俺のバンドに入ってくれ②
放課後、もやもやした気持ちを吹き飛ばすにはやっぱりピアノだ、と風夏は階段を一段飛ばしで音楽室へうきうきと向かった。
扉に手をかける。
(まさか、もういないよね)
ゆっくり扉を開けて、こっそり覗くが誰もいない。
「はぁ・・・良かった」
「お化けでもいんのか?」
振り返ると、洋人が立っている。
「げ!」
「おい、人のこと化けもんみたいに言うなよ」
「ご、ごめんなさい、ちょっとびっくりしただけで」
「そんな警戒するなよ。昨日は悪かったよ」
椅子に座ると、風夏を手招きする。
「隣、座れよ」
風夏は、仕方なく隣に座る。
横から見る洋人の顔は綺麗で、さすが学校一イケメンと呼ばれるだけのことはある。
「なんだ?俺の顔になんかついてるか?」
「ふぇっ、いや、何も」
「で、次のライブについてなんだけど」
「つ、次?」
「そう、次」
そう言って、次のライブについて戸惑う風夏を置き去りにして、洋人は話し始める。
「次は2曲やる予定なんだけど、ちょっとアレンジいれてぇなって思ってて」
「あ、あの、ちょっと待って。私、バンドに入るなんて…」
洋人がまっすぐ目を見つめてくる。
「・・・昨日、ライブ立ってどう思った?」
「どうって・・・」
気持ちいいくらい音が重なって、一人で弾いていた時とは違う音楽になっていった時の気持ちの良さ、高揚感は記憶に残っている。
「最高って思っただろ?」
洋人は風夏の気持ちをわかっているかのように、ニヤっと笑った。
「ずっと俺らのバンドには何か足りねぇなって思ってて。そんな時に、風夏の音に出会ったんだよ」
さらりと下の名前で呼ばれてドキッとする。
「音楽が好きだってのは聞いてるだけで伝わってきた。それでこいつだって思ってさ」
「でも、私・・・」
「お前じゃなきゃダメなんだよ」
洋人にまっすぐ見つめられる。
今まで私じゃないとダメなんて言われたことがあっただろうか。
今までずっとモブキャラのような人生を歩んできた。
それが当たり前で主人公のような人生は自分にはないと風夏は思っていた。
洋人が真剣な目をして風夏を見ている。
「・・・わかった」
「よっしゃ」洋人がくしゃっと子供みたいな無邪気な笑顔になって、ガッツポーズをしている。
こうして、洋人のバンドに風夏は入ることになった。
「はぁぁ」
ため息をつきながら、教室から窓の外を見た。
雲一つない青空が広がっていて、今日も天気がいい。
バンドに参加すると返事したものの、バンドの練習時間もライブも基本的には夜になることが多い。
メモを広げると、簡単に書かれた地図に星がついていて19時と書かれている。
洋人に「明日の19時にここな」とまた強引に紙を渡されてしまったのだ。
(弟に言ったら怒られるよなぁ・・・)
風夏の家は、5年前に父が亡くなった。
そこから母は主婦をやめて、働き出した。
しかし、母は子供たちの為に必死になるタイプではなく、やりたいことしかやらないという性格のため、どんな仕事でも長続きしなかった。
長くても1年、短くて1ヶ月で辞めることもあった。
そのせいで、常にお金が足りないという状況が続いた。おかげで、風夏が大好きだったピアノも売るしかなかった。
風夏が中学3年生になった頃には、だんだんと母が家を空ける日が増えてきて、風夏も頑張って家事をしていたが、不器用なので上手くいかず、自然と家事は器用な弟がやるようになった。
そして気づいたら、弟が一般的な母親の役割をするようになり、家事はもちろんのこと最近では帰りが遅いと注意してくるようになり、もはや母より母親になってきている。
怒った時には母より怖い。
(バレないように細心の注意を払わなければ)
家に帰ると、風夏は扉に『勉強中、開けないでください』と張り紙を貼った。
これで少しは時間を稼げるだろう。
「テストまでまだ時間あるだろ?」と扉の向こうから弟に声をかけられた時は肝を冷やしたが、「小テストがあるのよ」と答えると納得したようだった。
