美恕と野従
世界が止まった。
神様が完全に心臓の修復に入ったのだ。
今、ヨシカズくんが大勢の銀色の蝶と一緒に、ギベオンハート入り口でで踏ん張ってくれている。
彼は、絶対血流に流されたりしない。だからこそ、やっくんと顔を取り換えたのだから。
やっくんのお母さんの力を借りる。そのために。
母性――その正体が抗体だと知ったのは、最初ののっぺら顔の母に『愛を知りなさい』と言われた時だ。
彼女たち後天的にはボクら側だ。やっくんのお母さんは、ヨシカズくんのことはわからずとも、「顔」に染み込んだやっくんの気配を嗅ぎ取って、必ず助けてくれる。
そう確信し、ボクは方向を変えた。
ヒクイドリの凶暴な姿を晒して必死に飛ぶ。
目的地はいつも一つ、やっくんだ。
聞け、抗体。ボクは愛を知った。
血流を逆行して、ショートカットする。
翼に数々の宝石がぶつかって、とても痛い。でも、気持ちは強くなる一方だ。
やっくんの好きなあの本の主人公になった気分だ。『よだかの星』――。待っていて、ボクはキミだけの星になる。
スフェーンの大木を突き抜けて、やっくんの元へ辿り着いた。
もう身体はボロ雑巾――。
「トモくん」
目の前に、ヨシカズくんの顔のやっくんがいた。
そして、奇跡が起きた。
そっとやっくんがボクの頭を撫でた。
「トモくん……きれいだ。キミは王様だ。王冠をかぶっているもの、間違いない」
「王冠……?」
ボクの頭のこのカスクのことか?
「そうだよ、キミが王様。ボクが従者だ」
頷くやっくんを見て、ボクの心に花が咲いた。
止まったままの世界は夜明け前。
美しい花は毒を持つ。
ボクの心に咲いたのは黒いスズラン。
このまま、やっくんをボクだけのものにしよう。
神様の修復が終われば、時は動き出す。夜明けが来てしまう。
そんなのは嫌だ。
「ねえ、やっくん……。ボクはキミを神様の心臓に連れて行きたくない。ここで異能のキミとずっと一緒に過ごしたい。永久にだ」
「そんな夢みたいなことができるの……? そうだ、ヨシカズくんたちはどうなる? この顔だって、彼に返さないと」
ボクの冠を静かに撫でていた手が止まった。
「ヨシカズくんなら大丈夫だよ。修復が終わったら、そのまま神様の心臓で浄化されて、生まれ変わる。今度は持たざる健康な細胞としてね。
それに、やっくんのお母さんが守ってくれるから大丈夫――」
しまった。
やっくんの顔色が変わった。
やっくんはお母さんに会いたがっていた。彼に無償の愛と深海のような罪悪感を与えたお母さんに。
「母さんが……くるの?」
やっくんの声が湖のように揺らめいている。
「ここには来ない。今頃キミの気配が込められたキミの顔の方を守っているだろうから」
肩を落としたやっくんの背後で何かが光った。
ああ、なんでこうなるんだ――。
やっくんのお母さんじゃないか……。




