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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第一章 一枚の皿から
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ep.19 床下の記憶


 奈良から戻った翌朝、福山優也は目覚ましが鳴る少し前に目を覚ました。


 前日は朝から電車と車を乗り継ぎ、山の中を歩き回ったうえに、帰りには温泉まで寄っている。さすがに身体へ疲れが残っているかと思ったが、ベッドから起き上がってみれば脚に軽い張りを感じる程度で、頭痛や吐き気といった異変はなかった。


 洗面を済ませてからリビングへ移り、昨日の約束通り、一度だけ自分自身を鑑定する。


 身体の状態には特に問題がなく、魔素について意識を向けても返ってきたのは『魔素反応――極微量』だった。


「完全に戻ってるな」


 前日の奈良では、納屋や山に近い場所で過ごしたあと、一時的に『微量』まで強くなっていた。それが山を離れて一時間ほど経った頃には極微量へ戻り、翌朝になっても同じ状態を保っている。


 優也は結果をスマートフォンへ記録し、そのまま真琴へ送った。


『朝も極微量。体調も問題なし』


 出勤準備をしている間に返信が届く。


『了解です。昨日の分と合わせて記録しておきます。今日は仕事中に何度も確認しないでくださいね』


「せえへんわ」


 声に出して返してから、少し考える。


『俺、一応仕事中は真面目やで』


『一応って自分で言いましたね』


『言葉の綾です』


 昨日どこかで聞いたような返しを送ると、笑っているスタンプが届いた。


 その程度のやり取りでスマートフォンをしまい、優也はいつものように仕事へ向かった。


     ◇


 奈良の山で何かを見つけたからといって、日常が急に変わるわけではない。


 優也は道路工事の現場で誘導灯を握り、車両を止め、歩行者を安全な側へ案内しながら一日を過ごした。魔素のことが頭をよぎることは何度かあったものの、交通誘導中に別のことへ意識を向ける危険性は自分でもよく分かっているため、考えるのは休憩時間だけにしていた。


 昼休みになり、弁当を食べながらスマートフォンを確認すると、真琴から昨日の調査をまとめた簡単な記録が送られてきていた。


 敷地入口では反応なし。納屋から十メートルほどの地点で微弱な反応を感知し、接近するにつれて識別しやすくなる。納屋内部の奥側では『中程度』まで上がり、同じ反応が床下から山側へ帯状に続いている可能性がある。一方、優也自身の反応は現地へ入る前の『極微量』から、調査終了時には『微量』へ変化し、山を離れて約一時間後には再び『極微量』へ戻った。


 最後には、真琴らしく太字代わりの記号まで付けて注意書きが添えられている。


『※現時点では「山に魔素がある」「魔素を吸収した」とは断定しない』


「俺向けやん」


 思わず笑ったところで、隣で弁当を食べていた同僚が顔を上げた。


「またスマホ見て笑ってますね」


「何やねん」


「前もありましたよね。彼女じゃないって言ってた人?」


「まだ覚えてんの?」


「そりゃ覚えますよ。福山さんが仕事以外のメッセージでニヤニヤするの珍しいから」


「ニヤニヤしてへん」


「今してました」


「飯食え」


 以前とほとんど同じやり取りをして、優也はスマートフォンを伏せた。


 否定する言葉は前と同じだったが、自分でも以前ほど勢いよく「そんなんじゃない」と言わなくなっていることには気づいていた。


 だからといって、今すぐ何かを考えるつもりもない。


 分からないことを勝手に決めつけない。


 最近では便利な言葉になりつつあった。


     ◇


 その日の夕方、仕事を終えて着替えている時に、知らない番号から着信が入った。


 一度は迷ったものの、奈良の件で連絡が来る可能性を思い出し、優也は電話へ出る。


「はい、福山です」


『ああ、昨日の宮田です。今、大丈夫?』


「あ、宮田さん。大丈夫です」


 予想通り、昨日案内してくれた片づけ業者だった。


『親族さんに聞いてみたんやけどな。あの納屋の床、やっぱり昔一回直してるらしいわ』


 優也はその場でスマートフォンのメモを開いた。


「理由、分かりました?」


『はっきり覚えてる人はおらんみたいやけど、十五年くらい前かな。奥の床が一部沈んだらしい。それで大工さん呼んで、傷んだ板を張り替えたって話や』


「床が沈んだ……」


『湿気か何かやと思ってたみたいやけどな。ただ、その時に床下から古い石とか金具が結構出てきたらしいで』


 優也の指が止まった。


「石と金具?」


『そうそう。昔の家やから、何でも床下へ置いてたんちゃうかって。親族さんの話やと、亡くなった家主のお父さんが山仕事しとった人らしくてな。山で拾ってきた石とか、使わんようになった道具の部品とか、納屋へよう置いてたらしい』


