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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第三章 君が変えてくれた世界
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49 世界で一番優しい魔法

 エディが魔法陣に飛び込んだ先には、冬のロンドンの街中が広がっていた。今の季節を考えるに、仮想空間……いや、グリフィンが作り出した魔法による幻覚と捉えるのが妥当か。

 左肩を押さえながら琉貴を睨みつけるグリフィン。そして、何も構えずに仄暗い微笑みを浮かべている琉貴。余裕のある琉貴の姿に、エディは違和感を覚える。


「なぜ、笑っていられる? ここにもう、助けなんてこないぞ」

 グリフィンが鋭い言葉を吐き捨てる。

「はは……それは、あなただって同じだ。分かっているんだろう? 自分の置かれた状況が……もう、手遅れだってこと」


 琉貴は高々と笑う。すると、グリフィンは苦しそうに蹲り、浅く呼吸をし始めた。その様子を、琉貴は恍惚とした目で見つめる。


「愛する弟子が、化け物になったら……アリスはきっと、絶望するだろうなあ!」


 そう言ったが最後、グリフィンの黒いローブをドラゴンの羽が突き破った。身体の形がみるみるうちに変わっていく。やがてグリフィンの原型はなくなり、彼は黒く大きなドラゴンへと姿を変えた。彼の吐く息が白く濁る。瞳はアイスブルーの光を放っていた。


「なに……!?」


 エディは目を見開く。


「琉貴! グリフィンに何をしたんだ!?」

「ああエディ……簡単なことさ。「魔力制御弾」に少し細工をして撃ち込んだんだよ」

「細工だと?」

「そう。心理魔法を組み合わせることで、術者の感情によって、魔力の強弱をコントロールする仕様にしたんだ。協力してくれたのは、他ならぬ魔導士協会だよ。本来は、こちらの働きかけによって破壊活動に迷いが出た魔導士を確実に無力化するためのものだ。だが……はは! グリフィンの復讐心は予想通りの大きさだった! こんな化け物になるなんて!」


 タカが外れた同僚を見て、エディはたじろぐ。


「ぐ、グリフィンを化け物なんかにして、何になるんだ。そんなことをして、君の復讐心が満たされるのか?」

「ああ、まだ足りない。グリフィンが暴走して、この世界を滅ぼしてくれたら完璧だ。大切な愛弟子が世界を滅びぼしたと知れば、アリスはきっと絶望に突き落とされるだろうからな」


 その言葉を聞いて、すぐ。

 エディは、琉貴のことを殴り飛ばしていた。


「ぐは!?」

「馬鹿野郎が!! 壮絶な人生を歩んで、むごい最期を迎えたアリスを……母さんを、まだ苦しめるつもりか!? そんなこと、僕は絶対に許さない!」


 エディはそう言うと、琉貴を拘束魔法で縛り上げた。


「何をする!」

「僕が、今ここで、グリフィンを止める!」


 エディはそう言い放つと、グリフィンに向かって火炎魔法を繰り出した。赤い炎の弾丸は、グリフィン目掛けて勢いよく飛んで行く。

 見た所、グリフィンの属性をこれと言い切るなら「氷属性」だ。だから、間違いなく火炎魔法は有用なはずだった。

 しかし、グリフィンが咆哮すると、炎の弾丸はサラサラと砂のように溶けて消えてしまった。


(解除魔法……防御魔法の応用か……!)


 次はグリフィンが攻撃に移る、彼が翼をはためかせると、2人目掛けて吹雪が巻き起こった。強い冷風に煽られて、2人とも立っていられない。

 グリフィンは更に攻撃を仕掛けた。鋭く光るつららが彼の顔の前に円形に回り、やがて二人に向かって雨のように降り注ぐ。エディは咄嗟に防御魔法を展開したが、魔導士でない琉貴は、つららを全てその身に受けてしまった。


「ぐあ……!」

「琉貴!」


 琉貴がその場に倒れ込む。つららが刺さった場所から、肌や服の色が白く変化して、凍り始めていく。その冷たさと恐怖に耐えきれず、琉貴は気を失ってしまった。早く処置しないと、命に関わる。一旦、彼を連れて撤退するべきか。しかし……。


 迷っている間にも、グリフィンはつららを降らせ続ける。防戦一方で、動くことすらままならない。


(どうしたらいい……?)


 エディがすっかり焦ってしまった、そのときだった。


「もうやめて!」


 ふわりの声が、魔法陣の中に響いた。

 エディが振り返ると、テツと手を繋いだふわりが、桃色の瞳で真っ直ぐにグリフィンを射抜いていたのだ。


「ふわりちゃん……!」

「グリフィンさん……」


 ふわりはテツと目を合わせ、しっかりと頷き合った。そして迷いなく、グリフィンの方に、テツと繋いでいない方の手を伸ばす。すると、どこからともなく、桜の花びらが、グリフィン目掛けて吹き抜けた。