そして18時半になり、こっそり家を抜け出した。
約束の場所に行ってみると、そこは音楽スタジオだった。
中に入ると、受付に髭を生やしたリーゼントのおじさんが立っている。
ちらりと風夏の顔を見ると、「Bスタジオだよ」とBスタジオの方を指差した。
まだ何も言っていないのにな、と不思議に思いつつ、Bスタジオの方へ向かった。
ドアの隙間のガラス部分を覗くと、洋人が見える。
どうやらここで間違いないようだ。
風夏はぐっと力を込めて扉を開いた。
「おせぇよ。しかも今日もジャージかよ」
そう言いながら、洋人は少し嬉しそうに笑っている。
「まぁまずはメンバー紹介しとくか」
そう言って、「拓海、陽樹、こっち」と二人を呼び寄せた。
拓海と呼ばれた男の子は、ベース担当だ。
背が高くすらっとしているが、垂れ目で親しみがもてる顔つきで穏やかそうな印象だ。
隣町の男子高校に通っているらしい。恥ずかしそうに萌え袖で「よろしくっす」とぺこっと頭を下げる。
対して、陽樹と呼ばれた男の子は、にかっと笑うと「よろしく」と握手を求め、かなり明るい。顔立ちも整っていて、くりっとした目が印象的だ。陽樹は私立の有名高校に通っていて、よく見ると服もブランドものだ。バンドでは、ドラムを担当している。
「で、こっちが前に話したピアノの天才、永田風夏」
「天才だなんてそんな、ピアノが好きなだけで」
「すごい良かったよ、この前の演奏。なぁ、拓海」陽樹に言われて、拓海はこくりと頷いた。
「あ、ありがとう」
「まぁ挨拶はそれくらいにして、練習するぞ」
そこから何度か演奏して音を合わせていった。
来週の金曜の夜にもライブをする予定になっているらしく、そこに向けての練習だ。
なぜそんなライブに出られるのか不思議に思っていたが、前に演奏したライブハウスもこのスタジオも洋人のおじさんが経営をしていて優遇してくれているそうだ。
スタジオを半額で貸してくれて、ライブは出る人がいなかったら出してくれる。
おじさんも昔バンドマンに憧れて頑張っていたそうで、自分と同じ夢をもつ人を応援したくて始めたらしい。
「今日はそろそろ終わるか」
時計を見ると21時を指している。
楽器を片付けて、スタジオを出るとむわっと蒸し暑い。
「お前ら夏休みいつからだ?」
「来週からだよ」陽樹がそういうと、拓海も頷く。
「俺らはどうだっけ?」
「知らないの?同じです、来週から」
うーんと洋人は考えて、「まぁ間に合うか」とつぶやく。
「なんだよ?」
「これにエントリーしたから」
洋人がスマホの画面を見せてくる。
「夏の全国バンドバトル・・?」風夏と陽樹の声が思わず重なる。
「そ、優勝しにいくから」
「え?優勝ってそんな」風夏がそういうと、洋人が立ち止まって風夏をまっすぐ見つめる。
「バカ、こんなもん優勝しかねぇだろ」
「・・だな」陽樹の後ろの拓海も頷いている。
「来週から毎日練習と曲作りだな」
「ま、毎日ですか?」
「当り前だろ。俺らには優勝しかねぇんだから」
おー!と3人で盛り上がっている。
そんな3人の後ろを風夏が歩いていると、洋人がぱっと振り返った。
「あと、風夏、コンタクトに変えろよ」
「え?なんで?」
「お前の瞳、綺麗なんだから、コンタクトの方がいいだろ」
そういうと洋人はびっくりして立ち止まっている風夏の眼鏡をはずす。
「ほら、こっちの方がいいじゃん」
ぼんやりとした世界の中で、洋人の顔がはっきり見える。
眼鏡を風夏のジャージのポケットに入れると、洋人は「じゃ」と言って去っていった。
顔が少し熱い。不思議な感覚だ。
きっと夏のせいだ。
風夏は、真海の“松崎とは関わらない方がいい”という言葉を思い出した。
でももう今更引き返せないし、わくわくした気持ちを抑えられない。
きっと全部夏のせいだ。
風夏はポケットに眼鏡を入れたまま歩いて盛大に転んだ。