「その石、まだ残ってます?」


『そこまでは分からんみたい。床直した時に捨てた物もあるらしいし、残した物もあるかもしれん。ただ、一つ思い出したことがあるって言うてたわ』


「何です?」


『床の奥に、点検口みたいなん作ったらしい』


「点検口?」


『板を全部剥がさんでも床下見られるように、一枚だけ持ち上げられるようにしたんやって。俺も片づけの時は知らんかったけど、言われてみたら端っこに切れ目あった気するわ』


 優也は思わず小さく息を吐いた。


 昨日、勝手に床を外さなかったのは正解だった。


「そこ、次に見せてもらうことできます?」


『それも聞いた。俺が一緒におる時で、壊さんように開けるだけならええって。何か持って帰るなら、その時また確認してくれってさ』


「ありがとうございます」


『あと山の方やけど、納屋のすぐ裏から石垣の上までは同じ家の土地らしい。ただ、その先からは別の人の山が混じってるみたいやから、勝手に入らん方がええな』


「分かりました。そこまでは行きません」


『必要なら、また日ぃ決まったら連絡して』


「はい。助かります」


 電話を切ると、優也はその場でしばらく画面を見つめた。


 床が沈み、張り替えられた場所。


 その下から出てきた石と古い金具。


 納屋の奥で感じた複数の魔素反応。


 それらが関係している可能性はあるが、今の段階ではまだ偶然かもしれない。


「……三浦さんに先に言われそうやな」


 そう呟きながら、優也は真琴へメッセージを送った。


『宮田さんから連絡きた。結構おもろい話出てきた』


 既読がつく前に、もう一通続ける。


『電話できる時ある?』


     ◇


 その日の夜、九時を少し回った頃に真琴から電話が掛かってきた。


 メッセージでは頻繁にやり取りしているものの、こうして用事もなく長く電話することはまだ少ない。優也はソファへ腰を下ろし、スピーカーにはせずスマートフォンを耳へ当てた。


挿絵(By みてみん)


『お待たせしました。それで、何が分かったんです?』


「いきなり本題やな」


『“結構おもろい話”なんて送られたら気になるじゃないですか』


「まあそうか」


 優也は宮田から聞いた内容を順番に説明した。


 十五年ほど前に納屋の奥の床が沈み、一度張り替えられていること。その時、床下から古い石や金具が複数出てきたこと。以前の所有者の父親が山仕事をしており、石や道具の部品を納屋へ持ち帰ることがあったこと。そして何より、床を壊さなくても中を確認できる点検口が存在するらしいこと。


 説明している間、真琴はほとんど口を挟まなかった。


 全部聞き終えてから、少し間を置いて声が返ってくる。


『かなり気になりますね』


「やろ?」


『でも、福山さんが今考えてることを当てましょうか?』


「何?」


『床下の石が魔素の原因で、その石は山から拾ってきた物だから、山にも同じ物がある』


「……ほぼ正解」


『まだ仮説です』


「はい、先生」


『だから先生じゃないです』


 いつものやり取りに、優也は笑った。


「でも、次は点検口見たいよな」


『見たいです。ただ、その前に一つやっておきたいです』


「何?」


『普通の危険物じゃないことを、分かる範囲で確認したいです』


 真琴の声が少し真面目になる。


『福山さん、昨日あの場所にいただけで魔素反応が一時的に強くなったでしょう? 今のところ体調に異常はないですけど、未知のものだからって全部を魔素扱いするのは危ないと思うんです。放射線とか、何か既知の原因が混じってないことくらいは確認してから床下を見たいです』


「……それは確かに」


『大学の機材を勝手に持ち出すのはできないので、市販の範囲になりますけど。少なくとも線量計くらいは用意できますよね』


「買うわ」


『すぐ買うんですね』


「必要なんやろ?」


『そうですけど、もう少し値段とか調べてからでいいです』


「そこは三浦さんが選んで。変なん買いそうやし」


『自覚あるんですね』


「高いの買っとけば大丈夫と思うタイプやからな」


『それ、今回一番危ない買い方です』


「はい」


 電話の向こうで真琴が笑った。


 そこから二人は、次回の調査で何を確認するのか相談していった。点検口は宮田の立ち会いがある時だけ開け、床下に身体を入れたり、奥へ手を伸ばしたりはしない。まず目視できる範囲と、優也の鑑定でどこに反応があるのかを調べ、何か物を見つけても勝手に持ち出さない。山側については土地の境界が確認できる範囲までに留め、それより先は所有者の許可が取れない限り進まない。


