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君の魔法が僕の世界を変えていく。  作者: 月島
第三章 君が変えてくれた世界
49/55

48 それでも、一緒に

 蓮介と、その場に居合わせた桂がテツを佐藤家2階の蓮介の部屋に運び込み、ベッドに寝かせた。その後、駆けつけた美世と冬紀も心配そうに見つめる中、ふわりの母がテツの状態を確かめる。


「……昏睡魔法の跡があるわ。確認なんだけど、この魔法を掛けたのはグリフィンさんじゃないのよね?」

 母の質問に、蓮介が答える。

「うん。彼じゃなくて、琉貴さん……LODAMの日本支部長官の人に撃たれて、気を失ったんだ」

「LODAMの人って、魔法道具を扱うんですか?」

 母が尋ねると、セラはしっかりと頷いた。

「ええ。私たちの役目は、魔導士と人間の平和を守ること。でも、人間に敵意を抱く魔導士も大勢いるの。その人たちの暴走を止めるために、魔導士協会から魔法道具を貸し出されているわ。魔導士じゃなくても使える簡易的なものだけど、威力は十分にある」

「そうなんですね……。それを普通の人間がまともに喰らったとなると……」


 母は言葉を濁す。魔法に耐性のない人間にとって、魔法とは命に関わる凶器だ。それはテツだった例外じゃない。ふわりもそのことを理解していたから、沈痛な面持ちで俯くことしかできなかった。


 ——私のせいで、テツ君が……。


 涙が零れ落ちる。泣き続けていた目は真っ赤だ。

 そんなふわりの様子を気遣って、母はこれ以上、深刻なことは言わず、今できることに話を移す。


「とにかく、今はテツ君の昏睡魔法を解くことが先決ね。昏睡魔法は「心理魔法」の部類に入る。イメージとしては、夢の世界に閉じ込められて、外側から何重にも結界を貼られるせいで外に出られなくなっているイメージよ。だから……テツ君の夢の中に入って、その結界を1つずつ崩していくのが一番早い」


 母はそこまで言うと、蓮介とふわりに視線を送った。


「蓮介と私で、テツ君の夢の前まで道を作るわ。だから……ふわり、あなたがテツ君を迎えに行ってあげて」


 蓮介が頷く一方で、ふわりは弱々しく涙を流していた。声には出ていないが、まるで、「自分には無理なんじゃないか」と言っているようだった。

 その気持ちを読んだのか、蓮介がふわりの涙をハンカチで拭って微笑む。


「テツ君、きっと待ってるよ」


 ——でも、私1人じゃ、きっと……。


「ふわり。ふわりは、もう1人じゃないよ。周りを見てごらん」


 蓮介に促されて、ふわりは後ろを振り返った。すると、自分と同じく心配そうな顔をしたオルラ、美世、冬紀、桂が傍にいた。

 美世が、ゆっくりと、ふわりの隣に座り込み、ふわりの背中を優しく支える。


「ふわり。私も、傍にいる。ふわりと一緒に、頑張るから」

「佐藤さん」


 オルラもふわりの右隣に座り、彼女の右手を握った。


「私も、あなたの味方です」


 後ろに立ってた冬紀も美世の隣に座り、ふわりにニコっと笑いかける。


「オレも一緒にいるよ。テツのこと、みんなで迎えに行ってあげないと」

「ああ、そうだな。あいつ、ああ見えて寂しがり屋だから」


 桂もオルラの隣に座り、ふわりに向かって微笑んだ。

 みんなの笑顔を見渡し、ふわりも……覚悟を決めて頷く。


 ——テツ君のこと、絶対に、連れて帰るんだ。それで、もう1回……好きだって、伝えるんだ。


 娘の表情が変わったことに微笑み、母は蓮介の視線を交わした。

 蓮介は頷き、テツの額に触れる。息子の背中を、母はそっと支えた。


「ふわり」


 蓮介がふわりに手を差し伸べる。その手をしっかりと握った。

 刹那、強い風の吹き抜ける心地がし……ゆっくりと辺りを見渡すと、そこは昔、家族旅行で遊びに行った京都の街中だった。あの日と同じく、観光客で賑わう通りの真ん中に、ふわりは立っていた。


