置き去り2
その数秒後、その蝶たちの姿がより鮮明になった。同時に、ぼやける。何が起きたんだ?
「泣いてるんだよ」
トモくんが教えてくれた。
あの羽、ガラスで出来ている。俺にはわかるんだ。金でも銀でも宝石でもない。弱く、脆い、ただのガラスで異能は出来ている。チープな偽物の銀色に輝きながら、必死にこちらに向かってくる。
「危ないって!」
思わず両腕を蝶に向かって伸ばしていた。トモくんの爪に力が入った。
最初の蝶はなんと、俺からよく見える、トモくんのやわらかそうな腹に止まってくれた。
「ふふふふふふふふ……」
くすぐったいのか、トモくんが俺ごと小刻みに揺れる。
あれが、俺の心の中にもあると思うと、早くこの身体を捨ててしまいたいという衝動が胸に広がった。あの可愛らしい子を、俺の中の籠に閉じ込めておくなんて、残酷だ。
「まだ、キミはだめだよ」
トモくんが言った。背筋が凍るような声だ。いつものコミカルな態度はすべて演技だったのではないかと思うほど、冷たいダイヤのような言い方だ。
「どういう……意味だ?」
次々とトモくんの身体に止まる銀色の蝶の波に負けないように叫んだ。羽音――というより、ガラスのぶつかる透き通る音が重なって、そこら中で乾杯をしているようだ。
「キミにはまだ、やることがある。それより、その身体を捨てたいと今、願ったよね? それは本心……でいいかな?」
なんだ、その圧のある聞き方は。しかし答えは決まっている。
「ああ、銀色の蝶になって、俺も虚空とやらに行きたい」
俺の決意は変わらない。
「それを聞いて安心した。まあ、形はちょっと違うけど」
無数の蝶に埋もれながら、トモくんが言った。
その時だ。
「トモくん!!」
地上から声が聞こえた。この高さで認識できたのは、俺の異能のせいだろう。
「トモくん!! ボクを置いて行かないで!!」
社長の悲痛な声が耳を通して俺の脳を震わせた。俺のイメージにはない、初めて知る社長の本当の声だ。
「やっくん……」
そうだ、この二人は親友――以上の関係だ。何故だかすごく嫌な予感がした。
「さあ、急降下するよ。やっくんを迎えに行かなくちゃ」
そう言い終わらないうちに、トモくんは地上に向けて体勢を変えた。蝶たちは振り落とされることもなく、みんなしっかりとくっついたままだ。
夜風が顔に気持ち良い。身体を失ったら、これを感じられなくなるのか……それだけは少し惜しいかな。
緑に燃えている林の前の広場、さっきと同じ場所に社長と助手さんがいた。助手さんは何故か悲しそうで、社長は迷子の子どものような表情をしている。
「トモくん……ボクも連れて行って」
社長の声は、光に掴まろうとする憐れさを纏って、俺の耳を揺らした。
「やっくん……ボクがキミを見捨てるわけないじゃない」
(よく聞いて)
――待て。何かエコーしていないか。トモくんが言葉を発するのと同時に、俺の耳に直接呼びかけているのか。
(キミのことはちゃんと、他の異能と同じく神様の心臓まで運ぶ。そこからは、キミがリーダーになって異能を率いてくれ)
トモくんの話は飛躍し過ぎていて理解できないことがある。説明が下手な人なのだ。彼の常識が全員の常識だと思わないでほしい。
(どういう意味ですか、いきなりリーダーって……。俺、そんな柄じゃありませんけど)
俺も心の中で呼びかける。
(本来、神様の心臓に異能は存在しない。心臓に癌ができにくいのと同じだね。稀に現れることもあるけれど、神様の生命力に押されて普通の細胞に変えられてしまうんだ)
(……それで? 俺に何をしろと)
嫌な予感が現実になっていく胸騒ぎを抑えきれず、食い気味に聞いた。
(神様と戦ってくれないか)