 話しているうちに、優也はふと時計を見た。


「もう四十分話してるで」


『え?』


「九時四十分」


『……ほんとだ』


「三浦さん、試験終わってから暇になったな」


『失礼ですね。結果待ちですけど、やることはありますよ』


「研究のこと?」


『それも考えてます。卒業後どうするかも、最終的に決めないといけないですし』


「そういや、その話ちゃんと聞いたことなかったな」


 少し間が空いた。


『医師免許は取るつもりです。でも、すぐ臨床だけに進むかは迷ってて。私は元々、医療工学とか生体材料の方にも興味があるんです』


「生体材料?」


『人工骨とか、体内で使う材料とかですね。もちろんもっと色々ありますけど』


「へえ……」


『だから福山さんの鑑定で、普通には分からない材料の状態が見えるって聞いた時も、かなり気になったんですよ』


「最初からそっちの興味もあったんや」


『ありました。でも今は魔素まで出てきましたからね』


「どんどん本業から離れてへん?」


『まだ本業決まってません』


 二人で笑った。


 そのまま話題は少しずつ実験から離れ、真琴の大学生活や優也の仕事の話へ移っていった。どちらかが特別に話題を用意していたわけではないのに、気づけばさらに二十分ほど経っている。


「……一時間超えたな」


『福山さんが話を広げるからです』


「いや、三浦さんも普通に喋ってたやろ」


『そうでしたっけ?』


「絶対分かって言うてるやろ」


 電話の向こうで笑う声が聞こえた。


「まあ、明日もあるし、そろそろ切る?」


『そうですね』


 一度そこで会話が止まる。


 切ればいいだけなのに、どちらもすぐには通話終了の操作をしなかった。


『じゃあ……次の日程、宮田さんに確認できたら教えてください』


「分かった」


『おやすみなさい、福山さん』


「おやすみ」


 通話が終わり、静かになったスマートフォンをテーブルへ置く。


 優也はそのままソファの背へ身体を預けた。


 話していた内容の半分くらいは魔素や奈良のことだった。しかし残りの半分は、別に今夜話す必要のないことばかりだった気がする。


「……まあ、ええか」


 最近、よく使う言葉だった。


     ◇


 翌日の夜、優也は台所でコーヒーを淹れながら、棚の上に置いてあるマグカップへ何気なく目を向けた。


 普段使っている安い陶器のマグではなく、以前どこかでもらったステンレス製の保温マグだった。距離は二メートルほどあり、触れてもいなければ、特に鑑定するつもりもなかった。


 ところが、ぼんやりと「これ何で出来てたっけ」と思った瞬間、頭の奥に情報が浮かぶ。


『ステンレス鋼――』


「……え?」


挿絵(By みてみん)


 優也は手を止めた。


 以前から鑑定は、触れなくてもある程度使えるようになっていた。しかし二メートルほど離れた小さな物なら、もっと強く意識を向ける必要があり、材質まで即座に分かることは少なかった。


 念のため近づかず、もう一度マグを見る。


『ステンレス鋼。樹脂部品――』


「前より分かりやすない?」


 気になったものの、すぐに何でも試し始めるのはやめた。


 代わりに距離だけを測り、同じ場所から陶器の皿、木製の箸、テレビのリモコンへ順番に意識を向けてみる。詳しい内部構造までは分からないものの、以前より少ない集中で、おおまかな材質が伝わってくるように感じられた。


 優也は結果をメモへ残したあと、真琴へ送ろうとして一度指を止める。


「また“決めつけない”やな」


 自分で言ってから、文章を打ち直した。


『鑑定、前より少し遠くから使いやすくなった気がする。奈良の影響かは不明』


 数分後、真琴から返信が届く。


『その書き方なら合格です』


『何の試験やねん』


『福山さん慎重化試験』


『そんな試験受けた覚えない』


『毎日実施してます』


 優也は笑いながら、続いて届いたメッセージを読む。


『ただ、これは気になります。魔素に触れたから変化した可能性もありますけど、単純に鑑定を使い続けて慣れただけかもしれません。次に会った時、距離を決めて比較してみましょう』


『了解』


 スマートフォンを置き、優也はもう一度少し離れた場所からステンレスのマグを見る。


 確かに、以前より自然に情報が入ってくる。


 もし鑑定そのものが少しずつ変化しているのだとすれば、それはいつから始まったのか。使い続けたことで慣れたのか、それとも奈良の山で魔素反応が強くなったことに意味があったのか。


 答えはまだ分からない。


 ただ、次に奈良へ向かう目的が一つ増えたことだけは確かだった。


 床下に何が残っているのかを調べるだけではなく、その場所へ近づくことで、優也自身に何が起きているのかも確かめる必要がある。


 白い皿が消えた頃は、能力を持ったこと自体に夢中だった。


 今は少し違う。


 便利だから使うだけではなく、この力が何なのか、どこから来たのか、そして自分をどう変えていくのかまで知りたいと思い始めている。


 その疑問を一人で抱えていたなら、優也は好奇心のまま無茶な実験を続けていたかもしれない。


 けれど今は、何かを思いつくたびに、少し呆れた顔で「まだ決めつけないでください」と言う真琴の声が頭に浮かぶ。


 優也はコーヒーを一口飲み、静かな部屋で小さく笑った。


「ほんま、ええブレーキ見つけたわ」


 次の奈良行きまでに調べることは、また少し増えていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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