「ぐす……ぐす……」


 人だかりの中に、泣き声が聞こえる。もしかして、テツ君かな……と、ふわりはその泣き声の主を探して歩いて行った。

 しばらく歩くと、人混みがぽっかりと空いている場所があり、周囲の人に心配そうな目を向けられながら、小さな黒髪の男の子が泣いていた。

 どこかで、見たことがあるような気がした。少し疑問に感じつつも、ふわりは彼の前にしゃがみこみ、「大丈夫?」と声を掛ける。すると、男の子は涙を拭って顔を上げてくれた。

 その顔を見て、すぐに気が付いた。この子は、多分、幼少期のテツ君だ。優しい目元が彼によく似ている。


「お姉ちゃん、誰?」

「私は佐藤ふわり。あなたを助けに来たの」

 ふわりは優しく微笑みながら、彼と視線を合わせて声を出す。夢の中だからか、先ほどまでは出せなかった声も問題なく出すことができていた。

「僕を……?」

「そう。お名前、教えてくれる?」

「テツ……木村一哲」

「そっか、テツ君だね」


 ふわりは彼と手を繋ぎ、優しく尋ねた。


「どうして泣いてたの?」

「……分からない」

「分からないの?」

「うん。分からないけど、なんだかすごく悲しくて、寂しいんだ」


 テツの目に、再び涙が浮かぶ。零れ落ちた涙を拭って、ふわりは彼と手を繋いだまま、立ち上がった。


「私が一緒にいるから、大丈夫だよ。テツ君が寂しくなくなるように、一緒に行くから」

「行く……どこに?」

「テツ君の大切な人が待ってる場所に」


 ふわりは微笑んで、テツと一緒に人だかりの中を歩き始めた。恐らく、ここはテツの夢の入口だ。だから、奥に繋がる結界を破る鍵がどこかにあって、その結界を破っていった先に、本当のテツがいるんだと思う。

 ふわりは辺りを見渡しながら、小さなテツと共に京都を歩いた。

 歩いているうちに、どういうわけか人通りが少なくなっていく。やがて、渡月橋に辿り着く頃には、観光客もまばらになっていた。そんなこと、現実ではあり得ないだろうに。

 渡月橋から見える紅葉を見ながら歩いていると、唐突に、テツが「父さんが」と喋りだした。


「父さんがね、昔、外国には黄色い紅葉があるんだって教えてくれたんだ。それを、一緒に見に行こうって約束して……でも、今は少し、行きたくないんだ」

「どうして?」

「どうして、かな……」


 歯切れの悪い返事が返って来る。ここは夢の中だし、もしかしたら、このテツも記憶が曖昧なのかもしれない。というか、この子もテツの作り出した夢の一部なんじゃないか。だとしたら、夢の奥にいるテツと繋がっているのだろうか。


「ねえ」

「何?」

「ちょっと、気になるところがあるんだ。行ってもいい?」

「ああ、うん。分かった」


 何か手がかりが得られるかもしれない。ふわりはテツの向かう先に、手を繋ぎながら着いて行った。

 やがてテツが立ち止った先は、小さなお寺だった。

 そこには、黒猫とカスタード色の髪をふわふわさせた少女が微笑みながら佇んでいた。


(あの子、もしかして……私?)


「あの魔法使いの女の子がね、昔、僕のことを助けてくれたんだ。また会えるおまじないも、してくれた。でも……」


 テツの言葉が曇った途端、少女の姿が消えて、目の前に涙目で顔を顰めた琉貴が現れた。


『魔法は、人を傷つけるものだ』


 彼ははっきりと、そう言ってのけた。


「父さんが、魔法を嫌ったんだ。だから……僕も、魔法を好きでいる自分を、隠さなくちゃいけなかった。あの子のことも、否定して……ねえ、お姉さん」


 テツがふわりを見上げて、泣きながら必死に尋ねる。


「魔法はっ……誰かを傷つけるもの、なの……? みんなを幸せにするものなんじゃないの?」


 涙をボロボロと滴らせながらふわりに尋ねるテツを見て、ふわりは迷うことなく首を横に振る。


「魔法は、みんなを笑顔にするものなんだよ。そう、教えてくれた人がいるの。だから……テツ君は、間違ってないよ」

「ほんとに?」

「うん。ありがとう。魔法を好きになってくれて」


 ふわりが微笑んだそのとき、辺りの風景がガラスの割れるように砕けていった。次に現れたのは、ふわりが見たことのない街の住宅街で、サッカーボールを片手に歩くランドセルを背負った少年たちだった。

