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ACROSS  作者: ☆あんパンまん☆
第一章 一枚の皿から
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ep.18 山を下りても


 車を停めた空き地へ戻る頃には、山の斜面へ差し込む午後の日差しが少しずつ傾き始めていた。


 納屋の周辺を歩き回っただけとはいえ、冬の冷たい空気の中で何度も立ち止まり、鑑定へ意識を集中させていたせいか、優也には思った以上の疲れが残っている。隣を歩く真琴もノートを開いたまま、先ほど記録した位置と反応の強さを見返していた。


「とりあえず、今日分かったのは三つくらいですかね」


「三つ?」


「まず、古い物なら何でも魔素反応があるわけじゃない。次に、納屋の近くへ行くほど福山さんには反応が分かりやすくなった。それから――」


 真琴は一度ノートから顔を上げ、納屋の向こうに続く杉山へ視線を向ける。


「物じゃなくて、場所そのものから反応してる可能性が出てきた」


「それが一番でかいな」


「まだ可能性ですけどね」


「分かってるって。俺もちゃんと学習してんねん」


「さっき自分から『発生源とは限らない』って言えてましたもんね」


「子供褒めるみたいに言うなよ」


 優也が苦笑すると、真琴も小さく笑った。


 そこへ山道の向こうから軽トラックのエンジン音が聞こえ、間もなく宮田が戻ってきた。二人が納屋や敷地を荒らしていないことをざっと確認すると、宮田は「何か分かった?」と興味半分で尋ねてくる。


「ちょっと気になる場所はありました。ただ、勝手に調べられる範囲を越えそうなんで、今日はここまでにします」


 優也がそう答えると、宮田は少し意外そうな顔をした。


「山の方?」


「ええ。納屋の裏から斜面側が少し気になってて。ただ、そこまで入っていいとは聞いてないですし」


「そらまあ、山は境界ややこしいからな。家の裏全部が同じ持ち主とも限らんし」


「やっぱりそうですよね」


 真琴がすぐに反応した。


「もし分かるようなら、納屋の裏側から少し上の土地がどなたの所有か、確認してもらうことってできますか?」


「親族に聞くくらいならできるよ。昔のことやから、本人らも詳しく知らんかもしれんけど」


「それで十分です。無理なら大丈夫なので」


「分かった。聞いとくわ」


 宮田は気軽に引き受けたあと、納屋の方を振り返った。


「そういや、あの納屋な。俺らが片づけた時、奥の床だけ妙に新しかった気がするわ」


 優也と真琴が同時に顔を向ける。


「新しかった?」


「新しい言うても十年とか二十年とか、そんなもんやと思うけど。納屋自体はもっと古いやろ? 奥の方だけ板が張り直してあったから、床抜けたんかなって話した覚えある」


「床の下、見ました?」


「いや。家財片づける仕事やったから、床まで剥がしてへんよ。親族からもそんな話なかったし」


「ですよね」


 優也は納屋の奥で感じた『複数反応』を思い出した。


 偶然かもしれない。


 床を張り直した理由が単なる腐食や破損だったとしても何も不思議ではなく、その下に魔素と関係する物があると決まったわけでもない。それでも、次に許可を求める時に確認すべきことが一つ増えたのは確かだった。


「そこも親族の方に聞いてもらっていいですか? 何で床を直したか覚えてるかだけ」


「ええよ。ついでに聞いとく」


「ありがとうございます」


 宮田へ礼を言い、今日の調査は正式に終了した。


 車へ戻った二人はすぐ出発せず、暖房を入れて身体を温めながら記録を簡単に整理することにした。真琴は助手席でノートを膝の上へ広げ、優也は温かくなり始めた車内で両手を擦り合わせる。


「さむ……。山なめてたわ」


「さっきまで平気そうだったじゃないですか」


「集中してたから気づかんかったんやろな」


「体調は?」


「普通。疲れたくらい」


「じゃあ、一回だけ確認しましょうか」


「俺もそれ思ってた」


 納屋へ入る前に鑑定した時、優也自身の魔素反応は普段通りの『極微量』だった。今日は魔素反応を持つ物を収納していないため、これまでの実験結果から考えれば変化していない可能性が高い。


