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花咲くわたしと意地悪な婚約者  作者: はねる朱色


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30.社会科室

 芽繰ちゃんに高等部校舎の玄関まで送ってもらい、校舎内では警備員さんもとやかく言わないからひとりで社会科室へと向かっていたわたしは、またしてもクラスメイトと遭遇した。


「なんでこっちにいるの?」

「冬優ちゃんこそ、どうしてこっちに? 教室と全然方向違うけど……」

「先にわたしが質問してるんだけど」


 そう言って睨んできた冬優ちゃんは、ゴスロリのふりふりふわふわ衣装を着ている。たしか冬優ちゃんの仲良しグループは、みんなゴスロリで揃えていたはずだ。

 メイクもいつも以上に気合いが入っていて、お人形さんのようにかわいらしい。


「わたしは社会科室に……えっと、直護くんがいるって」


 だた、わたしが直護くんの名前を出した瞬間、冬優ちゃんはそのかわいらしいお顔を歪めた。

 わたしたちがふたりきりになることを察して、不機嫌になってしまった——のかと思いきや。


「是橋くん、お手洗い行ったあとそのまま茶道部のところに行くって言ってた気がしたけど」

「え、そうなの?」

「……盗み聞きだから、違うかも。スマホは?」

「教室の鞄の中……」


 わたしの現在の所持品は、ハンカチと芽繰ちゃんから受け取ったペットボトルだけだ。


「持ち歩きなよ、校則でいいってことになってるんだから。馬鹿じゃないの?」

「はう……!」

「はあ……」


 わたしがトキメキで胸を押さえると、冬優ちゃんがため息をつく。いやだって、冷たい声で『馬鹿』なんて言うから、つい……。

 咳ばらいをして、気持ちを切り替える。


「スマホはお店やってるとき触れないし、一回教室に戻るつもりだったから、いいかなって思ったんだもん。それで、冬優ちゃんはなんでこっち側に?」

「…………写真部目当て」

「へー。写真、好きなの?」

「ふーん……知らないんだ?」

「なにが?」


 冬優ちゃんは顎に手を添える。そしてそのまま口を閉ざしてしまった。


「えっ。黙られると余計気になるよ。なになに?」


 そう尋ねても、冬優ちゃんはさらに十数秒ほどだんまりを続ける。

 けれど結局、教えてくれることにしたようだ。


「写真部は高等部以外の子もいるけど、ここで展示されてるのは高等部関連のものが映ってる写真ばっかりなはずで」

「うん」

「見栄えがいいから……その……ガーデナーかブルームが被写体になってることが多くて……」


 そういえば、と思い出す。

 あまり気に留めたこともなかったけれど、よく隣のクラスの写真部の子が、うちのクラスの風景写真を撮りに来ていたような。教室なんてどこも一緒だろうと思っていたが、あれか。ガーデナーとブルームは一クラスにまとめられていて、隣のクラスにはいないからか。

 きっと、ほかにも風景写真と称してガーデナーやブルームを映り込ませていることもあるのだろう。そして、冬優ちゃんがわざわざひとりでその写真を見に行くとなれば、当然そこに映っている可能性があるのは。


「まさか」

「そ、そういうことだから。べつにいいでしょ、写真を見に行くくらいは。文句は受け付けないから」

「えーっ! わたしも見たーい!」

「チッ。……あなたは見に行かなくたって、いつでも見られるくせに」

「展示系って社会科室の手前の教室でしょ? だったらちょうどいいし、ついでに見てく! 一緒に行こ!」

「はあ? 冗談、なんで——————……うん、いいよ。行こっか」

「お?」


 突然、冬優ちゃんがにっこりと笑った。ただし、めちゃくちゃ作り笑い、といった表情ではあるが。


「ほら。行くって決めたんだから、はやく」


 さらに冬優ちゃんは、わたしの手を取って引っ張るではないか。ちょっと引っ張る力は強いけれど、傍から見たら手を繋いでいるも同然だ。


「ど、どうしたの、急に。いや、嬉しいんだけどね」

「……一緒にこうしてるとこを是橋くんが見かけたら、仲良しって思われるかなって」

「おー、なるほどぉ……」


 ぐいぐい、ぐいぐいと冬優ちゃんはわたしを引っ張っていく。

 うーむ。仲良しって思ってもらいたいなら、もっと優しく、隣に並び立つ感じで手を繋いだ方がいいと思うけど……まあ、ちょっと痛いくらいに引っ張られた方がドキドキするから、それは言わなくていっか。

