シナプス
久しぶりの出社だ。
約二週間ぶりか。今回は社長の依頼で、表向きは出張という形だったので、給料が振り込まれたから良かった。バイトが出張とは珍しいな、という顔をする社員もチラホラいたが、どうだっていい。
残高にはほとんど余裕がない。まあ、ずっと仕事をフラフラしてきた人間は、たいていこんなもんだ。
八時前にオフィスに着いた。
誰もいないだろうと思って足を踏み入れ、心臓が止まりそうになった。
ネイル女、改めサギヌマさんがいたからだ。
自席に座って足を組み、俺がドアが開いた瞬間、こちらを振り返った。
「よっしぃ……」
嬉し泣きのような、初めて見る彼女の表情だ。
あの無気力で嫌味な女はどこに行った。
「あの――早いですね」
いつもと違う様子に戸惑って、むしろなんの面白味もない台詞しか出てこない。
「よっしーを待ってたんだよ。今日戻って来なかったらどうしようって」
いつもの口調に少しだけ、俺も気持ちが落ち着いてきた。
「言ったじゃないですか、出張だったって。それよりサギヌマさんの方こそ、知っていて隠していたなんて、人が悪いな」
「よっしーを守るためよ。結局失敗してしまったけど」
悪びれる様子もないのは、いつものネイル女だ。
「ねえ、よっしー。少しカフェに行かない? 下の階のネイチャーカフェ、八時からオープンしてる。今なら空いてるよ。話を聞かせてよ」
そう言った彼女は、スマホだけを手に、今俺が入ってきたばかりのドアを出た。
「少し長くなるかもしれませんよ」
エレベーターの中でそう断った。始業時間に遅れて、俺のせいにされても困る。
「構わないわよ。先週、社長が失踪したってわかってから、会社はそれどころじゃないから。まあ、表向きには長期休暇ってことになってるけど、平社員にだって知れ渡ってる。殺されたんじゃないかなんて噂も流れてるし。部長たちも朝から会議。在宅勤務の人も多いから、誰もわたしたちのことなんて気に留めないわ」
俺のいない間にそんなことになっていたか。予想はしていたけど、社長のカリスマ性だけでもっていたベンチャー企業だ。
この先どうなってしまうんだろう。俺もそろそろ、腰を落ち着けて働くことを――そして人間関係を築くことを、考える時かもしれない。




