28.文化祭
「かっ……かっ……かっ……かわいい……! かわいいです、実乃ちゃん……!」
「えへー。ありがと! あやめちゃんもかわいい!」
「しゃ、しゃしゃ、写真を……! ぜひに写真をば……!」
「いいよー。じゃあ一緒に——」
「あたしはいらないです実乃ちゃんの写真が欲しいんですぅ!!」
「わっ、声でっか」
文化祭一日目。教室は朝から非常に盛り上がっていた。その理由はもちろん、全員が仮装したまま登校しているという非日常感だ。
かくいうわたしも、いつもより格段に早く教室に来ていたあやめちゃんと、顔を見合わせるなりはしゃいでしまっている。
「こ、こう……こういう感じでしゃがんで……」
「こう?」
「そうですっ……! で、おててはこう……!」
「こう」
「はあぅ……! め……目線こっち……! 上目遣いでお願いします……!」
「はい」
「ひえぇ……!」
あやめちゃんの奇声とともに、シャッター音が鳴る。
そして撮れた写真を確認したあやめちゃんは、くらりと立ち眩むような、大袈裟なリアクションをした。
「す……すごくいい……! えっちですぅ……!」
「えっ、うそ。露出は控えめじゃない?」
直護くんのお母さんが仕上げてくれたメイド服は、ファンタジーチックなかわいらしい衣装だ。
けれど極端にスカート丈が短いなどということはない。むしろ長めで、パニエで膨らませていることもあってボリュームもある。
露出しているところといえば、胸元くらいだろうか。ただしそちらも、花の邪魔にならない程度にすぎない。襟から胸の谷間あたりまでV字にカットされているだけで、肌のほとんどは薔薇が覆い隠して見えないくらいだ。
それでもあやめちゃんのなにかに刺さったらしく、しきりに「これはえっちですよ……!」と満足げに頷いている。
「あ、あの……! 今度はこう、振り返る感じのポーズを……! なにとぞ……!」
「ほいっ」
「ひゃあああ、最高ですぅ、えっちですぅ……!」
「連写がすごい」
「つ、次……! 次は是橋くんと並んで……!」
「あ? 俺もか?」
自分の席に座ってくつろいでいた直護くんも、ターゲットに入ってしまったらしい。
直護くんは若干眉をひそめて嫌そうな顔をしていたが、「どうか……どうか……!」と土下座する勢いであやめちゃんに懇願され、わたしの隣に立った。
直護くんの衣装は、わたしの願望通りの執事服。上背があって筋肉質な体にもぴったりフィットしていて、とってもとってもとってもカッコよく着こなしてくれている。
イチオシポイントは、白手袋と蝶ネクタイ。黒い上着に黒いズボンだけだと制服やスーツと同系統に留まってしまうが、これがあるとぐっと執事らしさが増すのだ。
「ふ……ふたりとも同じ姿勢で、こういう感じで手を組んで……。気分は、そう……お、『お帰りなさいませ、ご主人様』って言うシーンみたいな……! 微笑んではいるけど、笑顔すぎない感じといいますか……!」
「んふふっ、直護くんの顔、『帰ってきてんじゃねーよ、ご主人様』って言いそう」
「微笑むとか無理だっつーの。撮るなら勝手に撮れよ」
「えー…………いや、うん。よ……よく考えれば、嫌々従ってる執事っていうのも、えっちですね…………」
自己完結したらしいあやめちゃんは、またハイテンションでシャッターを切り始める。
そこからしばらくは、あやめちゃんがわたしたちの周りをくるくる移動して写真を撮り続けていたのだが、これがまたなかなか終わる気配を見せない。
あやめちゃんの仮装は、魔女っ娘だ。大きなリボンのついたケープと、とんがり帽子。あやめちゃんの雰囲気によく似合っていてかわいいから、一緒に写真を撮りたいのに。
完全に飽きてしまった直護くんがポーズを崩し、わたしと普通に会話を始めても、あやめちゃんの撮影は止まらない。
もう呆れも通り越したのか、直護くんは完全にあやめちゃんを空気とみなしている。わたしもそれにならって、クラスメイトたちの仮装を眺めたり、直護くんと文化祭はこれしようね、あれしようね、と話していると。
「うおおっ、大壇ちゃんマジか!」
廊下近くのクラスメイト——とくに男子たちの湧きあがる声が聞こえた。
大壇ちゃん——四季音ちゃんが来たのだろうか。そう思って、振り返ったわたしの視界に映ったのは。
いつもと違って髪をおさげにした四季音ちゃん。カチューシャから飛び出ている耳。花のある片脚はガーターベルトタイプになっている白いタイツ。細身の黒いジャケット。そしてその下に着ているのは、レオタード型の光沢のある衣装。
顔を真っ赤にして恥ずかしがっているバニーちゃんが、そこにいた。
「えっちだ!?」
わたしとあやめちゃんの声が、ぴったりと重なった瞬間である。
◇
「いやー。本当に遅刻しなくてよかったよ」
そう言ったのは、手鞠ちゃんだ。
珍しく時間ギリギリで教室に滑り込んできたときは、ビックリした。だって、化粧までバッチリなロングチャイナドレスのビューティフルお姉さんが、いままさに全力疾走してきました状態だったんだもん。しかも裸足。
仮装としてはヒールパンプスを履いてきていたのだが、転けそうとのことで靴を手に握ってまで走ってきたらしい。せっかくのビューティフルお姉さんが台無しである。
「廊下を走った理由、先生には婚約者とちょっと揉めて、って言ってたよね。友丸くんと喧嘩して遅くなったの?」
「あ、大丈夫。喧嘩ではないよ」
クラスの出し物の最終準備——印刷物をまとめながら、手鞠ちゃんは苦笑した。