 そうしてわたしは黙ったまま、なすがままに引っ張られていたのだけれど。


「あれっ」


 さすがに、冬優ちゃんが写真部の展示エリアを素通りしたときには、声をあげてしまった。


「ま、待って、冬優ちゃん。いまの教室、写真いっぱいあったよ」

「なに言ってるの」


 振り返りざま、またしても冬優ちゃんに睨まれる。


「先に是橋くんでしょ。社会科室でもう待ってるかもしれないんだから」

「あ、そっか」

「ひどい婚約者。人を待たせたまま、自分は写真を楽しむつもりだったなんて……フラれちゃえばいいのに」

「冬優ちゃんもひどい!」


 そういうところが好き……! ——とは言葉にしていないのに、冬優ちゃんから舌打ちされてしまった。

 そんなこんなで社会科室前にたどり着いたわたしたち。扉を開ける前にひと呼吸おき、冬優ちゃんはわたしの腕に腕を絡めて、ぴたりと寄り添ってきた。


「やりすぎじゃない?」

「うるさい。黙って。聞かれたらどうするの。わたしも笑顔でいるから、あなたもいつも通りへらへらしてて。……開けるよ」


 なんだか非常に緊張した笑顔を貼りつけて、冬優ちゃんは戸を引いた。

 社会科室のなかは、すでに明かりがついていた。けれどほかの教室の机やイスなどが積み上げられているせいか、どことなく薄暗い印象を受ける。


「直護くーん」


 返事はない。ぱっと見では、直護くんの姿もない。

 わたしたちは腕を組んだまま社会科室に足を踏み入れる。直護くんは見当たらないけれど、冬優ちゃんはまだ緊張を解いていないようだ。

 ただし笑顔は取り払われ、眉間にはわずかにシワが寄っていた。


「ねえ、ほんとにここでランチするの? ちょっと埃っぽくない?」

「そ? 物は多いけど、文化祭準備でいろいろ動かしたあとだから、そんなに埃たまってないんじゃない?」

「でも……ねえやっぱり、あなたは一回、部室棟に戻ったら?」


 そう、冬優ちゃんが言った瞬間だ。

 ——ガラガラ。ガチャン。

 音を立てて、扉が閉まった。


「え?」


 わたしも冬優ちゃんも、しばらくぽかんと扉を見つめる。

 それから冬優ちゃんが腕を解き、飛びつくように扉に手をかけた。


「は? は? なにこれっ」


 冬優ちゃんは思いきり扉を引いている。けれど、一向に開かない。


「鍵かけられちゃったんじゃ——」


 言いながら、わたしは内鍵に手を伸ばした。くるん、とあっけなく動くその感触は——空回り。


「あ、あれっ?」

「ちょっとどいて!」


 わたしの手を払うようにして、冬優ちゃんも内鍵を摘まむ。だが、結果はわたしと同じだったようだ。


「なんっ……なんなの!? 壊れてんの!? は? じゃあなんで外から鍵かけれてるのよ!」


 出入口はこの一か所だけ。つまりわたしたちは、部屋から出られなくなってしまったというわけだ。


「これってもしかして……嫌がらせされた感じ?」

「もしかしなくてもそうでしょ! ボケてるの!? それとも嫌がらせされて嬉しいとか気持ち悪いこと言うつもり!?」

「い、言わないよ、さすがに!」


 そこまで節操なしじゃない。冬優ちゃんも嫌な思いしてるし、それになにより、だれかもわからない人から閉じ込められたって、だれに対してトキメキを感じればいいのかわからないではないか。