 優也は右手首へ左手を添え、身体の状態を確認する。


 軽い疲労と、寒さによる手足の冷え。歩き回ったせいで脚には多少の筋疲労があるものの、体調面で気になるところはなかった。


 続けて、魔素反応へ意識を向ける。


 頭の奥へ返ってきた情報を受け取った瞬間、優也の表情が変わった。


「……あれ?」


「どうしました?」


「極微量ちゃう」


 真琴のペン先が止まる。


「どのくらい?」


「『微量』って出てる。前に金属を収納した直後と同じくらいかな」


「今日、収納は一回も使ってませんよね?」


「使ってない。キーホルダーも金属もバッグから出してへん」


 真琴はすぐに時間を書き留め、それから優也を見る。


「納屋へ入る前は?」


「極微量。三浦さんも記録してるやろ?」


「あります。十一時四十七分、極微量」


「今何時?」


「十三時十二分です」


 現地にいた時間は一時間半ほどで、その間に優也がしたのは周囲を鑑定したことくらいだった。魔素反応のある物へ直接触れたわけでも、収納を使ったわけでもない。


 優也は思わず山の方を見る。


「近くにおっただけで増えた?」


「可能性はあります。でも、まだそれだけとは言えません。鑑定を何回も使った影響かもしれないし、疲労や場所そのものが関係してる可能性もあります」


「こういう時の三浦さん、ほんまブレーキ役やな」


「必要でしょう?」


「めっちゃ必要」


 今度は素直に認めると、真琴が満足そうに頷いた。


「じゃあ今日は、これ以上鑑定も収納もなしです。山を離れてから時間を置いて、どのくらいで元に戻るかだけ見ましょう」


「了解。……それより腹減らへん?」


 真琴が一瞬だけ呆れた顔をした。


「今その流れで食事の話になります?」


「朝から動いてんねんから腹も減るやろ。調査終わったし」


「まあ……私もお腹空きましたけど」


「ほな決まり」


 優也はナビを操作し、山を下りながら立ち寄れそうな場所を探し始めた。


     ◇


 細い生活道路を抜け、少し広い道へ戻る頃には、二人とも自然と肩の力が抜けていた。


 優也は運転へ集中しながらも、行きほど緊張せずに周囲の景色を見る余裕がある。杉林の間を抜ける川は冬の日差しを反射し、集落の屋根には日陰だけ薄く雪が残っていた。


「さっき帰りにどっか寄るって話したやろ?」


「しましたね」


「温泉あるみたいやで」


 助手席でスマートフォンを見ていた真琴が顔を上げる。


「温泉?」


「山まで来たし、せっかくやから風呂入って帰らへん? もちろん別々やけど」


「そこ説明しなくても分かります」


「いや、一応」


「福山さん、たまに変なところ気にしますよね」


「大事やろ」


 真琴は笑いながら、自分のスマートフォンでも周辺を調べ始めた。


「いいですね。私も冷えましたし、その前に何か食べたいです」


「そこは意見一致やな」


 途中の小さな食事処へ入り、二人は遅めの昼食を取った。


 窓の外に山と川が見える素朴な店で、優也は温かい蕎麦と炊き込みご飯、真琴は山菜の入ったうどんを注文する。特別に豪華な料理ではなかったが、冷えた身体には湯気の立つ出汁の香りだけで十分ありがたかった。


挿絵(By みてみん)


「うま……」


 一口食べた優也が思わず呟くと、真琴が笑う。


「さっきまで魔素とか床下とか真剣に話してた人とは思えないですね」


「それと腹減るのは別問題やろ」


「分かりますけど」


「三浦さんもめっちゃ食べてるやん」


「今日は朝早かったんです」


 二人とも結局ほとんど会話を止めて食事を進め、ある程度腹が満たされたところで、ようやく今日の調査について話が戻った。


「次に行けるとしたら、床下と山側ですよね」


 真琴が湯呑みを手にしながら言う。


「そうやな。ただ床剥がすなら、立ち会いあった方がええと思う。俺らだけでやる話ちゃうわ」


「私もそう思います。山側も、土地の所有者と範囲が分かってからですね。道がない場所へ入るなら装備も必要になるかもしれないですし」


「熊とかもおるかもしれんしな」


「冬でも絶対いないとは言えないですからね」


「そこまでいったら、俺ら二人だけで行くのも考えた方がええか」


「そうですね。地元の人に案内をお願いできるなら、その方が安全です」


 以前なら、優也はここまで面倒な段取りを聞けば「そこまでせんでも」と思ったかもしれない。しかし実際に山へ来てみると、スマートフォンの地図だけを頼りに知らない斜面へ入る危険性も分かる。魔素の正体を知りたい気持ちは強いが、そのために怪我をしては意味がない。


「次はちゃんと準備してからやな」


「珍しく私が言う前に言いましたね」


「だから成長扱いすんなって」


 食事を終えた二人は、そこから少し車を走らせ、山間の小さな温泉施設へ立ち寄った。


 当然ながら男女別なので入口で一度別れ、優也は湯船へ身体を沈めた瞬間、思わず長い息を吐いた。屋外の冷たい空気の中を歩き回ったあとだけに、温かい湯が肩や脚へ染み込んでいくように感じる。


「これは来て正解やな……」


 仕事でも長時間立ち続けることには慣れているが、今日は身体より頭を使った疲れの方が強かった。目を閉じると、納屋の床や山へ続いていた魔素反応が思い浮かんでくるものの、今だけは考えないことにした。


