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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第77話 少女は、約束の色を思い出す

——長い夢を見ていた気がした。



目を開けると、見覚えのある天井がそこにあった。

どこか柔らかく、懐かしい白。

幸せだった——

そんな錯覚だけが、胸の奥に残っている。


「……っ」


視界が揺れた。

身体は鉛を流し込まれたように重く、思うように動かない。

首だけをかろうじて動かすと、濡れたタオルが枕を湿らせている。

ひんやりとした感触が、ぼんやりとした意識を現実へ引き戻した。

冷たい星明かりが、部屋の輪郭を淡くなぞっている。


——もう、夜?


その瞬間、少女の心臓が跳ねた。

大事なもの。

決して違えてはならない——黒い約束。

手元に時計はない。


「あ、ナナシちゃん。起きた?」


顔を上げると、見慣れた顔が視界に入った。

デネラだ。


「……今、何時?」


喉を擦るような声が出た。

自分のものとは思えないほど、掠れている。


「今……?今は——夜の十一時半だよ」


「……!!」


思った以上に眠ってしまっていた。

胸の奥で、焦りが一気に膨らむ。

怠い身体を無理やり起こし、ベッドから抜け出そうとする。


「ちょっ、なにしてんの? 寝てなって」


デネラが慌てて肩を掴み、押し戻そうとする。


「……そうなるよね」


低く、諦めにも似た声。


どぷり——

足元から、黒いものが滲み出す。

地面を這うように広がる、粘ついたヘドロ。

その中から、音もなく蔦が伸びる。

デネラの背後へ——マンドラゴラ。


「眠らせて」


吐息のような一言。

ふっと吹きかけられた息に、デネラの身体が力を失う。

眠り粉。

植物系モンスターが内包する、静かな毒。

デネラは、床に倒れ込むように眠りに落ちた。


「……ごめんね」


少女はそれだけを残し、窓を開ける。

夜気が流れ込む。

躊躇はなかった。

身を翻し、そのまま外へ。

急がなければならない。

カペラとアルデバのために。

影へ溶け込むように、路地裏を抜ける。

気配は消え、存在は闇そのものだった。




砂塵が舞っていた。

乾ききった地面は、水の気配など微塵もないのに、氷のように冷たい。

月はすでに闇に呑まれ、代わりに星々だけが瞬いている。

その何もない荒野の、岩陰。

五つの影があった。


「お前らは蛇使いをなめすぎた!!あいつは人一人のためになんか、来ねーよ!」


「人質とったところで、意味なんかねーんだよ!!ばーーーか!!!」


カペラとアルデバの顔には、殴打の痕が幾つも残っている。

口元に滲む血が、夜に黒く沈んでいた。

四肢は縛られ、身動きは取れない。


「来るはずねーだろ!!“ババア”!!」


——ババア。

その言葉に、女の顔が歪む。

怒りが、刃となって立ち上る。

手にした刃渡り三十センチほどの刃が、カペラの首元で止まった。


「うっさいわね。あんたたちなんて、一瞬で殺せるのよ」


「そうかよ。じゃあ殺せよ」


臆しない。

数えきれない修羅場を潜ってきた二人だった。

最初から、覚悟はできている。

自分のために生き、

自分のために死ぬ。

他人に振り回される生き方など、御免だった。


「ちっ……図太い性格してるじゃない」


「何度も言うけどよ。あいつは、人のために動く人間じゃねーんだよ」


「魔王って呼ばれてんだぜ?人間の心なんて、持ち合わせてねーんだよ」


——けれど。

カペラたちは、心の奥で分かっていた。

あいつは、来てしまう。

南の領地で別れたときもそうだった。

自分たちのために、迷いなく身を投げ出した。

だからこそ。

その前に、いっそ殺してほしかった。


「その割には……ふふ……期待してる目、してるじゃない」


冒険者ハンターは、彼女たちの心理を見抜いていた。


「ほら。足音よ」


ずる……ずる……

近づいてくる音に、二人は目を閉じる。


「来るなって……」


「変わんねーな」


「違うよ。夢見が悪いだけ。……それだけ」


少女は、立っているのがやっとだった。

それでも、臨戦の気配は隠せない。

マンドラゴラと、蛇を召喚する。


「仲良く、してね」


相性など、考えていられない。

大事な主人を守るためなら。

二匹は、無言で配置につく。

マンドラゴラは、向かって左の女へ。

蛇は、右の女へ。


そして少女は——

中央。


冒険者ハンター。

自称、ベガの恋人と、静かに向かい合った。

雲が流れ、星を隠す。

夜は、息を潜めていた。

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