 彼らは、ケタケタと笑いながら、小さなテツに向かって尋ねる。


『そうやって魔法で人を傷つけるからいじめられたんだってー』

『んだよな。まじで魔王だよな』

『テツもそう思わね?』


 そう無邪気に笑ったまま、少年たちは動かなくなる。やはり、この世界に出てくる人間は、テツが生み出した夢なのだろう。


「このときね、僕、「そうだね」って言っちゃったんだ。友達に嫌われるのが怖くて……嘘を吐いちゃったんだ。それがすごく……悲しかった。この時から、ずっと……嘘ばっかりついて、作り笑いばっかりしてたんだ」


 そう言って、テツは俯く。再び泣き出してしまった彼の背中を擦りながら、ふわりはしゃがみ込んだ。


「大丈夫?」

「……ううん。このときから、ずっと寂しかった。本音を言い合えて、ずっと一緒にいたいって思える友達が、欲しかった……僕には、きっと無理だろうけど」

「無理じゃないよ」


 ふわりは微笑んで、続ける。


「テツ君には、素敵な友達がたくさんできるよ。私、この目でしっかり見てきたから」

「ほんとに?」

「うん。だから、一緒に会いに行こう」

「……うん」


 テツが涙目で頷いた途端、再び世界が砕け散り、次に現れたのは春の河川敷だった。そこで猫と会話をしているふわりを、2人は遠くから眺めていた。


「……佐藤ふわりさん。あの子を見た時、ずっと信じられなかった「魔法の素敵さ」が、もう1回信じられた気がしたんだ。佐藤さんの魔法があれば、僕の寂しさが無くなるんじゃないかって……本音で話せる友達ができるんじゃないかって思ったんだ。でも、その気持ちは少し間違ってた。……魔法で友達を作りたかったんじゃない。魔法使いの佐藤さんと友達になりたかったんだ」


 テツはそう言って、ふわりの手をぎゅっと握る。その後、次に広がった世界は、あの星空観測の場所だった。

 2人の隣に、ふわりが微笑んで立っている。その笑顔を見て、テツは口を開いた。


「友達になりたかったはずなのに、いつの間にか、佐藤さんのことが、大好きになってた。ずっと一緒にいたいって、思うようになってた。佐藤さんのお陰で、僕の世界は、すごくキラキラするようになったんだ」


 テツが笑った途端、世界が切り替わった。

 様々な場面が映った。アパートで二人きりだったときのこと。遊園地デートのこと。創業祭のこと……。その間に、桂や冬紀たち、友達の姿もあった。


「手放したく、なかったな」


 そう弱々しい声が響いた途端、2人の目の前に悲しそうに顔を歪める琉貴の姿が映った。


『父さんは……アクセル・ノイマンは、その憎しみに駆られて、当時の魔導士協会会長を殺してしまった』

「ごめんね、ふわりさん」


 手を繋いだ小さなテツが、涙交じりに呟いた。


「僕のおじいちゃんがいなかったら、ふわりさんは今も、おばあちゃんと幸せに暮らせていたかもしれないのに……でも、おじいちゃんたちが繋いでくれた命を否定して君に出会えなかった未来を想像すると怖いんだ。自分勝手、だよね」


 テツは涙を零しながら、しゃがみ込む。そんな彼のことを、ふわりは優しく抱きしめた。


「そんなことないよ。……私、テツ君のことを自分勝手だなんて思わない。たとえ、テツ君のおじいさんが、私のおばあちゃんを殺したのだとしても……私は、あなたが大好きだよ」


