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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第99話 少女は、雨の止ませ方を知っている

雨が、降っている。

ざあざあと、音を立てて。

止む気配のない雨。


太陽は、厚い雲の向こうに隠れたまま、

世界はずっと、灰色だった。


地面を打つ雨は、

すべての罪を洗い流すようで、

すべての悲しみを溶かすようで――


けれど、実際には、何ひとつ消えてはいなかった。


少女が消えて、ひと月。

雨が止まなくなったのは、

たぶん、その頃からだ。


止まない雨はない、という。

けれど、この雨は、

いつまで降り続けるのか。

誰にも、分からなかった。


「はああああああ……」


「どうしたの、リブ。ため息なんかついて」


「逆にお前はよく平気な顔してられるな。毎日こんな雨で、気分もうんざりしねーの?」


「うーん……畑仕事から解放されてるから、ちょっとハッピーかなぁ」


リブとデネラは、ユウゴが作った商品を荷台に積み、ヴルの店へ向かっていた。

壊れそうな荷台は、相変わらず現役で、今にも外れそうな車輪を、だましだまし使っている。


「あ……あれ。ベガさんじゃない?」


デネラが、遠くを指差す。

雨越しでも分かる、目立つ背丈。

レインコートの下でも隠しきれない存在感。

誰がどう見ても、ベガだった。


――けれど。


二人は、声をかけなかった。

理由は、明白だった。


「……また、別の女の人だね」


「この前見たの、三日前だぞ。どんだけだよ」


リブは、呆れたように息を吐く。

すれ違うたび、肩を組む相手が違う。

笑って、消えていく。


「ナナシも……変なのに引っかかっちまったよな」


最後にちゃんと話したのは、少女が消えた直後だった。

汗だくで、必死な顔で、ベガは二人に尋ねてきた。


――書き置きがあった。すぐ帰るって。


――でも、帰ってこない。


――何かあったはずだ。一緒に探してくれないか。


あの時の顔は、

本物だった。


だから、二人は街中を走り回った。


けれど――

見つからなかった。


「最初は必死だったくせにさ……今じゃ、これだ」


少女の家出なんて、珍しくもない。

それでも、あんな顔をするほど心配するなんて、過保護だとさえ思った。

だから、信じた。

なのに。

少女が消えて数日後、ベガは、何事もなかったように、別の女と笑うようになった。


「……あたし、大人の気持ちって分からないけど……記憶を、上書きしてるみたいだなって……思うよ」


デネラの声は、弱かった。


「ベガさんなりに、辛いのかもしれない」


「肩持つな。不誠実だろ」


「決めつけるのも、良くないよ。あたしらの知らない事情が、あるかもしれないし」


リブは、荒く鼻息を吐いた。


「……やめろ。そんなことよりさ」


荷台を引く手に、力がこもる。


「ナナシのこと、本気で心配してるの、もう俺らくらいしかいねーんだ」


世界は、少女に無関心だった。

人々は、前を向き、

日常に戻り、

雨の中を歩いていく。

リブたちだけが、取り残されているようだった。


「親父もさ……最近、本の虫だし」


ユウゴは、売れる薬だけを作り、それ以外には無頓着になっていた。

部屋に籠もり、話しかけても、「うん」「そうだな」だけ。

少女の話をしても、「そうか」で終わる。


――そうか、って、なんだよ。


「大人って、みーんな身勝手だよな」


「“みーんな”て何やねん。わいは、君らのこと忘れてへんで」


「ヴルさん!」


ヴルの手にあった、丸めた紙の筒が、リブの背中に突き刺さる。

物腰の柔らかい商人からの、遠慮のない一撃。


「いって!」


その拍子に、荷台の後輪が――外れた。


「あーーー!!ヴルさんが壊した!!」


「聞き捨て悪いわぁ。道路のせいやろ?」


「いや!今のは絶対ヴルさんだ!新しいのくれ!」


「こわっ。いつからそんな商売上手になったん?」


軽口を叩きながら、ヴルは外れた車輪を見つめる。


「これやったら、この部品替えるだけでいけるで。安うしとくわ」


「……商売上手」


「おおきに」


雨の中、三人は店へ入る。

湿った空気。

並ぶ商品棚。

かすかなカビの匂い。


「最近、家を留守にしてること多いけど……売れ行き、悪いのか?」


リブは、雨に濡れたコートを脱ぎながら、何気なく聞いた。

問いに、深い意味はない。

ただ、沈黙を埋めるための言葉だった。


「あー……忙しいだけや」


ヴルは、湯気の立つカップを机に置きながら、軽く笑う。


「ちょいと新しい仕入れ先が増えてな。打ち合わせが立て込んどるねん」


「この雨の中、大変だな」


「そないなことないで。大事なお客さんやもん」


ぎし、と音を立てて椅子に腰を下ろす。

取っ手のないティーカップに注がれた茶から、

花の香りがふわりと立ちのぼった。


「あざっす」


「いただきまーす」


口に含むと、思ったよりもやさしい味がした。

それが、かえって胸に引っかかる。


「……そういや」


リブは、間を置いてから言う。


「ナナシ、ここには来てないか?」


その名を口にした瞬間、

空気が、ほんの少しだけ重くなった。


「見とらんなぁ……」


ヴルは視線を落とし、前髪を指でくるりと弄ぶ。


「冬眠しとるんちゃう?」


冗談めいた口調。

けれど、その声は、どこか遠い。


「それなら……もう起きてもいい季節だろ」


返した言葉は、自分に言い聞かせるようだった。


「気にはかけとるんやで」

ヴルは、静かに続ける。


「他の地域にも行くこと多いしな。……見とらんだけで、どこかにはおるやろ」


言葉は、どれも正しい。

けれど、そのどれもが、決定的な答えにはならなかった。


「雨……やまんなぁ」


デネラが、ぽつりと呟く。


「そうっすね……」


窓の外で、雨粒が跳ねる。

ぴしぴし

ぴしぴし

世界は、まだ同じ場所にいる。


――ぴし。


ぴたり。

音が、止んだ。


「……止んだ……」


デネラが、はっとして顔を上げる。

雲の切れ間から、

一筋の光が差し込んだ。


久しぶりの、太陽。


それは誰かを救うための光ではなく、

ただ、黙って世界を照らすだけのもの。

けれど確かに、

何かが終わり、

何かが始まろうとしていた。



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