29.茶道部
「お願いします! オレと付き合ってくださいッ!」
「いやだ! 天花お姉ちゃんはボクと結婚するの!」
「あらら~」
茶道部の出し物は、和風喫茶だ。カフェスペースの一角に畳の小上がりを設け、部員が順番にそこでお抹茶を点てることになっている。
わたしはいまウェイター担当で、お抹茶以外の注文が入ったらキッチンから運ぶ係なのだが、問題がひとつ。
奥の席に甘味を運びに行った先輩——茶道部の三年生にしてアネモネのブルームである天花先輩が、ナンパというかプロポーズというか三角関係というか、とにかく修羅場っぽいことになっているのだ。
当の本人はのんびり「困っちゃったなぁ」なんて言っているが、これは助けに入った方がいいのかどうなのか。
「すみません、注文よろしいでしょうか」
悩んでいる間にも、ほかのお客さんから注文が入る。
茶道部は初等部や中等部の子たちも所属しているからか、あらゆる学年の生徒がこの喫茶店に顔を出してくれて、ありがたいことに大盛況なのだ。
「はーい————あれ?」
「ごきげんよう、実乃さん」
一番入り口に近い席。姿勢よく優雅に座っていたのは、真っ白なお着物を着た調先輩だった。
たしか、初めて会ったときも同じような服装をしていたような。そうなると、調先輩にとっての着物は仮装というより私服ってことになる気もするけど……まあ、そんなことよりも。
調先輩と同じ席には、男の人も座っている。同じく白の着物を着ていて、でも姿勢が猫背気味だからか、調先輩のような優雅さは欠片もない。アシンメトリーな前髪は右目を完全に隠しており、さらに眼鏡をかけているから視界に支障がありそうに見える。
「いらっしゃいませ、調先輩! もしかして、婚約者さんですか?」
わたしが男の人に目を向けると、彼はすばやくうつむいた。
「ええ、そうです。お名前は伝えていましたけれど、改めて。見留千賀士さんです」
「はじめまして、見留先輩! 甘楽実乃です」
「ヒィ……陽キャ女子……」
わたしはできるだけ愛想よく話しかけたつもりだったけれど、見留先輩は小さな悲鳴をあげて体を強張らせてしまった。
「陽キャではないと思いますよ?」
「ウッ……」
さらに話しかけてみても、なんだかダメそうな反応だ。
調先輩を見ると、仕方のない人ですね、と言わんばかりに苦笑している。
「ごめんなさい。千賀士さん、女性に対してはこのようになってしまいまして……」
「あー……ってことは、調先輩が嫌われてるって思ってたのって」
「嫌ってなんて! ……ない、デス……。ぉ…………っす…………」
勢いのいい声——だったのも束の間、急激にボリュームが下がって、見留先輩の言葉を聞き取れなくなる。
わたしが「え?」と首を傾げると、調先輩が代弁してくれた。
「大きな声を出してすみませんと申していますね」
「なるほど。いまのでわかるなんて、調先輩慣れてるというか……仲良くなれたんですね。よかったです!」
調先輩の長いまつ毛が、恥ずかしそうに伏せられる。
「そ、そうですね、おかげさまで。実乃さんには感謝しております。まだいろいろと慣れていただいている最中ですが——」
見留先輩の体が縮こまる。気まずい、肩身が狭いといったところだろうか。
すぐにその様子に気づいた調先輩は、小さく咳ばらいをした。
「まあ、そのようなお話は置いておいて。注文をしたいのですけれど」
「はいっ。では、ご注文どうぞ! ちなみに、わたしのおすすめは————」
わたしがメニューを指さそうとした、まさにその瞬間。
「天花さーん! 僕と! デートしましょう!」
開け放たれたままの入り口から、大声とともに男子生徒が飛び込んできた。
——また増えた。
思わず、ため息をつきそうになってしまう。
「天花お姉ちゃんは、お前とデートなんて行かない!」
