第71話 少女は、失われるものに触れ、戻らぬはずの命を呼び戻す
「……とまあ、こんな具合に、レディは倒しているだろう」
ベガは、まるで自分のことのように嬉しそうに語った。
その向かいにいるのは、もう一人の冒険者ハンター。
「ぶつぶつとうるせえ……お前がいるから……お前がいるから……」
「ぶつぶつ言ってるのは、君のほうだろう? ……ん?」
男は、小さな言葉を何度も反芻するように呟いている。
足取りは定まらず、まとっている空気は、異様としか言いようがなかった。
何かを必死に抑え込んでいる――そんな気配。
頭痛か、苛立ちか。
男は荒々しく髪を掻きむしる。
「俺は……俺は……ずっと、ずっと見てきたのに……お前が……お前が……」
「ああ。誰かのカレシだったのかな?悪いね、オレが君よりイケメンで」
その瞬間、男の瞳が見開かれる。
身体に、びきびきと亀裂が走った。
骨が折れ、歪み、組み替えられていく。
人間の皮膚を突き破るように、毛が溢れ出し、全身を覆う。
牙が剥き出しになり、荒い呼吸とともに白い息が吐き出される。
赤く光る瞳。
――魔物。
「なるほど。魔物と契約して力を得るタイプ、か」
ベガは、どこか感心したように呟いた。
速度は中の上。
巨体を操る以上、人間より少し速い程度だ。
足りない分を、圧倒的な膂力で補う戦い方。
「俺の……俺の……俺のぉ!!!」
「しゃべれるんだ。畜生よりは、少し賢いらしい」
鳥の嘴のような長い爪が、ベガを切り裂こうと振るわれる。
だが、ベガにとっては止まって見えるほど遅い。
魔法すら使わず、ひらりとかわす。
獣は悔しげに地面を叩きつけ、亀裂が広がっていく。
「その力は……どこで手に入れたんだい?」
「お……俺は……ずっと……ずっと……お前を見てきた……。だから……」
「君は魔物?それとも、人間?」
「俺の女に近づく……やつは……許さない!!!」
「いやあ……それは困ったな」
ベガは軽く肩をすくめ、続ける。
「オレは人のモノには手を出さない主義なんだ」
「……ぁ?」
「でも――そのカノジョ、本当に君のものかな?」
ぷつり、と。
何かが、確かに切れた。
「ああああああああ!!!!!」
逆上した獣は、爪をドリルのように回転させ、地面に穴を穿つ。
「恥ずかしかったら穴に入りたい気持ち、わかるよ」
ベガは小さく息をついた。
獣の気配が、消える。
地中深くに潜み、気配も音も断っているらしい。
探知に長けたベガですら、捉えられない。
――狙いは、何だ?
その時だった。
「あ、ただいま」
最悪のタイミングで、少女が戻ってくる。
傷一つない姿で。
「レディ……」
その瞬間、ベガは悟った。
狙いは――自分ではない。
「……レディか!!」
「殺す!!!」
地面が、少女の足元から崩れた。
「……っ!!」
――わたしに攻撃できるのは、人間くらい――
少女の言葉が、脳裏をよぎる。
体勢を崩し、鋭い爪を迎え入れる形で落ちていく。
完全な油断。
どう足掻いても、間に合わない。
どっ――
怪物の爪に、何かが食い込んだ。
勝利を確信する獣。
奪えた。
あの男の、大切なものを。
だが――
地面に落ちたものを見て、獣は凍りつく。
蛇の身体。
切断された尾が、なおも痙攣している。
「……?」
理解する間もなく、ベガは背後に回り込み、火の魔法で怪物の頭を吹き飛ばした。
「……お前のことは、一生許さない」
その言葉は獣に届くことはなかった。
すでに炭になっていたからーーー
「セル……!!」
少女は、蛇に駆け寄る。
魔物の血は、赤ではない。
紫色の、毒のような色。
それでも構わず、少女はその頭を抱き上げた。
手も服も、紫に染まる。
「ごめ……ん……わたしの、せいで……」
蛇の呼吸は浅く、弱い。
身体は、致命的に損なわれていた。
「レディ。この子は立派だった。ちゃんと、君を守った」
「……っ!魔物は……治せないの!?」
涙を浮かべ、少女は訴える。
ベガは、静かに首を横に振った。
「治癒魔法は、人間用だ。魔物には……毒になる」
「そんな……いや……いやだ……」
失われていく温もり。
戻らないと、わかっているのに。
「失うのは……いや……」
その時。
「……?」
ベガは、異変に気づいた。
少女の周囲に、見たことのない魔力の色。
「……黒?」
何の力か、わからない。
少女も、それに気づいたようだった。
「だ、だめだ……何が起きるかわからない。触るな……!」
だが、少女は縋るように、その“黒”を認識する。
すると――
どす黒い魔力がざわめき、蛇を包み込む。
切れたはずの尾が、元の身体へと、這うように戻っていく。
「……嘘だろ……」
黒が解けると、そこには――
死んだはずの蛇が、舌を鳴らしていた。
「セル……ちゃんと、覚えてる?」
蛇は、こくりと頭を下げる。
ありえない。
魔物が、癒されるなど。
この少女は、一体――。
ベガの背筋を、冷たいものが走った。