「ずっと、寒かったよね。寂しかったよね。私も……おばあちゃんが殺されたって聞いた時、すごく心が冷たくなったよ」


 春風が徐々に強くなっていき、吹雪が押し返されていく。桜の花びらも増えていき、やがて桜吹雪と呼ばれるまでに勢力が強くなった。


「LODAMの人も、何も知らなかった自分も許せなかった。何を信じればいいのか、分からなくもなったよ。でも……そんなときでも、大切な人たちが傍にいてくれたの。その人たちの温もりが、私を……私たちを、前へ進めてくれた。その人たちの愛情を、復讐なんて気持ちで塗り替えたくなかったの」


 ——デモ。


 グリフィンの声が、冬と春が混じるロンドンに響く。


 ——デモ、アリスセンセイハ、モウ、ボクノソバニイナイ。モウ……アエナイ。


 涙が出そうな、震えた声だった。


 ——カノジョガ、シアワセニイキテイテクレタラ、ボクハソレダケデヨカッタノニ。


 アイスブルーの瞳から、冷たい涙がポロポロと零れ落ちていった。グリフィンは悲しみに耐えきれずに、その場に崩れ落ちる。その様子を見て、ふわりはテツと共に彼に歩み寄っていった。桜が舞い散るロンドンをゆっくりと進んでいく。


「ねえ、グリフィンさん。おばあちゃん……アリス・スチュワートは、私たちの幸せを祈ってくれていると思うの。私たちの幸せが、きっと……おばあちゃんの幸せだったんだよ」


 ——ドウシテ、ソウイイキレルンダ。


「あなたも、私も……この世界のみんながそうだから。みんな、大切な人が笑ってくれる明日が欲しくてたまらないの。大切な人の笑顔のために、私たちは色んなことを頑張るでしょう。言葉も、微笑みも……魔法も、大切な人を想って使うものなんだよ。私たちは、愛する人のために魔法を使うの。それを、おばあちゃんたち家族や、テツ君や、友達みんなが教えてくれたんだ」


