51 体育祭①
一学期、最後の日。今日は、いよいよ体育祭だ。ふわり達のB組は赤組。冬紀のC組は青組だ。初風学園は各学年5クラスずつあるため、白、赤、青、黄、緑の5つの組に分かれて競い合うことになる。組が多くあることに加えて、初風学園は運動部に強豪チームが多いため、生徒たちの運動に関する熱量も高い。よって、毎年白熱することになるのだ。
運動が苦手なふわりは、中等部の頃、体育祭が少し憂鬱だった。しかし、今年はありのままの自分が出せるようになって初めての体育祭。自分を受け入れてくれたクラスメイト達と一緒に、楽しみながら勝ちに行きたい。
開会式。選手宣誓の後に、各組団長による勝利宣言がプログラムに組み込まれているのも、初風学園体育祭の特徴だ。
「優勝するのは赤組だー!!」
赤組の団長である三年生の生徒が、台の上で高らかに拳を突き上げた。
それにふわり達も「おー!」と応える。各組の勝利宣言が終わって、各競技が開始される。1つ目の種目は徒競走だ。
控え場所に向かおうとする美世の鉢巻を、ふわりはしっかりと結び直してくれた。
「ふわり、ありがと」
「うん! みよちんが今年も1位を獲れますように!」
魔法もおまじないもしていないが、2人にとってはゲン担ぎみたいなものだ。
「絶対、トップでゴールするから!」
美世は二ッと笑って、控え場所に向かって走っていく。それを見ていたオルラが、「佐藤さん」と声を掛けた。
「私にも、やってくれますか?」
「鉢巻?」
「ええ。次の借り物競争で優勝したいんです」
「魔法の効果はないけど、それでも平気?」
ふわりが尋ねると、オルラはお日様のように明るく笑って頷いた。
「はい。魔法なんてなくても、佐藤さんに結んでもらえれば、絶対に優勝できる気がするの」
オルラの言葉に、ふわりも微笑みながら頷いた。
「分かった。じゃあ、ちょっと後ろ向いて」
ふわりは手際よくオルラの針巻を結び直す。
「よし、できた!」
「ありがとうございます。あ、次! 安住さんの番ですよ!」
オルラに促されて、ふわりはトラックを見た。すると、第二トラックに美世の姿があった。
他の生徒の顔を見てみると、陸上部にバスケ部にソフトボール部、そして女子サッカー部と、軒並み運動部だった。しかも、どの部もかなりの強豪だ。
「うわー! 美世ちゃん、ハイレベルな組に入っちゃったね……」
「いくら美世ちゃんがダンス部で一番速くても、この組だときついかな……」
クラスメイトのダンス部2人が、心配そうに話していた。
それを聞いたオルラは、2人に向かって「大丈夫ですよ」と自信満々な笑顔を見せる。
「安住さんには、大親友のおまじないが掛かってますから。ね、佐藤さん」
「おまじないってほどの物じゃないけど……私、みよちんなら、絶対大丈夫って信じてるよ」
2人の笑顔を見たダンス部たちは、顔を見合わせた後、にっこりと笑って拳を握りしめた。
「そうだね。私たちが信じなきゃ!」
「美世ちゃんのために、いっぱい応援しよ!」
2人はそう言って、美世の方に声援を送った。ふわり達も負けじと声を出す。
「みよちん! ファイトー!」
「安住さん、頑張って!」
スタート係が、ピストルを構える。
「いちについて、よーい……」
パアン!
ピストルの音と共に、美世は走り出した。
やはり、他の組の生徒も早い。しかし、美世も負けてはいなかった。
美世は、トップの緑組……女子サッカー部の生徒と1位争いを繰り広げる。
(絶対に、負けるもんか! だって、ふわりがおまじないをしてくれたんだから!)
