第82話 少女は、朝の端で星をとらえる
星々の明かりが、ひとつ、またひとつと消えていく。
夜の名残は薄れ、空には淡い黄色が滲み始めていた。
鳥の鳴き声に促されるように、草木がゆっくりと目を覚ます。
風が、少女の髪を撫でる。
冷たさの中に、かすかな温もりが混じっていた。
そのとき、鼻をかすめたものがある。
ほのかな――血の匂い。
胸の奥が、わずかに軋んだ。
少女は、理由よりも先に危険を察知する。
一歩。
二歩。
三歩目は走っていた。
道端に、二つの影が落ちている。
朝の光を受け、はっきりとした輪郭を持って。
嫌な予感が、背中を這い上がる。
「………っ……!!」
一つの影が、こちらを振り向いた。
それは、少女とうり二つの顔をしていた。
同じ輪郭。
同じ瞳。
けれど、そこに宿るものだけが、決定的に違う。
「だ、れ……」
足元に広がる、血だまり。
まだ、温かい。
「……!!」
見知った顔が、そこにあった。
「……ゆ、うご……」
リブの父。
戦う術など持たない。
善悪を知り、知識に長け、いつも静かに助言を与えてきた男。
――そういう人だった。
「少し、自由になりすぎたかな?」
少女の影が、あざ笑うように囁く。
「これで、戻る気にはなっただろ?」
「……アストレイル……」
いつからだろう。
あの柔らかな声色を、怖いと思い始めたのは。
いつから、差し伸べられる手を、振りほどきたいと感じ始めたのは。
そして、いつから――
彼は、こんなにも深く、自分を“見て”いたのだろう。
「自分から、戻っておいで」
少女は、影を睨みつける。
そこにあったのは、怒りではない。
ひたすらに濃く、重たい――恨みの視線だった。
「待っているから」
影はそう告げると、
朝の陽ざしに溶けるように消えていった。
残されたのは、血に濡れたユウゴの身体。
血が、止まらない。
「どうしたら……どうしたら…………」
溢れ出す赤を、両手で受け止める。
零れ落ちぬように、必死に。
けれど、指の隙間から、容赦なく流れ落ちていく。
「……なんで、いつも……」
大切にしたいと思った人ほど、
なぜ、消されてしまうのだろう。
「守る……今度は、絶対に…………」
―――じゃあ、レディは何が感じ取れる?
頭の奥に響いたベガの声を頼りに、少女は傷口へ手を伸ばす。
―――他人の体となると……簡単な擦り傷くらいが限界さ。それ以上は、専門知識が必要になる。
治癒魔法は、万能ではない。
それが、一般魔法使いの限界。
「それでも…………希望は、捨てない」
感じ取る。
色を。
気配を。
探し当てる。
絶対に。
ふと――
空気が、凛と張り詰めた。
静かな朝が、はっきりと姿を現す。
「―――」
誰かに、なにか言われた気がした。
自分に向けられた声なのかは、分からない。
それでも、その響きは静かに、深く、心を貫いた。
気づくと、少女の手の中には、
見たこともないほど美しい、紫色の魔力が宿っていた。
これは、何なのか。
どんな力なのか。
分からない。
「……使わなきゃ、変わらない」
少女は、そう呟くように願い、
その魔力に――すべてを注ぎ込んだ。




