50 空色の約束
魔導士協会とLODAM。双方の復讐は、グリフィンの死と、琉貴の逮捕によって幕を閉じた。
グリフィンの死は世界的に報道され、世界中の魔導士が彼の死を悼んだ。そして、LODAM日本支部長官の不祥事も明らかになったことで、世界の魔導士に対する見方は大きく変わりつつある。多くの人が、魔導士と人間が憎しみ合い、怖がり合うことに対して疑問を持ち始めたのだ。そんな中LODAM長官のセラが再度、魔導士と人間が互いを許し合い、手を取り合う未来の重要性を強調したことで、世論は和平の考え方に大きく傾いている。まだ時間はかかりそうだが、いつかきっと、アリスの信じた平和な未来が訪れることだろう。
また、攻撃されてすぐは瀕死状態だった琉貴も、ふわりが繰り出した「春の魔法」を浴びたことで一命を取り留めたとのことだ。
琉貴が目を覚ました後、彼が退院して警察に逮捕される前、テツは彼の病室へ見舞いに行っていた。病室のドアを開けるテツを見た途端、琉貴は目を丸くした。
「……テツ」
「父さん、体調は大丈夫?」
テツはベッドのすぐ脇の椅子に腰を下ろす。
「ああ。……さっき、医師から聞いたよ。魔法の力で傷が軽減されていた、と」
「そっか」
「……僕は、魔法に狂わされて、魔法に救われたんだな」
琉貴は病室の窓から外を眺める。7月に入りたての空は心を吸われるような紺碧で、間もなく梅雨が明けるかと言った様子だ。
「母さんは、何か言ってたか?」
「離婚は考えてないから、元気になったら早く罪を償って帰って来いって」
「ああ、相変わらず、敬子の考えることはよく分からないな。僕のおかした罪が、どれほど重いものなのか……本当に分かってるのかな」
「分かってると思う。分かった上で、父さんのことを待ってるんだと思うよ」
テツの言葉に、琉貴はふっと表情を緩める。夏の朝の日差しが、彼の顔を暖かく照らしてくれた。
「……そっか。なら、ちゃんと帰らないとな。セラ長官の記者会見に言わせてみれば、そうやって僕を信じてくれる彼女の行動も、魔法になるのか」
「そうだね。……ねえ父さん。魔法も、悪くないでしょ」
テツが微笑むと、琉貴は久方ぶりに、心からの穏やかな笑顔を見せてくれた。
「ああ。そうだな」
琉貴が逮捕されてしばらくは慌ただしかったテツの周りも、ようやく落ち着き……今は、クラスメイトたちと共に楽しく過ごせている。そう、ふわりは蓮介に話していた。もうすぐ体育祭だから、楽しみなのだとも言っていた。
蓮介も妹たちの日常が戻ったことに安心し、心置きなく、部活動に顔を出せるようになった。
今日も、蓮介は芽生たちと共に朝練を終えることができたのだった。
「……そんなことがあったんですね」
早朝の噴水公園。朝練を終えた蓮介と芽生は、まだ水が出ていない噴水のヘリに腰かけていた。
「なんだか、壮大な話で……まだ全部理解できてないんですけど、とりあえず、平和が戻ったってことで良いんですよね?」
芽生が腕を組みながら頭を悩ませているのを見て、蓮介はクスリと笑った。
「うん。それで大丈夫だよ」
「なら、良かったです。蓮介先輩も、その……お疲れ様でした」
芽生は蓮介に微笑む。
「ありがとう。これで、あと少しになっちゃうけど、部活にも安心して顔を出せるよ」
——あと少し。
蓮介の言葉に、芽生は寂しそうに笑う。
「卒業したら、イギリスに行っちゃうんでしたっけ」
「……うん」
「寂しくなっちゃいますね」
「うん。そうだね」
蓮介も目を伏せながら笑う。
ずっと、実家のカフェを継ごうと思っていた蓮介が、イギリスに行く理由は、たった1つ。
LODAMと魔導士協会の立て直しのためだ。
どうやら、今回の事件がきっかけで、セラはLODAMと魔導士協会を融合させることに決めたらしい。人間と魔導士が手を取り合って平和を作る、という姿勢を自分たちがまず体現しようというのだ。この意見は、双方で既に合意されているらしいのだが、問題は魔導士協会が現在、統制のとれない状況にあるということだ。
グリフィンがいなくなって以降、次の会長を誰にするのかも、まだ話し合いの最中で決まっていないのだという。そこで、しばらくの間はLODAMの職員が魔導士協会を手助けし、融合に向けて動くつもりなのだという。ただ、LODAMの方も、今回の事件の処理で職員が駆り出されてしまい、人手が足りないとのこと。
そこで、叔父のエドウィンが蓮介に手伝いを頼んできた、というわけだ。
始めは手伝いなんて言っていたが、その後すぐに「セラ長官も、君を正規職員として雇わせてくれって言ってる。衣住食も僕が保証するから、来てくれないか」なんて頼み込まれてしまい、もう断ることもできなかった。
「いつ、日本に帰って来るんですか?」
「まだ分からない。もしかしたら、ずっとイギリスで働くことになるのかも」
「そう、ですか……」
芽生が悲しそうに俯く。そんな彼女を見て、蓮介は優しく彼女に声を掛けた。
「ねえ、芽生ちゃん。ちょっと、左手を貸してくれる?」
「左手?」
芽生は不思議に思いながらも、蓮介に左手を差し伸べた。
「あの、手がどうかしたんですか?」
「ふふ、焦らないで聞いてね」
蓮介は微笑み、ポケットから小さなものを取り出した。
朝日に照らされてキラリと輝いたのは、青色の宝石が付いた指輪だった。
芽生は目を丸くする。
「蓮介先輩、それ……」
驚いた表情を浮かべる芽生に微笑んで、蓮介は彼女の薬指に指輪を嵌めた。
「いつか、もっとちゃんとしたものを渡すまで、待ってて」
「あ……」
「芽生ちゃんが卒業したら……結婚しよう」
「へ……」
芽生は顔を真っ赤にしたまま口をパクパクさせる。
「あわ……け、結婚!?」
「うん。芽生ちゃんが卒業する頃には、俺も25歳だし……経済的にも自立してると思うんだ。いや、自立した上で、君を支えてみせるから」
「ほ、本気ですか……」
「うん。もちろん」
「わあ……」
今自分の身に起きていることが信じられず、芽生は指輪を見つめたまま、しばらく何も言えなかったが……すぐに我に返って、自分の両頬をぱしっと叩いた。
「あの、蓮介先輩!」
「何?」
「私、卒業したら、蓮介先輩の待つ場所に行きます。そこが日本でも、イギリスでも……絶対に、あなたを迎えに行きますから! だから……私のこと、待っててくれますか?」
芽生の言葉に、蓮介は明るい笑顔で頷いてくれた。
「うん。楽しみに待ってるね」
日が高くなっていく。世界がどんどんと朝の色を濃くしていく中、2人は微笑み合いながら口づけをしたのだった。