美世はラストスパートで速度を上げ、一気にゴールテープを切った。
赤組から歓声が上がる。
「やったー!」
ふわり達は4人でハイタッチをして喜びを分かち合う。
「美世ちゃん、速かったね!」
「これはうちらも負けてられないね」
しばらくして、美世もそこに戻って来る。クラスメイト達がそれを笑顔で迎えてくれた。
「安住、ナイスファイト!」
「美世ちゃん、すごかったよ! てか、美世ちゃんって中等部からずっと徒競走1位じゃない?」
「マジ!? なにか秘訣とかあんの?」
興味津々なクラスメイト達に明るく笑いながら、ふわりの肩を抱いてみせた。
「親友の、超強力なおまじないのお陰!」
美世の答えを聞いたクラスメイト達が次々にふわりを見る。
「ねえ、佐藤! 俺にもおまじないしてくれよ!」
「私にも!」
「あわわ……鉢巻結び直すだけで、魔法なんて使ってないよ!?」
「当たり前だろ! 魔法でズルなんてしたくねーもん! でもゲン担ぎはしたい!」
わいわいしながら、クラスメイト達がふわりに迫る。ふわりはそれに戸惑いながらも、みんなに頼られてるのが嬉しくて笑みを零した。
「じゃあ、1人ずつね。自分の席で待ってて」
ふわりの言葉に返事をし、生徒達は自分の席でウキウキと待機し始めた。ふわりはそれを順番に回り、鉢巻を結び直していく。次の順番は桂だったが……。
「あれ? 桂君、鉢巻の上にヘアバンド巻いてるの?」
「あ、ああ……なんか、着けてないと落ち着かなくて」
「結び直すから、一旦とっていい?」
「う……」
桂は一瞬ためらったが、みんながやってもらっている以上、自分だけ断る訳にもいかないだろうと思い、頷いた。
「分かった。あの……なるはやで巻き直してほしい」
「うん。任せて」
ふわりは頷き、ヘアバンドを外して、鉢巻を一度外す、すると、桂は思った以上に癖毛だったようで、うねった茶髪が爆発した。
「おお……」
驚いた顔で固まるふわりを見て、クラスメイトが笑う。
「桂の唯一の弱点って、癖毛だよな」
「あ、こらお前! 癖毛は隆弘の弱点じゃねーよ! チャームポイントだ!」
智樹が「弱点発言」をしたクラスメイトを小突きに行く。それに恭平も便乗した。
「そーそー! 癖毛とヘアバンドがあってこその隆弘なんだよ!」
「お前ら、桂のこと大好きだよなー」
クラスメイトが更に笑いに包まれる中、桂が恥ずかしそうに口を開く。
「佐藤、ほんと……早くして」
「ああ、ごめんね!」
ふわりは慌てて鉢巻を結び直し、ヘアバンドを着け直した。
「うん。これで、桂君もクラス対抗リレーバッチリだね」
ふわりが笑う。桂はそれにニッと笑って、ガッツポーズを見せた。
「おう。任せとけ」
ふわりは桂に笑顔を見せた後、隣のテツの鉢巻を外した。
「テツ君は次の借り物競争だよね?」
「……」
返事が返って来ない。不思議に思って顔を覗き込むと、テツは赤い顔で頬を膨らませていた。
「え!? テツ君、怒ってる!?」
「怒ってない……」
唇を尖らせるテツを見て、「弱点発言」の男子がニヤリと笑った。
「ヤキモチ妬いてんだろ」
「え!? 木村君が!?」
女子たちも珍しそうにテツを見る。
「ヤキモチ妬いてる木村君、レアじゃない?」
「可愛いねー」
「そうそう、木村も意外と可愛い所あるよな」
クラスメイト達が微笑ましくテツを見つめる。それに照れてしまったのか、テツは赤い顔のまま、誤魔化すようにふわりに笑いかけた。
「僕にも、おまじないやって」
「もちろん」
ふわりは照れ笑いしながら、テツの鉢巻を丁寧に巻いた。
「よし、できたよ!」
テツは鉢巻に触れながら嬉しそうに笑った後、立ち上がった。
「これで優勝間違いなしだよ。ふわりさんのおまじない、よく効くから」
「うん! 応援してるね!」
2人が笑い合ってると、「借り物競争に参加する生徒は集合してください」とアナウンスが入った。
「じゃあ、行ってくるね!」
テツは明るい笑顔で、トラックの方に走っていった。
(テツ君も、みんなの前で自然な自分を出せるようになったんだね)
その後ろ姿を見つめて、ふわりは幸せそうに微笑んだのだった。
* * *
間もなく、オルラとテツが参加する借り物競争が始まる。始めは女子からのスタートらしく、オルラがトラックに並んでいた。
オルラはふわりに巻き直してもらった鉢巻の結び目に手を当て、微笑む。
(絶対、大丈夫。ですね)
「いちについて、よーい」
パアン!
