ep.12 秘密を見せる日
次の土曜日、福山優也は三浦真琴と待ち合わせるため、彼女の大学から少し離れた駅前に立っていた。
前回までとは違い、今日の目的は最初から決まっている。キーホルダーが買われたという古道具店へ行き、同じような“未定義の反応”を持つ物が他にもないか確かめる。その結果次第では、自分が何をしているのか真琴へ話すことになるかもしれないと考えると、普段の待ち合わせとは少し違う落ち着かなさがあった。
それでも、約束の時間より十分も早く着いているあたりは前回と大して変わっていない。
「また早よ着いてもうたな……」
スマートフォンで時刻を確認しながら苦笑していると、数分もしないうちに改札の方から真琴が歩いてきた。
白を基調にしたニットへ濃い色のロングスカートを合わせ、その上から冬物のコートを羽織っている。大学帰りではないため今日は医学書を抱えておらず、肩へ掛けたバッグだけという身軽な格好だった。
「こんにちは」
「こんにちは。今日は俺、うろうろしてないですよ」
「まだ気にしてたんですか?」
「三浦さんがずっと言うからやろ」
「二回しか言ってませんよ」
「十分や」
真琴が笑いながら隣へ並ぶと、二人はそのまま店へ向かって歩き始めた。
古道具店は駅前の大通りから一本入った商店街の外れにあり、真琴の知り合いから送られてきた地図がなければ見落としてしまいそうな小さな店だった。新しい家具や家電を扱うリサイクルショップというより、古い食器や置物、時計、工具、アクセサリーなどを雑多に並べた昔ながらの古物店に近い。
入口の上には、少し色褪せた『古道具 千草』という看板が掛かっていた。
「ここみたいですね」
「想像してたより渋いな」
「キーホルダーを買った人も、たまたま通り掛かって入ったらしいです」
引き戸を開けると、小さな鈴が鳴った。
「いらっしゃい」
店の奥から聞こえた声に軽く会釈しながら中へ入る。
店内は決して広くないものの、壁際の棚から中央の平台まで様々な物で埋まっていた。古いカメラ、陶器の皿、木箱、腕時計、工具、置時計、用途の分からない金属部品まであり、優也から見れば宝探しのようでもあり、片づけ前の倉庫のようでもある。
「こういう店、好きそうですね」
真琴に言われ、優也は少し驚いて振り返った。
「なんで分かったん?」
「顔」
「そんな分かりやすい?」
「入ってからずっとキョロキョロしてます」
言われてみれば否定できない。
「いや、こういう何に使うか分からん物って気になるやん」
「やっぱり好きなんじゃないですか」
「まあ、嫌いではないな」
目的を忘れそうになる自分を抑えながら、優也は店の奥へ視線を向けた。
今回やることは単純で、店内にある物を片っ端から鑑定するつもりはない。キーホルダーで感じたものと同じ違和感がないか、まずは普通に歩きながら確かめ、それらしい物を見つけた時だけ詳しく調べる。
真琴には、まだその方法を説明していなかった。
「福山さん、何かするんですか?」
「ちょっと店の中見てみる。三浦さんは普通に見てて」
「また怪しい言い方ですね」
「今日中には説明する……たぶん」
「“たぶん”が付きましたね」
「心の準備がいるんよ」
真琴は何か言いたそうな顔をしたものの、それ以上は聞かず、隣の棚に並んだ古いアクセサリーを眺め始めた。
優也もゆっくり店内を歩いていく。
最初に目についた古い置時計へ意識を向けてみると、真鍮、ガラス、木材といった普通の情報が返ってくる。陶器の壺も、古いカメラも、木製の小箱も同じで、経年劣化や細かな傷については分かるものの、あのキーホルダーで感じた違和感はなかった。
やはり偶然だったのかもしれない。
そんな考えが浮かび始めた頃、店の一番奥にある低い棚の前を通った瞬間だった。
優也の足が止まる。
「……ん?」
正確には、何かを見つけたわけではなかった。
ただ、棚の下段へ視線を向けた瞬間、キーホルダーを初めて鑑定した時と似た引っ掛かりが頭の奥に生まれた。
そこには、値札も付いていない小さな木箱が置かれている。
「どうしました?」
少し離れていた真琴が近づいてくる。
「たぶん……ある」
「何が?」
「キーホルダーと同じやつ」
優也はしゃがみ込み、店主へ確認してから木箱の中を覗いた。
古い鍵、錆びた金具、金属製のボタン、小さなネジ、何かの機械から外したような部品。売り物というより、細かな物をまとめて入れている箱に見える。
その中の一つへ手を伸ばしかけ、優也は店主を見る。
「すみません。これ、触っても大丈夫ですか?」
「ああ、いいよ。その箱の中は細かいジャンクだから」
「ありがとうございます」
優也は一つずつ軽く持ち上げながら確かめていった。
鍵。
何もない。
