31.保健室
保健室までお姫様だっこ状態で運ばれたわたしは、きっといい見世物になっていたことだろう。
かなりのスピードで情報拡散されたようで、わたしたちの保健室到着と同時に、わたしと直護くんの鞄を持った時雨くんも保健室に到着。通知音が鳴りまくるスマホを受け取ると、四季音ちゃんやあやめちゃん、手鞠ちゃんから怒涛のメッセージが届いていた。
「めちゃめちゃ心配されてる……」
「無事なことだけ返信したら、一旦スマホは置いておこうね。直護も気が気じゃないみたいだから」
中世貴族風衣装の時雨くんが言った。
無人の保健室のベッドにおろされたわたしは、直護くんを見る。
体温計、錠剤、液体の入った瓶、そして錠剤、錠剤、粉薬。棚を勝手に物色し様々なものを取り出していく直護くんは、思いのほか険しい顔をしていた。
しかしわたしと目が合うと、一変して微笑みを見せる。……安心させようとしてくれているのかもしれないけど、直護くんが普段するタイプの微笑み方じゃなくて、ちょっと違和感だ。
「横になってなくて大丈夫か?」
「うーん……じゃあ、ちょっとだけ。あ、お布団は暑いからいらない」
「はいよ、隣に退けとく。それと、体温測っとけ」
「熱はない気がする……」
「いいから」
体温計を握らされ、ベッドカーテンを閉められる。
仕方なく、わたしは開いている胸元から体温計を差し込み、脇に挟むことにした。
「あ。ブルーム専門医出張、ひとり確保できたって」
「連絡任せて悪いな。教師たちの方はどうだ?」
カーテンの向こうから、直護くんと時雨くんの会話が聞こえてくる。
「バタバタしてるみたいだね。文化祭を中止にしない方向に持っていきたいようだから、根回しだのなんだの大変そう」
「へえ。ま、大多数のブルームの楽しみを奪うっつーのは、学園の嫌がりそうなところではあるか」
「でも、ほら。ここまでは自分たちでも調べたみたい。たぶんすぐに連れて来れると思うけど……どうする?」
「あー……どうすっかな。それちょっと貸してくれ」
「はい。ここから下が一番めぼしい情報。これは返答待ちね。そのまま直接やりとりしてくれてもいいよ」
そこから先の会話は、ほとんど聞き取れなくなった。時折ぼそぼそと声は聞こえるけれど、音量が足りずにわたしの耳が拾いきれない。
ベッドに横になったまま、保健室の枕ってなんか独特なにおいがするな……なんてぼんやり考えていたら、体温計が鳴った。
すぐに直護くんがカーテンを開ける。
「何度だ?」
「んー、35度5分」
「低くない? 変なの飲んだせい?」
時雨くんもカーテンからひょっこりと顔を出す。
「もともとこれくらいだから、たぶん平気。……ていうか、体調悪くなったのも気のせいだったかも……? わりともうなんともない……」
「いまはなんともなくても寝てろ。少なくとも医者に診てもらうまではな」
「ホントに大丈夫な気がするんだけどな……。ペットボトルのも、べつに変なのが混ざってたわけじゃなかったのかもだし……」
「ふふふ。残念ながら、変なのが混ざってたのは確定みたいだよ」
「えっ」
「時雨」
咎めるような、直護くんの低い声が響く。時雨くんの心にはとくに響いていないらしく、普段通りの柔らかい笑顔を崩していないけれど。
「ダメだった? どうせいつかは知ることになるのに」
「体調が万全になってからでもいいだろ」
「でも実乃ちゃん本人は、いま不調なんて感じてないんでしょ。だよね?」
時雨くんから視線を送られ、わたしは上体を起こし何度も頷いた。
「わたし万全! だから聞きたい!」
「だから、本人がそう言ったとしても、医者が診るまではだな……」
直護くんは渋い顔をしている。またいつもの心配症が発動しているようだ。
「聞きたい聞きたい聞きたい! なんの話か知らないけど! 隠された方が気になるもん!」
「あー……」
「聞かせてくれなきゃ直護くんのこと無視するから!」
「できもしないこと言うんじゃねぇよ」
「うぐっ……」
——た、たしかに無視し続けるなんて難しそうだけど……すぐ頭からすっぽ抜けて自分から話しかけにいっちゃったりしそうだけど……。でも、できないと断言されるのは、それはそれでちょっと癪だな……!