「ふーん……? いまいち信じられないけど……まあ、そんなことはいっか。それより本当にだれよ、鍵を閉めた馬鹿は。心当たりある?」


 冬優ちゃんは開く気配のない扉を諦めたのか、窓の方へと向かう。


「わかんない……。冬優ちゃんは?」

「前だったら、あなたって答えたけど」

「ええっ!?」


 カーテンを開けた冬優ちゃんは、ため息をつく。

 ここは三階だ。窓は開けられるだろうが、外に出られる高さではない。


「だって、わたしが露骨に嫌ってたのってあなただけだし。こんな稚拙な嫌がらせしてくる馬鹿も、あなたくらいしか思いつかないし」

「わたし、人に嫌われたくらいでこんなことしないよ! 冬優ちゃんを閉じ込めたって、なんにも意味ないもん!」

「そう。そうなんだよね。本当になにがしたいんだか。いまどき閉じ込めたってさ——」


 冬優ちゃんが、何層か重なっているゴスロリのふりふりスカートに手を突っ込む。そしてそこから、スマホを取り出した。


「こうして簡単に連絡とれるのに。あなたみたいな馬鹿はともかく」

「それ、スカートどうなってるの? ポケット? 触っていい?」

「やめて。————ん、既読ついた。あなたも一緒って言っといたから、是橋くんにも伝わるんじゃない?」

「わ、さすが! ありがとう!」


 これでひと安心だ。

 冬優ちゃんが積み上げられていたイスをひとつ取って座ったので、わたしもそれに倣って腰を下ろす。


「せっかくの文化祭だし、まだ一日目の半分だし、あんまり大事にならないといいけど」


 わたしは何気なくペットボトルを開け、水を飲む。

 しかし嚥下する途中で、ものすごく怪訝な顔をした冬優ちゃんがこちらを凝視しているのに気づき、思わずむせそうになった。


「な、なに?」

「…………その水、なんか濁ってない?」

「え、そう?」


 わたしはペットボトルを眺める。しかし、いまいちわからない。


「貸して!」

「わっ」


 こぼれそうになるのも構わず、冬優ちゃんはわたしからペットボトルを奪い取った。そして、窓から差し込む日にかざす。……たしかに、ちらちらと白い粉が舞っているように見えた。


「でもこれ、先生からの差し入れだって。未開封だったし……」

「わたしも教室でもらったけど、こんな濁り方してなかった。それに、未開封に見せかける方法がないわけないでしょ。手品でも使われてるような手法があるんだから、絶対安全とは言い切れない」


 冬優ちゃんはペットボトルを振ってみたり、においを嗅いでみたり、粉のようなものをまじまじと観察している。

 それを見ていると、わたしの胸にも不安が湧いてきた。


「け、けっこう飲んじゃった……。まずいかな……?」

「教室で受け取ったわけじゃないよね。だれからもらったの」

「え……芽繰ちゃん、だけど……」

「副委員長……」


 険しい顔で考え込む冬優ちゃんは、「なくはない」「そう仮定するなら」とぶつぶつ口を動かす。


「い、いやでも、芽繰ちゃんがなにかするわけないし」

「……わたしが前に言ったこと、忘れたの?」

「え?」

「ブルームとガーデナーの制度のこと、好意的に思ってる人ばっかりじゃないって。とくにわたしたちみたいな一般生徒からすれば、努力も才能もなく学園からちやほやされてるブルームは、多かれ少なかれ思うところがあるに決まってるでしょ」

「…………じゃあ、芽繰ちゃんも?」

「それは知らない。副委員長は面倒見いいし、だれとでもそれなりに話すけど、そういう踏み込んだ話は避けがちなタイプだから」


 ……本当に、芽繰ちゃんが水になにかを混ぜたのだろうか。さっきの芽繰ちゃんに違和感がなかったか、必死に思い出す。

 冬優ちゃんも、友達が助けに来てくれるのを待つ間、いろいろと考えを巡らせてくれているようだ。

 受験を乗り越えてこの学園に入学している以上、冬優ちゃんもかなり頭がいいのだろう。わたしでは及ぶべくもない推察を、頭のなかで展開しているのだと思われる。

 けれどそんな冬優ちゃんには申し訳ないが、少しずつ時間が経つにつれ、わたしは記憶のなかの芽繰ちゃんではなく、自分自身に違和感を抱きはじめた。


「あ、あの……冬優ちゃん……」

「なに?」

「なんか入ってるかもと思ったら、気分悪くなってきた、かも……」

「…………はあ!?」


 気のせい……ならいいんだけど、胸のあたりがむかむかぐるぐるしてきたような。

 冬優ちゃんが、ぎょっとした顔で駆け寄ってくる。


「このまま倒れて、キャンプのときみたいに目を覚まさないなんてやめてよ!? こんな状況じゃ、わたしがなにかしたみたいに見えるでしょ! 吐きなさい、いますぐ!」

「そ、そんなこと言われても……。うー……きもちわるい……」

「だから吐きなさいって! その高そうな服汚したくないなら、わたしの服に吐いていいから!」

「よ、余計にむり……。でもごめん……ちょっと横になりたい……」

「じゃあほら、頭乗せて!」


 誘導されるまま、わたしは床に座った冬優ちゃんに膝枕してもらうことになった。

 少しでも症状を抑えようとわたしが深呼吸を繰り返している間、冬優ちゃんは「ああ、もう……早く来てよ、みんなぁ……!」と呟きながらスマホでメッセージを送り続けている。