金属ボタン。
これも普通。
小さな蝶番。
特に変わらない。
そして、黒ずんだ金属片を指で摘まんだ瞬間、頭の奥へ薄い違和感が広がった。
『鉄系合金。腐食あり。用途――不明』
そこまでは普通だった。
さらに意識を向ける。
『未定義反応――微弱』
優也は黙ったまま金属片を見つめた。
「福山さん?」
「これや」
「同じ?」
「たぶん。キーホルダーほど強くないけど、同じ感じがする」
真琴の表情が一気に研究をしている時のものへ変わる。
「他には?」
「ちょっと待って」
木箱の中をさらに調べる。
十数点あるうち、同じ反応があったのは三つだけだった。先ほどの黒ずんだ金属片と、小さな古い鍵、それに何かの留め具のような金属部品で、材質や形に共通点は見つからない。
「三つとも金属ですね」
「でも、他の金属にはないんよな」
「同じ箱に入ってること自体が関係してる可能性は?」
「ありそうやな」
二人が話していると、店主が奥から近づいてきた。
「何か珍しい物でもあった?」
「あ、すみません。この箱の中って、どこから入ってきた物か分かります?」
優也が尋ねると、店主は木箱を覗き込み、少し考えた。
「それかあ。全部一緒じゃないと思うけどな」
「バラバラなんですか?」
「細かい物は売れ残ったのとか、まとめて仕入れたのを入れてるからね。ただ……」
店主は黒ずんだ金属片を摘まみ上げ、裏返して眺めた。
「この辺は、同じ箱から出したやつだったかな」
「同じ箱?」
「去年、奈良の方で古い家を片づけるからって、業者がまとめて持ってきた物があってね。家具とか食器がほとんどだったけど、その中に細かい金具が入った木箱もあったんだよ」
優也と真琴が顔を見合わせる。
「奈良のどの辺か分かります?」
「そこまでは覚えてないなあ。山の方だったと思うけど」
「その時の物って、まだあります?」
「売れたのもあるし、残ってるのもあるよ。どれだったかな」
店主はしばらく棚を見回したあと、奥から古い木製の小物入れと、欠けた陶器の置物を持ってきた。
「確か、この辺も同じ時だったと思う」
優也は許可を取って、一つずつ触れてみる。
木製の小物入れには何もない。
陶器の置物にも、普通の材質と劣化状態しか感じない。
同じ家から持ち込まれた物すべてに反応があるわけではなさそうだった。
「全部じゃないな……」
「ということは、場所だけが原因とも限らない?」
「そうなるな」
真琴はバッグから小さなノートを取り出し、今聞いた内容を簡単に書き留めている。
店主は二人を不思議そうに見ていたものの、研究か何かだと思ったらしく、特に深く追及してこなかった。
「その三つ、売ってもらえます?」
優也が尋ねると、店主は笑った。
「そんな錆びたの欲しいの? 三つで五百円でいいよ」
「安っ」
「元々ジャンクだからね」
優也は迷わず購入した。
店を出た時、紙袋の中には三つの古い金属部品が入っている。値段だけ見れば何でもない買い物だが、優也と真琴にとってはキーホルダー以外で初めて見つけた『未定義反応を持つ物』だった。
◇
商店街を抜けたところで、真琴が足を止めた。
「福山さん」
「ん?」
「そろそろ説明してもらってもいいですか?」
来ると思っていた。
むしろ、店の中で聞かれなかっただけありがたい。
「……そうやな」
優也は少し考えてから周囲を見回した。通行人のいる場所で話す内容ではないし、カフェも向いていない。
「ちゃんと見せた方が早いと思う」
「見せる?」
「うん。ただ、人に見られたくない」
真琴の表情が少しだけ真剣になる。
「危ないことですか?」
「俺が知る限りでは危なくない。ただ……普通ではない」
そう答えると、真琴は少し考えた。
「じゃあ、人目のない場所を探します?」
「できれば完全に個室の方がいいな」
近くの貸し会議室をスマートフォンで探すと、駅前の雑居ビルに一時間単位で借りられる小さな個室が見つかった。料金も高くなく、二人用の打ち合わせ程度なら十分な広さだったため、その場で空きを確認して予約する。
「なんか、急に怪しい密談みたいになってきましたね」
「俺もそう思ってる」
「大丈夫ですよね?」
「そこで不安そうに聞かれたら、俺まで不安になるわ」
「福山さんが怪しいことするからですよ」
「否定できん」
それでも真琴は帰ろうとはしなかった。
十分ほど歩いて目的のビルへ入り、予約した部屋の鍵を受け取る。中には小さなテーブルと椅子が四脚、壁際にホワイトボードがあるだけで、窓にはブラインドが付いていた。
優也は扉が閉まったことを確認してから、椅子へ腰を下ろす。
真琴も向かいへ座ったものの、いつものカフェとは違い、少し緊張しているのが分かった。
「先に言っとくけど」
「はい」