ピストルの音と共に、オルラは走り出した。しかし、彼女は足が遅いらしく、ぺしょぺしょと覚束ない足取りで走っていく。それを見たクラスメイトは、はらはらと彼女を見守った。
「オルラさん、転ばないかな? 大丈夫かな?」
「転んだら簡単に骨折りそうな感じするよな……なんか、華奢だし」
クラスメイトの心配そうな顔を見て、桂も、冷や汗をかきながら彼女を見守っていた。
やがて、オルラがお題の紙を確認し、クラスの方に戻ってくる。
「隆弘君!」
ぺしょぺしょと走ってきたオルラは、息を切らしながらお題の紙を桂に見せた。
そこには太い文字で「ヘアバンド」と書かれている。
「ヘアバンド貸してください!」
「嫌だ」
「ええ!?」
これにはクラスメイトからも、ブーイングが飛ぶ。
「桂、貸してやれよ!」
「可愛いオルラさんの頼みが聞けないってのか!?」
「鉢巻があれば癖毛も押さえられるだろ!」
クラス中からぶーぶーと文句を言われる中、桂は立ち上がってオルラを抱え上げた。
「行くぞオルラ」
「え!?」
「ヘアバンドを取られるぐらいなら……俺が走った方がマシだ!」
「え、ええ!?」
クラス中が呆然とする中、桂はオルラを抱えてゴールへ走っていった。その姿を見て、バレーの強豪選手として桂をよく知る他の組からも驚きの声が上がる。
「桂って、ああいうことするヤツだったのか!?」
「ひゃー……真面目だって聞いてたけど、意外と大胆なんだね」
やがて、桂はオルラを抱えたまま、トップでゴールを切ってしまった。
ゴール係が、桂を見て戸惑う。
「あの、今、女子の借り物競争ですよね……?」
「ああ、私が走ってたんです!」
オルラは慌てて桂から降り、お題の紙を渡す。
「ヘアバンド……」
ゴール係は桂の頭にヘアバンドが巻かれているのを見て、ぎょっとした。
「え!? ヘアバンドが自ら走ってきちゃったんですか!?」
「ダメでしたか?」
「いや、手を繋いで走って来るとかだったらいいんですけど、さすがに抱きかかえるのはアウトですかね……走者が走ってないんで」
「失格です」と無慈悲に言い渡され、桂はショックを受けてうなだれた。それを見ていたオルラが、隣でクスリと笑う。
(失格だったけど、いい思い出ができたわ。佐藤さんのおまじないのお陰ね)
落ち込みながら自分の席に帰ってきた桂と、なぜか嬉しそうに戻ってきたオルラを見て、クラスメイトのテニス部が「桂ー!」と彼の頬をむにっと潰す。
「お前ー! 失格だったうえに、オルラさんと付き合ってやがるのかよ! クラス対抗リレー優勝しなかったら許さねーぞ!」
「ごめん……」
力なく、ムニムニとされ続けている桂を見て、他のクラスメイト達は笑った。
「まあ、ここからどうカバーするのかが私らの腕の見せ所よ」
「そーそー。まだ始まったばっかりだし、粘り勝ちしてやろうぜ」
流石、スポーツ強豪校。1つの失敗をいつまでも後悔せず、次を見据えている。誰1人として、まだ優勝を諦めていない様子だった。
そんな様子を見ながら、ふわりは次の走者を確認する。すると、トラックにテツの姿があった。
「あ、テツ君だ!」
ふわりの声を聞き、クラスメイト達が一斉にテツの方を見る。
「ほんとだ!」
「木村! ファイトー!」
ピストルが鳴って、テツが走り出した。元野球部というだけあって危なげない走りをした後、お題の紙を確認して素早くクラスの方に戻って来る。
「ふわりさん!」
テツは席に座ったふわりの手を引いた。
「一緒に来て!」
「う、うん!」
先ほどのオルラとは異なり、スムーズにお題を遂行したテツだったが、クラスメイト達は首を傾げた。
「お題、何だったんだろうな?」
「ねー! あ、もしかして……好きな人とか?」
「うおー! まじか! でもあり得るなー!」
クラスメイト達が賑わうのを背に、テツはふわりの手を引いて走っていった。
テツの方が足が速く、ふわりは着いて行くのでやっとだった。息が上がって、お題が何かを聞くこともできない。
スムーズな動きが功を奏したのか、2人は1位でゴールすることができた。
「お題を確認しますね」
ゴール係はお題の紙を確認して、にっこりと笑った。
「一番仲が良い人、ですね。オッケーです!」
ゴール係に促されて、テツとふわりは順位を示す旗の前に座った。
「一番仲が良い人……か」
ふわりは、腕に口元を埋めて、ふにゃふにゃと笑う。
「へへ……」
その様子を見たテツも、照れ臭そうに笑ったのだった。




