第70話 少女は、力を手にしたことを静かに知る
少女は、目を閉じた。
大地の魔法。
その名残のような、かすかな達成感が胸に残っている。
みなぎる魔力――
それを、初めて「自分のもの」として扱えた実感。
そして、気づく。
自信、というものを。
何も持っていないと思っていた。
もう何もできない自分だと、信じ込んでいた。
守られるだけの存在だと――。
「……あの時も、守れたらよかったのに」
「“あの時”って、どの時?」
悪気なく割り込んでくるベガが、ひどく憎たらしい。
普段は表情を崩さない少女だが、この時ばかりは嫌悪が滲んだ。
「……話しかけないで」
「冷たいね」
やれやれ、と肩をすくめたベガだったが、
次の瞬間、ふと表情が硬くなる。
「……どうしたの?」
「うん。そうだね。自分で確認するといい」
何かを察知した顔。
それにつられるように、少女も大地へ魔力を注ぐ。
それは、操るための力ではない。
“聴く”ための力。
鼓動。
小動物の気配。
植物の息遣い。
――そして。
「……人?」
「そう。人だ。何人いる?」
「……二人」
「正解」
だから、どうしたというのか。
疑問が浮かぶより先に、ベガが続ける。
「冒険者、でしょ?」
「いや、違う」
断言。
その直後――
猛烈な速度で迫る気配。
「けひっ……けひけひ!」
「――っ!」
地面を抉る衝撃。
少女は、紙一重で身をかわす。
砂塵の向こうに現れたのは、舌なめずりをする小柄な男。
荒野の静けさが、唐突に血の匂いを帯びる。
「……なに?」
振り返ると、ベガの前にも、もう一人。
「ようやく顔を出したな、もぐら」
ベガは楽しげに笑い、ベルトに下げた杖を構えた。
「レディ。彼らが“冒険者ハンター”だ。一人は君に預けよう。方法は……任せるよ」
「……そう」
奇襲に失敗しても、男は余裕の笑みを崩さない。
少女を、格下と見ているのだろう。
「ずっと見てた。見てたぜ、お前らのこと……」
「新手のストーカー?」
「ふざけんな!!俺はお前を殺そうとしてる冒険者ハンターだよ!!」
少女は、ほっと息をついた。
「そう……殺してもいい人間なら、楽」
たった一人を殺そうとしただけで騒がれるのは、正直うんざりだった。
叱られるのも、疲れていた。
「あん?怯えろよ!てめえなんざ瞬殺だ!新米冒険者がよぉ……!」
「……知らないし」
この男、街で見かけた気もする。
だが、そんなこと、どうでもよかった。
「興味もない」
「あぁ!? なめてんのか!?」
「うん。正直、なめてる。……だって、あんた。あの人より弱いでしょ?」
笑われたことが、男の神経を逆撫でする。
怒号とともに、男は突っ込んできた。
コートの下から現れたのは、鉄甲鉤。
硬い爪が、地面も岩も砕いていく。
触れれば、確かに致命的だ。
「……この程度で、来るんだ」
速い。
冷静さは失っているが、判断力は残っている。
魔法を避けるように、左右へ不規則に動く。
魔法使いは近接に弱い。
その一点を突くつもりなのだろう。
「終わりだ!」
鉤爪が、首元を狙う。
「……可哀想」
「は?」
拍子抜けしたような声。
「……ほら、弱い」
一歩、間合いに入る直前。
男の動きが、止まった。
足元。
氷が、広がっている。
「……なに、これ……」
「氷。……わたしの魔力で練られた、溶けない氷」
少女がイメージしたのは、北の大地、アルヴェンの冬。
冷たい風と、解けない雪。
――あの雪が消える前には、帰りたい。
そう思いながら、少女は息を吹きかける。
氷は勢いを増し、男の身体を包み込んでいった。
「……手応え、ないな」
噂ばかりが先行した存在。
強さも、恐怖も、誇張されていただけなのだろう。
「……まあ、わたしも、同じか」
ぽつりと落とされた言葉とともに、
氷は完全に閉じた。




