プロローグ
┌─ 【手記・DAY 0】
│ 地図が白紙だ。
│ 仲間がいない。
│ ここがどこか、わからない。
└────────────
地図には、何も描かれていなかった。
羊皮紙の上に広がるのは、ただの白。城も、街道も、海岸線さえもない、まっさらな空白だった。
僕は、その地図を膝の上に広げたまま、しばらく動けなかった。
つい数分前まで、僕は魔王城の最奥にいたはずだ。剣を振り上げ、千年続いた厄災に最後の一撃を加えようとしていた。仲間の声が背中にあった。ガルドの咆哮、ヴェイルの矢が空を裂く音、ルナの祈り、クロードの冷たい指示、そしてノアの──正体不明のあの「気配」。
光がはじけた、と思う。
気がついたら、僕は硬い、灰色の床の上に座り込んでいた。
頭上には、見たことのない色のアーチ。
青でも白でもない、ぼんやりと光るその看板には、こう書かれている。
──東京駅 八重洲中央口──
読めた。
なぜか、文字が、読めてしまった。
それが、何よりもまず、怖かった。
見たことのない言語のはずなのに、僕の頭はそれを「とうきょうえき」と発音している。意味も理解している。誰かが、僕の頭の中に勝手にこの世界の言葉を流し込んだとしか思えなかった。
僕は、ゆっくりと立ち上がる。
腰の鞘には、相棒である細身の片刃剣がそのままある。鎧も、革のブーツも、すべて元の世界のままだ。ただ、周囲だけが違った。
途方もない数の人間。
見たことのない、四角い箱のような乗り物。それが地面の上を、信じられない速さで滑っていく。空には鉄の鳥が飛んでいる。空気はどこか、煤と油の匂いがした。
「ここは……どこなんだ」
呟いた声は、誰にも届かない。
仲間の気配もない。
代わりに、僕はもう一度、地図を開いた。
やはり、白紙だった。
──ただ、中央に、ひとつだけ。
赤い点が、ぽつりと灯っていた。
それが、自分のいる場所だと、なぜか直感的に分かった。
僕は地図を閉じる。深く息を吸い、剣の柄に手をかけた。
仲間がいる。
この、白紙の世界のどこかに、五人の仲間がいる。
見つけ出す。それが、僕がまず決めた、ただひとつのことだった。
──だけど、僕はまだ知らなかった。
この世界では、剣を抜くことが、罪になるということを。
仲間を救うことが、犯罪になるということを。
そして、僕自身がやがて、この世界そのものを壊そうとすることを。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
レインがこの世界で何を見て、何を失っていくのか。
次回もお楽しみに。