「ただちょっと……今朝になって心配だって言い始めて」
「心配?」
「この仮装のまま学校に行くのが」
「あー」
なるほど、と頷く。
もともと背の高い手鞠ちゃんがヒールを履いていることと、ロングドレス効果が組み合わさって、今日の手鞠ちゃんはめちゃくちゃ脚が長く見えるのだ。そしてその脚は、膝まで入ったスリットからのチラリズムにより、非常に目を惹かれる光景となっている。だから、うん、友丸くんの気持ちはわからんでもない。
「事前に友丸くんに見てもらわなかったの?」
「試着したとき、写真は送ったよ。それに合わせて、友丸もチャイナ服を選んでるし。でも今朝、初めて目の前で見せた途端に……」
「動いてるとこ見たら、急に不安になっちゃったのかな?」
「せめて当日じゃなければ、ほかの服を用意するなりできたんだろうけど。折れてもらうのに、かなり苦労したよ」
「なんか駄々こねてるの想像できるかも~。かわいいなぁ」
「まあ、結果的に遅刻はしなかったし、たしかにガーデナーのかわいい我儘レベルかもだね。……四季音のところに比べたら」
ちらりと手鞠ちゃんの視線が動く。その先にいるのは、教室の隅で小さくなっているバニーちゃんと、それを激写している魔女っ娘だ。
どうやら四季音ちゃん、婚約者さんに『これはご主人様権限での命令だよ!』とまで言われてバニー衣装を着せられたらしい。いつもメイドとして働きたいという四季音ちゃんの願いを叶えているのだから、自分の願いも叶えてほしいとも言われたようで、四季音ちゃんは断れなかったのだそうだ。
衣装はすべてオーダーメイド。せめてもの抵抗として、露出は控えてください、規則もそうなっておりますので、と伝えたとのことだが……うん。
まあ、肌の露出自体はたしかに少ない。でも、もろに体の線が出ているし、むしろ肌が出ている個所が片方の太ももだけというのがまた……ねえ?
「はあぁ……えっちすぎです……! あっ……その座り方、いいですね……! 隠そうとして隠しきれてない感じが、えっちえっちえっちで……!」
「そのような言葉を連呼しないでください……! も、もうわたくしはどうしたら……」
立っても座っても隠しても隠さなくても喜ばれている四季音ちゃんは、ずっと半泣き状態だ。その表情がまたえっちで……あやめちゃんが大興奮している気持ちは、正直大変に理解できる。
「こら、あやめー。ほどほどにしておきなよ」
見かねた手鞠ちゃんがそう声をかけると、あやめちゃんはあからさまに眉を下げる。
「えー……。じゃ……じゃあ、あと五十枚ほど……」
「大学生の婚約者さん、一番乗りで遊びに来るんじゃなかった? ちゃんとゲームの案内できるように、マニュアルの最終チェックくらいしておいた方がいい気がするよ」
「……べ……べつにあの人のためにそこまでしなくても……」
そんなことを言いながらも、あやめちゃんは魔女っ娘ケープの裏にスマホを仕舞った。四季音ちゃんが、ほっと息をついている。
こちらへと来たあやめちゃんは、わたしたちがまとめていた印刷物を一枚引き抜く。
クラスで出店する『なぞ解き脱出ゲーム』の出題者マニュアル——お客さんの案内方法から問題の答え、ヒントの出し方などが簡潔に書かれていて、とくに緊張すると答えもヒントも頭からすっぽ抜けるわたしみたいなおバカの必需品だ。
……いや、わたしだってそこまでおバカってわけじゃないんだけどね? でも問題を作ったのはクラスのガーデナーの人たちで、問題を何度も読んでも答えを見ても意味わかんないものが多いんだもん。上級者レベルなんて、無駄に英語とか中国語とか使われてるし。
「こ……これ、なんて読むんでしたっけ……?」
「うん? ああ、これはね————」
あやめちゃんの手元を手鞠ちゃんが覗き込む。
その隙に、と言わんばかりに四季音ちゃんが駆け寄ってきて、わたしの背中に隠れるように身を潜ませた。
「あはは、大変だったね」
「も、申し訳ございません。遅ればせながら準備に参加いたします……」
「準備の方はたぶんもう大丈夫だと思うよ。もともとわたしたちブルームの割り振り少ないからねー」
「左様でしたか……。わたくし、なにもできておりません……」
「そしたら、茶道部の方でがんばろ! わたしたちはクラスの担当、明日がメインだし」
「……そうですね。はい、本日は部活動に尽力いたします。……ところで」
四季音ちゃんがこそっと耳打ちしてくる。
「こ、この格好、茶道部で浮いてしまわないでしょうか……?」
「えっ。……ううーん」
つい口ごもってしまう。
「和装を選ぶ方が多いというお話でしたし、甘楽さんのメイド服は給仕衣装だと思えば的外れでもないでしょうけれど……」
正直、浮くか浮かないかで言ったら、浮くだろう。だって、えっちだし。バニーちゃんがお茶とお菓子の給仕なんて、そういうお店みたいだし。
けれどそう答えるのも気が引けて、わたしは逆にこちらから質問することにした。
「あんまり恥ずかしいなら、だれかから上着とか借りる? ほら、直護くんの上着なんてどう? おっきいから、足もけっこう隠れると思うよ?」
「……お気遣いありがとうございます。ですが……その……」
四季音ちゃんが手で口元を隠す。
けれど、うっとりと細められた目を見れば、彼女がどんな表情をしているのかは想像できた。
「ご主人様のご命令ですので……」
——なるほどね。野暮なこと聞いちゃったみたいだ。




