アイデンティティ
あの夜明けから、実は世界は止まっています。
まず、この人――ヨシカズさんに見える彼のことから話しましょうか。
この人の九割は社長です。
おっと、待ってください。わたしが社長に協力しているのは、この人のためじゃない。妻のためです。
そう、オシドリの強い絆のためです。
わたしは妻のためならなんでもする。
妻の顔を奪ったこの男の元に来たのは、その顔を引きはがしてやるためだった。『顔』の大切さを何も知らないこの無知な男に、知らしめてやるためです。
顔はアイデンティティだ。
妻の顔はこの世に二ついらない。偽物は消えるべきだ。
顔無しで生まれた社長こそ、その大切さを知っていると思っていた。
それはわたしの大きな勘違いだった。
この世界には二つのタイプがいるのだ。生まれつき無かったものを得て、その有難みに感激する人間と、全く無感動な人間。
もちろん社長は後者だった。
わたしの妻の顔を奪っておきながら――あの愛おしい顔に何の関心も示さなかった。
社長にとっては、数あるお面の一つに過ぎなかったのだ。
怒りに腸が煮えくりかえっていたが、あの顔で見つめられると、どうしようもできなかった。
妻の顔を返せ!! だが怪しまれてはいけない。
そう思って堪えていました。そして、待っていたんです。社長を自然にあの島に誘導する機会を。
何度も妻に会いに行こうと思いました。それができなかったのは、彼女との約束でした。遠い日にした約束。
どちらかが攻撃を受けたなら、必ずもう片方が仕返しをすること。
それを果たすために、何とか堪えました。馬鹿らしいと思いますか?
約束、それは顔以上に大切なものです。
顔がアイデンティティだとしたら、約束は存在の証です。
そもそも存在しなければ、あなたが何者かなどは関係ない。
話を進めましょう。
仕返し、というのは社長の夢『異能王国』が築かれる寸前で、それを壊してやることです。そう、目の前でことごとく。