 ふわりはそう言うと、微笑みながらグリフィンの鱗でゴツゴツした頬に触れた。


「この世界も、魔法も……あなたが思うよりずっと、優しくて温かいものなんだよ。おばあちゃんが、信じたように」


 アイスブルーの瞳が見開かれる。そこから、涙がボロボロと滴っていった。


「う……うう……」


 グリフィンの体が元に戻っていく。巨大だったドラゴンは、みるみるうちに小さくなり、黒いローブ姿の男の姿に戻った。


「アリス、先生……僕は……あなたのために、魔法を使いたかったんだ。あなたが、笑ってさえくれれば、僕の愛が叶わなくても、世界が平和にならなくても良かった」


 泣きじゃくりながら蹲るグリフィンの頭を、ふわりは優しく撫でる。彼女の優しさに触れながら、グリフィンは尚も泣き続けた。


「もう一度、あなたの笑顔が見たい。笑顔が、見たいよ……」


 その時だった。

 ふわりの髪飾りが、ふわっと桜色に輝いたのだ。


 ——グリフィン。


 懐かしい、おしとやかな声が、桜色のロンドンに零れ落ちた。

 グリフィンが顔を上げると、目の前にいたのは、ふわりではなく……最愛の師、アリスだった。

 アリスは、昔のように目を伏せながら笑って、グリフィンを抱きしめる。


 ——どうか、幸せでいて。私の分まで、大切な人と、幸せに生きて。


「先生……」


 ——あなたの幸せが、私の幸せなの。……愛してるわ。私の愛しい、小さな魔法使いさん。


「あ、ああ……!」


 グリフィンは泣きじゃくりながら、アリスを抱きしめ返した。


「愛してる。愛してるよ、先生……世界で一番、大好きだよ……!」


 グリフィンが涙ながらにそう言い終えた途端、アリスは微笑みながら、光が消えるようにいなくなった。

 ふわりの髪飾りに、もう魔力は感じられない。きっと、今の幻が最後だ。


「……ありがとう」


 涙を流しながら、グリフィンはふわりに笑いかけた。


「君のお陰で、最後に、アリス先生に会えた……」


 そう言った瞬間、グリフィンはむせるように血を吐き、その場に倒れ込んだ。


「グリフィンさん!」


 ふわりとテツが、慌ててその体を支える。しかし、高身長のグリフィンは重たく、寝かせてやることしかできなかった。

 遠くから、セラが走ってくる。


「グリフィン……あなた、魔力を……」

「ああ、さっきので、使い果たしたみたいだ……魔力が暴走したせいで、もう、体がボロボロだ……」

「……そう、なのね」


 セラの頬に、涙が伝う。


「ねえ、あの日……私が、あなたと別れたあの日。すごく、後悔したのよ」

「僕を愛してしまったことか……?」

「いいえ、違うわ」


 セラは自分の唇に人差し指を当てた後、グリフィンの唇にその指を当てた。


「あなたを愛している自分に、嘘を吐いたこと。……ずっと、あなたが好きだったわ。あなたを愛してから、別れた後も、今ままで一日も欠けることなく、ね」

「そうか……」


 セラの言葉に、グリフィンは穏やかに微笑み返す。


「少しの間でも、君と過ごせて、本当に……幸せだったよ。セラ」

「うん……」


 セラは涙ながらに微笑んだ。

 足音が聞こえてきて、今度はオルラと蓮介がやって来る。蓮介の手には、アリスの遺書があった。


「グリフィン会長……!」


 グリフィンが倒れていることに気が付き、オルラたちは急いで駆け寄って来る。


「会長……」


 オルラはグリフィンの状態を見て、彼の命が消えようとしていることを察し、悲しげに顔を歪めて、崩れ落ちた。


「オルラ……そんな顔を、しないでくれ。僕は、君を……傷つけたのだから」

「……それでも、グリフィン会長……あなたが、私を救ってくれたことには、変わりません。奴隷のように虐げられて、道で倒れていた私のことを、救ってくれた……あの日からずっと、あなたが大好きだったの。大好きで、でも怖かったの。あなたにだけは、嫌われたくなかったの……」


 涙を流しながら、オルラは震える声で必死に言葉を紡いだ。それを聞き、グリフィンは憑き物が取れたように微笑む。


「救われたのは、僕の方だった。セラと別れて、アリス先生も殺されて……あの頃の僕の心は、真冬のような寒さで……ずっと、凍えていたんだ。でも、オルラ。君が、僕のために食事を作ってくれたことや、ソファで眠る僕にブランケットを掛けてくれたこと……そんな些細な優しさが、僕の寂しさをほんの少し和らげてくれていた。君は、僕の光だった……。そのことに、今さら気づいた僕は、愚か者だな……」

「グリフィン会長……」


 涙を滴らせながら、オルラはグリフィンの手を握った。彼が、最期のその瞬間まで、寒さを感じないように。


「グリフィンさん。ばあちゃんの、手紙……ここで、聞いてくれますか」


 蓮介が静かに尋ねる。グリフィンはそれに「ああ」と短く頷いた。


「親愛なる——」


 ——親愛なる小さな魔法使いへ


 私の愛する、「よくできた弟子」に、この手紙を送ります。

 何年経っても、あなたと私が生きた時代を思い出して微笑んでくれるように、昔、物語を聞かせていた時のように語らせてね。

 

 ……昔々、イギリスには「魔導士」と呼ばれる魔法使い達がいました。

 彼らは、魔法という不思議な力を使い、動物と話したり、誰かの願いを叶えたりしながら、楽しく穏やかに生活していました。

 しかし、戦争が始まると、魔導士達は敵国を殲滅するために利用されるようになったのです。

 誰かを笑顔にするための魔法は、誰かを傷つけるための力に代わり、多くの人の命を奪いました。

 しかし、それと同時に、多くの国民の命を守ったことも事実です。それなのに……イギリスの人々は、魔導士を恐れるようになりました。

 やがて、魔導士の命を奪う魔導士狩りが始まり、多くの魔導士が命を落としました。

 それを止めるために、1人の魔女が立ち上がりました。

 彼女は、イギリス政府直属の魔導士狩り専門組織……Line of defense against magic──通称LODAMという組織の長官と交渉し、魔導士狩りを終わらせました。

 その後、イギリス政府との約束で、武力を分散させるために、魔導士達は世界中に散らばります。

 世界中の多くの人々は、魔法という力を怖がり、魔導士達を言葉や暴力によって傷つけました。

 多くの魔導士が泣きました。多くの魔導士が苦しみました。

 これから先も、そんな日々が続くかもしれない。でもね、忘れてはいけません。


 魔法は、人を笑顔にするものです。

 魔法を受け入れてくれる人もいるのです。

 だから、全てを拒絶しないで。私の愛しい小さな魔法使いさん。

 あなたの世界は、あなたが思っているよりずっと優しくて美しいのよ。

 そのことを、どうか忘れないでね。


 いつか眠りにつくとき、あなたが愛する人たちに囲まれて、微笑むことができますように。

 愛しているわ。

 

 あなたの家族 アリス・スチュワートより




「先生」


 グリフィンは空を見上げて、微笑んだ。


「先生の願い事、叶ったよ」


 そう穏やかに言い残して、グリフィンは静かに目を閉じた。

 ロンドンの街が、光の粒のようにサラサラと崩れて、消えていく。

 遠くから、琉貴を抱きかかえたエディが歩いてきて、泣きそうな顔で微笑んだ。


「帰ろう。母さんが信じた、優しく美しい現実に」


 エディはそう言うと、帰りの魔法陣を生み出した。

 蓮介とテツが、グリフィンの亡骸を抱え上げて、運び出す。それに、オルラとセラも続いた。

 最後、ふわりもゆっくりと魔法陣に向かって歩いて行く。


 ——世界は、幸せなだけじゃない。誰かと憎み合ったり、傷ついて泣いたりすることもある。だけど……誰かと愛し合って、笑い合えたら、きっと……おばあちゃんが信じていた世界が見られるんだよね。そして、そんな世界を作るための力が、「魔法」なんだよね。


「ねえ、おばあちゃん」


 ふわりは小さく呟き、微笑む。


「魔法は、素敵なものだね」


 魔法陣の中に足を踏み入れた途端、ふわりの姿が柔らかい光に包まれて、消えた。

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