「むむっ。またキミたちか。なんだね、もしや自分たちが選ばれるとでも? いいかい? 君たちガーデナーには君たちのブルームが現れるかもしれないだろう! ここはガーデナーでもなんでもないからこその僕が! 相応しいと思わないかね!」
うるさいなあ、と思うと同時に、調先輩が「騒がしいことですわね」と呟く。
「ごめんなさい。やっぱりあれ、止めた方がいいですよね?」
「いえ……大丈夫でしょう。彼女はああ見えて、とても強かな方ですもの」
そんな話をしているたった数秒の間に、いったいなにがあったのか。天花先輩がまとめて男性陣三人の手を引き、「好みのタイプ? うーん、わたしの名字と相性がいい人かなぁ?」という理解しがたい会話をしながら、ゆったりと廊下へと出て行った。
姿が見えなくなる最後の一瞬、こちらを振り返って口パクで恐らく『ごめんね』と言っていたので、きっとしばらく戻って来ないのだと思われる。
「おー……? 全員とデートするのかな? モテモテー……」
「あれは、モテモテとはまた違うと思いますよ」
調先輩が声を潜めるようにして言った。
「アネモネの家は、随分と前に断絶してしまっているのです。つまり、彼女と婚姻し第一子をもうけた男性が、実質的な次のアネモネ当主となります。彼らはそれを狙っているのでしょう」
「え……」
それ、天花先輩自身はどうでもいいってことにならない?
無意識に眉を寄せるなりしてしまっていたのか、調先輩が「そんな顔をせずとも大丈夫ですよ」と微笑んだ。
「強かな方だと言ったでしょう。ご家族や家業繁栄のため、自分の価値を最大限に生かすつもりだと彼女はおっしゃっておりました。管理機関ともうまく交渉しているようですし、さきほどの状況も彼女の作戦のうちです。また同じことがあっても、助ける必要はありませんよ」
「はへぇ……」
部活でしか関わりがなかったとはいえ、わたし、天花先輩のことなにもわかってなかったのかもしれない。てっきり、おっとりした天然さんなのかとばかり。
「調先輩は、天花先輩とけっこう仲いい感じですか?」
「相談はよく受けています。ブルームの悩みごとには、できるだけ寄り添えるようにありたいですから、仲は悪くないと思いたいところですね。…………ただ、だからというわけではありませんけれど」
調先輩が一段と声を小さくした。
「少し、彼女のことは気にかけています。彼女やわたし、そしてあなたは、ブルームのなかでも目立つ存在。同性——とりわけブルームではない方からは、嫌われやすい立場にありますから」
◇
13時すぎ。
本日ぶんの仕事をすべて終えたわたしと四季音ちゃんは、午後メンバーと役目をバトンタッチし、和風喫茶を出た。
お昼時ではあるけれど、お茶と甘味しか出していない喫茶店は、少し客足が落ちている。これなら負い目を感じることもなく、自由時間に突入できるというものだ。
「四季音ちゃん、いまから婚約者さんのとこ?」
「は、はい。昼食の場所取りをしていらっしゃるとのことでしたので、急がないと……。ううっ……なんて恐れ多い……!」
「あはは……。でも、さっきの感じだと、楽しそうに『場所取りしてくる!』って言ってたように見えたけど」
「いいえ、いいえ……! ご主人様が楽しくとも、立場というものがですね————というお話は、また今度にいたしましょう。すみません、わたくし、もう行きますね」
「はーい、いってらー」
手を振って、駆け足で遠ざかっていく四季音ちゃんを見送る。まあるい尻尾と太ももの朝顔がぴょこぴょこ揺れて、ちょっと心配になるうしろ姿ではあったが——まあ、滅多なことは起こらないだろう。
わたしも走るほどではないが、早く教室に向かわなくてはならない。
クラスの方の受付担当をしている直護くんと休憩時間が被るよう、せっかく調整してもらったのだ。一分一秒を無駄にすることなく、文化祭を楽しみ尽くしたい。
