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ナナシと呼ばれた魔法使いが、神に拾われ魔王と恐れられるまで  作者: こいち


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第78話 少女は、星の落下を見届ける

星が瞬いた。


ひとつ、またひとつと——夜空を離れ、地上へ流れていく。

ただ、美しく。


地上では、火花が、命のように散っていた。

マンドラゴラが低く唸り、蔦を伸ばす。

毒を孕んだ体液が地面に落ち、触れた土がじゅ、と音を立てて溶けた。


「邪魔よ」


女は眉ひとつ動かさず、剣を振るう。

ざっく、ざっくと乾いた音。

蔦は切り裂かれ、地面に落ちてなお蠢いたが、女は一切怯まない。

蛇は闇に溶ける。

姿を消し、背後を取る機を窺う。

ちろちろと舌を出し入れし、毒牙が一瞬、月光を弾いた。

少女は——

熱で視界が歪む中、冒険者ハンターへ向けて炎を放った。


「……っ」


魔力がうまく練れない。

制御しきれず、思った以上の火勢が噴き出す。

炎は唸りを上げ、地を舐め、空気を焦がした。

間合いを誤れば、巻き込まれる。


「ちっ……!」


冒険者ハンターは舌打ちし、後方へ跳ぶ。

髪が焼け、頬をかすめた熱に、初めて苛立ちが滲んだ。


「無様ね。魔力任せの攻撃なんて」


「……あんた……」


少女の息は荒い。

それでも、目は逸らさない。


「あんた……今までずっと、こうやって……殺してたんだ」


その言葉に、女は一瞬、笑った。


「そうよ」


剣を構え直し、楽しげに告げる。


「ベガに近づく女は、とことん殺してきたわ」


踏み込み。

剣閃が走る。

少女は紙一重でかわすが、腕を掠め、血が滲む。


「使えるものは、なんでも使った」


女は高く、誇るように笑う。


「この美貌でしょ?騙されて、ついてくる男なんて……数えきれないほどいるの」


少女は、短く息を吐いた。

肺の奥が焼けるように痛む。


「……はっ」


喉から零れた音は、嘲りというより、乾いた呼気だった。

鼻で、笑う。


「安い女」


——かちん。


音など、しない。

それでも、確かに空気が凍った。


「……なに?」


冒険者ハンターの目が、剥き出しの怒りに染まる。

理性の膜が、ぱきりと割れる。


「ベガが……!」


怒号とともに、踏み込む。


「ベガが、あんた如きに興味持つなんて——おかしいのよ!!」


剣が閃く。

横薙ぎ、突き、返し。

間合いを潰すように、容赦なく迫る。

怒涛の連撃。

剣が、雨のように降り注ぐ。

少女は、咄嗟に魔力を編む。

火花のような防壁を張り、刃を弾く。


——が、熱に浮かされた視界が揺れ、


集中が、途切れる。


防ぐ。

間に合わない。

避ける。

足が、もつれる。

炎は、霧散する。

魔力が、指の隙間から零れ落ちていく感覚。

それでも、後退を強いられる。


息が、追いつかない。

鼓動が、耳の奥でうるさく鳴る。

体力も、魔力も、限界に近い。


「全部……!」


剣を振るいながら、女は叫ぶ。

その声には、執念と狂気が混じっていた。


「全部あの人のためにやってきたの!!私と彼の——楽園を作るために!!!」


踏み込み。

少女は反射的に、右腕を前に突き出した。

最後の魔力をかき集め、防壁を編もうとする。

——間に合わない。

剣が、防壁ごと叩き込まれる。


ぱきん、と乾いた音。

それは魔法の砕ける音ではなかった。

右腕の内側で、嫌な感触が弾ける。


「……っ!!」


痛みが、遅れてやってくる。

骨が、折れた——と、理解するより先に、

力が、腕から抜け落ちた。

指先が、言うことをきかない。

魔法が、完全に砕け散る。

衝撃に、少女の身体が浮き、

そのまま、地面に叩きつけられる。


「……っ」


背中から落ち、肺の空気が、一気に吐き出される。

息が、詰まる。

剣先が、光った。

視界の端で、冷たい線が描かれる。

喉元へ。

ひやりとした感触。


「死になさい」


女の声は、驚くほど静かだった。

勝利を確信した、音のない声。


「金輪際、ベガに近づくな」


——その瞬間。

背後を、赤い火球が貫いた。


「熱っ……!」


悲鳴。

剣が宙を舞い、夜空へ弾き飛ばされる。


「なんの権利があって」


低い声。


「オレに近づくな、なんて言ってるんだい?」


振り返ると、そこにいた。

ベガ。

その瞳は、ひどく冷たかった。


「オレはお前のことなんて知らない」


これまで、女性を見るときに浮かべていたものとは、まるで違う。


「ひゅ……」


冒険者ハンターの女は、息を飲む。


「ベ……ベガ様ぁ〜」


甘えた声。

縋るような視線。


「でも、運が良かったよ」


ぱちん、とベガが指を鳴らす。

途端、地面にひびが走り、

岩が、ぼこぼことせり上がる。

女を囲い、呼吸ができる程度の、狭い檻を形作った。


「これで、生捕りだ」


背後では、蛇とマンドラゴラが、女の取り巻き二人をぐるぐる巻きにしていた。

視線は合わない。

けれど、魔物同士、ほんの少し——

仲良くなったような、気がした。

少女の顔に、安堵が滲む。

立ち上がろうとした、その瞬間。

力が、抜けた。


「……っ」


崩れ落ちそうになる身体を、支えられる。


「レディ! 大丈夫かい?」


「……なにが?」


ぼんやりとした目で、ベガを見る。


「け、怪我は……?」


「別に」


声は震え、腕も、かすかに揺れていた。

ベガは、そっと少女を抱きしめる。


「遅くなって、本当にごめん」


「意味が分からない……なにに、謝ってるの?」


「オレのせいで、巻き込まれた。怖い思いもしただろう。助けに来るのも遅れた……それは、謝るべきことだ」


「……巻き込まれたのは、そう」


少女は、少しだけ間を置く。


「でも、怖くはなかったし……助けも、呼んでない」


「……悲しいこと言うね」


そのとき。

星が、またひとつ瞬いた。

夜空は、何事もなかったかのように静かだった。

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