 言葉尻が震えた。ふわりの頬を、一筋の涙が伝う。しかし、表情は穏やかに微笑んでいた。


「私ね、もう1回、テツ君に会って伝えたいんだ。大好きって」

「あのね、僕も……ずっと伝えたかったことがあるんだ。一緒に、来てくれる?」

「うん。もちろん」


 ふわりが頷いた次の瞬間。本当のテツを覆っていた最後の結界が、砕けた。

 目の前に広がるのは、あの創業祭の最後の場面。別れを切り出したベンチに座って目を閉じる彼と、見慣れた商店街の風景だった。

 空を見上げれば雨雲が迫っており、夕方にも関わらず、暖かな夕日の光は無い。

 ふわりはテツと繋いだ手を離して、ベンチで眠るテツの頬を両手で包んだ。


「テツ君」


 涙が、はらはらと零れ落ちていく。


「私、テツ君が大好きだよ。あなたが昔、魔法を否定したことがあってもいい。あなたが、おばあちゃんを殺した人の孫でもいい。優しいあなたが、世界で一番大好きなの」


 ふわりはそう言って、テツの唇に自分の唇を重ねた。

 雨雲が晴れていき、2人の顔を、柔らかな夕日が照らしていく。

 テツはゆっくりと目を開けた。それと同時に、涙が頬を伝って流れていった。

 テツはふわりの頬に手を添える。柔らかく、2人の唇が重なった。

 ゆっくりと、丁寧に時を刻むように、2人の顔が離れていく。テツの目の前に、涙を流しながら微笑むふわりの姿があった。夕焼けに照らされ、涙が橙色に輝いている。

 綺麗だった。


「ふわりさん」


 テツは、いつものように優しく……しかし、心からの笑顔で微笑みながら、ふわりに告げた。


「小さい頃から、ずっと……僕を支えてくれて、ありがとう。大好きだよ」


 そう言って、テツは立ち上がってふわりの手を握った。


「ずっと一緒にいてくれる?」

「……もちろん」


 ふわりは明るく笑って、テツの手を握り返した。

 世界が橙色に染められていく。

 視界が、徐々に明るくなっていく。

 意識が途切れる間際に、ふわりの視界にテツの微笑みが柔らかく映えた。


* * *


 蓮介のベッドの上。ふわり達に見守られる中、テツはゆっくりと目を開けた。


「あ……ここは」

「テツ君!」

「木村!」

「テツ……!」


 心配そうにこちらを見つめる友人と恋人を見て、テツは穏やかに微笑む。


「みんな……ありがとう」


 おはようでも、ただいまでもなく、ありがとう……この5文字に、テツの気持ちの全てが込められているような気がした。

 友人たちが安心した表情を浮かべる中、ふわりはゆっくりと口を開く。


「あ……て、テツ君」


 恐る恐る出した声は、ほんの少し掠れていた。しかし、ふわりは一生懸命に言葉を紡ぐ。


「私、テツ君がね……大好きなの。あなたが、どんなルーツを持っていても。だから……もう、さよならなんて、言わないで」


 涙を流しながら、ふわりは柔らかく微笑んだ。

 その笑顔を見て、テツも優しく微笑みながら、ベッドの上に置かれたふわりの手を握る。


「うん。さよならは、あれで最後。……これからも、君と一緒にいるよ」

「うん……!」


 笑い合う2人を見て、その場にいた全員も微笑む。

 しかし、セラがすぐに真顔に戻って口を開いた。


「あとは、グリフィンと琉貴を止めるだけね」

「俺たち、どうすればいいですか?」


 蓮介の質問に、セラは真剣な顔で答えた。


「1つだけ、考えがあるわ。……昔、グリフィンが教えてくれたの。魔法は、想いの強さで強力になると。だから……グリフィンと琉貴の復讐心を上回る思いの持ち主で、魔法が使える人間がいたら、2人を止められるかもしれない」


 セラはそう言って、ふわりとテツを見つめた。


「過去のしがらみを乗り越えて、互いを思いやれるあなた達なら、もしかしたら……」


 セラの言葉に、テツとふわりはしっかりと頷く。


「私たちが……グリフィンさんと琉貴さんを止めます」


 ——大丈夫。私たちはもう、1人じゃないんだから。


 ふわりとテツの真剣な顔を見て、セラも頷いた。


「ノアさん、転移魔法は使える? エディの魔力を目印に、私たちを彼らの場所に連れて行ってくれますか?」

「分かりました」


 ノアはしっかりと頷き、床に魔法陣を生み出した。

 セラとテツとふわりが、その上に乗る。

 

「2人とも、気を付けてね。ちゃんと、無事に帰ってきなさい」


 母の言葉に、2人はしっかりと頷き……魔法陣の光に、飲み込まれていった。

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