俺のバンドに入ってくれ①
「俺のバンドに入ってくれ」
「ば、ばんど!?」
混乱している風夏をよそに「明日、20時にここで演奏するから見に来いよ。それで決めたらいいから。約束な」と強引に場所を書いた紙を渡すと、去っていってしまった。
(行かないといけないよなぁ)
ポケットから紙を取り出す。昨日のことは夢ではないようだ。
箒に持たれながら、外を眺める。
空は青く、雲はもくもくと入道雲が出ている。すっかり夏の空模様だ。
「どうかした?」
真海が心配そうにこっちを見ている。
さすが親友、コンタクトにしてもお見通しだ。
「いや、別に何もないよ」
真海に言ったら、また説教が始まるに決まっている。
適当に誤魔化して箒を動かした。
演奏を聞きに行くだけでバンドに入るつもりもないし、真海には黙っておいていいだろう。
「何もないなら、とっとと掃除終わらせよ」
真海もテキパキと箒で床を掃いていく。
そこにガヤガヤと洋人が教室に仲間たちとワイワイ入ってきた。
掃除もせず、堂々とサボっている。
いつものことなので誰も注意しない。
真海がその集団を睨みつけているが。
(違う世界の人だよなぁ)
バンドに私を誘うなんて何かの間違いだろう。
私はスパッと断ろうと心に決め、箒をさらに動かした。
☀︎☀︎☀︎
「コンビニ行ってくる」と言って風夏は家を出た。
夜8時。日はとっくに暮れているが、蒸し暑い。
「まったく暑いな」
Tシャツにジャージのズボンとラフな格好で出てきてしまった。
ライブハウスにこの格好で入れるのだろうかと思いつつ、手でパタパタと扇ぎながら、歩き出す。
(この匂いたまらんな)
夏の夜は、なんだかわくわくさせる匂いがする。
子供の頃からこの匂いが好きだった。
「えっと、場所は・・・と」
紙を広げると、駅前の近くのライブハウスの地図が書かれている。
行ったことない場所にドキドキしながら、会場に向かう。
駅から程近く、迷うことなくたどり着けた。
「ここ、か」
少し息を吐くと、扉を開けた。
店の中では、ジャズの演奏が行われている。
ピアノを弾きながら綺麗な女性が歌っていて、隣にサックスを吹いている男性もいる。
ジャズの生演奏なんて初めてだ。
音楽を聴くとテンションが上がってくる。
薄暗い店内を進むと、何だか悪いことをしている気持ちになって、より心臓が高鳴った。
風夏はドキドキしながら、店の奥に行こうとすると、腕をつかまれた。
「おい、お前ジャージで来たのかよ?」
振り返ると洋人が立っている。
「あ・・・すいません!・・・松崎くん?」
「なんでジャージなんだよ」
「だって、コンビニ行くって言って家出たから」
「はぁぁ、まぁいいよ。こっち」
腕を掴まれた。
「え?」
「とにかくついてこい」
(これはカツアゲされるのでは・・・?)
財布は持っていないから大丈夫だ。
いやいや、金がなければ怒らせることになるかもしれない。
焦って抵抗するも男子に力で勝てるはずもない。
「行くぞ」
ドンと背中を洋人に押されて、前へ進むと明るくて眩しい。
「ここ…どこ?」
目を開くとそこに広がる光景は想像を超えていた。
「へ?」
ステージの上だ。
たくさんの客がこっちを見ている。
「みなさん、こんばんはー!僕たちsummer blueです」と洋人が挨拶をしている。
(僕たち・・?)
「では僕たちの曲を聞いてください」そういうと、そっと風夏の近くまでやってきた。
「この曲を弾いてくれ。間違えても俺らがちゃんと誤魔化すから安心してくれよ」
耳元でそれだけ言うと、洋人は中心へ戻っていく。
(嘘でしょ…)
キーボードには楽譜が置かれている。
心臓の鼓動が耳まで聞こえてくる。
目の前には観客がいて、こちらを見ている。
昔コンサートでピアノを弾いたのを思い出してくる。
あの時は本当に楽しかった。
弾き終えた後の爽快感ー。
あれ以上の刺激のある感覚にいままで出会えなかった。
洋人がこちらを見ている。
(やるしかない)
風夏は腹をくくると、ざっと楽譜に目を通して、洋人を見て頷く。
洋人が頷いたのを確認し、深呼吸をする。
(いくぞ)
鍵盤に手を置き、弾き始める。
すると、ベース、ギター、ドラムが合わさって前奏が始まる。
そこに洋人の声が重なっていく。
洋人の声は普段の低い声とは違い、夏の暑さや爽やかさを表現した曲にぴったりの清涼感の溢れる声で歌いあげていく。
気持ちいいくらい音が重なって、一人で弾いていた時とは違う音楽になっていく。
気づいたらステージの上であることも忘れて夢中になって弾いていた。
演奏が終わると、喝采に包まれた。
「で、これはどういうことなのか説明してください」
風夏は洋人に詰め寄った。
「ステージで演奏するなんて聞いてないです」
「そんな怒るなよ」
洋人は汗を拭きながら、まったく悪びれる様子もない。
「そりゃ、怒りますよ!突然ステージに立たされて」
「ジャージでだしな」そう言って、洋人は吹き出して笑っている。
「だって、それはほら、コンビニって言って家を出たし」
「おっ、もう21時だ。帰った方がいいんじゃ?」
確かにそろそろ帰らないと怒られるだろう。
風夏は仕方なく家に急いで帰ることとなった。
翌日、風夏はもやもやした気持ちを抱えたまま学校に向かった。
昨日の夜は、散々だった。
遅くなったことに怒られるし、ライブハウスでたばこの匂いがついたせいで喫煙したのかと疑われるし、2回も苦手なお風呂に入ることになるしで最悪だった。
(ついてないな)
深くため息をついていると、後ろから明るい声が飛んできた。
「風夏!おはよ」
真海が後ろからテニス部の彼氏と歩いてくる。
「あつあつだねぇ」
「リアクションが古いよ」
「悪かったね」
じゃあ、と彼氏は爽やかに去っていく。
「なんか今日はご機嫌斜めだね」
「まぁ色々あってね」
「ふーん。あ、今日数学で小テストあるらしいよ」
「ゲッ、まじで?」
「マジマジ、大マジ」
昨日はイレギュラーなこともあったが、こんな感じでまたいつもの日常に戻るはずだ。
昨日のことは忘れよう。
風夏は真海と共に教室へ向かった。