「俺も、何で出来るのか分かってない」
「分かりました」
「いつからかは……数週間前。ある日突然」
「はい」
「それと、今から見せることは誰にも言わんといてほしい」
真琴はすぐには返事をしなかった。
その反応に、優也は少し意外そうな顔をする。
「約束できない?」
「基本的には言いません。でも、もし福山さんや誰かの命に関わることだったら、絶対に誰にも言わないとは約束できません。例えば危険な物だったり、誰かが傷つくようなことだったら」
優也は真琴を見たまま数秒黙り、それから小さく笑った。
「……それでええよ」
「いいんですか?」
「そっちの方が信用できる。何でもかんでも秘密にしますって言われるよりええわ」
真琴も少し表情を緩めた。
「じゃあ、今のところは二人だけで」
「頼む」
優也は自分のバッグを開き、家から持ってきた物を取り出した。
白い皿だった。
最初に消えた物と同じ、何の変哲もない安い白磁の皿である。
「それをどうするんですか?」
「これが始まりやったから」
「始まり?」
真琴が首を傾げる。
優也は皿をテーブルの中央へ置き、その縁へ右手を触れた。
「ちゃんと見てて」
「見てます」
「いくで」
収納する。
次の瞬間、白い皿は何の音も立てず、テーブルの上から消えた。
真琴の表情が止まった。
視線が、先ほどまで皿のあった場所から動かない。
「……え?」
優也は何も言わず、今度は皿を取り出した。
白い皿が再びテーブルの中央へ現れる。
真琴がゆっくり顔を上げた。
「……今の、何ですか?」
「それが分からんから、ずっと調べてる」
「手品じゃなくて?」
「俺、そんな器用に見える?」
「見えないですけど」
「そこ即答する?」
普段なら笑えるところだったが、真琴の目は皿から離れない。
「もう一回、いいですか?」
「もちろん」
今度は真琴自身に皿を確認してもらった。裏返し、持ち上げ、テーブルの下まで見てもらい、何の仕掛けもないことを確かめてから、優也はもう一度収納してみせる。
皿が消える。
数秒後、戻す。
真琴はそれを二度、三度と確かめたあと、ようやく椅子の背へ身体を預けた。
「……ちょっと待ってください」
「うん」
「私、今、かなり混乱してます」
「俺も最初そうやった」
「これは……どこに行ってるんですか?」
「分からん。俺は『収納』って呼んでる」
「中は見えるんですか?」
「見えるっていうより、入ってる物が何となく分かる感じかな。それで、入れてる間は時間が進まんっぽい。氷も溶けへんし、タイマーも止まった」
真琴はしばらく無言だった。
驚いてはいる。
しかし、怖がって距離を取る様子はなく、むしろ表情は少しずつ研究をしている時のものへ変わっていった。
「……確認したんですか?」
「色々やった」
「記録あります?」
「全部スマホにある」
「見せてください」
「やっぱそこなんやな」
「だって気になるじゃないですか!」
思わず強くなった真琴の声に、優也は笑ってしまった。
これなら大丈夫かもしれない。
そう思いながらスマートフォンを取り出し、これまでの実験記録を開く。
白い皿が消えた夜から一人で積み重ねてきた秘密が、初めて自分以外の誰かへ渡っていく。
不思議と、思っていたほど怖くはなかった。
真琴は優也のスマートフォンへ表示された記録を真剣に読みながら、時折驚いたように眉を動かしている。
「これ……本当に全部、一人で試したんですか?」
「まあな」
「生き物は?」
「試してない。怖いから」
「それは正解だと思います」
「やっぱり?」
「何が起きるか分からない状態で、生き物を入れるのはやめた方がいいです」
「そこは俺も同じ考え」
真琴は少し安心したように頷いた。
そして、記録をもう一度最初から読み返し始める。
優也はその様子を見ながら、胸の奥にあった重たいものが少しだけ軽くなった気がしていた。
秘密を知られた。
それなのに、失ったものは何もない。
むしろ、自分一人では気づけなかったことを一緒に考えてくれる相手が、本当に出来たのかもしれない。
やがて真琴がスマートフォンから顔を上げる。
「福山さん」
「ん?」
「これ、ちゃんと調べましょう」
「……やっぱそうなる?」
「ここまで見せられて、何もしない方が無理です」
その目は驚きよりも、強い好奇心で輝いていた。
優也は少し呆れたように笑ってから、テーブルの上の白い皿へ視線を落とす。
「ほな……付き合ってもらおかな」
「はい」
真琴は迷わず頷いた。
数週間前、一人きりの部屋で消えた白い皿から始まった秘密は、その日初めて、二人で追いかける謎へと変わった。
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