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花咲くわたしと意地悪な婚約者  作者: はねる朱色


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32.裏側

 深々と頭を下げた焚を横目に、芽繰は必死に唇の裏を噛んでいた。

 理由は簡単。そうしないと、笑ってしまいそうだったからだ。


静芽(しずめ)が、わたしのためになんでもできるって証明してみせてよ、信じさせてよって。……どうしよう」


 焚が芽繰に相談してきたのは、去年のこと。

 芽繰の姉、三箇静芽は、千住焚の婚約者だ。そして、梅のブルームでもあり——芽繰にとっての疫病神、世界で一番嫌いな人間だった。

 ただ、梅のブルームであったのは過去の話。焚から相談されたときに、姉がブルームの象徴である花を枯らしてしまったことも知らされた。

 ——こんなに嬉しい知らせも、滅多にないだろう。

 あのときも、笑ってしまわないように頬の内側を噛んでいたっけ、と芽繰は懐かしくなる。

 もともと芽繰は、姉がブルームに覚醒するより前に、ガーデナーとブルームのことを知っていた。正月とお盆休みにだけ会える、花の咲いた従姉妹のお姉ちゃん。婚約者は王子様みたいにかっこいい人で、まるでメルヘンなおとぎ話が目の前で繰り広げられているみたいで——幼ながらに、憧れたのだ。

 ブルームはみな、花絆学園という学校に通うらしい。ブルームへの憧れは、花絆学園への入学意欲へとつながった。

 もちろん年齢が二桁にもなるころには、花絆学園に入学したからってブルームになれるわけではないことは理解していたが、それでも中等部受験合格の目標を取り下げることはしなかった。

 その憧れ、その思いは、姉の静芽も抱えているようだった。しかし昔から、姉は不器用で、要領が悪く、気が弱く——中学受験では、筆記も面接もボロボロだったそうだ。

 対して芽繰は、神童ともてはやされる程度には、頭がよかった。継続的な努力も得意。性格も人を引っ張って行けるリーダータイプ。親含め親族一同からは、蝶よ花よとかわいがられて育った自覚がある。

 家族たちの期待を背負って挑んだ中学受験。芽繰は見事合格を勝ち取ってみせた。

 自分は特別なのだと、そう信じ切っていた。

 才能に胡坐をかかず、必死に勉強して、小学校では児童会にも所属し、積極的に先生やクラスメイトとも交流して、努力して努力して努力して——努力した受験から半年も経たずに。姉が、花絆学園に転入した。ブルームになって。

 それまでのすべてが、瓦解したような気分だった。

 芽繰が中一のとき、姉は中三。花絆学園への入学が諦めきれず、姉は高校受験を受けようとしていたけれど、成績的に厳しいから志望校を変えた方がいいと言われている——そんな話を、母親からそれとなく聞いたばかりだったのに。

 姉は受験することもなく、ただただランダムで選出されるブルームの座に、見事収まってしまったのだ。

 そしてさらにショックだったのは、それまで芽繰を褒めたたえていた親と親戚が、手のひらを返したように姉ばかりを褒めるようになったことだった。

 難関校であるがゆえに、芽繰よりも才能を持ったガーデナーがいるがゆえに、花絆学園の定期テストでは上位十位にも入れない。学級委員にも立候補したけれど、大壇四季音に負けた。小学校までと比べると、なんとなくパッとしない。きっと周りには、そう見えたのだろう。

 そこに降って湧いたのが、近親者二人目のブルームの誕生だ。目がそちらに向くのはわからなくもない、けれど。


「すごいわ、静芽ちゃん!」

「さすがだなぁ。いやー、我々も鼻が高い」


 ——なんて言葉を姉に言うのは、なんなの?

 ブルームになったのは、姉の力じゃない。すごいのは、姉じゃない。実力勝負なら、あらゆる面でわたしの方が勝っているのに。

 芽繰は、姉が嫌いになった。


「これからよろしくね……なんて言うのも、ちょっと恥ずかしいな」


 そう言ってきた、いままでなんとも思っていなかったクラスメイト——姉の婚約者も嫌いになった。

 芽繰が中学三年生になって、ぽつぽつとクラスに転入してくるブルームたち。彼女らも嫌い。

「申し訳ございません。責務を押しつけるような形になってしまい……」と副委員長の肩書を下げ渡してきた四季音も嫌い。

 そして、自分が15歳の誕生日を迎えて、ブルームになれなかった落胆がまざって姉とガーデナーとブルームへの嫌悪感が最高潮になったタイミング。——そんな最悪真っ只中で、最高なことが起こった。


