏んだな」


「福山さんにうつったのかもしれません」


「その言い方やめて。病気みたいやん」


 二人は少し笑ったものの、机の上の空気は先ほどまでとは変わっていた。


 これまで魔素は、キーホルダーや金属、黒い石、そして優也自身からしか検出されていなかった。その反応が、何も入っていないはずの収納領域からも確認されたとなれば、収納と魔素が無関係だと考える方が難しくなってくる。


挿絵(By みてみん)


「これ、かなり大きくない?」


 優也が尋ねると、真琴はノートへ『収納領域:魔素反応――微弱』と書きながら頷いた。


「大きいと思います。ただ、今日だけじゃ足りないです。次は魔素反応のない物だけを収納した後にも同じ反応が出るか、何も収納していない日にも出るか、比較が必要ですね」


「もし普通の時は出えへんかったら?」


「黒い石から減った反応と、収納側に出た反応に関係がある可能性が上がります。それでも“魔素が移動した”と断定するには足りないですけど」


「分かってる。そこまで急がんよ」


 優也が自然に答えると、真琴はペンを止めて顔を上げた。


「本当に変わりましたね」


「何が?」


「最初の頃なら、今ごろ石をもう一回収納してます」


「……まあ、それは否定できんな」


「しかも十秒じゃなくて、一時間くらい」


「そこまでアホちゃうわ」


「どうでしょう」


「ひどいなぁ」


 二人で笑いながらも、追加の収納実験は行わなかった。


 黒い石はケースへ戻し、そのケースをさらに柔らかい布で包む。親族から借りている物なので、次回奈良へ行く時までは優也が保管するものの、むやみに触れたり、日常的に鑑定したりしないことにした。


 会議室を出る前、優也は最後に自分自身だけを確認する。


『魔素反応――極微量』


 体調にも異常はなく、真琴もその結果を確認してようやくノートを閉じた。


     ◇


 駅へ向かう途中、優也は黒い石の入ったバッグを普段より少し慎重に持っていた。


「落としても普通の石やと思うけどな」


「借り物ですからね」


「それもあるけど、強い魔素反応持ってるって分かったら、何か急に重要そうに見えるわ」


「見た目は地味ですけどね」


「そこら辺に転がってても絶対拾わん」


「でも、あの家の人は拾ったんですよね」


 真琴の言葉に、優也は歩きながら少し考えた。


 亡くなった家主の父親は山仕事をしており、山から石や道具の部品を持ち帰ることがあったという。黒い石がその中の一つなのだとすれば、最初から納屋の床下にあったわけではなく、山のどこかから運ばれてきた可能性が高い。


「やっぱ元は山かな」


「可能性はあります。ただ、どこで拾った石かまでは分からないでしょうね」


「宮田さん経由で、もうちょい昔のこと聞けへんかな」


「聞くだけならいいと思います。でも、分からなくても無理に追わないでくださいね。山全部探すなんて現実的じゃないですから」


「分かってる。……今のところは」


「最後いらないです」


 真琴が笑う。


 優也もつられて笑いながら、駅前の横断歩道で足を止めた。


 今日の実験で分かったことは、まだどれも『確定』と呼べるほど強いものではない。それでも、黒い石を十秒だけ収納したあと、石の魔素反応は『強』から『中程度』へ弱まり、優也自身は一時的に『微量』まで上がったうえ、空になった収納領域からも『微弱』の魔素反応が検出された。


 別々だった現象の間に、初めて一本の線が見え始めている。


 収納は、ただ物をしまうだけの力ではないのかもしれない。


 魔素は、ただ古い物へ付着している正体不明の反応でもないのかもしれない。


 そして優也自身も、その二つから切り離された存在ではない。


「福山さん?」


 信号が青へ変わっても動かなかった優也に、真琴が声を掛ける。


「あ、ごめん。考えてた」


「またですか」


「今度はちゃんと歩きながら考えるわ」


「危ないので歩く時は歩いてください」


「警備員に交通安全注意すんのやめて」


「今止まってたじゃないですか」


「はいはい」


「“はい”は一回」


「まだそれ言う?」


 二人は笑いながら横断歩道を渡った。


 収納、鑑定、そして魔素。


 一枚の白い皿から始まった三つの謎は、いつの間にか別々のものではなくなりつつある。


 まだ答えには届いていない。


 それでも、優也と真琴はようやく、何を探せばいいのかくらいは見つけ始めていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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