わたしが言葉に詰まっていると、「はあぁ……」と大きくため息をついた直護くんが、わたしの頭に手を置いた。
「……一緒に聞かせてやるから、ちゃんと横になっておとなしくしてろ」
「ホント!? やった!」
「おとなしく」
「はいっ」
両手をあげて喜びたかったところだが、わたしはおとなしくベッドに横たわる。
再度、直護くんが大きなため息をついて、時雨くんは楽しそうに笑っていた。
そうしてしばらくおとなしくしていると、保健室の扉がノックされる。
「はいはーい」
時雨くんが扉を開けると、ぞろぞろと大人たちが入室してきた。
「こんにちは。わたしのこと、覚えていらっしゃいますでしょうか」
「あ……入院したときの」
ひとりは、わたしも知っている女医さんだった。助手なのか看護師さんなのか、彼女のうしろで会釈する女性もいる。
「ええ、お久しぶりです。自力でお体を起こすこと、できそうですか? 少しでもつらいようであれば仰ってください」
「大丈夫です。もうほとんど気持ち悪いのなくなってて——」
体を起こして、わたしは自分の感じた不調と、いまはなんともないことを伝える。
女医さんは優しく相槌を打って、「安心のために、検査だけさせてくださいね。まずは血圧からよろしいですか?」とこれまた優しく尋ねてきたので、わたしはもちろん頷いて手を差し出した。
女医さんたちが道具を取り出したり、器具をわたしに装着したりしている間、わたしは直護くんたちと対峙している大人たちへ目を向ける。
ほとんどは教師。残りはボディーガード然とした体格のいい男性たち。
そして、彼らの大きな体に隠れるようにして、よく知る顔の生徒が立っていることに気づく。
「芽繰ちゃん……千住くん……」
猫耳カチューシャがなくなっている芽繰ちゃんと、仮装もなにもしていない制服のままの千住くん。
ふたりはそろってうつむいており、どんな表情をしているかはうかがえない。
「先に弁明というか……一応、言っておきたいのですが」
まず前に出たのは、わたしたちの担任だ。教師陣も仮装推奨となっていたため、ミイラ男っぽく包帯をぐるぐる巻きにしているのが、なんともこの重い雰囲気にそぐわない。
「私は飲み物の差し入れなど用意していません。教室に置かれていたぶんも、副委員長が配っていたぶんも、私は関与していない。実際、教室へ水を運んだのが私でないことは、ほかの先生方が防犯カメラで確認済みです。もちろん副委員長へも、配って回ってほしいなどという指示はしていません」
「…………わたしは」
芽繰ちゃんが呟いた。けれどすぐに口を閉ざし、そっと千住くんの方に顔を向けてから、またうつむいてしまう。
そして今度は、千住くんが口を開いた。
「自分が……やりました」
しん、と数秒沈黙が続く。
それを破ったのは、女医さんの優しい声だ。
「はい、血圧は正常ですね。よかったです。次は触診していくので、痛いところがあったらすぐに仰ってください」
「え、あ、はい」
こんな状況で血圧正常って……わたし、自分が思っている以上に図太いな。直護くんが怒っているのが、背中からも伝わってきてるっていうのに。
「やったってなにをだ? 自分の口で、さっさと全部言えよ」
あまりにも威圧感のある声に、先生たちの数人がたじろぐ。
先生たちはなにも悪いことしてないだろうに哀れ……とも思ったが、もしかしたら監督不行き届き的な責任があるのかもしれないと思い直す。
対して、千住くんがたじろいだような様子はない。ただ、いつもよりもさらに顔色が悪そうには見えるけれど。
「水を教室に運んで……薬を混ぜたものを、先生からの差し入れだって騙して芽繰ちゃんに渡した。……それと、甘楽さんを社会科室に閉じ込めた」
「動機は」
「…………きみたちが、羨ましくて」
「違うだろ。くだらねぇ嘘つくんじゃねぇよ」
吐き捨てるように直護くんが言う。
千住くんは以前、わたしに対して『羨ましい』と告げたことがある。あのとき、わたしは嘘を言われたようには感じなかった。けれど直護くんは、強い確信を持っているかのように千住くんの言葉を否定した。
千住くんは黙り込み、わずかに瞳を揺らす。
直護くんはそれをもどかしく思ったのか、腹立たしく思ったのか、千住くんの方へと一歩踏み出した。
だが、それ以上進む前に、教師陣——教頭先生が片手を挙げて、直護くんを制止する。
「学園側は、たびたび起こっている今年の事件に関して、調査を続行しておりました」
教頭先生は、千住くんと向かい合うようにして話し始めた。
「まだ断定まではできない状態だったため、事の仔細は伏せさせていただいておりましたが……女子寮への侵入事件、そしてキャンプでの薬物混入事件……そのどちらもの容疑者として、千住焚の名前が挙がっております」
「えっ」
水を差してしまう形で声を出してしまって、慌てて口を閉じる。
侵入事件や薬物混入事件——あれらの被害者は、わたしだけではない。知っている限りでも、わたしよりあやめちゃんの方がダメージを受けていたくらいだ。たしかに、わたしたちのことが羨ましいという動機は、いさかか無理があるように思える。
教頭先生は一瞬だけわたしに視線を向けたが、すぐに話を続けた。
「そんな状況下での、今回の事件です。三件とも多かれ少なかれキミの名前が出るというのは、ただの偶然では片づけられません。是橋くんと照沼くんから連絡を受け、教室に水を運び入れるキミを防犯カメラで確認した時点で、各所に通達済みです。梅の本家——キミのご家族にも、本格的な捜査の手がすでに伸びていることでしょう」
千住くんの手が、拳を握りしめるようにして震えた。わたしでも察することができるくらいの動揺——家族を巻き込んだことへの後悔とかだろうか。
ゆっくりと、細く長く息を吐いてから、千住くんが口を開く。
「侵入者の手引きも、カレーに薬を混ぜたのも自分です」
震えていた手とは裏腹に、それは意外なほどしっかりとした口調だった。
「全部自分がやりました。申し訳ありませんでした」