 風呂から上がり、休憩スペースへ出ると真琴はまだ来ていなかった。


 優也は飲み物を買い、椅子へ腰を下ろしてスマートフォンを眺めながら待つ。十分ほどすると、風呂上がりの真琴が髪を軽くまとめた姿で現れ、優也を見つけて近づいてきた。


「早かったんですね」


「男の風呂なんてこんなもんやろ。三浦さん、ゆっくり入れた?」


「はい。かなり生き返りました」


「俺も。山歩いたあと温泉ってええな」


 真琴は隣の椅子へ座り、自販機で買ってきた飲み物の蓋を開ける。


挿絵(By みてみん)


「調査じゃなくても、またこういうところ来たいですね」


「……それ、旅行ってこと?」


 優也が少しだけ間を置いて尋ねると、真琴は飲み物を口へ運びながら考えた。


「日帰りでもいいですけど。温泉入って、美味しいもの食べて、景色見るだけとか」


「普通の旅行やな」


「普通の旅行ですよ」


「魔素なし?」


「なし」


「……それもええな」


 優也がそう答えると、真琴は少しだけ笑った。


 その笑顔を見ながら、優也は今日この場所へ来た本来の目的を思い出す。二人を奈良まで連れてきたのは魔素の調査だったはずなのに、山道で話し、昼食を食べ、別々とはいえ同じ温泉へ立ち寄っている今の時間は、調査という言葉だけでは少し説明しにくくなっていた。


 だからといって、何か結論を出す必要はない。


 分からないことを急いで決めつけない。それは魔素だけではなく、自分たちの関係にも同じことが言えるのかもしれなかった。


     ◇


 温泉を出てから一時間ほど経ち、山間部を抜けて市街地へ近づいたところで、二人は一度だけ優也の状態を確認することにした。


 安全な場所へ車を停め、優也が自分自身を鑑定する。


 結果は『魔素反応――極微量』。


「戻ったな」


 真琴が時刻を確認する。


「山を離れて一時間ちょっと。途中で温泉にも入ってるので、時間だけが原因かどうかは分かりませんけど、少なくともずっと残るわけではなさそうですね」


「近くにおる間だけ増えるなら、山そのものの影響って可能性は上がる?」


「上がります。ただ、次は同じ場所へ近づく前と、距離ごとの変化をもっと細かく取った方がいいと思います。何百メートルくらいから反応が変わるのか分かれば、範囲を推定できるかもしれません」


「山の中で魔素マップ作るん?」


「簡単に言えば、そうですね」


「なんか急に研究っぽくなってきたな」


「最初から研究みたいなことしてますよ」


「俺、交通誘導警備員やで?」


「知ってます」


「三浦さんもまだ医者ちゃうし」


「それも知ってます」


 二人は顔を見合わせて笑った。


 専門の測定機器もなければ、大学の研究室でもない。今のところ魔素を感じ取れるのは優也だけで、その結果が本当に客観的な現象なのかすら確定していない。


 それでも、白い皿が突然消えた夜に比べれば、二人が持っている情報は遥かに増えていた。収納と鑑定があり、魔素らしき反応を持つ物が存在し、その反応が特定の場所で強くなる可能性まで見えてきている。


「次は山の許可待ちやな」


「はい。その間に今日の記録まとめましょう。あと、床を張り替えた理由も分かれば大きいですね」


「宮田さんから連絡来たら共有する」


「お願いします」


 再び車を走らせ、夕方には駅前のレンタカー店へ戻った。


 返却の手続きを済ませて電車へ乗ると、朝から一日動き回った疲れが一気に出たのか、真琴は席へ座ってしばらくすると小さな欠伸をした。


「眠い?」


「ちょっとだけ」


「寝てええで。着いたら起こすから」


「福山さんも疲れてるでしょう?」


「運転終わったし、俺は大丈夫」


「じゃあ……少しだけ」


 真琴はそう言って目を閉じた。


 数分もしないうちに呼吸がゆっくりしたものへ変わり、優也は起こさないよう声を掛けるのをやめた。窓の外では山が少しずつ遠ざかり、夕暮れの景色が住宅地へ変わっていく。


 今日見つけた反応のことを考えようとしたものの、隣で眠る真琴が気になって集中できず、優也は結局スマートフォンをしまった。


 魔素の正体を知りたい。


 奈良の山の先も気になる。


 それは間違いない。


 ただ、一日を振り返った時に最初に浮かぶのが、納屋の床ではなく、温泉を出たあとに真琴が言った「普通の旅行もしたい」という言葉なのは、自分でも少し可笑しかった。


 優也は窓の外へ視線を向け、声に出さずに笑う。


 山へ向かった目的は魔素だった。


 けれど帰り道には、次にあの山へ行く理由とは別に、また二人でどこかへ出かけてもいいと思える理由が一つ増えていた。


最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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