しかし悲しいかな、わたしがいまいるこの場所は、合同文化部部室棟。初等部校舎に近く、高等部校舎からは遠いのだ。
部室棟を出ると、外は快晴。少し暑いが、もし校舎内でごはんを食べられそうな場所がなかったら、外の日陰でランチするものいいかもしれない。
「ブルームの子ですね。おひとりですか? どちらに向かうご予定で?」
ちょっと警備員さんが多すぎて、景観は台無しだけども。
「高等部です。この道なりに、警備員さんがいるとこしか通んないので大丈夫ですよー」
「うーん。でもなあ……。お友達かだれか、一緒にいられる子はいませんか? もしくは、ボディーガードを呼ぶとか」
「えー……」
相手もお仕事だとはわかっているが、どうしてもしかめっ面をしてしまう。
なんで文化祭までボディーガード同伴で移動しなくちゃいけないんだ。直護くんでさえ、それはあんまりにも無粋だろうからって、人通りがあるところを歩くという条件付きでボディーガードを取っ払ってくれたのに。
「本当に大丈夫です……」
「そうですか……?」
「だってほら、あそこにも警備員さんがいるの見えてるし————あっ」
道の先を指さしたわたしは、そこで見つけた猫耳カチューシャの人物に目を見開く。向こうもわたしに気づいたようで、小走りで近づいてきてくれた。
「芽繰ちゃーん! ちょうどよかったぁー!」
「ちょうどよかったはこっちのセリフよ」
「あえ? そうなの?」
「そうなの。で、どうしたの? なにか問題でも起こした?」
芽繰ちゃんが警備員さんを見あげる。
警備員さんは慌てたように手を振った。
「いえいえ! この子がひとりだったので、私がつい心配してしまい……」
「ああ、そういう……」
「芽繰ちゃん、時間ある? 高等部まで一緒に行ったりとか……」
「玄関まででいいなら、いいわよ」
「ホント!? 嬉しい! 優しい! 好き!」
言いながら芽繰ちゃんに抱きつこうとすると、「実乃って調子のいいことしか言わないわよね」と躱されてしまった。
安心した顔の警備員さんと別れ、わたしは芽繰ちゃんと高等部校舎に向かって歩き出す。
「そういえばさっき、芽繰ちゃんもちょうどよかったって言ったよね? わたしに用事だった?」
「あ、そうね。まずはこれ」
そう言って芽繰ちゃんは、鞄から水のペットボトルを取り出した。
「先生からの差し入れ。まだ暑いから、ちゃんと水分補給はしなさいって」
「え。もしかして芽繰ちゃん、配り歩いてるの?」
「見回りついでに、委員長と手分けしてだけどね」
「わあ……お疲れさまです。ありがとう」
さっそく受け取ったペットボトルを開けて、水を飲む。
そういえば、喫茶店にいる間は接客ばかりで、水分補給を怠っていた。本当にありがたい。
「四季音も同じ部活だったわよね? まだ部室棟にいる?」
「ううん。婚約者さんのとこ行っちゃった。たぶんお昼食べ終わったあとクラスの方に遊びに行くと思うから、そっちで受け取るんじゃないかな?」
「……そうなのね。残念。……じゃあもうひとつ、ちょうどよかったこと。是橋くんからの伝言よ」
「伝言?」
「社会科室で待ってるって」
「え?」
社会科室——なんで?
言葉にしなかったが、表情で言いたいことはわかったらしい。
芽繰ちゃんが口の端をあげ、顔を寄せてくる。
「ふふ。あそこはいま、ほかの教室の物を詰め込んだだけの倉庫になってるから、だれも入って来ないと思うわよ? ふたりきりになるには、絶好の穴場スポットじゃないかしら」
顔が熱くなる。
せっかく水分補給をしたのに、汗が吹き出しそうだ。
「か、からかってるでしょ」
「意地悪してるのよ。好きなんでしょう?」
芽繰ちゃんの目からは、なんだか獲物を見ているかのような輝きを感じてしまった。