 わたしも早くだれか来てほしい。苦しいときというのは、一分でも二分でも時間が長く感じるもの。たとえ五分で来てくれたとしても、体感三十分は苦しみに耐えなければ——と思っていたのだが。


「実乃!!」

「……あぇ?」

「えっ……! こ、是橋くん……!?」


 一分もかからずに、直護くんの声が扉の向こうから聞こえてきた。

 あまりにも早すぎて、わたしも冬優ちゃんも呆然だ。


「んだこれ、開かねぇ……!」


 ガタガタと揺れる以上の動きを見せない扉に、直護くんは苛立ちまじりの声をあげる。


「是橋くん、鍵が壊れててこっちからは開かないの! だから、そっち側から鍵で——」

「扉の近くにはいねぇよな?」

「——え? う、ん?」


 バァン! と、なにかが爆発したかのごとき音がした。実際には、直護くんが扉を蹴破った音である。


「実乃! 大丈夫か!?」


 直護くんはすぐさまわたしたちの横に膝をつき、わたしの頬やら首筋やらをペタペタと触り始める。


「顔色よくねぇな……。意識は? ちゃんと俺のこと認識できてるか?」

「だ、だいじょぶ……」


 正直びっくりしすぎて、気持ち悪さは吹っ飛んでしまった。いま感じている異変は、大きな音に対する心臓のドキドキくらいだ。

 しかしわたしの答えに納得いかなかったのか、冬優ちゃんから思いっきり睨まれてしまう。


「大丈夫じゃないでしょ、状況は正確に伝えなさいよ! 是橋くん、この子、なんか変なもの飲んでるかも」

「変なものだと?」

「これ。このペットボトル。薬みたいなのが入ってるように見えない? そのせいとは断定できないけど、実乃の体調が優れないみたいで」

「これに触ったやつは」

「実乃とわたし。それと副委員長は確定」

「わかった。こっちで預かる。……実乃、揺れるぞ」

「え————わわっ!?」


 冬優ちゃんからペットボトルを受け取った直護くんは、わたしの膝裏と背中に腕を回して立ち上がる。

 これって。これってこれって……!


「お姫様だっこだぁ!?」

「意外と元気そうな声でなにより。気分悪くなったらすぐ言えよ?」

「すごい! 高い! 初めてされた!」

「ハイハイ、高い高い。ほら、歩くぞ。ちゃんと肩なり服なり掴んどけ」

「えへーっ」


 ここぞとばかりに、わたしは直護くんの首に抱きつく。

 ただし、すぐに我に返った。理由は、社会科室前の廊下に人が集まってきていたからだ。ゴスロリを着た冬優ちゃんの友達も見える。ていうか、本当に人が多い。そして、全員の視線がわたしに集まっている。お姫様だっこをされているわたしに、だ。

 ————は、恥ずかしい……!

 家にいるときみたいなノリでやらかしてしまった。こんなの知られたら、あやめちゃんから絶対にからかわれる……!

 赤くなっているであろう顔を隠すべく、それと大衆の目を視界から追い出すために、わたしは直護くんの肩に顔を押しつける。

 でもこれはこれで、聴覚が研ぎ澄まされるというかなんというか。「なにがあったの?」「うわぁ、ラブラブー」「人前でよくやるわ……」など周りのひそひそ話を拾ってしまって、余計に居たたまれなくなる。

 それらの声をかき分けながら廊下へと出る直護くん。振動でその歩みを感じ取っていると、人混みを抜ける直前で直護くんが立ち止まった。


「祢宜田」

「えっ。は、はいっ!?」


 冬優ちゃんのひっくり返った声。名字を呼ばれただけなのに、すごく嬉しそうな色が乗っている。

 そんな冬優ちゃんには、続く直護くんの言葉が矢のように刺さったことだろう。


「助かった。ありがとな」

「にゃえ」


 変な鳴き声をこぼした冬優ちゃんは、どんな顔をしていたのか。あとになって、ちょっと見ておけばよかったと思った。

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