わたしの息子
おじいちゃんはそう言ったのに、わたしの息子には顔がなかった。おじいちゃんの嘘つき——。しかし同時に、わたし達親子には希望もありました。
わたしはこの子に顔をあげられる。
親としてできる、せめてものことです。
少しの躊躇いもない。ただ、おじいちゃんが顔を得たのは、四歳頃です。
少なくとも、この子自身が自分の置かれた環境や言葉を理解できる年齢になるまで待たなければ。そう、おじいちゃんと同じ、四歳になるまで待とう、そう思いました。
姉は、わたしと息子のために、すぐにホテルを取ってくれました。
電話ではやり過ごせても、いずれ夫は自分の目で確かめるため、姉の家を訪ねてくるに違いありません。
その前に身を隠さなければ。しかし、いくら手のかからない子とは言え、赤ん坊といつまでもホテルに滞在しているわけにはいきません。
なんと、義兄が自分の所有する小さな家——ほとんど小屋と言ってもいいほど古くて小さかったですが——を貸すと申し出てくれました。
すぐに使えるような代物ではないので、一ヶ月ほどくれと言われましたが、わたしには願ってもいない救いの手でした。
義兄が慌てて止めるほど、床に額をこすりつけてお礼を言いました。
それからの四年間、奇跡的に誰にも居場所を知られずに生きていくことができたのは、彼のおかげです。
わたしとこの子は行方不明者扱い——どころか、わたしに至っては子どもを勝手に病院から連れ去った連れ去り犯になっていてもおかしくありませんでした。
当時のわたしは、テレビも新聞も、どんなニュースも怖くて避けていました。なので、姉から聞く情報だけが、外の世界を知る唯一の手だてだったのです。
ほどなく、義兄の用意してくれたワンルームへ移り住みました。
海に面した、大きさで言えば確かに小屋でしたが、それでも親子二人には十分でした。
暖房やカーテン、冷蔵庫や電子レンジなどの家具家電から、食器や布団も揃っていました。
「間に合わせのものでごめんなさいね」
姉はそう言いましたが、有難くて涙が出ました。
「お姉ちゃん……迷惑かけてごめんね……」
わたしの肩をそっと抱き、姉は意外なことを口にしました。
「わたしも、おじいちゃんから『件の鳥』の話を聞いたことがあるの。あなたの子は——やっくんは、わたしの分まで呪いを背負ってくれたんだと思ってる。だから、できるだけのことはさせて」
「お姉ちゃん……」
姉が子どものできない体質だったのか、『件の鳥』の呪いを恐れて、敢えて産むのを避けてきたのか、聞くことはしませんでした。
しかし、この時には決めていたのです。
わたしがこの子に顔を与えた後——わたしがいなくなった後は、この子を姉に預けようと。
それからの四年間は夢のようでした。
決して、わたしが不幸だったと思わないで欲しい。
わたしはあなたと過ごすことで、百年かけても得られない幸せを手にしました。
そして、顔を渡せることを誇りに思います。おじいちゃんのお父さんのように。
最後に一つだけ、あなたに注意しておきたいことがあります。
おじいちゃんの故郷の町の南西にある小さな島——。
あそこには、間違っても近寄ってはいけません。
おじいちゃんは、その島が『件の鳥』の住処であることを突き止めていました。
その鳥が、『異能』と呼ばれる力を取り去れることも。そもそも異能は、鳥が命を奪い損ねた子どもに宿るのです。鳥は胎児の段階でしか命を奪えない。一方で、鳥と接触した胎児がこの世に産まれ出た時には、不思議な力が宿るのです。鳥の力の一部が残ってしまうのではないかと、おじいちゃんは推測していました。
おじいちゃんは亡くなる直前に、突き止めていました。
あの鳥は世界中を旅する渡り鳥。この国で拠点にしている場所は、おじいちゃんの故郷の港町から南西約50キロの距離にある、億翼島だと。