「静芽が……静芽の花が、枯れ落ちてしまったんだ……」


 数日学校を休んだ焚に呼び出されたかと思ったら、これだ。

 こんなに嬉しくて、こんなに最高な気分になったのは、受験合格のとき以来だった。

 現在の姉は、公にはただの不登校。原因は、婚約者との些細な喧嘩によるすれ違い。

 少し花が萎れているから、元気になるまではそっとしておいてあげてほしい——なんて、学園内の梅の一族の手駒を総動員し、管理機関すらも欺いていたわけだが、ここ最近は管理機関も疑念を抱き始めたのか、焚に新たな婚約者——アネモネのブルームを薦めたりしているらしい。

 ——もう本当に、ざまぁみろ。

 できれば面と向かってそう言ってやりたかったが、姉は自室に引きこもり、だれも部屋に入れず、焚とすらメッセージでしか会話してくれないのだそうだ。

 花が枯れた本当の原因は、ストレス。気が弱い姉は、ブルームではないクラスメイトから『ブス』だとか『デブ』だとか強い言葉を投げつけられたらしく、過度なダイエットに挑んで体調を崩し、ついでに心も崩した。

 そしていまもまだ心は崩れたままで——というより、ブルームではなくなったことでさらに病んだようで、婚約者である焚に対して試し行動のようなことを繰り返しているそうだ。

 ブルームではない自分のことも好きでいてくれるのか。どこまで言うことを聞いてくれるのか。どんなことをしても嫌いにならないでいてくれるのか——なんて、馬鹿みたい。

 侵入者の手引きも、薬の混入も、焚ではなくすべて姉の提案。姉が焚に出した試験。元凶は姉。

 だから、焚に相談されたとき、芽繰はわたしも協力すると優しく言ってあげたのだ。「お姉ちゃんと焚がずっと一緒にいられるように」と。弱っている焚の背中を、優しく押してあげたのだ。

 ——さて、ここまではうまくことが進んでいる。あとは、姉のことをどう切り出すか、だ。

 焚の実家は捜査されるという話が出たが、焚の婚約者については触れられなかった。

 ブルームは甘やかされているから——元ブルームではあるけれど、共犯の可能性があっても保護の方向に動くのかもしれない。けれど、そんなのは許せない。そんなんじゃ、協力までしてやった意味がない。なんなら、姉が一番の悪人だということにした方が、気持ちいいに決まっているのだから。

 周りを巻き込んで、できるだけ被害を大きくして、姉も焚もとことんまで堕ちればいい。破滅すればいい。

 ただ、いまの芽繰は、姉が事件に関わっているなんて知らないことになっている。あくまでも、焚の嘘で薬入りの水を配り歩くことになってしまっただけ。嘘にだまされた被害者であって協力者ではない、という立場からはみ出るわけにはいかない。

 捜査の途中でうまく姉を釣りあげてくれれば……そして、学園が姉の所業に目をつぶるなんてことしなければ……とも考えるが、楽観的な思考もほどほどにすべきだろう。やはり、駄目押しの一手は打っておいた方がいい。

 たとえば、薬のこと。これなんか暴露にちょうどいいかもしれない。

 カレーに混ぜられたのも、ペットボトルに混ぜられたのも、姉に処方されていたものだ。花が枯れ落ちたことを知らない医師が、引きこもっている婚約者に飲ませるよう焚へと与えていた薬。

 当然、履歴が残っているのだから、ちょっと調べれば焚が——そして姉が容疑者になることは簡単に予見できる。実際、噂だと、あやめとその婚約者も容疑者一歩手前までいったらしい。

 だから、こう言ってみるのだ。


 ——焚はお姉ちゃんのこと、すごく愛しているはずです。そんな焚が、愛している人の薬を使って、愛している人を巻き込むような作戦、自分から言い出すでしょうか? ……もしかすると、発案者はお姉ちゃんかもしれません。


 いや……最後の一文は露骨すぎるか。

 でもとにかく、これに類似するようなことを、是橋直護と照沼時雨の前で言いたい。だって、敵に手心を加えるようなふたりではないから。さらに言うなら、是橋の家、薔薇の一族は、梅よりも強い権力を有しているからだ。

 姉が首謀者だと確信したならば、梅の一族や管理機関が口を挟んできたとしても、きっちり姉を追い詰めてくれるはず。というか、そうしてくれないと困る。毎度毎度、実乃を被害者枠に収めたのは、権力者である自覚の薄い権力者だったからだ。ちょっと親切にすればコロッと懐く——そんな人間だったから、あまりにもちょうどよかった。

 言うタイミングは、焚が連行されたあと。口を挟まれて邪魔されたくはないし、カウンターでこちらのことまで暴露されても困る。

 早く。自白したんだから、早く焚を連れて行け——芽繰がそう願っていると。


「あ。てことはさ、やっぱり——」


 採血の準備をしている女医の横で、間抜け顔の実乃が口を開いた。

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